軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

54話 いべんとむーびーを流してみた

地上と海底が、限定的にではあるが交易をすることを決めた夜――。

さっそく、港町アクアスからドロップアイテム産の食べ物が運びこまれて宴会となった。

国をあげての大宴会である。

海底王国アトランの中だと、今まで大勢が集まれるスペースがなかったようだが……。

ちょうど、だだっ広いボス部屋――もとい“聖地”が使い放題になったので、そこにテーブルや料理が持ちこまれ、国中の水竜族たちがやって来た。

「今日は、この海底王国アトランが始まって以来のめでたい日である! 今後はもう怪物に怯える必要も、食べ物に困る必要もない! 明るい未来への潮目だ! 大いに騒げ、海の民たちよ!」

「「「うぉおおおぉお――ッ!!」」」

と、水竜族たちが酒飛沫を爆発させるように乾杯をする。

宙を泳ぐように舞う、色とりどりの魚やクラゲの群れ。

美しく奏でられる竪琴の音色と、水竜族の唄。

そして、ローナの前のテーブルに並べられたのは、宝石みたいにカラフルにきらめくアトラン料理の数々だった。

(おお……生の魚っていうのもいけるね)

もむもむと幸せそうに刺身を頬張るローナ。

芸術的に盛られた魚の刺身に、フルーツクラゲのゼリーに、サンゴツリーの果実……と、見慣れないものが多かったが、食べてみたらどれもおいしかった。

どうやら、アトランでは燃料が少ないこともあり、『生の食材を素材の味を活かして調理する』という方向に料理が進化しているらしい。

刺身には驚くほど臭みがないし、魚の切り方ひとつにさえ職人技を感じる。

また、魚を発酵させて作る魚醤というソースが、刺身とよく合っていた。

このアトラン料理は、シーフードを食べ慣れているアリエスとドワーゴにも好評らしく。

「へぇ……この塩辛はいいわね。お酒が進むわ」

「このサンゴ酒ってのとも相性が抜群だな」

「この料理や酒も、地上で売れるかも……うふっ」

「おい、しばらくは売んじゃねぇぞ。オレの分がなくなるだろ」

と、2人で楽しげに酒をくみかわしていた。

少し前までの2人を知っている人物が見たら、思わず目を疑うであろう光景だった。

一方、ローナのほうは――。

「ふむ、今の地上はそんなことになっているのか……」

「「るっ!? 伝えられてる話と、全然違うぞ!」」

水竜族たちに「地上のことを話してくれ」と言われたので、いろいろ旅の話などを聞かせていた。

どうやら、水竜族たちはローナやアリエスたち人間を見たことで、地上について興味がわいてきたらしい。

そして、エルフと同じく刺激に飢えていたためか、ローナが思っていた以上に水竜族たちは話に食いついてきた。

ローナはわからないことはインターネットで調べつつ、これまで撮ってきた写真やインターネットの画像なども見せながら、地上について説明していく。

「「るぅ……木がどこまでも生えてる森か。まるで、おとぎ話だな」」

「はい、そこにはエルフって人たちが住んでいて……あっ、エルフといえば、そうだ! ちょうど植物にくわしいエルフの知り合いもいるんですが……この聖地の土地で、畑なんかも作ってみませんか? 広いし日光もありますし! エルフの人たちはシーフードが好きなので、お刺身をあげれば喜んで手伝ってくれると思います!」

「「るっ! 食い物が増えるのか?」」

「はい! あと木も植えれば、薪もたくさん手に入りそうですね!」

「「るっ! 秘密基地みたいで楽しそうだ!」」

と、ローナとルル×2が未来のことについて話し合う。

歴史に名が残るような偉業をやっているという自覚はないのか、遊ぶ計画を話すように楽しげに――。

その光景に 海王エナリオスが優しげに目尻を細めると。

「……新たな波、か。もはや、わしらの時代ではないのかもしれぬな」

そう言って、すぐ側にいる人物へと視線を向けた。

「おぬしもそうは思わぬか? 魔女マリリーン――いや、古の巫女マリリーン・ティア・ブルームーンよ」

「…………ふんっ、バカみたい」

海王に声をかけられた魔女マリリーンは、不機嫌そうにそっぽを向く。

ただ、その声には先ほどまでのような力はなかった。

魔封じの手錠をつけられて、なぜか宴の隅っこに座らされていたが……こんな手錠がなくても、魔女マリリーンにはもう、なにかをする気力なんてなくなっていた。

「たしかに、ローナ・ハーミットの頭脳は認めるわ。本当にどこまで先を読んでいたのか恐ろしくなるほどにね。だけど……人と水竜族が仲良くなれるわけがない。どうせまた戦争にでもなって、すぐに海が閉ざされるだけよ」

「ああ……おぬしの時代はそうだったかもしれぬな」

「ふんっ……本当に、あたしのことは全部知ってるみたいね。なら、わかるでしょう? 人と水竜族がかつて手を取り合おうとして――失敗したことは」

魔女マリリーンは思い出す。

かつて、人と水竜族が交流をしていた時代を……。

水竜族は人から“巫女”を受け取り、その見返りに財宝を授けたとされる。

王の血を混ぜた人間――水竜の巫女。

それを、水竜族たちは怪物への生贄に捧げていた。

それは世界を救うためには仕方のない犠牲だった。

しかし、あるとき……海王と生贄の巫女が、恋に落ちてしまった。

許されない恋だった。

それを良く思わない者たちによって、人と水竜族は戦争になり――。

『だから言ったのだ! 人と関われば災いが起こると!』

『海王をたぶらかした悪しき魔女め!』

『どこだ! 見つけて殺せ!』

魔女マリリーンの脳裏に、いまだに鮮明にそのときの光景がよみがえる。

人々の怒号、憎悪の眼光、こちらに向けられる槍の穂先。

そして、愛する人へと伸ばした手も、冷たい目で拒絶され――。

『――――どうして』

魔女マリリーンは、時空を封じる“ 魂の手匣(タマテバコ) ”という 古代遺物(アーティファクト) にとらえられて、海のいずこかへと流された。

そして、彼女が次に目覚めたときには、1000年もの月日が流れていた。

その間に、海は人を拒絶するように閉ざされ、水竜族はおとぎ話の存在になり、地方で権力を握っていた水竜神殿は落ちぶれ――。

魔女マリリーンは、その元凶を作った“古の悪しき魔女”として名が伝えられていた。

「……ええ、そうよ。あたしがいたせいで、人と水竜族の間には癒えない溝ができたの。そんな悪い魔女をこのめでたい席に呼んで、どういうつもり? 当てつけのつもり? それとも、見世物にして楽しむつもりかしら? まあ、なんでもいいわ……どうせ、あたしは生贄として生まれた身。煮るなり焼くなり、好きにしなさい」

「いや、そんなことはせんよ。わしの先祖からも、いつかおぬしが来たらよくするようにと言い伝えられているのでな」

「……どういうこと?」

「正直、わしにも意味がよくわからなかった。しかし、その答えは……ローナ殿が教えてくれた――ローナ殿、彼女にあれを見せてやってはくれぬか?」

「あっ、はい! わかりました!」

海王がローナを呼ぶと、彼女は「広告スキップ……広告スキップ……よし!」と呟きながら、虚空を指でつんつん叩きだす。

それからしばらくすると、ローナの前に光の板のようなものが現れた。

「……? なによ、これ?」

「えっと、説明が難しいのですが……とにかく、“いべんとむーびー”っていう神々の記録みたいなものです! それじゃあ、再生しますね!」

と、わけがわからないうちに、光の板の中に映像が浮かび上がった。

そこに、幻影のように映し出されていたものは――。

「………………え?」

ありえない。魔女マリリーンは目を疑う。

それは、海底祭壇の光景だった。

封じられた怪物に、生贄を捧げるための門。

そして、その前にいたのは――涼しげな眼差しをした銀髪の青年だった。

『…………私はこれから、この身を生贄に捧げる。そのことに悔いはない……全ては私の愚かさが招いた責任だ……ただ、人と水竜族が対等に付き合える世にしたかったが……海は閉ざされ、もうこの国が人と関わることはないだろう……』

銀髪の青年の口から、凪いだ水面のような穏やかな声がつむがれる。

映像は古ぼけた本のように、ノイズまじりでセピア色にかすんでいるけれど……間違いない。

「…………シリュウ様?」

魔女マリリーンは、その名を呼ぶ。

かつて、生贄になることが怖くて泣いていた少女に、手を差しのべてくれた青年。

1000年前に恋に落ち、自分を捨てた――海王。

その青年が、あの日と同じ姿でそこにいた。

『……君が目覚めるのは1000年後か……途方もなく遠いな……どんな時代になっているのだろう……人と水竜族はまた手を取り合っているだろうか……せめて、誰も君のことを“生贄”とも“悪しき魔女”とも呼ばぬ、平和な世になってくれればよいが――』

わからない。

冷たい目で突き放されて、捨てられたはずなのに。

どうして、彼は――優しげな眼差しで。

優しい笑顔で、優しい声で、また優しい言葉をかけてくれるのか。

『……君に生きてほしかった……もう私が側にいられないのだとしても……私のことなど恨んで、忘れて……いつかどこかで君が笑ってくれるのなら……そんな未来が、よかった……しかし……君は知らない時代で、ひとりぼっちになっていないだろうか……泣き虫の君のことだから、またひとりで泣いてはいないだろうか……』

これは、きっとただの幻だ。

悪い魔女を笑いものにするための罠なのだ。

それでも――。

『……君とまた、一緒に海蛍を見たかったな……きっと君は知らないだろうけど、春になると海底にもサンゴの桜が咲くんだ……他にも……たくさん……たくさん、あるんだ……一緒に見たいものも、伝えたいことも……本当は、たくさん……だけど、君に伝えることは許されなくて……』

映像の中の青年が、こちらへと手を伸ばす。

誰にともなく伸ばされた手。

幻だとわかっていても、魔女マリリーンは彼へと手を伸ばし――。

「…………ぁ……」

しかし、2つの手が触れ合うことはない。

まるで、水面に浮かぶ月のように――。

『ああ……この声が、君に届かなくてよかった……今ならもう、素直に口に出しても許される……』

そして、本来ならば伝わるはずのなかった言葉が――つむがれた。

『………………愛してる…………』

その一言を残して。

青年の姿が、門の向こう側へと消えていく――。

そして――映像が終わった。

宴の喧騒の中、魔女マリリーンの周囲だけが静まり返っていた。

「…………バカ、みたい……」

しばしの沈黙を破るように、魔女マリリーンはふんっと鼻を鳴らす。

「……こんなのは、ただの幻よ……こんなの見せられて……どうしろっていうの……? 今さら……幸せになんて、なれるわけないじゃない……こんなの、見たって……あたしは……っ」

「ああ、だが……それでも」

海王エナリオスは彼女の顔を見て、そっと視線を外す。

やがて、その場には、幼い少女がすすり泣くような声が響きだした。

「――おぬしに伝えられてよかった」