軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結婚式

目を覚ますと知らない部屋だった。ここはどこだろうと思いつつ上半身を起こし辺りを見回した。

上品な白いカーテンがライトグリーンに変わっている。白い壁紙もアイボリーへと若干温かみのある色になっており、なにより家具の配置やテイストが異なっていた。

(……え、どうして)

昨夜エリオットの部屋でおしゃべりしたことは覚えている。そこから自室に戻らずに違う部屋に寝かされていたというのか。ジゼルは眠い頭で思案した。

いつも過ごしている部屋のインテリアはどちらかといえば華美で豪奢。けれど、この部屋はシンプルで落ち着きのある装飾でジゼル好みだ。ベッドから降りて部屋を歩き回っていると、扉が三つあることに気づく。

(ーーこれはなんのドアかしら?)

部屋の入り口とお手洗い、そしてこの扉はなんだろうか。不思議に思い近づいて扉のノブに手を伸ばす。すると先に向こうからノックされて、ジゼルは飛び上がらんばかりに驚いた。

「ひゃ!!」

「ジゼル? どうした?」

「痛っ」

「す、すまない! 大丈夫か?」

扉を開けたのはエリオットで、その扉がジゼルの額にぶつかった。ガンと鈍い音がして結構痛い。

ジゼルはへなへなとその場に座り込む。痛みのあまり涙がじわっと滲んだ。悶絶しながらその痛みに耐えているとエリオットが焦った様子で迫ってくる。

「傷を見せてみろ」

「わっ、えっ?!」

「手をどけろ」

「ちょっと?!」

思わず後退りするも、逃げれば逃げる分だけエリオットが近づいてくる。

「なぜ逃げる」

「なぜって」

パジャマの裾を踏んでずるりと後ろに倒れ込むとエリオットに組み敷かれてしまった。真剣な目で見つめられて心臓がバクバクする。自分でもどうしてこんなに緊張しているかわからなかった。伸びてきたペンだこのある指がジゼルの前髪をよけて顔が近づく。

「ーーここか、赤くなっているな。すまない」

「い、いえっ。わたしが近づいてしまったので」

彼の表情は険しいが、元が麗しい顔面だとどれだけ顰められても美しいのだと全く別の感想を抱いた。

また、陽の光の元で見る淡紫は透き通って白っぽく見えるが、まだ朝の早い明かりのない部屋で見ると黒っぽく見えるのも面白い。

「ーーおはようございます、ジゼル様。お目覚めでしょうか?」

「はいぃい!」

「こら、ジゼル。動くな、今治療を」

「……旦那様?」

部屋の入り口から入ってきたアリアの目にはきっと随分といかがわしい場面に映っているだろう。

「ヒール」

だが、肝心のエリオットはそんなことも気にもせず、ジゼルの額触れた。ふわっと温かい光に包まれて、痛みが引いていく。ついでにまだ眠かった頭が少し冴えた。

「立てるか?」

「はい……」

ジゼルはエリオットに手を引かれてゆっくりと立ち上がる。そして改めて部屋を見回して彼に尋ねた。

「あの、ここは?」

「ジゼルの部屋だ」

「わたしの?」

「あぁ。厳密にいうと、今日から使う部屋だ」

ジゼルが現在使用している部屋は一応客間になっているらしい。ここは侯爵夫人が使う寝室で隣のエリオットの寝室と繋がっているらしかった。

「昨夜、話しながら寝てしまったんだ。覚えているか?」

ジゼルは少し思案して首を横に振る。彼と一緒にホットミルクを飲んで揶揄われたところまで覚えている。その後、ホットミルクを飲み干すまで喋っていた。

(……あれ?)

だが、記憶が途中で途切れている。いつの間にかジゼルはあの場で寝てしまったらしい。

「部屋自体はすでに準備ができていたからこちらに運んだ」

「……なるほど」

「アリア、そんな目で見るな。お前が思っているようなことをジゼルにはしていない」

エリオットの呆れた声がアリアを責める。彼女は「どうでしょうかね?」と笑顔で怒っていた。

「では、ジゼル様。お支度をいたしましょう。エリオット様は早く部屋から出て行ってください」

「あ、あぁ」

エリオットがしょんぼりとしたように見えた。もし尻尾があれば、悲しげにしゅんと下げられていただろう。心なしか耳が垂れて、ジゼルの反応を伺うようにこちらをちらっと見ていた。

「え、エリオット様。教会でお会いしましょう」

「……そうだな。楽しみにしている」

エリオットはすぐにシャキッとして、いつもの様子で答えた。部屋を出ていく間際、彼と目が合う。

小さく手を振ると、彼は口元を緩めて背中を向けた。

***

「新婦様のご入場です」

ジゼルとエリオットはそれぞれ支度をすると、別々の馬車に乗り教会に向かった。お互い顔を合わせないまま、控え室で時間を潰し、ジゼルは今父と共に祭壇に向かって歩いている。

父はジゼルの花嫁姿に号泣して目も鼻も真っ赤だった。そんな父に呆れつつも生まれて初めてのバージンロードを歩く。祭壇の前にはすでにエリオットが待っており、白いタキシードを着用していた。長い髪が後で結ばれている。

祭壇に近づけば近づくほど、エリオットの目元が優しくなっていく。まるで主人を待つ犬のようで少しだけ微笑ましくなった。

「よろしくお願いします」

「はい」

父の腕からエリオットの腕に手をかける。緊張した面持ちで祭壇を見つめているとエリオットが不意に小さな声で呟いた。

「……よく似合っている」

「……ありがとうございます」

オフショルダーのドレスはシンプルで飾りは少ない。だが、布が上質なのでとても美しいドレスだ。

せっせと磨かれたおかげでデコルテや背中はピカピカできっと自分史上最高に美しく見えているだろう。

頭に被せられたティアラには彼の瞳を表す宝石があしらわれており、ヴェールの向こうから淡紫色の双眸が甘く微笑んでいた。

「ーーそれでは誓いのキスを」

昨夜確認しおいて良かったと、ジゼルは安堵した。「自分GJ」と内心でサムズアップする。

もし「口にする」と言われていたらきっとここまで落ち着いていられなかっただろう。それでも向き合って顔が近くなると緊張してしまうので、ヴヴェールが捲られて向き合った時点で目を閉じることにした。

肩に手を置かれ、エリオットの深みのある爽やかな香と温かさからいよいよだと眉間に力が入る。キュッと目を瞑っていると、小さく笑う気配がした。まだ触れないのか、まだしないのかとドキドキしていると不意に腰を抱き寄せられて、驚いて目を開けてしまう。

(ーーえ?)

淡紫色の瞳がしてやったりとほくそ笑む。シャープなフェイスラインが流れるように傾いた。

ぽかんと薄く開いた唇にぬくもりが触れる。柔らかくて弾力のある自分とは違うもの。

(〜〜〜!!!)

声にならない驚きは喉の奥へ飲み込んだ。唇が触れ合うのはわずか数秒のはずなのに、妙に長い。

ようやく離れたと思ったら唖然とした司祭と目が合う。父は放心状態で、金髪碧眼の美丈夫(たぶん王太子と思われる方)は肩を震わせて笑いを堪えていた。