作品タイトル不明
第68話 今度は私が望んでやる仕事
「お願いがあります」
アシュリーはロドリクに向かって言った。
ロドリクが顔を上げた。書斎にいた。午前中の仕事の途中だった。「どうぞ」と言って、ペンを置いた。アシュリーが話すのを待つ時、この人はいつも手を止める。何かをしながら聞かない。それがわかっていたから、話しかける時に遠慮がなかった。
「ノルディアの儀礼管理を、正式な立場として担当させていただけますか」
ロドリクが少しの間黙った。
「……それは、あなたが望んでいることですか」
確認だった。責めているのでも反対しているのでもなかった。ただ確かめていた。あなたが望んでいることかどうかを。この確認を、この人はいつもする。アシュリーが最初にここに来た時も、仕事を手伝おうとした時も、カリアスとの交渉の前も、同じ問いを出した。あなたが望んでいることか。義務ではないか。そのことをいつも最初に確かめる人だった。
「はい」
アシュリーは答えた。
「今度は、私が望んでやる仕事にしたい」
言いながら、その言葉の正確さを確かめた。望んでやる仕事。四年間、義務としてやってきた仕事と、今度望んでやろうとしている仕事は、何が違うのか。仕事の内容は同じかもしれなかった。台帳を整理して、席次を組んで、各国の慣習を記録する。それは同じだった。
でも理由が違った。誰かに必要とされるためではなく、ここにある人たちのために動きたいから、という理由だった。役立たなければ存在を認めてもらえないから動くのではなく、この場所を守りたいから動く。その違いが、自分の中でははっきりしていた。
「……わかりました。正式に辞令を出します」
ロドリクが言った。
「ありがとうございます」
アシュリーは答えた。それから少し間を置いた。
「……ただ、一つ条件があります」
ロドリクが「何ですか」と言った。
「私が疲れたと言ったら、その日は仕事を止めてください」
ロドリクが少し動いた。何かが変わった気配がした。暖炉の炎が揺れているわけでもなく、光の加減が変わったわけでもなかった。ただ、室内の空気が少し違った。
ロドリクが笑った。
小さく、でもはっきりと笑った。この人が笑うのをアシュリーは何度か見てきた。でも今日の笑いは少し違った。嬉しいという笑いだった。アシュリーがその条件を自分から出したことを、喜んでいる笑いだった。
「その条件は、飲めます」
ロドリクが言った。
アシュリーはその言葉を聞いた。飲める、という言い方が、正確だと思った。飲めない条件なら飲まない、という人だった。飲める条件だから飲む。それだけだった。
自分が疲れたと言えるかどうかは、まだわからなかった。これまでの四年間、疲れたと言うことがなかった。言うことを許されていなかったのか、言う方法を知らなかったのか、区別がつかなかった。でも条件として出すことはできた。出せた。それが、今のアシュリーにできることだった。
王都では、こういう条件を出す発想がなかった。仕事を引き受ける時に条件を出す、という発想自体がなかった。どんな条件でも受け入れることが当然だった。でも今は違う。自分が疲れたと言っていい。その判断を自分がしていい。それが認められる場所にいる。自分から「疲れたと言ったら止める」という条件を出せるようになったのは、ここに来てからだった。
部屋の外から風の音がした。春が近づいていた。城館の庭の木が揺れているのだろう。窓から見える木の梢が、少し揺れていた。季節が変わりかけていた。北方の春は遅い。でも確実に来る。
「では、正式に引き受けます」
アシュリーは言った。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ロドリクが言った。
辞令はその日の夕方に出た。侍従長のオルバーが書類を持ってきた。「ノルディア辺境侯爵城館儀礼管理担当、アシュリー・ヴェルヴェント」と書かれた辞令だった。アシュリーはそれを受け取った。
紙の感触があった。少し厚みのある紙だった。インクの匂いがまだ残っていた。書かれた文字を一度指でなぞった。なぞりはしたが、確かめるためではなかった。ただそこにあるということを、手で感じたかっただけだった。
自分が望んで引き受けた役職の辞令だった。それが辞令の紙を手にした感触と一緒に伝わってきた。王都でも辞令を受け取ったことがあった。同じように紙があって、文字があった。でも受け取った時の感触は別物だった。王都の辞令は、役割を告げるものだった。今日の辞令は、自分が選んだということを確かめるものだった。その違いが、紙の重みの違いになっていた。
辞令が出た日の夜、ロドリクが台帳を持ってきた。アシュリーが自室で辞令を卓の上に置いていた時だった。扉をノックして入ってきた。両手に大判の台帳を抱えていた。
「ノルディアの台帳です」
ロドリクが台帳を置いた。分厚い一冊だった。表紙に「ノルディア辺境侯爵領儀礼記録」と書かれていた。アシュリーはそれを手に取った。重かった。台帳というものはどれも重い。でもこの重さは記録の重さだった。何年分かの記録が積み重なっている重さだった。
「引き継ぎは、改めて時間を取ります。今日はまず、手元に置いてください」
アシュリーは台帳を卓に置いた。辞令の隣に置いた。二つが並んだ。辞令と台帳。どちらも、今日から自分のものになったものだった。並べて置いて、少しの間そのまま見た。