軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

親愛なる我が黎明へ 其の二十五

トレースAI「龍宮院富嶽」。

それはシャングリラ・フロンティアを生み出した神……あるいはアドミニストレーターを名乗る女からすれば、まさに僥倖であったといえよう。

世界を構築する上で、NPCのAIに剣術を生み出させること自体はそう難しいことではない。だが実在する実績ある剣豪の動きを、思考を得られたことは彼女の望む「リアリティ」に大きく貢献した。

かつては断られた龍宮院富嶽へのトレースAI作成オファーを、何故突然彼の方から受けると連絡が来たのか。

それに関して彼女はなんの興味も感慨もない。それは本人の胸中にあるべきものであり、その傷心も絶望も……息子や孫達への愛情も、自分には無関係であったし、自分から何かするべきことでもないからだ。

誰しも、不躾に 触られたくない思い出(・・・・・・・・・・) があることくらいは、彼女も知っている。

だが、動機はなんであれ彼女とて冷血漢ではなく、協力に対する感謝とリスペクトはある。

故に………

限られた強者、一握りのスキル。

その中にだけノンフィクションの「剣豪」が込められている。

「………………」

思ったより何も感じなかった。

京極は、もしかしたら自分は取り乱して激昂するのではないかと考えていた自分が、驚くほど冷静なことに心の中で驚いていた。

「ま、龍宮院流は別に一子相伝でも秘匿されてもないし……だからかな?」

月謝を払えば誰でも学ぶことができる、それが龍宮院流である。

だが祖父の技量がそのまま転用されている事実……これには流石の 京極(わたし) もブチ切れ不可避───

ともならなかった。

「お祖父様はボケなかったからね……きっと、分かってやったんだ」

トレースAI制作の協力。それはいわば、経験のデータ化であり人生の身売りに他ならない。

だが、それ知らずにやったのだと憤ることは何よりも祖父への侮辱だ。

これから過去になる、あるいはもう過去である自分はきっと越えていかれるだろう。その一助に自分の経験が役に立つのならば……願わくば、それが己の家族であるならばこれ以上ない喜びであると。

答え合わせはできない、トレースAIはあくまでも動きと戦術的な思考しか再現しない。そこに情緒は存在しないのだ。

だから、京極の思い出の中にいる「きっとあの人ならこうする、こう言う」という……アナログで、それ故に何よりも尊い、 想起(トレース) された祖父ならばきっとそう言うのだろうと。

それはそれとして。

「…………ま、もう一つ理由はあるけどね」

見様見真似で心技体の技以外は全部足りていないにも関わらず、腹が立つほどに祖父の立ち回りを上手く真似ながら跳ね回る ドアホウ(・・・・) に比べれば……技を理解し咀嚼して強者に実装する程度、むしろ行儀がいいと言える。

少なくとも「よっしゃあ! これぞ天地逆転倍速龍宮院流!!」などとほざいて頭頂部を地面に擦りながらスライド移動するアホよりは! よっぽどに!! お上品なのである!!

「なんであんなふざけ倒した挙動でそれっぽさが残ってるんだよ……!」

似ても似つかぬ、それ以前に「似る」という言葉を使うことすら馬鹿馬鹿しい動きにも関わらず「あ、確かにそこの動きは龍宮院流っぽいな」と感じてしまった事は、京極にとっては屈辱の記憶であった。

ものすごく、ものすごく癪ではあるが……あの変人は心技体の「体」だけで「技」を模倣できる。

「要するにこうしたいからこの動きをするのだろう」と結論から過程を引っ張り出し、「とはいえ俺がやりたいのはここの部分だけだから他はやらなくていい」と欲しい部分だけを抽出する。

故に龍宮院流とは似ても似つかぬ宙返りの中に「それっぽさ」が残っていることが京極にとっては無性に腹の立つことであり……同時に、それはこの世界において龍宮院流の技は確かに使うだけの「理」があるというある種の福音であった。

「シャンフロは所詮ゲーム、所詮お遊び……」

だからこそできる ふざけた真似(・・・・・・) 。

祖父の影に刀を突きつけ、京極は犬歯を覗かせる笑みを浮かべて告げる。

「昔はできたけど成長したらできなくなったこと……君で試させてもらうよ」

「よくワからないが……ウけてタと───」

ヒュン、と風切り音。

「ナニっ!?」

ヨゾラが咄嗟に刀を振るい、飛んできたそれ……短剣よりもさらに小さい投擲暗器を弾き飛ばす。

「父にも! 母にも! 兄にも! 聞いたことがあった! みんな同じ答えだった!!」

ヨゾラが受けに回った一瞬、一気に加速した京極は必殺たり得る殺意を切先に込めて……喉笛へと突き出す。

毒色に染まった蛇眼がぎょろりと照準を今まさに己へと突き立てられんとする刃に向けられ、わずかに首を傾ける最小限の動きだけで回避。

しかし、殺意をかわしたヨゾラが次に目の当たりにするは……轟々と燃え上がる、紫炎の尾。

「……「一回くらい、なりふり構わずお祖父様を不意打ちで襲ったら勝てるんじゃないか?」って思ったことはないか、と!」

【 六ノ(ナインテー) 尾焔(ル・シクス) 】。

人類に存在するはずの無い 燃える尻尾(・・・・・) が今まさに返礼の反撃を繰り出さんとしていたヨゾラを再び防御の対処に押し込む。

───無論、実際にやってやろうなどとは考えたこともないが。

当時小学六年生の……彼らから見れば十分に幼い彼女の問いに、近くに当人がいないことをよく確かめてからこっそりと漏らしてくれた本音。

父は言った。

「お前の兄が生まれた時に酔い潰れた父を見て思ったことはある」と。

母は言った。

「あまりにも父……幼馴染が負け続けてたものだから、下剤でも仕込んでやろうかと思ったことはある」と。

兄は言った。

「父には本当に本当に本当に内緒にしてほしい、二回やったことがある」と。

剣の道で偉大な祖父を超えたい、という気持ちは揺るぎないものだ。

だが、それとは別に………みっともなく、無様で、なりふり構わない全身全霊をぶつけてみたい気持ちもまた、京極の中には確かにあったのだ。

そしてその想いは、天の代行として人を誅する鍋蓋と花火と団子の串が飛び交う幕末の地にて、確固たる欲として形を成した。

祖父が遺した、祖父そのものと相対できる 場(ゲーム) ではまだ気が引ける。

だが、ここならば。祖父の影、決戦の夜、戦わなければならない理由。

「野試合だ、お行儀悪くふざけていこうよ」