作品タイトル不明
皆でおでかけです
翌日。リーナの誘いに乗って、エステルたちは王都の街を観光していた。
もちろんリーナに言われた通り、エステルは毛皮の帽子をかぶり、ファーのマフラーをぐるぐる巻きにし、顔を隠していた。
けれど、休日の街は賑やか。顔を隠せさせられていることなど忘れてしまうぐらい、初めての街は楽しかった。エステルは目を輝かせる。
「なんて楽しいのかしら。それに、見て。知らない食べ物がたくさん売っているわ」
「フリード国は露店文化の国なんだ。オリオール王国よりもずっとたくさんの種類の露店があって、平民だけでなく貴族も露店で買って食事をしたりする。もちろん、信頼できる店で毒味をすませた上でだけどな」
「まぁ。楽しそうですね!」
オリオール王国とは全然違う文化にエステルが驚くと、隣のルシアンがこちらをじっと見ていることに気がつく。
「……ルシアン様、どうかされましたか?」
「フリード国に入ってからずっと思っていたんだけど、エステルの天使度が増しているなって」
「天使度が増している???」
普通の人間ならば、心の声が漏れでもしない限り生涯で滅多に聞くことがない、とんでもない表現である。天使に失礼だ、と突っ込みたいが、一方ではあまり突っ込まない方がいい気がする。
応じると、ルシアンの脳内は自然に返答を生み出してしまうからだ。そしてそれがするすると口に出る。つまり、会話を広げないことがエスカレートさせない秘訣なのだ。
しかしエステルの意図は全く組んでくれずに、ルシアンは続ける。
「子どもの頃にフリード国を訪れたときは、この国の民族衣装も冬仕様のドレスも、何も思わなかったんだが……まさかエステルが着るだけでこんなに映えるとは。この旅行を楽しみにしていたんだが、いつもと違う姿も見られるし、堂々とデートができるし、はしゃぐエステルは限界をとうに超えた天使のようだし、死んでもいいな」
「王子様それ言っていいのか」
クロードのつっこみにルシアンは青い顔をする。
「⁉︎ 俺は今とても妙なことを口走っていたな……? はしゃいでいるエステルを見ていたらものすごく癒されて、すっかり油断を……っ、うっ、これも、喋りたくな、い」
「おもしれえ」
ルシアンの肩に乗っている猫の姿をしたクロードが全身を震わせながら笑っている。あまりにもひどい、とエステルはルシアンの背中をさすろうとした。けれど、その手は優しく振り払われてしまう。
「い、ま……エステルに触られたら、絶対にろくなことにならない」
息も絶え絶え、死にそうなルシアンの姿はものすごく気の毒だった。赤い顔をしてこくこくと頷いたエステルは、せめて、とルシアンの視界から外れて露店の商品に手を伸ばす。手に取ったのは、民族衣装の生地を使った小物入れ。かわいい。
けれど、頭の中は別のことが占めていた。
(私への心の中での賞賛が聞こえてしまうことも気まずいけれど……。普段、ルシアン様は一緒に過ごす時間が少ないことを何も言わないのに、実ははっきりとこんなことを思っていたなんて)
エステルはカフェをやっているし、ルシアンは執務や公務で忙しい。その上、二人とも地位以上に国民的に有名な存在なため、街に出ると騒ぎになる可能性がある。
だから、あまり外で過ごすことはないのだが、ルシアンの本音を知って申し訳なく思ってしまう。
(やっぱりルシアン様は、結婚の話が全然進んでいないことについて、何か思うところがあるのではないかしら)
王族の結婚は、ほぼ政略結婚である。国内の有力貴族の後ろ盾を得るか、聖女を国のものとするためか、他国との結びつきを深めるか、もしくはそれら以外の特別な目論みがあってのことか。その時々によって理由は違うが、政略結婚ではない王族の婚姻などほとんど聞かない。
エステルは一応聖女ではあるものの、シャルリエ伯爵家とは縁を切っていて後ろ盾がないため、王族の婚約者として不十分かもしれないというのはわかっていた。
(逆に言うと、ルシアン様はそんな私との結婚話を進めていないせいで、厳しいお立場になられている可能性があるわ……)
申し訳ない事実に気がついて、エステルはしゅんとした。
エステルとルシアンが本音だだ漏れのやりとりに青くなり赤くなり凹む一方で、スレヴィとリーナも意外と穏やかに観光をしているようだった。隣から、楽しそうな会話が聞こえてくる。
「あ、丸パンがある。僕、あれ食べたいな」
「スレヴィは小さい頃からあれが好きよね。冷たいものばかり食べてるのに、丸パンだけは温かくても文句言わない」
(丸パン?)
エステルは民族衣装の生地を使った小物入れを置き、首を傾げる。
「ルシアン様、丸パンって何でしょうか?」
やっと顔色と呼吸が整ったらしいルシアンは教えてくれた。
「パン生地の中に、炒めた野菜や肉を詰めて焼いたパンのことだよ。オリオール王国でいうパンケーキと同じぐらい頻繁に食べられているし、朝食や昼食の定番のメニューだ」
「わぁ。おいしそうですね」
「俺もこっちにいたときはよく食べていた記憶がある。懐かしいな」
「私も食べてみたいです」
エステルの言葉はリーナに聞こえていたらしい。
「いいわよ。向こうに、王族御用達の屋台があるから買ってあげる。おいしいんだから!」