軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話:クラインダービー

聖暦(せいれき) 1016年6月16日――。

第三章の大ボスを、『 獣災(じゅうさい) 』ラグナを家族に迎え入れた翌日、ボクは王都の中央競馬場を訪れた。

なんでもうちの『馬カス』が、5000万もの大金を賭けるらしいので、その壮絶な散りザマを――『約束された敗北』を見届けに来たのだ。

貴賓室(VIPルーム) のソファに体を預けながら、上半期最大のレース『クラインダービー』を眺める。

(フィオナさん、 活(い) き 活(い) きしているなぁ……)

眼下の一般観覧席では、馬券を握り締めた『 借金馬女(カモ) 』が、「行っけぇええええッ!」と魂の叫びをあげていた。

『 生命(いのち) は散り際に最も輝く』と言うけれど、どうやらあれは本当のことらしい。

(しかし、大盛況だね)

中央競馬場は満員御礼。

ここは声出しを禁止していないため、熱狂的な応援や歓声が盛んに飛び 交(か) っていた。

経営者(オーナー) として、嬉しい限りだ。

ボクはクラインダービーの空気を楽しみつつ、メインルートの攻略に思考を傾けていく。

(さて、いよいよ明日から、本格的に第四章が始まる……)

この章の大ボスは、『 四災獣(しさいじゅう) 』 天喰(そらぐい) 。

『 世界の脅威(ワールド・エネミー) 』に数えられる超強敵だ。

昨晩遅く、王国西部でその姿が観測されたらしく、あちこちで号外が飛び交っている。

当然そのニュースはすぐにうちへも届き、ハイゼンベルク家は緊迫した空気に包まれた。

「…… 天喰(そらぐい) 、か」

母は顔を 顰(しか) め、

「実に十二年ぶりの襲来でございますね」

オルヴィンさんは鋭い眼を尖らせ、

「くくくっ、よくぞ来てくれたな、 天喰(そらぐい) よ……っ。貴様の 頭蓋(ずがい) を砕き割り、 五臓六腑(ごぞうろっぷ) をぶちまけてくれるわッ!」

父ダフネスは殺気立ち、< 虚飾(きょしょく) >の大魔力を解き放つ。

父にとって天喰は、最愛の妻レイラに呪いを掛けた 怨敵(おんてき) ……。その憎しみたるや凄まじく、「必ず私が仕留める!」と宣言し、軍備の増強を命じた。

結果、ハイゼンベルク領は大忙し。

鍛冶師たちは 慌(あわ) ただしく鉄を打ち、武具屋はあちこちから装備品を買い集め、商人は水と食料を調達している。

(ただ、これじゃちょっと 間に(・・) 合わない(・・・・) )

このままなんの手も打たず、愚直にメインルートを進めた場合――ハイゼンベルク家は敗れる。

天喰(そらぐい) に――ではなく、 卑怯な(・・・) 対抗勢力(・・・・) に(・) 。

本件については、ボクがフォローするとしよう。

そのためのプランは、もう組んであるしね。

(サブイベントが山盛りだった第三章とは違い、この第四章は基本的に『一本道』だ)

第一章・第二章・第三章の『総決算』ということもあり、シンプルな 地力(じりき) の問われる章になっている。

(……大丈夫、万事問題ない)

ロンゾルキアに転生して早七年、 破滅の運命(シナリオ) に打ち勝つため、あらゆる事態に備えてきた。

怠惰傲慢を捨てた。

謙虚堅実に生きた。

不断(ふだん) の努力を重ねてきた。

今の 原作ホロウ(ボク) には、 四災獣(ワールドエネミー) と戦えるだけの『武力』・『知略』・『信頼』があるはずだ。

(当初の予定通り、 天喰(そらぐい) という『最高の踏み台』を利用して、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの名声を王国中へ轟かせる!)

さらにその過程で、 とある(・・・) 状況(・・) を作り上げ――主人公を葬り去る!

この第四章をアレン・フォルティスの『エンディング』にするのだ!

(でも、『例のアレ』には気を付けないとね)

原作ホロウは、世界に中指を立てられた存在。

第四章にも当然のように存在する、大量の『死亡フラグ』が。

(確か、第三章からランダム発生する『暗殺者の襲撃イベント』に加えて、今後は大魔教団の刺客が差し向けられるんだったよな……)

最高幹部の『 天魔十傑(てんまじゅっけつ) 』が、 僅(わず) か十五歳の学生に敗れた。

これにより、教団の 面子(めんつ) は丸潰れ。

この先ちょっとでも隙を見せれば、背中を刺されると思った方がいい。

まぁ<虚空憑依>があるから、なんの問題もないんだけどね。

(そんなことよりも、ボクが真に注意すべきは――中盤に仕込まれた『致命的な死亡フラグ』だ)

あの 分岐(ぶんき) をミスれば、とても厄介な事態になる。

死ぬようなことはないけど、『計画』が大きく狂ってしまう。

イベント管理を徹底して、あのフラグだけは立てないよう、注意しなきゃだね。

(とにもかくにも、最初の一手は――ラグナ・ラインだ)

『第三章のクリア報酬』とも言うべき彼を、 起源級(オリジンクラス) の固有魔法<原初の 巨釜(おおがま) >を、迅速に稼働させよう。

ちなみに現在ラグナは、虚の構成員シュガーに連れられて、ボイドタウンを見学して回っている。

先に街の構造・ルール・課題を知ってもらった方が、本人のやる気が出ると判断してのことだ。

(右も左もわからない場所で、上から一方的に命令されて、下を向きながら働いても、決してイイ仕事にならないからね)

ラグナとはこの後『 虚(うつろ) の 宮(みや) 』で合流し、ボクの立てた『計画』の極一部を説明する。

そうしてボクの理念とヴィジョンを共有し、<原初の 巨釜(おおがま) >の力で大量のスケルトンを、『無限の労働力』を吐き出してもらうのだ。

(ふふっ。今後は『スケルトン製造機』として、『ボロ雑巾』になるまで使い 倒(たお) ……ゴホン、大切な家族の一員として、勤勉に汗を流してもらおう)

そんなこんなを考えているうちに、本日のメインである第11レースが終わった。

「――おっ、万馬券じゃん」

『ビギナーズラック』というやつだろうか。

戯(たわむ) れに買った 三連単(さんれんたん) が見事に的中。

1万ゴルドの賭け金が、なんと150万ゴルドに化けた。

まぁ原作ホロウの幸運値は、『+900』だからね。

この手の『運』が絡む勝負には、めちゃくちゃ強いのだ。

一方、ボクの眼下では、

「どお゛じで、なぁんでぇ……い゛づも、ごうな゛るのぉ……っ」

幸運値『-1000』が、『ぐにゃぁ~~』って溶けていた。

彼女の足元に転がる大きなトランクケースは、今朝方までパンパンに札束が詰まっていたそれは、悲しいことにスッカラカン。

(まさに『ゲームオーバー』ってやつだね)

フィオナさんの幸運値は、原作ロンゾルキアで最下位。

こういう賭け事では、基本的に負ける。

もちろん、全敗というわけじゃない。

小さな勝ちは、ポツポツと拾っている。

(ただ……今のレースみたいな『ここぞ!』という場面で、大きく張った勝負所で惨敗するから、トータル収益は大幅なマイナスなんだよね)

っというわけで、借金馬女の軍資金5000万は、無事にボクのもとへ帰ってきた。

ボクがフィオナさんにお金を貸す→フィオナさんが競馬場で溶かす→競馬場からボクへ返金される。

お金の収支はプラマイゼロにもかかわらず、馬カスの借金だけが無限に増え続けていく。

( 嗚呼(あぁ) 、なんて悲しい『永久機関』だ……)

現在時刻は16時30分、クラインダービーは 全人馬(ぜんじんば) 無事に終わった。

「う゛ぅ、こんなの絶対おかしいよ……。お酒もやめたのに、開運の 勾玉(まがたま) も買ったのに、 煩悩(ぼんのう) も捨てたのにぃ……っ」

泣きじゃくるフィオナさんのもとへ、二人の 守衛(しゅえい) が歩み寄る。

「あぁ、またこのお嬢さんか……。ほら、飴ちゃんをあげるから元気出しなさいな」

「前にも言ったと思うけど、もう二度とこんなところへ戻って来るんじゃないよ?」

「……はぃ、お世話になりました……」

意気消沈した彼女は、ペコリと頭を下げ、退場ゲートへ向かう。

なんだか『出所する犯罪者』と『世話焼きな看守さん』みたいだね。

(っと、こうしちゃいられない)

ボクは 貴賓室(きひんしつ) を出て、すぐさま追跡を始める。

今日こうしてわざわざ競馬場に出向いたのは、何もフィオナさんの爆死を見届けるためだけじゃない。

彼女が馬で3000万ゴルド以上を溶かしたときにのみ発生する、『超激レアなサブイベント』を 拝(おが) みに来たのだ。

王都の街が夕焼けに染まる中、

「……ぐす、ぐす……っ」

フィオナさんは半ベソを 掻(か) きながら、屋敷への帰り道をトボトボと歩き――吸い込まれるようにして、小さな 酒屋(さかや) へ入って行った。

(おっ、そろそろ始まるね。【サブイベント:借金馬女と優しいおじさん】が!)

ボクは極限まで気配を殺し、同じ店に足を踏み入れる。

「……明日、世界が滅びればいいのになぁ……」

フィオナさんは物騒なことを呟きながら、競馬雑誌とおつまみを 見繕(みつくろ) い、いつも呑んでいる安い 瓶(びん) ビール――ではなく、それよりもさらに安いカップ酒を取り、奥のカウンターへ向かう。

「すみません、これください」

「 締(し) めて2100ゴルドだ」

見るからに不愛想な店主は、読んでいた新聞を折り畳み、素早く合計金額を弾き出す。

「はい」

ガマ口の財布を開いたフィオナさんは、1000ゴルド紙幣を会計トレーに乗せ――「あっ」と小さな声を漏らした。

「あの、やっぱりこれとこれはなしで……っ」

どうやらお金が足りなかったらしく、慌てて柿ピーとナッツを引っ込める。

しかし次の瞬間、右手で回収した商品が、左手の財布にぶつかり……その中身をド派手にぶち 撒(ま) けた。

「ご、ごめんなさぃ……っ」

フィオナさんはその場にしゃがみ込み、床に散らばった硬貨を大慌てで拾う。

クラインダービーに敗れ、柿ピーを買うお金すら失い、小銭を拾い集めるその姿は、そこらの映画なんかよりも遥かに泣けた。

(……やだこれ、もう見てらんないよ……っ)

ロンゾルキアに転生して以来、こんなに胸を締め付けられたのは、おそらくこれが初めてだ。

(いやまぁ、完全に自業自得なんだけどね……。ただ、馬を辞めればいいだけの話なんだけどね……)

そうしてボクが複雑な思いを抱いていると、

「……ったく……」

スキンヘッドの店の主人は小さくため息をつき、トレーに置かれた1000ゴルド紙幣を取る。

「代金はこれでいい」

「えっ? で、でも……」

「その顔、どうせまた負けたんだろう?」

「……はぃ」

「いいか嬢ちゃん、早まった真似だけはすんじゃねぇぞ? あんたまだ若ぇんだ、人生いつだって何度だってやり直せる。今日はうちの酒を呑んでリセットしな」

「あ、ありがとうございます……っ」

目尻に涙を浮かべたフィオナさんは、ペコペコと頭を下げ、感謝の言葉を口にした。

(……ありがとう、優しいおじさん)

商品棚に身を隠したボクも、心の中で感謝の念を送る。

名も知らぬ店主さん、うちの馬カスが迷惑を掛けて申し訳ない。

お詫びに今度、店で一番高いお酒を買わせてもらうよ。

(いやしかし、本当に切ないイベントだったね)

今回の大敗に 懲(こ) りて、馬から足を洗ってくれたら、魔法の研究に専念してくれたら、とても助かるんだけど……。

(まぁ、無理だろうな)

何せフィオナさんは根っからの『馬狂い』。

どうせ来週もまた、うちの競馬場に姿を現すだろう。

(さて、貴重なイベントも見れたことだし、そろそろ行こうかな)

今日はこの後17時から、待ち合わせがある。

店を出て人目のないところへ移動したボクは、<虚空渡り>を使い、『 虚(うつろ) の 宮(みや) 』へ飛んだ。

「よっこいしょっと」

漆黒の玉座に腰掛けたところで、コンコンコンとノックの音が響く。

おっ、ちょうどいいタイミングだね。

「入れ」

「「失礼します」」

音もなく扉が開き、『 大翁(おおおきな) 』ゾーヴァと『闇の大貴族』ヴァランが入室した。

ボクのレアコレクション――ゴホン、大切な家族たちは、玉座の前で 跪(ひざまず) き、 臣下(しんか) の 礼(れい) を取る。

「ゾーヴァ、ヴァラン、何故ここへ呼び出されたのか……わかるか?」

「い、いえ……っ」

「申し訳ございません……っ」

「そうか」

こうして二人を呼んだ理由は――特にない。

今回のメインは、あくまでもラグナだからね。

強いて言うならばそう……ゾーヴァ・ヴァラン・ラグナ、大ボスたちの 集合絵(しゅうごうえ) が見たい』という、極めて個人的な欲求を満たすためだ。

(どうしてボイド様は、儂等をお呼びになられた? もしや……儂とヴァランが何か失態を犯したのか!?)

(考えねば、理解せねば、自らの価値を示さねば……っ。この御方に失礼を働けば、またあの『 仲良しの家(じごく) 』に入れられる……ッ)

何故か渋い顔をした二人が、冷や汗を流し始めたそのとき――再び扉が叩かれる。

「シュガーです」

「入れ」

「はっ」

青髪(あおがみ) の美少女、虚の構成員シュガーが、台車を押しながらやってきた。

「シュガー一人か? ラグナはどうした?」

「いえ、こちらに お持ち(・・・) して(・・) おり(・・) ます(・・) 」

彼女の視線の先――大きな台車の上には、『金色のボロ雑巾』が載せられている。

よくよく見るとそれは、第三章のクリア報酬『 獣災(じゅうさい) 』ラグナだった。

「……え、えー……っ」