軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その鼓動と、血潮の高鳴りこそが

───逃げた先でも追い詰められたなら、一体どこに逃げ場があるのだろうか。

ただ疲れた。感情を抱くことに? 自ら何かを選び取ることに? あるいは全てに。

「…………」

ぼんやりと眺める空は雲ひとつなく澄み渡っていて。まるで何の感情も抱くことに疲れ果てた自分の心のようで。

「……何やっても、ダメだなぁ」

望まぬ歌、望まぬ方針。事務所に反発したとてスランプになってしまえば負け犬よりもなお無様。

歌詞も浮かばず、もうピアノには何日も触れていない。

きっかけは一つの失敗。 神阪 紫夕(シユー) としての一世一代の大舞台を体調不良で ふい(・・) にしてしまったこと……ソレが原因で少なくない批判を浴びたこと。積りに積もった鬱憤や不満が限界を迎え、打開しようにも悪いことは積み重なり続けて。

そうして逃げてきた、シャングリラ・フロンティアという神阪 紫夕じゃない自分になれる世界へと。

シユーと名乗り、それでもやはり誰かと関わるのは……厳密には、誰かの汚い部分を見るのが怖くて、一人で進み続けてきた。

改善しなければ、どんどん悪化していく。人を厭う気持ちはいつしか人嫌いへと。単なるソロプレイがいつしか度を超えた隠居に。何故かゴリラと一緒に生活することになったが、少なくともゴリラはSNSに悪口を書き込まない。

だからこそ、何もかもを捨てたような気持ちで……シャングリラ・フロンティアにのめり込んだ。自分の夢であったはずの歌手ですらも、遠ざけるようになって……

そして出会った、白い髪と赤い目を持つ少女に。

真正面から遠慮なく罵倒をぶつけてくる姿は、罵倒へのショック以上に…… 憧れた(・・・) 。子供の頃から目指してきた夢、心のままに歌うこと。だが歳を重ねる程に増えていくしがらみや遠慮、そういったものに縛られていく自分と違って、思うがままを言葉にして口から出す彼女のなんと自然体なことか。

「お嬢様」と呼び、付き従うことになった彼女といる内に、 何か別の扉が開いた(・・・・・・・・・) のはご愛嬌。

例えAIとデータの存在であっても、それが己の人生に影響を与えたならば紛れもない真実だとシユーは信じている。

だからこそ………そう、だからこそ過酷な運命を背負う「お嬢様」の為に全身全霊を以って力を尽くす、そのつもりだった。

「……情けない」

だが結果はどうだ。最後まで戦い抜いて、あまつさえ三人のゴルドゥニーネを生還させて見せたのはただ一人の功績によるもの。自分がしたことといえば……二十体程度の恐るべき人食いの毒人形を引きつけた程度だ、それですらも対処しきれずに食い散らかされていては世話がない。

結果としてお嬢の両脚は失われた、彼女の眷属であったアンフィも死んだ。そして自分はプレイヤーゆえに無傷のまま。

あんまりにも惨めだ。天災のようなものだから仕方ないと笑おうにも、彼女に贈った靴と共に失われた両足がシユーに罪状を示し続ける。

「…………」

いっそ、また逃げてしまおうか。だが、現実から逃げてゲームから逃げて……一体どこに逃げられるというのか。自己を顧みるたびに嫌悪だけが積み重なっていく、逃げる勇気もなくさりとて今の「お嬢」に合わせる顔もなく……ただただ、なんの役にも立たない時間だけを緩やかに消費していく。

その時だった。

「やーっと見つけたぞ………どこ探してもいねぇし……あの 高飛車(・・・) ゴルドゥニーネは疑心暗鬼極まり過ぎて話にならんし……」

「君は………」

その姿は、その声は。

「二週間は経ってないよな確か? 久しぶりだな……」

「……誰?」

「えっ、酷くない?」

声は知っている。シユーとて腐っても歌手、"音"に関しては人類の平均よりも上の方であるという自負がある。だがその上で、その"姿"と記憶の中の人物が全く繋がらなかった。それ程までに……その男は奇妙であった。

「ん? もしかして見た目? 見た目問題か? いやプレイヤーネーム見りゃ分かるだろ……」

「あ、ああ……ごめん。そういうの見えないようにしていて……というか、その……あんまりにも、なんというか……」

「 イかしてる(BADなセンス) だろ?」

「バッドボーイって言うよりは……その、ホラー寄りじゃないかな、と……?」

その奇妙な姿に面食らったものの、流石にここまで言葉を交わせば誰なのかはすぐに思い至る。

なにせシユーの自己嫌悪を加速させる要因の一つでもあるのだ、そのインパクトある見た目もあって二度か三度程度会っただけでもそこそこ色濃く記憶に残っている。

「まぁでも一応 隠し球(・・・) だし解除しておくか……ツラも変えて、と」

「その……何か、用かな?」

「ん。単刀直入に言うけど、復讐しようぜ!」

その奇妙な装備を解除し、目力の強い鳥類の覆面を被ったサンラクがシユーへと放った言葉。復讐……誰に? と問うことはない。だからこの沈黙は理解した上での、迷い。

「……誘ってくれたのは、嬉しいけど………僕は、いいよ」

「ふーん……実は俺心理学使えるんだよね」

「は?」

いきなり会話が飛んだ。断りの言葉に対していきなり180度切り替わった話題の意図が掴めず、怪訝な顔をするシユーに対してサンラクは言葉を続ける。

「どうせアレだろ? あのゴルドゥニーネに勝ったところでお前んとこのゴルドゥニーネの足が治るわけでもないし、眷属の蛇が生き返るわけでもない。それこそ文字通り藪を突いて蛇を出して更なる被害を出すくらいなら身を縮こまらせて嵐をやり過ごした方がいい……とかそこらへんだろう」

「……それは、」

十割正解、即ち図星であった。ついでに言えば「藪を突いて蛇を出して」の辺りまで完全に当てられたことで、シユーは困惑と驚愕の眼差しでサンラクを見つめる。

「凄いんだね、その……心理学ってのは、読心術みたいだ」

「いやただの勘」

サンラクが来るまでとはまた別の虚無感に襲われるシユーであったが、読心術の有無など知ったことかと言わんばかりに半裸の鳥頭は更なる言葉を重ねていく。

「いいかターザン、復讐は最高のメンタルセラピーだ。世の中の道徳やらなんやらは復讐は何も産まないだの虚しいだの言うがそんな事はない。本当にそれが絶対の真理なら 仇討(かたきう) ちなんて言葉があるはずがない」

道徳を鼻で笑い、嘴の奥から紡がれる言葉がシユーの心の奥底で消えかけている炎に染み込んでいく。

「復讐はマイナスをゼロにする為にやるんだ、これを済ませておかないと永遠に心の中に負債が残り続ける……仮にシユー、あんたが一切関わる事なく無尽のゴルドゥニーネが斃れたとしよう。あんたの心の中に達成感が来ることは無いぜ、残るのは足の無い お嬢様(・・・) と敗北の苦い味だけだ」

地雷(タブー) ワード。

僅かに勢いを取り戻そうとしていた炎が、別種の炎に呑み込まれて燃え上がる。激情に身を任せ、叫び喚こうと口を開いて………

「 足を治す方(・・・・・) 法はただ一つ(・・・・・・) 」

そもそも、他人を煽り倒す……即ち、感情を揺さぶる事に親しい男が地雷となる言葉に気づかないはずがない。

「……なん、て?」

怒りの炎が急速に消えていく。だが怒りという形とはいえ燃え上がった感情が、奇妙な風体の男の手によって完全に掴まれている。

種類は違えど、人の心を引き寄せるカリスマを持つ者達と舌戦を交わしてきた男の舌もまた、いつしか他者の心を動かす力を宿す。騙すのではなく、唆すでもなく、発破をかける力ある言葉。

「聖女様は偉大なお方よ、彼女の祈りは不可能を可能にするし、その眼差しは遠く未来すらも観測する……ああそうだな、例えば失われた手足を生やす程度なら恒久的に作用するらしいぞ?」

「それは……それは、つまり……」

「おっと、だが聖女様も何でもかんでも無償ってわけじゃあない。仮にも治す相手が「ゴルドゥニーネ」なわけだしなぁ……」

サンラクが言葉を盛り上げればシユーの目も輝き、サンラクが言葉を盛り下げればシユーの顔から血の気が引く。

鳥面の目が「だんだん面白くなってきた」と外道な輝きを帯びてきたが、もはやシユーはそれどころではない。

「来たる12月24日! 世間は X(クリス) マスデイだがシャンフロは X(エックス) デイ! 何せ 聖女ちゃんの託宣(スケジュール発表) で無尽のゴルドゥニーネが前線拠点にカチコミをかける日だ」

「!!」

「シユー、本気であの高飛車の脚を取り戻したいなら真夜中にサンタクロースが来るのを見張るのは諦めてもらうぜ! 俺が話をつけてきたッ! 治療の条件は対ゴルドゥニーネ戦においてめざましい活躍をする事!! さぁどうするシユー、勝ち馬に乗らずに引きこもるか? それとも……」

差し出された握り拳。答えはもう決まっていた。

「……色々言いたいことはあるけれど。ありがとう……サンラクさん。NPCにこんなに熱中してるのは、滑稽かもしれないけれど……今の僕は、君に命の恩人と同じくらい感謝しているよ」

拳に、拳がぶつけられる。己の拳に響く衝撃の強さに、半裸の鳥頭は楽しげに喉から笑みの音を漏らす。

「俺の知り合いにもNPCにガチって人間関係自分で爆砕した奴がいる……誇示する事じゃあないが恥じることでもないさ。シユー、楽しい復讐にしようぜ」

───楽しい復讐。

その目に活気を漲らせるシユーの脳に妙にくっきりと刻み込まれたその言葉に、シユーは動きを止める。十秒、二十秒………先程とは打って変わって困惑する側に回ったサンラクが話しかけようとした瞬間、バッと顔を上げたシユーは一つ、サンラクに問いかける。

「あのさ、サンラクさん」

「うぇっ、あ、はいなんでしょう?」

「今の一連の会話って……著作権とかある?」

「………。………? …………??? え? あー、えー…………フ、フリー素材……なのか、な?」