作品タイトル不明
76.静養生活
倒れた私は、すぐさま自室のベッドに運ばれた。
駆けつけた医者によると、私は栄養失調を起こしているらしい。
監禁されている間、パンと野菜だけのスープしか与えられていなかったものね。
それから医者は、睡眠不足であることも指摘した。私の傍にいたユリウスの表情が曇る。
「不安と恐怖で、まともに眠ることも出来なかったのか……」
単に、ベッドが固すぎてよく眠れなかっただけなんだけどな……
医者からは暫く静養に専念するようにと言われた。過度な運動や、長時間の外出も控えるようにとのこと。
「当分は、メイドの仕事も休んだ方がいいな」
医者が帰った後、ユリウスがそんなことを言い出したので、私は「えっ」と大きな声を出していた。
「お、お菓子作りもダメでしょうか? せめてタルトタタンだけでも……!」
「……ああ、ミルティーユのことか。彼女のことは気にしなくてもいい。事情を話せば待ってくれるだろう」
「そうだといいのですが……」
お菓子の話をしていたら、何だかお腹が空いてきた。
そのことを察したのか、ユリウスが「食事を持ってこよう。少し待っていてくれ」と部屋から出ようとする。
だがドアを開けると、そこには無表情のマリーが立っていた。
「アニス様のお世話は私がいたします。ユリウス様はご自分のお仕事をなさってください」
「し、仕事なら後で手をつけるつもりだ」
「今すぐに始めてください。どれだけ溜まっていると思っているのですか。余裕をぶっこいていると、大変なことになりますよ」
眼鏡のブリッジをクイッと上げながら、マリーが冷ややかに言う。室温が二、三度下がった気がした。
助けを求めるように、ユリウスがこちらへチラチラと視線を送ってくる。しかしマリーも「甘やかさないでください」と言いたげに、私を見ている。
「ユリウス様……私のことは大丈夫ですから、執務室にお戻りください」
私がそう言うと、ユリウスはショックを受けた顔をした。しかし彼を庇ったら、私までマリーに怒られてしまう。
「……分かった」
静かに返事をして、部屋を後にするユリウス。その背中には哀愁が漂っていた。
「ユリウス様には、さっさと仕事をしてもらわなければ困ります。期限が明日までの書類もあるので、本当に困ります」
「あ、明日!?」
道理でマリーも急かすわけだ。
「……いなくなったアニス様が気がかりで、仕事が手につかない状態だったらしいのです」
「そうだったんですか……」
マリーの言葉に、頬が熱くなる。
ユリウスがそこまで私を心配していたなんて、嬉しいやら恥ずかしいやら。
「さて。ユリウス様が死に物狂いで頑張っている間に、アニス様はゆっくり休んで体力を取り戻しましょうね」
「は、はい」
こうして私の静養生活が始まった。
美味しいご飯とたっぷりの睡眠のおかげで、体重が戻り始めて、目の下のクマも取れた。暇な時はマリーに付き添われて庭園を散策したり、ポワールから借りた本を読んだりしていた。
そして夜になると、必ずユリウスが私の様子を見に来る。マリーに見つかると、執務室へ強制送還されるのでこっそりと。
「アニス、体調はどうだ?」
「わ、私は元気です」
「そうか。それはよかった」
激務のせいか、ユリウスはげっそりとしていた。
体もふらついているし、私の心配をしている場合じゃないと思う。
私が「ユリウス様、大丈夫ですか?」と尋ねると、「大丈夫ではない。今夜も徹夜だ」と正直な答えが返ってきた。
「だが君の顔を一目見たかったんだ」
「ユリウス様….」
「おやすみ、アニス」
ユリウスは優しい声でそう告げて、部屋から出て行った。
その数分後やって来たマリーが、「先ほど、ユリウス様がいらっしゃいませんでしたか?」と尋ねてきたので、私は首をぶんぶんと横に振った。