軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十八話

(やっぱりおかしいな)

俺はベッドから顔を出しながら、昨日の出来事を思い出していた。

それは東雲一花とのダンジョン探索、普段であればまずしない行為。

(そもそも前提がおかしい。あんな美人な女性に普通のおっさんが声を掛けられること自体が不可思議だ)

昨日はその違和感に全く気付かなかった。

当たり前のように丸め込まれ、当たり前のように探索を行い、当たり前のように親睦を深めようとした。

(俺はそんな人間じゃなかったと思うんだけどな)

ナンパされて困ってるとかの理由だったら確かに一緒に探索をしていた可能性はあるが、それは後から知ったことだ。

俺は利己的な考えが過ぎるわけでもないが、利他的かと問われればノーである。

基本的には自分が大事、人助けは自分が安全圏にいる時だけだ。

(思考誘導みたいなスキルがあれば、俺の心も誘導できるのかねぇ)

何かしらの精神に干渉するスキルを使われたのは確かだろう。

そんなスキル聞いたことがないが、魔術師みたいなチートじみたスキルがある以上、別にあってもおかしくないだろう。

(てか、魔術にも思考を誘導したり、一時的に魅了したりするスキルはあるからな)

たぶん使うことはないだろうが。

ある程度俺のことを監視しているだろうから、使ったのがバレれば、監視している者の機嫌が悪くなるかもしれないため、簡単には使えない。

既に自由を失っていることに愕然とするが、ふとこの世界の常識を思い出した。

(もともとこの世界は既に監視社会みたいなものだしなぁ)

監視カメラが至る所にあり、警備ロボは常に街のそこら中を巡回している。

キャッシュレス化が進み通貨はほぼすべて電子化されており、個人だろうが企業だろうが政府だろうがテロリストだろうが、金の流れは簡単に把握できる。

何もかもが簡単に把握されてしまう社会なのだ。

軟禁されるわけでもないのであれば、少し監視されていることを意識してしまう程度で、私生活はそこまで変わらない。

よく考えてみれば、そこまで問題ではなかったかもしれない。

どうして監禁せずに自由に泳がしているのか分からないが、そこは考えても仕方がないだろう。

(向こうがどんな思想を持って、どんな目的で動いているか分からないからな)

これで悠々自適な生活を送れるか分からなくなったが、東雲が俺をダンジョン攻略に誘ったことから見て、俺にダンジョンの攻略を行わせたいのかもしれない。

(もしそうなら、目的は一致しているんだよな)

向こうはダンジョンを攻略してほしい、俺もダンジョンを攻略したい。

現状、対立する要素はない。

(東雲に色々聞いてみてもいいが教えてくれるものか?)

秘匿された組織だろうし、一般人である俺に教えてくれるだろうか?

(むしろ知ることで組織に深くかかわらなければならなくなるかもな)

よって、聞くのは止めにする。

多少は答えてくれるかもしれないが、知った後が怖い。

こんな早くに俺のスキルを把握している時点でヤバい組織に違いない。

(とりあえず、私生活に変化はないだろうから今後次第だな)

考えても仕方ないし、正直上司のいる仕事をしていた時の方が監視されていた感がある。

それに比べれば、特に視線を感じない今の方がはるかにマシだ。

俺はとりあえず考えることを止め、再び布団の中に潜り込み眠りにつくのであった。

♦♦♦

春彦が楽観的に考えをまとめた日の前日、彼が久々の探索を行った日の夜、金持ちやエリートばかりが住む三十五階建ての高層マンションの一室に東雲一花は居た。

しかしその部屋に居るのは彼女だけではない。

もう一人のナニカがこの部屋に存在していた。

『伊藤春彦はどうだった』

黒い靄、そう形容するしかないナニカはノイズの入った声で彼女に話しかけた。

「どうだった、とは?」

無感情、一切の光を受け付けない瞳で黒い靄を見返す彼女の様子は、春彦が感じた無垢と言った言葉とは正反対、いや、人が持つべき感情の色が全くない。

氷のように他人を寄せ付けない冷たさすらないのだ。

完璧な無色、それが彼女が見せる様であった。

『はぐらかすな。あの男、伊藤春彦が、 魔(・) 術(・) 師(・) だったかどうか聞いているんだ』

怒気を滲ませる黒い靄、正体はさっぱり掴むことができないが感情は彼女よりも遥かに豊かである。

「確実に魔術師ね。そもそも 巫(・) 女(・) が彼を魔術師と言った以上、百パーセントの確率で彼が魔術師であることは確定しているでしょう」

東雲一花の表情に変化はない。

あまりの変化のなさに人は、彼女の人間味を感じさせない抑揚のない声と、芸術作品のように整った顔立ちを見て、精巧に造られた人形が喋っているような錯覚に陥るだろう。

それほどまで人間味がない、人と同じ物質でできただけの魂のない人形のように見えた。

『お前の言っていることは事実だ。だが、我々の組織は完璧を求める。ゆえに様々な視点から、手段から物事を見ていく必要がある』

黒い靄は誇りを持って答えた。

組織の高尚な目的、その組織に仕える喜び、そして圧倒的な優越感、それらが折り重なって誇りを形成している。

しかし、彼女は変わらない。

どんなに強い誇りを持っていようとも、その芸術的なまでに整った無を黒い靄に向けるのみ。

『一花、お前の目で見た伊藤春彦はどうだった』

その言葉を聞いた瞬間、東雲一花の表情に微かな動きがあった。

ほんの僅かな変化であるが、それを目ざとく見つけた黒い靄は彼女に声を掛ける。

『珍しいなおま「運命」は?』

素っ頓狂な声が黒い靄から上がる。

普段は感情を一切見せない彼女が、珍しく感情を見せたのでからかおうとしたのだが、出てきた言葉が運命である。

普段は彼女に対する興味の薄い黒い靄であっても驚きを隠せない。

「運命、そう運命、私の人生はこの人のためにあった」

目は口程に物を言う。

どろりとしたドス黒い感情が彼女の瞳から溢れ出すようなイメージを、黒い靄は幻視した。

(ふむ、なかなか歪んだ育ち方をしているが、これはこれで組織のためになるか?)

『そんな思いはまやかしにすぎ「殺すわよ」はあ』

黒い靄は知っている。

彼女が幼少の頃からこの時のためだけに地獄すら生温い修行を積み、伊藤春彦という存在へ最適化された存在であるということを。

そして彼女に選択肢など、はなからないということを・・・。

(これはこれで幸せなのかもしれないな)

定められた運命を呪うのではなく、祝福する。

確かに、その方が彼女にとっては良いのかもしれない。

黒い靄はそう考えた。

『やる気があるなら、それに越したことはないな』

黒い靄は組織に絶対の自信を持っている、組織に間違いはない、組織は完璧である、そうした自信が黒い靄の中に曇ったレンズを形成させる。

彼女の数奇な運命は確かに哀れだ。

しかし、それも組織のためならば飲み込める。

黒い靄はそういう存在だ。

『じゃあ、オレは帰ることにしよう。何か言伝はあるか?』

「一つある、犬がいた」

日本において、犬と呼ばれる組織を黒い靄は一つしか知らない。

『あいつらか。分かった、こちらでも処理を検討するよう打診しておく』

黒い靄はそれだけを言い残すと、いつの間にか姿を消していた。

彼女は室内の気配を読み取り、黒い靄がいないことを確認すると、ゆっくり微笑む。

「次の探索、楽しみにしていますね、 春(・) 彦(・) さん」

彼女はどこまでも優し気な微笑みでそっと言葉を紡ぐのであった。