作品タイトル不明
57.本屋にて
私はまた街へと出かけるようになった。
マリーには「おやめになった方が……」と止められたものの、指名手配犯の仲間が潜伏しているかもしれないという話が嘘だと分かった以上、屋敷に籠っている理由もないからだ。
雇い主であり、夫であるユリウスの言いつけを破って、オラリア邸から追い出されるのならそれでもいいと思った。
しかしユリウスは、今のところ私を呼び出して咎めることもなく、自由にさせている。……私と顔を合わせるのが嫌なだけなのかもしれないけれど。
「うわぁ~~! この本、続編出てたんだ!」
本屋でぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶポワール。
彼女とこうして外出するのも久しぶりだ。
私もお菓子のレシピ本を探そうとしていると、ふと平積みされている新聞が目に留まった。
手に取ってよく見ると、私について書かれた記事が載っている。
その内容は、以前ミルティーユから聞いたものとほぼ同じ。
そして記事の最後には、『オラリア公爵家最大の汚点』と綴られていた。
やっぱり私が一番恐れていた事態になってしまった……
「あれ? フレイは本買わないの?」
「…………」
「おーい」
私の前で手を振るポワールに、私はハッと我に返った。
「あ、す、すみません。ボーっとしてしまいまして……」
「うーん。フレイ最近お仕事頑張ってるもんね。体がお疲れなんだよ」
「ほら、クマ出来ちゃってる」と、ポワールが私の目の下を指差す。
それは彼女以外の使用人からも言われていた。
近頃の私は、確かに働き詰めかもしれない。休憩時間も、掃除や洗濯などの手伝いに宛てている。
しっかり休まないといけないのは、私も分かっているのだけれど……
「ポワールさん、私もすぐに本を選ぶので少し待っててください」
「うん! ……あっ」
ポワールが新聞の記事をじっと見詰める。が、すぐに子供のようにぷっくりと頬を膨らませて、そっぽを向く。
「何これ。アニス様のことを悪く書くなんて許せない!」
「ポワールさん……」
「ユリウス様も出版社に抗議すればいいのに。こんなデタラメな記事を書くなって」
「……そうですね」
私は相槌を打ちつつ、目当ての本を探しに向かった。
他人から嘲笑われたり、罵られることは慣れている。
だが、こうして誰かがそのことを怒ってくれたことは、一度もなかった。それだけのことがとても嬉しい。
気がつくと、私はフルーツを使ったレシピが多く載っている本を手に取っていた。
美味しそうな林檎のお菓子のイラストを見ていると、ユリウスの顔が脳裏に浮かぶ。
「…………」
それを棚に戻し、別の本を持ってポワールの下へ戻る。
「お待たせしました、ポワールさ……」
私はそこで言葉を止めた。
「ううん。全然待ってないよー」
『待ってないよー』
ポワールが何故か……二人いる。
「ポワールさん、分身しました?」
「え? してないよ」
『してないよ』
『してないよ』
私は、三人に増えたポワールに取り囲まれた。
え? 何これ……
「フレイ大丈夫? 顔色悪いよー?」
『大丈夫?』
『顔色悪いよー?』
『悪いよー?』
ああ、ポワールがどんどん増殖していく。
困惑していると、ぐわぁんと大きな目眩が私を襲った。
「あ……」
ダメ。もう立っていられない。
そう思った瞬間、私は気を失ってしまった。