作品タイトル不明
追放された子狼を拾いました
扉を鼻先であけ、クゥンと鳴いて立ちつくしていた子狼。
その子をカフェの店内に招き入れたエステルは、柔らかいブランケットを敷いた場所に案内し、お皿に氷を削り入れて出した。
「よかったら食べて。試作品なの。ミルク氷は大丈夫だと思うけど……オオカミって、桃のジャムは食べられるのかしら?」
「……!」
子狼は瞳をキラキラさせてエステルとお皿の上の氷を交互に見ている。どうやら、氷は相当に好きなようだ。そして、桃のジャムをのせてくれと言っている気がした。
「ジャム、これぐらいでいいかな」
「そのスプーン、オレにくれにゃ、舐めるから」
「だめよ」
いつの間にか黒猫の姿に戻っていたクロードが桃のジャムを目当てに寄ってくる。
子狼は同じ動物に見えるクロードがそばに来ても動じることなく、大人しくエステルがジャムを氷の上にのせるのを待っていた。
まるで、人の言葉をよく理解している上に、クロードの中身が人間だとわかっているようですらある。
(なんて聞き分けが良くていい子なのかしら)
「どうぞ、食べて?」
完成したかき氷のお皿を差し出せば、子狼はお礼を伝えるように頭を下げてから、ぱくぱくと食べ始める。そして、すぐに変化が起こった。
目の前でうれしそうにかき氷を食べていた子狼の輪郭がぐにゃりと歪み、人間の男の子が現れたのだ。
「……っっ。ええっ⁉︎」
予想もしていなかった展開に、エステルは目を丸くした。
銀色の髪の毛に、琥珀色をしたミステリアスな瞳、きょとんとした表情。まだ少年の彼は、エステルとあまり変わらない背丈をしている。
よくある旅装束に身を包んでいるものの、どことなく上品な雰囲気を纏っていた。
「あれっ。戻っちゃった」
驚いて発せられた声までサラサラとしていて、幼い。とにかく。
「か、かわいい……!」
「まさかとは思ったが、やはりそうか」
ルシアンの言葉に思わず振り向く。
「ルシアン様、この子がどなたかの使い魔だとわかっていたのですか?」
「うん、まあ――というか使い魔ではないよ。エステル、よく見て」
首を傾げつつルシアンが指した先を辿ると、少年の頭にたどり着いた。
サラサラツヤツヤの銀髪の中に、二つの白くて三角形のものがちょこんと生えている。そして、なにやら腰のあたりにふわふわもふもふしたクッションのようなものも見えた。
「み、耳⁉︎ それにしっぽ……⁉︎」
思わず声を上げると、人間の姿になってからはスプーンを使ってもぐもぐとかき氷を食べ続けていた少年が申し訳なさそうにお皿を置く。
「ご、ごめんなさい。使い魔じゃなくて僕は人間で……。でもお腹が空いていて……だけど僕、お金がなくて」
「いいの! これは試作品だもの。ここにいる人たちからもお金はもらっていないから安心して。おかわりもあるのよ、まだ食べる?」
「はっ……はい」
動物や使い魔ではないからお金を払わなければいけないと慌て出した少年がとんでもなくかわいい。もっと食べていいと促せば、しゅんとして折れていた耳がぴんと伸びたのだった。
(この子は使い魔ではないということは、今ルシアン様とお話ししていた獣人さんなのね。初めて会ったわ……!)
かき氷を三杯食べてやっとお腹がいっぱいになったらしい少年は、自己紹介を始めた。
ちなみに、かき氷以外にもキッシュやパイなどお腹にたまりそうなものがあるよ、と誘ったのだが、辞退されてしまった。相当にかき氷が好きらしい。
「僕はスレヴィと言います。多くの獣人が暮らす国、フリード国から来ました」
「ずいぶん遠いところから来たのね」
偶然にも、ついさっきまで話題にしていた国の名前だ。存在は知っているものの、行ったことがない国の名前にわくわくしてしまう。それを見たルシアンが補足してくれる。
「フリード国はオリオール王国かはるか北に位置し、年中雪と氷に覆われたとても寒い場所だから、その子狼も暑さが苦手なんだろう。冷たい食べ物を求めてエステルのカフェに来た、ってところか?」
「はい。まさかよその国がこんなに暑いなんて知らなくて……。追い出されたあとに狼の姿で国境を越えたまではよかったんですけど、持っていたものは盗賊に全部取られちゃったし、お腹は空くし、暑いし、怖いしで……」
三角形の耳がしゅんと折れていて破壊力がすごい。あまりのかわいさに、叫ばずにはいられない。
「かわいい……!」
「エステルの方が……っ、いや、何でもな……うっ」
ルシアンは胸を押さえながら顔色を紫にしている。余計な口を挟みたくないから本音を我慢しているのだろう。
確かに、このままでは永遠に話が進まない。
(ルシアン様、ごめんなさい)
ルシアンの振る舞いに甘えて、エステルは酷い目に遭った末に何とかここへ辿り着いたらしいスレヴィの話を聞くことにする。