軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十七話 大掃除の予感と、温かい手

芯まで冷えるような、冬が来た。

窓を開けると息が白い。中庭の庭木が葉を落として、枝だけになっている。数は変わらない。十二本。葉がないぶん、枝の形がよく見える。一本だけ他より枝ぶりが左に偏っているのが気になる。わたしの仕事ではないが剪定したい。けど、葉があった時は気にならなかったので、そのあたりの塩梅はきっと職人に任せるべきだろうなと同時に思った。

前にいた場所の冬を思い出そうとして、やめた。

思い出せることが減っている。寒かったことは覚えている。布団が湿っていたことも。でもそれ以上の細かいことが浮かんでこない。薄まっているのだ。あの人が言った通りに。

窓を閉めて、毛布を畳んで、棚を確認した。控室はもう自分の場所になっている。巾着とリボンが棚の上に並んでいる。二つの薄い青が朝日に照らされて、少しだけ光っている。

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食堂で朝食を食べていた。かぶと豆の煮込み。温かい。冬の食堂はいい。湯気が立つものが多くなる。

隣にマルタさんが座った。

「おはよう、ミーナちゃん。なんか最近、ぼんやりしてない?」

「ぼんやりしてますか」

「うん。スープ飲む手が止まってるよ。いつもはもっとさっさと食べるでしょ」

言われてみれば、手が止まっていた。考え事をしていたらしい。

最近、仕事が少ない。書庫の定期確認は毎週やっているが、もう整った状態が維持されているので、確認するだけで終わる。テルナー様の机も、一度仕組みを作ったら散らからなくなった。帳簿の新規配架も、このところ入荷がない。

つまり、片付けるものがない。

これは困る。手を動かしていないと落ち着かない。棚を拭く回数が増えている。控室の水差しの位置を一日に三回確認している。拭いても拭いても同じ場所を拭いている。

「マルタさん、最近わたし、仕事が足りない気がします」

「片付けるものがないってこと?」

「はい。整いすぎて」

マルタさんが笑った。

「贅沢な悩みだね。でもわかるよ。わたしも掃除が好きだから、汚れてないと物足りないときがある」

「わかっていただけますか」

「うん。でもね、もうすぐよ」

「もうすぐ?」

「年末の大掃除。城全体をやるの。毎年恒例。棚という棚を全部出して、壁も床も天井も。一週間がかりよ」

大掃除。城全体。棚を全部出す。

「一週間」

「そう。人手がいくらあっても足りないから、ミーナちゃんも駆り出されると思うよ」

「わたしも出番がありますか」

「むしろ仕切ってほしいくらい」

心の中で何かが跳ねた。

大掃除。城全体。棚を全部出して、拭いて、戻す。

配置を見直せる。普段動かせないものも動かせる。

一年分の埃を払って、角を揃い直せる……!

「楽しみです」

「……今、すごくいい顔したね」

「しましたか」

「した。初めて見たわ、そんな顔」

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昼食のあと、厨房の前を通りかかったら、ブルーノさんに呼び止められた。

「おい、ミーナ」

「はい」

「冬、寒くないか。あの控室は石壁だろう。冷えるだろう」

「毛布がありますから大丈夫です」

「毛布一枚で大丈夫なわけがない。ちょっと待ってろ」

ブルーノさんが厨房の奥に消えて、戻ってきたときには毛布をもう一枚と、陶器の湯たんぽを持っていた。

「これ使え。湯たんぽは寝る前に厨房に持ってこい。湯を入れてやる」

「いいんですか」

「いい。若い娘が寒さで体を壊したら、テルナー様に叱られるからな。俺が」

ブルーノさんはテルナー様に叱られるのが嫌で持ってきたのか、わたしが心配で持ってきたのか。たぶん両方だ。

「ありがとうございます」

「ん。飯はちゃんと食ってるか」

「食べてます。今日の煮込みおいしかったです」

「当たり前だ。かぶの煮込みは俺の得意分野だからな」

ブルーノさんが厨房に戻っていった。

湯たんぽを抱えてみる。陶器がひんやりしている。夜になったらここに湯が入ってほかほかになるだろう。

温かいものを抱えて眠れる。

前にいた場所では、そんなものを抱えて眠った記憶がない。同じようなものがあったはずだが、買ったことがなかったし、買おうという発想にもならなかった。

今は、誰かが持ってきてくれた。

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午後、書庫の定期確認をした。やはりずれはなかった。配置図通り。完璧だ。完璧すぎて手持ち無沙汰だ。

確認を終えて控室に戻る途中、廊下ですれ違う人たちの顔を見た。掃除係、洗濯係、料理人、兵士、書記官。顔と名前が少しずつ一致してきた。手引書で読んだ組織図と、実際の人が結びついていく。

あの使用人と兵士の姿は今日は見えなかった。テルナー様が調べてくれている。わたしにできることは報告した。あとはいつも通りに過ごす。何も変えない。テルナー様にそう言われた。

でも、何もしないのは苦手だ。手を動かしていたい。棚を拭きたい。物を並べ替えたい。控室に戻って、棚を拭いた。今朝も拭いたが、もう一度拭いた。同じ場所を二度拭いても綺麗さは変わらない。わかっている。でも手が動きたがっている。

ニクラスさんの机に行って、何か手伝えることはないかと聞いた。

「……写本の糊付けなら」

「やります」

帳簿の写本のページを糊で綴じる作業。単純だが、糊の量を均一にするのは意外と難しい。多すぎるとページがくっつく。少なすぎると剥がれる。わたしの指先が適量を測る。一ページずつ、端を揃えて、角を合わせて、糊を引く。

「きれいに揃っている」

ニクラスさんが出来上がった帳簿を手に取って言った。

「角を揃えました」

「知っている」

短いやりとりだったが、手を動かしていたので少し落ち着いた。

大掃除まであと十日。待ち遠しい。こんなに何かを楽しみにしているのはいつ以来だろう。秋祭りのときも楽しかった。でもあのときは「行ってみようかな」という程度だった。今回は違う。出番がある。棚がある。角がある。揃えるものが城中にある。

夕食のとき、マルタさんに聞いた。

「大掃除の手順って決まっていますか」

「毎年なんとなくでやってるけど」

「よければ、大掃除の手順書を作ってもいいですか。どこから始めて、どの順番で進めるか。担当を決めて、日ごとの工程を割り振って」

マルタさんが目を丸くした。

「手順書」

「はい。お城は広いですから、全員がばらばらに動くと効率が悪いと思うんです。埃は上から下に落ちるので、上の階から始めて、最後に地下をやるのが正しい順序です」

「ミーナちゃん……本気だね」

「本気です。大掃除は大きな片付けです。角を揃えるには準備が要ります」

マルタさんが呆れたような、でも嬉しそうな顔をした。隣で聞いていた洗濯係の娘が「すごい、将軍みたい」と言った。将軍ではない。掃除の手順書を作るだけだ。

「任せるよ。ミーナちゃんの計画書、楽しみにしてる」

「あ……でも、どなたかの承認はいりますか」

「大掃除の段取りは掃除係の裁量だから大丈夫。でもケスラー様にも見せたほうが喜ぶかもね。あの方、そういうキッチリしたものが大好きだから」

几帳面な人。手順書が好きな人。わたしと少し似ている人。まだ会ったことのない人。

控室に戻って、さっそく紙を広げた。城の見取り図を思い出しながら描く。中央棟、東棟、西棟、地下。上の階から順に。一日目は東棟の三階から。二日目は東棟の二階と中央棟の三階を同時に。人員を二手に分けて、片方が拭き、片方が運ぶ。

棚から全部出す。拭く。戻す。やることは同じだ。規模が違うだけ。

リーゼ様の部屋もやるのだろうか。フリーダの部屋はせっかく片付けたから、大掃除でまた散らかったら困る。あらかじめフリーダに声をかけておこう。あと、ブルーノさんの厨房は食器の配置を見直す好機だ。

炭筆が走る。手が動いている。頭が動いている。これだ。この感覚が欲しかった。

寝る前に湯たんぽを厨房に持っていった。ブルーノさんが湯を入れてくれた。

「なんでも、大掃除の手順書、作ってるんだって?」

「マルタさんから聞きましたか」

「食堂の噂は早いからな。……厨房も見てくれるのか」

「もちろんです。ブルーノさんの厨房はきっと整っていると思いますが」

「整ってるに決まってる。俺の厨房だ。……でもまあ、見てもらうのは悪くない」

湯たんぽを抱えて控室に戻った。温かい。ベッドの中に入れると、足元からじんわりと熱が広がる。

十日後が楽しみだ。城全体の角を揃える。想像するだけで、手のひらがうずうずする。