作品タイトル不明
親愛なる我が黎明へ 其の二十七
◆
「ふぅ………」
全く、これだから毒持ちの敵には碌な思い出がない。
思い返せば貪食の大蛇と戦ったあの日から、毒に苦しめられっぱなしだ。
とはいえ皇金竜剣の実地テストとしては及第点、と言ったところか。
「悪いな、試し斬りに使っちゃって」
「あ、ハ、はハ………」
横一文字に喉を切り裂かれた「ウワア」なるゴルドゥニーネが、掠れた空気を漏らす。
表情と唇の動きでそれが笑っているのだとかろうじて理解できた。
「 皇金竜剣(マーウォルス) 、中々どうして 手が焼ける(・・・・) 奴だな」
戦闘中にこいつに起きた変化には「何事だ」と慌てさせられたが……戦闘中に把握した分と、改めて今確認した分で皇金竜剣の運用については大体理解した。
これでフルスペック出してないんだから凄いな竜滅装備ってのも。
皇金竜剣をインベントリアに納め、改めてウワアを見る。
致命傷は喉の傷だが、実際は身体からの毒槍を叩き斬り続けたのが効いたらしい。
どうもあの攻撃はHPを削って発動するタイプだったようで、皇金竜剣を振り回すのが楽しすぎて片っ端から斬っていたらどんどん向こうが消耗していたからな。
「ア……ハ、ハシ……ハ、ハエ…………」
「……………」
喉を切り裂かれた上で 焼かれている(・・・・・・) ウワアの言葉は、血飛沫のようにも泡のようにも吹き出すダメージエフェクトにかき消され、奇しくも蛇の威嚇音のようにしか聞こえない。
が、何を言いたいのかは大体わかる。
「悪くない戦いだったぜ ウワア(・・・) 」
「……!」
名前を呼べ名前を呼べ、とずっと騒いでいたのだから末期に何を望んでいるのかも予想がつくというもの。
何をどういうつもりでそんな不吉極まりない名前にしたのかは知ったことではないが……というかネーミングセンスの話をすると「ウィンプ」がかなり アレ(・・) なので……まぁ自分で決めて名乗っているなら当人的には満足してるのだろう。
それに名前のネーミングセンスという意味ではプレイヤーは何か言える立場ではないしな。
ふと街中を歩いている美女の名前が「悲鳴調教触手トマト」だったりするのだから、ウワアなんて可愛らしい名前だろう。
なんだよ触手トマトって……どこの部分が触手になってるんだ、そもそもなんだそのいかがわしい意思で蠢く野菜は。
二度見させることに何か想像を絶する熱意を燃やすやつ、結構いるんだよな。
「ウ、アア……そ、……ヒュ……ワ、ヒャヒ………」
それが最後の言葉だった。
その掠れとともに人の形をしていた身体が、その眼同様に毒に変じて溶けていく。
ゴルドゥニーネはどいつもこいつもパーソナリティの中心に負の感情を抱えたような連中だ、躁に近いテンションでゲラゲラ笑っていたウワアが最期は……あるいは二度目の死においては破顔ではなく薄く微笑みながら溶けていったのは、こいつにとっては幸せだったのだろうか………………
「…………」
なんつーか、うん……………ボスのオプションパーツみてえな敵Mob一体倒しただけでいちいちこの後味の悪さでいくのか!?
今更敵の見た目で手が鈍るような対人歴はしていないが、それはそれとして「はいお疲れ次」と流れ作業でやるにはこのゲームのリアリティは高すぎる。
なにより初見プレイだ、イベントスキップは極力したくはない。
とはいえボスドゥニーネ本体でもないのにかなりの強敵だった。
HPがプレイヤーに近いのと反動ダメージがあるタイプの技を多用してきたからこそ手早く畳むことができたが、こんなのが10も20も湧いてきたら流石にまずい。
奇襲とはいえ大柄なアバターである俺を掴んでそのまま走っていくようなやつだ、この見た目で中身はレイ氏……サイガ-0の膂力と言っていいだろう。
これでレイ氏のように魔法まで使いこなしてきたら本当に泣くところだった。
新大陸の解放……いやどちらかというとバハムートの出現の方か、それから幾分か経った。
竜災大戦以降、三桁プレイヤーもそう珍しいものではない。
俺もそれなりの数の三桁プレイヤーを見てきたが……にしたってレイ氏は外れ値だろう。あれは 理想(テンプレ) の行き着く果てだ。
それがユニーク装備でフル武装しておっかない馬に乗ってるんだから同じ方針でビルドしてるプレイヤーからしたらたまったもんじゃねえな。
「さて………… 目ェ合ったんだから(・・・・・・・・・) そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」
俺とウワアは何も狭い土俵の上で戦っていたわけじゃない。
俺もやつも有利な立ち位置、地の利を得るために結構走り回ったし飛んだり跳ねたりをしていた。
おかげで今俺がどこにいるのか、他の面々と逸れた位置からどれほど離れたか分からなくなってしまったわけで……さらに言えば、どっちに行けばいいのかもちょっと怪しい。
つまるところ遭難したわけだが……それとは別件で、どうも戦闘中に野良のパーティがいるところに突っ込んでしまったらしい。
それも見覚えのある………黒い鎧。
「もしかして配信中だったり?」
配信にはあまりいい思い出はない。
◇
(うっすらそんな気はしてたけど……こいつ、 全部(・・) が強い!)
剣士である時点で、薄々予想はしていた。
少女の姿である時点で、嫌な予感はしていた。
そして彼女が「ゴルドゥニーネ」である時点で……予期していた通りであった。
(速くて硬くて何より力持ち……! 斬る斬られるの前にキレそうだよほんと……!)
鍔迫り合いをすれば押し込まれる。
幾度か斬ったが怯む様子はない。
距離を離せば先に距離を詰めるのは向こう。
そして何より………
「もうスコし、ナガくフトく」
「もう十分でしょ……!」
京極が回避した直後、彼女がいた場所をもはや刃のみで3メートルほどにまで肥大化した黒曜色の殺意が大地を破断する。
元々は京極の振るう刀と同じサイズであったはずのヨゾラの刀。しかし、それは彼女のどんな無理難題であろうと叶えてみせると言わんばかりに変幻自在の変形を繰り返していた。
(幸い、大きくしたら相応に振りづらくなっているようだけど……)
振りづらいだけで、振っていることに変わりはない。
そしてそんなものを振り回せる膂力で大質量をぶつけられれば、三桁レベルであろうと無傷では済まない。
(スキルを使えば速度は勝てる、けど……)
そも、 「京極」(キョウ・アルティメット) のスキル構成は長期戦を前提としていない。
長くても三十分、それ以上はスキルのリキャストタイムが積み重なって首が回らなくなってしまうのだ。
二足三紊(にそくさんもん) 、まだ使えるが歩幅と進む距離を変動させるこのスキルはインファイトでの間合いの取り方が極めて難しい。
風雷怒濤、既に使ってしまったためリキャストタイム終了待ち。
雷鳴電光瞬殺刀、使用可能……しかし、使用後のデメリットであるスタンは 決め技(・・・) 以外で使うには危険すぎる。
牙地走(ガジバシリ) 、移動後に攻撃をヒットさせれば効果が継続する高速移動スキル……使用。
地を這う蛇の如く、低姿勢のまま京極が"現時点"半径3メートルの殺傷圏に飛び込む。
加速した京極の突撃を止めるには刀身が大きすぎる。
ヨゾラが巨大な黒曜色の殺意を縮めるよりも先に、京極の袈裟斬りがヨゾラを斬り裂いた………が。
「胴あり、の筈なんだけどな……」
じゅるる、と。
傷口がダメージエフェクトを出すよりも先に、まるで 蛇が這う如く(・・・・・・) ヨゾラの傷口をなぞって毒が傷を覆う。
(もう五回は深く斬ってる、プレイヤーならとっくに死んでるしモンスターだって少しは手負いの動きをする筈なのに……パフォーマンスが落ちない!)
ただひたすらに、死なずの生命力。
地を這い、泥を啜り、腐肉に食らいつこうとも生きることを求め続けた一番目。
その規格外の生命力が京極をジリ貧に追い込んでいた。