軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

甘い

その日の昼食は、ルシアンの部屋に準備された。

ルシアンと、エステルと、人の姿をしたクロードの三人でテーブルを囲めば、ルシアンが不満げに眉間に皺を寄せる。

「クロード。お前なんで人の姿に戻ってるんだ。猫でいいだろ」

「だって、この国では動物の姿をした使い魔は人数にカウントされないみたいだからにゃ。オレはちゃんとごはんがほしい」

「この前の丸パンもクロードの分はなかったし、人間の姿になっていた方がいいわ」

クロードにだけいつもごはんがないのはかわいそうだ。クロードに味方をすれば、ルシアンの口から本音が溢れた。

「エステルと二人きりでランチのはずが、邪魔が入った」

「⁉︎」

「クロードには後で何か運ばせるつもりだったんだけどな」

「……っ、ルシアン様? 本音が漏れています」

「…………あまり恥ずかしいことは言ってないはずだよな?」

どうだろうか。少なくとも、今エステルの頬は微妙に染まっているところではある。

「とりあえず、食べよう」

「そうですね」

恥ずかしさで気まずい空気の中、アクアパッツァにカリカリのバゲットを浸す。口に入れると、魚介のスープに白ワインの香りがふわりと香った。

(おいしい)

「うんめえ。仕方ない、ルシアンのために早食いしてやるか」

主君の意を汲んだらしいクロードはガツガツとランチを平らげていく。アクアパッツァを食べ、ミモザサラダを食べ、デザートの桃のグラニテをペロリと飲み込んだクロードは席を立ち、猫の姿になった。

「オレは散歩でもしてくる。二人で仲良くランチをするがいいにゃっ」

「あっ⁉︎」

そうして、空いていた窓から外に消えてしまった。

(ランチを急いで食べて、どこかへ行ってしまったわ。まるで追い出されたみたい)

「クロードに悪いことをしてしまったのでは……?」

「気にするな。あいつもあいつで、それなりに楽しくやっているみたいだぞ。むしろこっちが口実にされたようなものだ」

「?」

ルシアンが言っていることがよくわからないが、とりあえずクロードにも用事があるらしい。それならよかった、と食事に戻ると、ルシアンが問いかけてくる。

「エステルも俺に話したいことはない? 午前中、聖女リーナの部屋に行っていただろう。何か頼まれごとをしたんじゃないか?」

「あっ……それが」

リーナの『嘘の噂を流すことに協力してほしい』というお願いを思い出したエステルはフォークを置いた。

「実は、少し変わったお願いをされました。リーナ様は『聖女リーナはルシアン殿下が好きだ』という噂を流したいから許可がほしいと」

「ずいぶん突拍子もない頼みだな。どうしてそんなことになったのか?」

「リーナ様はフリード国での結婚適齢期でいらっしゃいます。好きな人がいるのにたくさんの縁談が持ち込まれることに辟易していらっしゃるようで、時間を稼ぎたいと。それで、『完璧な意中の人』としてルシアン様を挙げたいということでした」

「聖女リーナの好きな人というのは、あの子狼か。エステルの家から出ていってくれるのは大賛成だから彼女の恋は全力で応援したいところだが……その頼みはあまり気に入らないな」

「リーナ様の好みの男性がルシアン様のように完璧な方だ、という話を広めるだけでもだめでしょうか……?」

「だめなわけじゃない。ただ、少し面倒なことになりそうだなと思っただけだ。まぁエステルの頼みなら俺は何でも許可するけど」

そこまで口にしたところで、ルシアンは両手を組み、顎をのせる。

「で、完璧な意中の人、に俺がふさわしいと思った?」

「は、はい」

「その俺も、好きな人には気持ちが半分も伝わっていない……いや、伝わってはいるけど、エステルがどんなに頑張っても俺と同じだけは返せない、が合っているかな。とにかく、思い通りにならないことが多いな」

「そ、そんなはずは……」

自分の方がずっと気持ちが大きい、と伝えてくる憂いを帯びたルシアンが眩しすぎる。

(私もルシアン様のことをお慕いしているのに)

戸惑っていると、デザートのグラニテが運ばれてきた。ルシアンはグラニテが入ったグラスをエステルの分も受け取る。そのまま、スプーンでザクザクと崩して氷の粒をすくった。

「別に今のままでもいいな。俺はエステルが愛おしい。一緒にいても、離れていても、どんなでもね。お茶会の庭の端っこで、闇堕ち寸前の俺を救ってくれたあの日からずっとだ」

目の前には桃色の氷がのったスプーンがある。ランチ用のテーブルはさほど大きくない。このスプーンは向かいに座っているルシアンが差し出したものだ。

スプーンの先にのせられたグラニテと、ルシアンの顔を見比べる。ほんの少し口の端を上げた、余裕のある笑み。

エステルは、躊躇しながら差し出されたそれをおずおずと口に入れる。口の中に冷たい感触があったものの、甘さも桃の風味も感じられない。

(ドキドキして、味がしないわ……!)

焦りつつ、唇の端についてしまった氷の粒を拭こうとナプキンに手を伸ばした。その瞬間に、エステルに大きな影が落ちた。

「でも、気持ちの差はこうして埋められる」

そのまま唇が重なる。ほんの数秒だけ口付けたルシアンは、エステルから離れると唇を舐めた。

「グラニテ、甘いな」

「!」

(ルシアン様はなんてことを……!)

呪い返しとは全く関係ない甘さに、エステルはくらくらと眩暈がしたのだった。