作品タイトル不明
嫌われ者の第五王子
「おえー! なんだコレ! すんげえ気持ち悪くなってきたんだにゃ」
「クロード、大丈夫⁉︎ ……ルシアン様、この丸パンを食べてはいけません! 私の包み紙に書いてある言葉を見てください」
エステルの言葉に、今まさに丸パンを頬張ろうとしていた面々はぎょっとし、緊張が走った。毒入りだと示唆するエステルをルシアンが血相を変えて心配そうに覗き込んでくる。
「何だこの文は。……エステルは大丈夫か?」
「はい、私はまだ一口も食べていませんでしたから。私が一番にこの丸パンを手渡されましたので、食べたのは私のものを味見したクロードだけです」
「気持ち悪いし腹いてえ。ルシアン、これは毒だぜ。オレは使い魔だからこれぐらいのダメージで済むが、人間が食べたら死ぬやつ」
「一体誰がこんなことを」
この丸パンはリーナの付き人が信頼できる屋台までわざわざ買いに行ってくれたものだ。しかも、その信頼できる屋台というのは王族貴族御用達で、経営をしているのは有力貴族らしい。
毒が盛られたりしたら、真っ先にその家が疑われるため、特に品質には気をつけているのだとこの広場に来るまでの間にリーナは言っていた。
そのリーナは顔面蒼白になりながらスレヴィを心配している。
「スレヴィ⁉︎ この丸パン、まだ食べてないわよね⁉︎」
「うん、食べてないよ」
「貸して! どこの誰がこんなことをしたのか調べさせるから」
「でも僕はこんなこと日常茶飯事だし、気にしてないよ。本当にいつものことだから」
「何言ってるの⁉︎ だって、一歩間違えたら死んでいたかもしれないじゃないの……!」
感情的に叫ぶリーナに、スレヴィはヘヘっと笑っている。
「大丈夫だよ、リーナ。子どもの頃からこんなことはたくさんあったけど、僕はこんな嫌がらせには一度も負けてない。生きてるもん」
「……でも……スレヴィ……」
(何だか……違和感があるような)
穏やかに微笑むスレヴィと、ガタガタと震えながら目に涙を溜めて心配するリーナ。
二人の真剣さのあまりの違いに、エステルは首を傾げたのだった。
◇
屋台で購入した丸パンが毒入りだったことを受けて、街での観光はそのままお開きになってしまった。
隠れるようにして急ぎ王城に戻った一行は、リーナの部屋に集まっていた。スレヴィが毒を盛られたことを知ったリーナが、ショックであのまま倒れてしまったからだ。
広いベッドに寝かせられて真っ白い顔をしたリーナに、エステルはお手製のミルクティーを差し出す。
「これは私が淹れたミルクティーです。体力と気力が回復する効果がありますので、落ち着いたらお飲みになってください」
闇魔法の呪文を使って作ったものだから、それなりに効くはずだ。
「ありがとう。これ、伝説の聖女様のレシピにもあったわ。私はこういうのが苦手だから使ったことがなかったけど。そのレシピ本、ほしかったらあげるから持っていっていいわよ」
「余計なことをお話しにならなくてもいいので、とにかく休んでください」
強がろうとするリーナにきっぱりと言えば、リーナの長い耳がパタンと折れる。
(相当にお辛そうだわ。幼馴染のスレヴィが狙われてさぞショックだったことでしょう)
ベッドサイドではエステルのほかにスレヴィが膝をつき、リーナを心配そうに覗き込んでいた。
「リーナ、最近おかしいよ。疲れてるんじゃない?」
「……スレヴィには関係ないでしょう。早く国外追放されなさいよ」
「リーナがちゃんと休んで元気になるまではこの国を出ない。決めたから」
「あなたねえ。スレヴィのくせに何言ってるの?」
そんなやりとりが聞こえて、二人の仲の良さと絆の強さを感じる。
(リーナ様がスレヴィを国外追放したなんて、やっぱりおかしい気がする)
ベッドから少し離れた場所でエステルたちを見守っていたルシアンが、口を開く。
「失礼ながら、スレヴィがフリード国を追放された経緯には不自然な点が多いと存じます。このようなときにお話しすることではないかもしれませんが、私どもはスレヴィの役に立ちたいと思い、彼についてまいりました。なにかご事情があるのでしたら、ぜひお話しいただきたい」
「もちろん、元気なときでいいけどにゃ。まずはよく休め」
ひと足先にエステルお手製のミルクティーを飲み、毒から復活したクロードが、ルシアンの肩からリーナを見下ろしている。ずっとリーナの枕元に跪いたままのスレヴィは三角形の耳が折れて、見るからに凹んでいる様子だ。
「……リーナ、もしかして僕のこと嫌いになっちゃった? 前はあんなに仲良かったのに……最近は何も話してくれなくなっちゃったし、国外に追放はするしで、わけがわからないよ。こんなことになるぐらいなら、死んだ方がいいよ」
「! そんなこと、冗談でも言わないで」
青い顔をして横たわっていたリーナがふらふらと起きあがろうとする。それをエステルとスレヴィは慌てて止めた。
「無理をしてはだめです」
「リーナ、横になっていて」
「だって、死んだ方がいいなんて言うから……!」
会話を見守っていたルシアンが落ち着いた様子で介入してくる。
「聖女リーナ様。私は闇魔法の使い手で、こちらのエステルも闇魔法を扱う聖女です。あなたがご覧になった『未来予知』ですが、闇魔法にそのようなものがあるとは聞いたことがありません。どうか、スレヴィを追放することになったご事情をお聞かせいただけませんか」
「……それは……」
とても広いリーナの部屋を沈黙が満たす。リーナは、心配そうなスレヴィの顔をじっと見ている。そして、どこか遠くを見るように目を細めて、観念したように話し始めた。
「……まさか、今日スレヴィが襲われるとは思わなかったの」
それは、スレヴィが襲われることは既定路線で、それよりも『今日』襲われたことのほうに驚きを感じさせる言い方だった。そうして、続ける。
「――スレヴィはね、二週間後に開かれる誕生日を祝うパーティーで殺されるの」