軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

かき氷と氷魔法

冷凍庫から取り出したのは、昨夜のうちに作っておいたこの特製かき氷専用の氷だった。普通の氷は透き通っていて綺麗だが、この氷は別の色をしている。

「んにゃ? 闇聖女、その氷なんか白くなってないか?」

「ええ。お砂糖とミルクを煮詰めたものを入れてあるの。氷自体に味をつけるとおいしいかなって思って」

この前、ユーグが屋台で買ってきてくれたかき氷は、削った氷にシロップをかけたシンプルなものだった。ちなみにそれはクロードも一緒に食べた。あまりにもおいしかったらしく、カフェのメニューに加えてくれと大騒ぎだった。

屋台で買える庶民に馴染み深いかき氷もおいしいのだが、どうせカフェで出すのならもう一手間加えたい。

そんなわけで、エステルはミルク入りの氷とシロップ、そしてトッピング用に手作りの桃ジャムを準備したのだ。氷をかき氷器にセットしたエステルはさっそくハンドルを回す。

じゃり、じゃり、じゃり、じゃり。

(うーん……)

ぐるぐる回すと刃が動いて氷を削る仕組みになっているのだが、いまいち思ったようなふわふわの氷にならなくてエステルは手を止めた。

「ミルクが入っているせいなのか、削りにくいわ」

「もう少ししっかり凍らせたらいいんじゃないか? この暑さでもう溶けかけてる」

「そうなのですが、難しくて」

この夏は特別に暑い。氷は魔道具の冷凍庫で作っているのだが、しっかり冷やすのが難しいのだ。眉を寄せたエステルを見て「好きだ」と呼吸するようにつぶやいたルシアンは、スッと手を差し出す。

そうして何やら唱えると、かき氷器の中の氷は一瞬で凍りつきカチコチになった。

「⁉︎ ルシアン様、魔法を使ったのですか?」

「ああ。俺は水属性の魔法も使えるから。凍らせるのはその応用でできる」

「貴重なルシアン様の魔法をカフェのかき氷に使うなんて、いけません」

「エステルの役に立てるだけで俺はうれしいし、こんなのでよければいくらでも凍らせるよ」

「……!」

しっかり特別だと告げてくるルシアンに、頬が熱を持っていくのがわかる。これは今日一日の中で何度目だろうか。『かわいい』や『きれいだ』や最近彼の中でブームらしい『天使だ』はもう聞き慣れた。

いや、耳が聞き慣れても心臓は慣れはしないのだが、それでもルシアンがエステルに心の中でそう思っているのだと思えばやり過ごせる。

けれど、こんなふうに声音や表情だけで特別なことを教えられては息苦しくなるのだ。本人は言葉以外の部分で想いが漏れていることに気がついていないのだから。

(かき氷で涼しくなろうと思ったのに、顔が熱くなってしまったわ)

何とか気を逸らそうとしたところで、ルシアンの指先にキラキラした氷の粒が見えていることに気がついた。氷をさらにキンキンに凍らせたせいだろうか。

指先が凍りそうに見えて、エステルは考える前にルシアンの手を取った。

「ルシアン様の指先が凍ってしまいそう」

何か温めるものはないだろうか、と周囲を見回せば、握っていたはずの手をルシアンから逆に握られた。

(えっ⁉︎)

視線を手元に戻すと、ルシアンのごつごつとした指がエステルの指に絡んでいる。

「……温めてくれる?」

いつもとは違う、甘い声色に心臓が跳ねた。顔を上げると、ルシアンの限りなく青に近いグレーの瞳に自分が映っていた。口の端をわずかに上げた、余裕のある微笑みにまた自分の頬が熱くなっていくのを感じる。

(これは、うっかり本音が漏れているわけではないわ……)

ルシアンがわざとエステルを誘惑しているのだ。

「か、かしこまりました」

どうしようと思ったものの、自分のために魔法を使った後の頼みでは断れない。遠慮がちに両手でぎゅっとルシアンの手を包み込めば、ルシアンがくすくすと笑う気配がした。

「惜しい。ちょっとだけ違うかな」

「!」

その瞬間に握った手ごと引っ張られ、後ろから抱きしめられた。

完全に油断していたエステルの呼吸は止まる寸前、背中に感じるごつごつとした温もりとルシアンの香りに眩暈がしそうだ。

なるほど、これは。

(温める、って……氷を作ってもらうたびに湯たんぽになれってこと⁉︎)

ドキドキと心臓が波打つエステルと反対に、ルシアンは自由に振る舞っている。その体勢のまま、耳元で囁いてくる。

「幸せで溶けそう」

頭の奥まで響く低い声が甘すぎて、エステルの思考の方が溶けてしまいそうだ。いつも外ではクールに振る舞うルシアンとのギャップが凄すぎて、もう何も考えられなかった。

「……は、はい……」

「ここ数日、暑さのせいで会議や面会の時間が夕方以降に設定されることが多かったんだ」

「……はい」

そういえば、早朝でも夜間でも、暇さえあれば王宮を抜け出してこのカフェにやってくるルシアンだが、最近は常識的なタイミングでしか姿を見せていなかったことを思い出す。

疲れているのにわざわざここまで来てくれたのかと思うと、まだカフェの営業時間だとはわかっているのに、うっかり甘い声音と雰囲気に流されそうになってしまう。

「エステルに会いたくて限界だったから、今朝は午前三時に起きて全てを終わらせた」

「ごっ、午前三時⁉︎」

(信じられないわ。それは朝ではないのでは?)

想像以上の過酷すぎる努力に、エステルはルシアンの腕の中で顔を上げた。

「そして、闇属性魔法で瘴気を浄化するために考案された新メニューの試食を口実にしてやってきた。さすがにそこまでやったら兄上が許可をくれたんだ」

「兄上って……待ってください王太子殿下が許可を⁉︎」

ルシアンはそれっぽく話してはいるが、端的にいうと『婚約者がカフェで出す新メニューを食べたいから今日はもう執務を終わりにします』である。

普通はなかなか言えないし、許可を出す王太子も王太子だった。

(何だかこう……もし私が王太子殿下のお立場だったら、すごく、普段からイチャイチャしているところを想像してしまうわ。恥ずかしい)

「ルシアン、オマエほんとに気持ち悪いな……」

「……」

クロードの心からの声がカフェの中に響き渡ったところで、甘い雰囲気に流されそこねたエステルはルシアンの腕の中を抜け出すことにした。