軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新しいドレスと胸の痛み

結婚式の翌日からジゼル宛に続々とお茶会や夜会の誘いが届いた。念の為エリオットに相談しつつもすべてお断りの連絡をする。中には公爵家からの誘いもあったが、彼は「気にしなくていい」とのことだった。

アクスバン侯爵家は一応爵位順で考えると王家、公爵家の次にあたる。だが、エリオットは魔法省の大臣で現王の甥。王位継承権は第四位で実質王家を除くと序列一位の家らしい。

エリオットの言葉に甘え、ジゼルは結婚式から数日後、家族が実家に到着した頃合いに一度領地に戻った。改めてお世話になった人たちにお礼を伝えるために。もちろん、エリオットの転移での送迎付きだったので日帰りだ。結婚式後すぐに里帰りをして変な噂を立てられたら困るのでお忍びでサクッと行って戻ってきた。

「ジゼル様、いかがですか?」

「ええ。ホールド感もあって、いい感じ、よ」

やっとメインイベントとが終わり平和に過ごせるかと思いきや、ラベル商会のケティが前世のブラショーツの試作品を持って屋敷を訪ねてきた。早速作って、しかもたったの一週間で仕上げてしまうとは恐ろしい。

ジゼルは鏡に映った自分の身体を見てうんうん頷いた。背中や脇から寄せられたお肉がちゃんと胸に集まって、ふっくらとした谷間が出来上がる。しかもコルセットのような締め付けがないのでとても楽ちんだ。

肩紐の調整機能もホックもワイヤーのカーブ具合もきっと大変だっただろうに再現性が高い。

たぶん、ケティの解像度が高かったのだろう。あんな落書きのような商品説明書と素人のなんちゃってブラでこんな素敵なものが出来上がったのだから。

「パンツはもうワンサイズ大きくてもいいかも」

「そうですか? サイズとしてはちょうど良さそうですけど」

花柄の刺繍の入ったショーツは前世と同じビキニショーツ型だ。この世界ではちょうちんパンツが基本なので、次女達は恥ずかしそうにしつつもジゼルの姿を興味津々に見つめている。

「ここ、鼠蹊部って言うんですけど、ここを締め付けちゃうと血流が悪くなっちゃうの」

「まぁ! つまり冷えの元ですね!?」

「ええ。なのでピッタリ過ぎるより、ちょっとゆとりがある方がいいかな。個人的な好みもありますけど」

もっと言うなら、おへそまで隠れるゆったりとしたものがいい。一応そのデザインのものもお願いしたが後回しにされた。胃腸や子宮を温めるうえで大切なものなのに。

「あとは、このブラのパッドですが」

パッドを入れる位置や形によって胸の形が変わることを伝える。胸のボリュームを気にする人もいれば、左右差に悩む人もいるだろう。

「基本はこの形でいいと思います。一旦この形で定着したら他のデザインも作りましょう」

「他のデザインですか?」

「たとえば、肩紐のないものとか、フロントホックとか。カップの大きさも1/2のものとか」

今はスタンダードの3/4カップのブラだ。前世でよく使っていたものである。

「肩紐がないとドレスでも使えますわね!」

「ええ。あとは胸の形を綺麗に整えておくための、夜用ブラもあるんですよ」

ケティは目を見開いて驚愕を表したあと、表情をうっとりとさせた。

「素晴らしいですわ…! 寝ている間も綺麗な胸を保てるなんて」

「しかも締め付けなしで健康にもいいです」

ケティの目がパーっと輝く。ジゼルがドヤ顔でうんうん頷いていると、応接室の扉がノックされた。

「ーージゼル、わたしだ。ラベル商会の方が来てくれたと聞いた」

「エリオット様?!」

今は仕事中のはずだ。だが、わざわざ職場を抜けてきたらしい。

「エリオット様、奥様はただいまお着替え中ですのでご入室はご遠慮ください」

「見せてくれないのか?」

「お洋服は後日見せてもらってください。今はお下着を試作中です」

「そ、そうか」

エリオットは状況を理解したらしい。しゅんとした声がした。普通ならすでに初夜を済ませているので妻の肌を見るぐらいどうってことはない。しかし、アリアを含め、この屋敷に住む人たちはまだジゼル達が初夜を済ませていないことを知っていた。と言うのも、パーティーが終わり帰宅したあと、ジゼルはドレスを脱いでそのまま朝まで寝てしまったのだ。夕食も食べずに。

「あ、あの。わ、わたしなら平気です……」

むしろケティに疑われる方が困るのではないだろうか。そう思ってジゼルは勇気を振り絞ってみた。

「……いや、やめておこう。楽しみは後に取っておく」

「そ、そうですか」

「ケティ殿、今度ナタリエ夫人も含めて話がしたい。いくつか日程を教えてもらえるか」

「承知しました。母に確認次第ご連絡します」

「扉越しにすまないな。ーージゼル、また夜に」

「は、はい!」

せっかくエリオットが帰ってきてくれたが、顔を見ることもできなかった。しょんぼりしていると、ケティにくすくす笑われる。

「仲がよろしいのですね」

「あ、はい」

「ふふふ。次はこちらのドレスをどうぞ。ジゼル様が普段着用にとご注文されたものです」

ジゼルは新しい下着の上から、新しいドレスに袖を通した。ドレスといってもコルセットのない、デイドレスだ。今までジゼルが毎日来ていたワンピースを参考に同じようなものを作ってもらった。

とはいっても、布が違うし縫製も立体的なので、まったく違ったドレスに見える。露出が少なく、裾も袖も長い。足捌きがいいので歩きやすくて着心地が良かった。

「ジゼル様、素敵ですわ」

「ええ、よくお似合いです」

鏡の前に映るのは、どこのお嬢様ですかといった風貌の自分だった。前世でいうシャツワンピースのようなものを想像していたが、これは他所行きのワンピースだ。春らしい、パステルイエローやグリーン、ブルーといった華やかな色味のものを彼女たちは作ってくれたらしい。

(……これを汚すのは気が引けるな)

せっかく作ってもらったが、庭仕事は今まで通り家から持ってきたワンピースを着ようと密かに決意していると、ケティが頬ましそうに目を細めた。

「先日の新聞をわたくしも読みましたわ。ーージゼル様は本当に大切にされていますのね」

王太子殿下の言う通り、翌日の新聞にデカデカと挙式の一部始終が掲載されていた。見出しはこうだ。

『――新侯爵家当主、行方不明の婚約者を忘れて身代わりの花嫁に陥落か!?』

記事の内容は、スマジェク伯爵令嬢が一ヶ月前に行方不明になっていたことに触れ、侯爵家が対面を保つための”苦肉の策”と記載されていた。たしかにあの日エリオットは「一週間後の結婚式に出ること」を条件に経済的な援助を申し出てくれたことは事実。

「新聞はゴシップ風に書かれておりましたが、大方間違っていると思いません。ジゼル様のことが大切で仕方ないのでしょう。エリオット様がわざわざ職場を抜けてまで立ち会うなんて」

ケティがくすくす笑っている。大切に思われているかと問われると正直わからない。だけど、親切にしてもらっていると思う。ジゼルの意思主張を尊重し、身の安全を考えて誘われたお茶会や夜会に「出なくていい」と言ってくれているのだから。

ーー誓いのキスが、偽りや体面では決して説明できないほど、激しく、燃えるような愛の証だった

記事ではジゼルを”身代わりの花嫁”と称し、その身代わりに簡単に陥落したエリオットを揶揄する内容もあった。だが、長く熱烈な誓いのキスが”ホンモノ”である、と締め括られていた。

「だから、自信を持ってくださいませ。世間がなんと言おうとジゼル様は堂々としていれば良いのです」

どうしても、世間から見ればジゼルが泥棒猫のように見えてしまうのだろう。

いや、そう映した方が娯楽に飢える世間では食い付きがいいこともわかっている。

(ーーそもそも、逃げた元婚約者が悪いんだから)

もしくは、なぜアクスバン侯爵が数多ある家の中から貧乏子爵家の行き遅れの娘を選んだのか。いや、貧乏子爵家の魔性の女がどうやって仕事一筋の堅物魔法師を落としたというところに興味があるのだろうか。

「あなたはなにも悪くありませんから」

ケティにそう言われて、ジゼルは曖昧に笑う。

胸の奥が小さな痛みを伴ったが、その痛みに気づかないふりをした。