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「貴女に階段から落とされた」? なら、お望み通り落としてあげましょう

作者: 千秋 颯@6/18「一途に溺愛されて~」アンソロ発売!

本文

幼い頃、母は言った。

「女というのはね、とっておきの武器は隠しておくべきものよ」

不敵に笑う母は社交界では完璧と謳われる女性だった。

母の生家はかつて貧乏貴族と笑われた伯爵家だったとか。

そんな中で母は自分を笑う声を気にも留めず、弱者を演じ、そしてその裏では――強かに、好機を狙っていた。

「こうき?」

「ええ」

そう話した母の言葉に、幼い私は聞き返す。

すると母は妖艶な笑みを浮かべてこう言った。

「玉の輿の、ね」

それを狙えるのこそが女の強みなのだと、にこやかな顔で公爵夫人らしからぬがめつさを滲ませた母の声が聞こえていたのだろう。

少し離れた場所で紅茶を啜っていた父が大きくむせる声があった。

***

とはいえ、私は公爵令嬢。

玉の輿を狙うなどという立場にもなく……寧ろ王宮から第一王子の婚約者にというお声が掛かり、私は晴れて第一王子の婚約者となった。

我が国の中で女性がこれ以上に昇りつめられる立場もないだろうという、王子の未来の妻。

幼少からその座についていた私だけれど、残念ながら将来に安心できる感覚というものは一度たりとも得られなかった。

何故ならこの第一王子……王族としての器量があまりに乏しかった。

傲慢で他者を下に見る発言ばかり、その癖に教養は積まず、剣術の腕も伸びない。

とにかく苦労と努力を嫌う、王族という地位に胡坐を掻いただけの男。

それがクレマンという婚約者の正体だった。

このような男が王太子にでもなれば我が国はどうなるか分かったものではない。

幸いにも第二王子が非常に優秀なので、十中八九、立太子の話は彼に回るのだろうと私は踏んでいるし、国が破滅を迎えるような事はないとは思っているけれど……となれば問題は私の将来だけだ。

王太子になり損ねた第一王子の傲慢さに耐えながら、周囲からは笑い者になりながら生きていくというのか。

そんな不安から頭を抱えつつ、婚約が成立してしまった後からでもこの運命に逆らう方法はないだろうかと考えた私。

長年この悩みを抱えて生きてきた私だけれど……十六の年、漸く抜け道を見つけた。

それは私が必死に探し出したというよりは勝手に転がって来たような好機だったけれど、これを逃す手はないと思った。

これは私が王立魔法学園へ入学し、一年が経った年――第二学年になってからの話だ。

我がシュヴィヤール公爵家は非常に優秀な魔導師を輩出する名門として知られている。

私の父もまた、王立魔法学園を首席で卒業し、その魔法の腕は今でもたまに噂となる程だ。

魔法学園へ入学した私はシュヴィヤールの名を背負っている事もあり、周りから大きな期待を寄せられていたが……残念ながら私の魔法の成績はあまりに特筆するものがなかった。

平均そのもの。

「シュヴィヤールの名折れだな!」

そんな私を見てクレマンは鼻で笑った。

……貴方はそんな私よりも下の成績なのですがね。

まあ、『シュヴィヤールの名を背負う者が面白みのない結果しか出せない』……そう笑うのは何もクレマンだけではなかった。

それだけで笑いの的となるくらいにはこの名前は大きすぎたし、何より、我が家を敵視している家からしてもそのくらいしか突っつける事がないのだ。

そんなこんなで一部から散々に笑われている私だったけれど、正直聞こえてくる嘲笑やらに興味はなかった。

私が興味を持っていたのは二つ。

「ねぇ、聞いた? エメリーヌ様ってば、またジョゼット様を虐めたとか。階段から突き飛ばしたそうよ」

「私は池に突き落としたと聞いたわ」

「よくもまぁ、あんな涼しい顔が出来るものですわ」

「他者を寄せ付けないあのクレマン殿下ですら同情するくらいとか」

「このままでは婚約すら危ういのでは? 他者を平気で害する女性など、王家の結婚相手にはふさわしくないでしょう?」

わざと私に聞こえるように話しているような声。

私がそちらを見れば囁いていた女子生徒達はさっと視線を逸らした。

けれどその口元は笑っている。

私は一人、向こうは五人。人数で自分達が優位だと……私が何も言えないと思っているのだろう。

まあ、確かにわざわざ言い返しにいったりはしないが。

私はにこりと彼女達に微笑んでからその場を離れる。

最近、いちいち弁明してもきりがない程には、この手の噂が広がりつつあった。

――ジョゼット・ブルドン子爵令嬢絡みの悪評。

これが興味を持っていたことその一。

「ご機嫌よう。お隣、よろしいですか?」

昼休憩。私は学園の図書館に足を運ぶ。

そして目的の席――ある男子生徒の隣までやって来る。

「どうぞ」

男子生徒はちらりと私を横目で捉えてから短く答えた。

私は会釈をしてから席に着く。

そうして持っていた学術書に目を通し始めた時だった。

「最近、君の婚約者は他の女性にお熱なようだが」

男子生徒の方から、私へ声を掛けてきた。

部屋の照明を反射させる銀髪に白い肌、スッと通った鼻筋。

美しい顔立ちの彼は長い睫毛を備えた金色の瞳を私へ向けた。

「そのようですね」

私は涼しい顔で答える。

興味を持っていたことその二。

――ヴィルジール王太子殿下との時間。

彼は隣国カルマーネから留学に来ている王太子だ。

どこぞの第一王子とは違い、文武両道で他者を蔑むような言動も見られない、王族としての品性も備えた優秀なお方。

そんな彼はまだ婚約者がいないようで、その座を狙った女子生徒が毎日のように彼へ猛アプローチを仕掛けるのだとか。

ただし彼女達は軽い挨拶以上の関わりはヴィルジール殿下や彼の護衛によって断られ、中々お近づきになれないらしい。

昼休憩に図書室にいる彼の周りに生徒が集まらないのも、彼の後ろに控えている護衛が追い払っているからだろう。

であるならば何故私が彼の隣に座れるのか……その答えは簡単だ。

『上手くやったから』。

最初はダメ元で偶然を装った出会いを何回か重ね、接点を作ってみようと動いた。

するとこれがすんなり上手くいったのだ。

「それで? いつになったら君は偶然を装って私に会いに来る理由を教えてくれるのかな」

……まあその思惑ははっきり、しっかりバレていたが。

自分でもベタ過ぎると思う手ではあったので、寧ろこれが通った事の方に驚いていたけれど、どうやら彼にとっては私との出会い方が故意かそうでないかはあまり関係ないらしい。

私が現在、目的を持ってヴィルジール殿下と接触し続けている……その事実と、隠された目的に彼は興味があるらしい。

そんなこんなで気が付けば私だけでなくヴィルジール殿下まで『偶然』を装った出会いのお膳立てを始め……私達は図書館で会う事が日課になっていた。

そして私は彼と接する中で、彼が何を求めているのか、彼がどのような性格をしているのかを理解しつつあった。

私はにこりと微笑む。

「いつも言っているではありませんか。そのお話がしたいのでしたら、まずは何故殿下が『偶然』を装ってまで人払いをしてくださっているのかをお話ししてくださいませんと」

金色の瞳に映るのは愉悦の色。

品定めするような、試しているような、そんな目で彼は私を見ている。

私の返答を聞いた殿下は小さく笑う。

「『偶然』だ」

「でしたら、私も『偶然』ですわ」

私達は互いに知っている。

『偶然』を装うにしても、もっと上手くやる方法が無数にある事を。

その中で敢えて相手にバレる選択をしているのは――『駆け引き』を楽しむ為だった。

私達は知っている。

相手が聖人ではなく、どちらかといえば性悪の類である事を。

腹の黒さというのは王族や貴族であれば当然ともいえる性分ではあるが、私達にはそれを楽しむだけの余裕と、性格の悪さが備わっていた。

互いに『相手が隠している本性』を暴く事を楽しんでいる。

だからこそ相手が食いつきそうな餌をぶら下げながら、相手が素顔を見せる時を今か今かと待っているのだ。

とはいえ……私が最も優先したい事は殿下と遊ぶ事ではない。本当の目的はその先にある。

だからこそ、そろそろこの遊びも一区切り付けなければならないと踏んでいた。

「そうか」

ヴィルジール殿下は満足そうに喉の奥で笑う。

それから彼は私の気を引く為に、私が見ていた本を勝手に閉じる。

そして私の顔を覗き込んだ。

「では……君が魔法の授業で毎回平均値ばかり叩き出すのも『偶然』か?」

殿下の眼差しに応え、笑みを深めつつも私は答えない。

その代わりに私は話を切り出した。

これは好機だった。

「ヴィルジール殿下」

「何だ」

「もし、私がヴィルジール殿下がお喜びになる芸を披露できるとすれば、如何しますか?」

金色の目が瞬かれる。

それから彼は妖しく口角を釣り上げる。

……日頃、聖人のような笑みを浮かべる好青年とは思えない顔だ。

「褒美が欲しい、と」

私は笑顔のまま、その言葉の先を待つ。

ヴィルジール殿下は暫く私の顔を眺めた後、頷いた。

「であれば、私は君の望む事を何でも一つ聞こう」

きっとヴィルジール殿下は私の望む事を悟っての事なのだろう。

私が最も欲していた言葉を、彼は簡単に口にした。

***

タイミングが良かったというか何というか。

翌日の昼休憩。

私は『クレマン殿下が「エメリーヌと婚約破棄をする!」と言いふらしている』という話を聞いた。

だから私は校舎の階段の前で待っていてあげる事にした。

必死で私の元まで駆け付けるであろう婚約者様を。

そして、彼は私の思惑通りにやって来た。

――ジョゼットを連れて。

彼は言う。

「エメリーヌ・シュヴィヤール! お前との婚約を破棄する!!」

私は何も知らないふりをして首を傾げた。

するとクレマンは続ける。

「お前はジョゼットに数多くの嫌がらせをした! それによって彼女は心に大きな傷を負った。俺はお前のような地位に胡坐をかくだけの女を、王族の婚約者としては認めない! よってお前との婚約を破棄する!」

特大ブーメランである。

まあ、私が今言及すべきところはそこではないので聞き流してあげる事にするが。

「……嫌がらせ、ですか?」

そう。私が突くべきはこちら。

するとクレマンは激昂する。

「白を切るつもりかッ!」

「ひ、酷いですわ、エメリーヌ様……っ」

ジョゼットまでもが口を挟む。

私はきょとんとしたままの態度を貫いた。

「白を切るも何も、私には全く心当たりがありませんもので」

「何だとっ」

「嘘よ! 私、池に落とされたもの!」

「池……?」

「他にも、二階から鉢植えを落とされたわ!」

「全く覚えがありませんが……他には?」

事実、私は彼女には何もしていない。

というか、していたのはこの二人の方だ。

二人は私に虐められている可哀想な女とそれを慰める男という免罪符を掲げて、学園内で堂々と浮気を繰り返していた。

それを咎めなかったのは私の分が悪かったからでも、私が気付いていなかったからでもないという事に、二人は気付いていないのだろう。

「あとは……そう、階段から落とされました!」

何度か問うている内。

ついにジョゼットはそう言った。

私は笑みを深める。

「……なるほど?」

「漸く認める気になったか!」

私が相槌を打てば、クレマンが勝ち誇ったように笑みを深める。

「いいえ? けれど、貴方達が私を『下級貴族の令嬢を虐めた女』に仕立て上げたいという事は理解しました」

「な、なにを――」

「ですから、お望み通りの悪女になって差し上げようと思いまして」

私は最大限の満面の笑みを深め、つかつかと二人へ速足で近づく。

私はどちらかといえば人相が良くない方なので、もしかしたら圧を感じたのかもしれない。

クレマンが数歩後退った。

けれどそれは私にとってはあまりに都合が良かった。

「階段から落とされた? でしたら――」

私は笑顔のままジョゼットの腕を掴む。

そして咄嗟の事に反応できない彼女をすぐ傍の階段まで引っ張り……

「――お望み通り、落として差し上げましょう」

――思い切り突き飛ばした。

ジョゼットの体が傾いていく。

「き……っ、キャァァァアアッ!!」

「な、じょ、ジョゼット――」

私は悪女らしく高笑いをしながらジョゼットの姿を見送る。

彼女の体は傾き、そのまま段差を転がり落ちる――

……そう、思われた。

しかしそうはならない。

ベタン。

落下にしては何とも軽い音と共に、彼女は倒れた。

……地面と水平に。

彼女の体はまるでただの平坦な床の上にあるかのようだった。

私達と同じ高さで倒れ込む彼女の体の下は確かに転がり落ちればひとたまりもないような階段が続いているのだが、彼女の体はその階段の上――空中に倒れているかのような絵面がそこには広がっていたのだ。

「……え、ぇ……?」

騒ぎに駆け付けていた生徒達や近くにいたクレマンだけでなく、ジョゼット本人すら何が起きているのかが分からず呆けている。

その中で私はスンと悪女らしい高笑いを止めて、こほんと咳払いをしてから、今度は品良く、くすくすといったいつも通りの笑いを零した。

「するわけないじゃありませんか、そんな事」

パチン、と私は指を鳴らす。

瞬間、周囲の光景が大きく歪み――本来の姿へと戻っていく。

「げ、幻影魔法……」

生徒の誰かがそう呟いた。

そう、私はこの空間全体に幻を映していた。

とはいえ、広がる光景は魔法が解ける前と殆ど瓜二つだ。

異なる点といえば……階段が先程よりも数メートル先にある事くらい。

つまり、平坦な床に座り込んでいる今のジョゼット様の目の前が階段の開始地点となっている。

要は、私は幻影魔法で――階段がないはずの場所に階段の幻影を見せ、ジョゼットが落下するように錯覚させたのだ。

「ひ、ヒィ……ッ」

幻影が解けるや否や、ジョゼット様は目の前に広がる階段を恐れ、離れるように体を引きずる。

辺りはどよめき出していた。

「げ、幻影魔法は研究者ですら一握りしか使えない非常に困難な魔法のはずじゃ」

「それを、こんな広範囲に渡って……!?」

ご説明どうもありがとう、見知らぬ生徒さん方。

彼らの補足のお陰で、空っぽな脳みそをお持ちの婚約者様と恋に夢現を抜かした愚かな乙女も多少はこの状況を呑み込めたようだ。

「う、うう嘘だっ! だってお前の魔法の成績は――」

「あら、お忘れの様ですわね、クレマン殿下」

狼狽えるクレマンは、目の前で恐怖から涙と鼻水で顔を汚す浮気相手の事など見えていない様子だ。

そんな彼に向って私は目一杯の嘲笑を浴びせる。

「私はシュヴィヤールの娘ですよ? このくらいの事が出来ず、この名を背負える訳もありませんでしょう」

「だが、試験の成績は――」

「ああ、魔法の成績? 私、そんなものに興味はございませんから。私、そんなものよりも――」

私は視線を泳がせる。

そして、階下に集まっていた生徒の中、目的のものを見つけ、目を細めた。

銀糸のような美しい髪、純金の如き瞳、天使や人形の如き端正な顔立ちに――それにふさわしくない、笑みを堪え切れない愉悦に満ちた顔。

「――もっと手に入れたいものがありますもの」

これは私の目一杯のプロポーズだ。

その意図が分からない彼ではないだろう。

ヴィルジール殿下は腹を抱え、肩を震わせてくつくつと笑い――それから耐え切れないというように声を上げて笑い出した。

日頃、隣国の王太子としての外面ばかり取り繕っていいる彼の高笑いに周りの生徒は驚く。

だか彼はそんな事は気にも留めず、野次馬の中から躍り出る。

「良いだろう、エメリーヌ・シュヴィヤール」

彼は優雅に階段を上る。

「今の魔法を見れば、誰かを陥れるのに敢えて手を汚す必要がない事くらい明白。そんな事よりも、恐ろしい幻を見せればいいだけの話だ。この場で本当に責められるべきは、そんな彼女を陥れようとした者達の様だ」

クレマンとジョゼットが顔を強張らせる。

既に、二人には冷たい眼差しが多く突き刺さっていた。

「まあだが幸いなのは……そのような人物自ら離縁を申し出た事でしょうね。そうは思いませんか、クレマン殿下?」

「な、そ、それは……っ」

「貴殿が、罪を偽装してまでエメリーヌ嬢と別れたがった事、また一方的な婚約破棄を申し出た事についてはこの場にいる全員が証人となるでしょう。今更、言い逃れも出来まい。……ですから」

ヴィルジール殿下は私の傍まで寄ると私の手を引いて、抱き寄せた。

「彼女は、私がもらいます」

「な、ぁ……っ!」

「婚約解消が成立した後、彼女――」

騒ぎがさらに大きくなる。

そんな事もお構いなしにヴィルジール殿下は更に明確に宣言するのだった。

「――エメリーヌ・シュヴィヤールと私は婚約を交わす」

***

どこの国でも魔法の才というのは重宝されるものだ。

私がシュヴィヤールの名に相応しい魔法の才を隠し持っていた事を知ったクレマンは婚約解消を取り消そうと躍起になったそうだが、そうすればする程、彼自身の評価を落とすだけ。

結局はそんな愚息を見かねた国王陛下から婚約の解消を認める話が出て、晴れて私はクレマンという将来の大きな不安要素と縁を切ることが出来た。

その後、私は当初の目的通りにヴィルジール殿下と婚約し、今は学園生活の傍ら、『偶然』を装わずに二人きりの時間を過ごすようになった。

休学日。我が家を訪れたヴィルジール殿下を前に母は満面の笑みとサムズアップで私にこう言う。

「流石私の娘だわ。これ以上ない玉の輿に乗るなんて」

カルマーネ王国は我が国よりも広大な土地と資源を保有した大国だ。

その王太子との婚約ともなれば、確かに『玉の輿』とも言えるのだろうが……問題なのはその言葉がはっきりとヴィルジール殿下にも聞こえていた事だろう。

「この親にしてこの子あり、という事かと納得した」

「はは……申し訳ありません」

庭園を眺めながら二人でお茶をする中で呟かれた言葉に私は苦笑する。

それから私達は他愛もない話をする。

そして少し経った頃。

「しかし、このままでは退屈になってしまうな」

「退屈?」

「君との駆け引きがなくなってしまった」

私の企みも、互いの腹の底も明かしてしまい、図書館での『偶然』もなくなった。

以前のような関係を少々惜しんでいるらしいヴィルジール殿下の言葉に私は少し驚く。

それから小さく笑い、私は席を立つ。

「いいえ? 殿下」

私は彼の傍まで近づくと彼の頬に触れる。

自然と顔を上げるような形になった殿下の顔に自分の顔を寄せながら私は囁いた。

「駆け引きの代名詞といっても過言ではないものがございますでしょう?」

そう言って私はヴィルジール殿下の唇に自分の唇を重ねる。

ほんの少し、軽く触れ合わせてから私はすぐに身を引き、何事もなかったかのように席へ戻ろうとする。

その動作の中で、挑発するようにちらりと彼を見つめれば、驚いたように目を見開いていたヴィルジール殿下が笑みを深めた。

「……なるほど」

彼は席を立つ。

それから長い脚であっという間に私と距離を詰めると、私の体を抱き寄せたまま――唇を塞いだ。

先程とは違う、内側まで暴かれる様な、長く深い口づけ。

けれど存外、甘く優しいそのキスに私が呼吸を乱してしまうと、やがて彼の口が離れていく。

「それはきっと――これまでよりも良い日々が送れるだろうな」

美しい金色は私だけを映している。

それに気付いた私は酷く満足してしまい、彼と見つめ合いながら笑みを深めるのだった。