軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.顔だけ聖女は認められる①

それから数日後。

「いい匂いだにゃ。味見してやろうか」

キッチンカウンターの上、黒猫の姿でぶりっこをしながら現れたクロードに、エステルは微笑みを返す。

「ええ。でもまずカウンターから降りてくれる? だってそこで人の形になられたら大変だもの」

「何焼いてんだ?」

「レモンタルト。これも家から持ってきたレシピなの」

「うへえ。オレ、レモンはちょっと」

「好き嫌いしないの。私は 闇(・) 聖(・) 女(・) だから、お借りしている使い魔が好きな食べ物ばかり作るわけにはいかないの」

「あ、オレに闇聖女って言われたの根に持ってるう」

エステルとクロードは意外と仲良くやっていた。ルシアンには執務があるため頻繁にここに来るわけにはいかない。その代わり、クロードは護衛としてずっとここにいてくれている。

出会いは最悪だったけれど、ルシアンの使い魔でありいざという時には人の姿にもなれるクロードは、初めての一人暮らしに奮闘するエステルの心強い味方だった。

ちなみに、エステルが闇属性持ちということは当然三人だけの秘密である。

これまで闇属性の魔力持ちだとわからなかったのは、そもそも闇属性の呪文を唱えたことがなかったからだ。元々、国にルシアン一人しか闇の魔法を使える人間がいないほど希少な存在だ。思い至らなければ、確かめる機会もないだろう。

「うん、いい色だわ」

レモンタルトはおいしそうに焼けていた。甘くフルーティーな香りに思わず唾を飲む。爽やかなこのレモンタルトはシャルリエ伯爵家の厨房で教わったものだった。

エステルはこの王都のはずれにある白いレンガの家でカフェを開くつもりでいる。聖女じゃなかったらやってみたかったこと、それがカフェだった。

(伯爵令嬢が行儀見習い以外で働くなんて普通あり得ないけれど……手切金付きで家から出て行くことになったんだもの。アイヴィーの邪魔になって殺される人生なんてまっぴらだし、こうして楽しく過ごせるのはあの日ルシアン殿下が来てくれたおかげだわ)

しかし、あの日彼はどうして急にシャルリエ伯爵家を訪れたのだろうか。思い返すたびに湧き上がる疑問だが、どうしてもその答えは見つからなかった。

タルトの匂いをクンクンと嗅いでいた黒猫姿のクロードが聞いてくる。

「お前、何で店なんてやりたいんだ? もっと他の過ごし方もあるだろ」

「子どもの頃にね、人に私が作ったケークサレを食べてもらったことがあったの。周りは貴族の子どもばかりじゃない? だから、毒見とかいろいろあって普通はそんなこと叶わないの。でも、その時は偶然」

「へー」

「その人においしいって言ってもらえたのが幸せだったから」

「それでカフェ?」

エステルはこくりと頷いた。あらゆる願いの根っこにあるのは、意外と単純な出来事だったりするものだ。

「ルシアン殿下はレモンタルトはお好きかしら。この前ケークサレを召し上がったのは、懐かしいお菓子とおっしゃっていたからよね……」

「んにゃ? アイツは何でも喜んで食べるだろ。普段何見てんだよ」

「……そうでしたね……」

自分を好きすぎるらしい元婚約者を思い浮かべたエステルは、顔を引き攣らせつつなんとか平静を保った。彼が自分を好きすぎること自体、本当に解せない。

コン。

そのとき、扉が叩かれた気配がしてエステルは入口の方を見る。

「誰かしら?」

「ちょっと見てくるにゃ」

黒猫だったクロードがくるりと回って人の姿になる。

ルシアンは多忙で、数日間はここに来られないと聞いていた。だからこそクロードがいる。外にはルシアンが結界を張ってくれているものの効果はそんなに長く持たない。だからこそ、警戒したようである。

(ルシアン殿下以外に、ここを訪ねてくるような人なんていないのに)

「ん? 何だこれ」

扉を開けたクロードがしゃがみ込んで何かを拾っている。エステルも隣からそれを覗き込む。

「これは……小石かしら?」

「……うぉっと!」

ヒュン。

もう一つ何かが飛んできたのをクロードがぱしりと掴み取る。飛んできた方向を見ると、子どもがいた。

(近所の子かしら……)

まん丸の顔と瞳でこちらを見つめている。けれど、唇は引き結んでいて何か怒っているような表情だ。

「ねえ、……あっ」

エステルが声をかけると、男の子は踵を返して走り去る。それを見送ったクロードは頭を掻き掻き立ち上がった。

「何がしたかったのかはよくわかんねーが、ルシアンが張ってった結界の効果は切れてるみてーだな」

「あの子……私に敵意を持って小石を投げに来たってこと……?」

「ああ。一応、ルシアンに報告するぞ。ここらへん一帯が消えてなくなるかも知れねーが」

「……冗談でもやめて……」

完全に冗談とも言い切れないのが恐ろしい。何という第二王子だろう。そう思ったら、一瞬感じたはずのモヤモヤはすっかり消え去っていた。