軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話:夢の永久機関

聖暦1016年5月20日――。

ゾーヴァの 喪(も) が明けた後、土曜と日曜を挟み、久しぶりの登校日を迎える。

顔を洗って歯を磨き、レドリックの制服を着たところで、自室の扉がノックされた。

「朝早くに申し訳ございません、フィオナです。少しだけお時間をいただけないでしょうか……?」

「入れ」

ボクが許可を出すと、いつにも増して深刻な表情のフィオナさんが、おずおずと入ってきた。

(この顔……また負けたな)

『 借金馬女(しゃっきんうまおんな) 』フィオナ・セーデルとの付き合いは、なんだかんだでもう六年になる。

その間、本当にいろいろなことがあった。

【ホロウ様、これが最後です。どうかこの哀れな私にお金を貸しください……っ】

【またか】

【ホロウ様、一生のお願いがございます】

【それ、何度目だ?】

【ホロウ様、実はご相談したいことが……】

【金以外の話なら聞こう】

うん、 碌(ろく) な思い出がないね。

まぁそんなこんながあって、ボクはフィオナさんの生態について、 博士号(はくしごう) を取れそうなほど詳しくなった。

(ゾーヴァの 喪中(もちゅう) は、競馬場も営業を自粛していた。その代わりに昨日、『 大翁杯(おおおきなはい) 』が盛大に開かれていたっけか……)

おそらくフィオナさんはそこで、いつものようにお金を溶かしたのだろう。

「いくらやられた?」

「……30万ゴルドほど」

「それで生活できるのか?」

「……できません」

「生活費には手を付けるな、と言ったはずだが?」

「お、御言葉ですが……っ。『本当に手を付けてはいけないお金を賭けてからが馬だ』、と昔の偉い人も言っております!」

「知るか、そんなこと」

驚いたよ。『御言葉ですが』という 枕詞(まくらことば) に、正論以外が続くことってあるんだね。

まさかこんな暴論が飛び出してくるとは、夢にも思っていなかった。

ボクが 諦観(ていかん) と 憐憫(れんびん) の入り混じったため息をつくと――フィオナさんは肩を震わせながら、 訥々(とつとつ) と事情を語り始める。

「私、頑張ったんですよ……? 今回は大好物の『 大穴(おおあな) 』を狙わず、『ボックス買い』や『 馬連(うまれん) 』で、本命馬を中心に手堅く攻めたんです。でも……駄目でした。本当に、散々な結果で……うぅ……っ」

ポタポタと嘘くさい涙が零れ落ちる。

「そうか、残念だったな」

安い泣き落としをスルーして、学校に行く準備を進めると、フィオナさんがババッと頭を下げた。

「偉大なるホロウ様、どうかお願いです、お金を貸してください……っ」

土下座だ。

何度目だろう。

親の顔よりも見た気がする。

ただ、

(……悪くない)

自分のクラスを担当する若い女教師が、レドリックで一番人気の美人教師が、ボクの前に平伏し、必死に懇願している。

その事実は、原作ホロウの情欲を激しく刺激した。

体の奥底から、燃えるような『熱』がフツフツと湧きあがってくる。

(フィオナさんは性格こそ終わっているけれど……。顔は可愛いし、胸も大きく、スタイル抜群)

でも……駄目だ。

これだけは、絶対に駄目だ……っ。

(フィオナさんに手を出したら、なんか 途轍(とてつ) もなく負けた気持ちになる……ッ)

それに何より、彼女は原作ロンゾルキアでも『最大級の地雷』。

もしも過ちを犯そうものならば、きっと最悪のBadEndが待っているだろう。

(ふぅー……落ち着け。こういうときは深呼吸だ)

邪念を払うべく、呼吸を整えていると――フィオナさんがボクの両脚にしがみついてきた。

「次こそは……次こそは必ず勝ってみせますので、どうかご慈悲ぉ……っ」

制服越しに柔らかい胸の感触が伝わり、せっかく鎮めた気持ちが、再び 昂(たかぶ) り始める。

ただ、これだけは言わせてほしい。

(いやだから、馬に『絶対』はないんだってば……)

当日の天候・芝やダートの状態・馬のコンディション、ボクみたいな素人が少し考えるだけでも、これだけの不確定要素が浮かび上がる。

(そもそもの話、馬に必勝法があるのなら、競馬場は商売あがったりだしね)

重度の『 馬中毒(うまちゅうどく) 』である彼女にこんなことを言っても、『馬の耳に念仏ならぬ』、『 馬頭(うまあたま) の耳に念仏』か。

なんにせよ、これ以上の身体的な接触は、ホロウ 体(ボディ) に毒だ。

「離れろ、 鬱陶(うっとう) しい」

フィオナさんの 首襟(くびえり) を摘まみ、軽くひょいと放り投げると、彼女は「きゃんっ」と鳴いた。

ボクはその間に椅子へ座り、そのまま足を組む。

「追加の融資が欲しければ、それなりの 成果(・・) が必要だ。――『例のアレ』は、どうなっている?」

「どうぞ、こちらをご 査収(さしゅう) ください」

交渉材料(カード) として用意していたのだろう。

フィオナさんは驚くべき速度で、分厚い研究レポートを差し出した。

「どれ……」

パラパラパラっと流し読みする。

「ほぅ……悪くない」

「光栄です」

「サンプルは?」

「こちらに」

差し出されたのは、手のひらにすっぽりと収まるサイズの白いカプセル。

「ふむ……」

ボクがマジマジと試作品第一号を観察していると、フィオナさんが解説を始めた。

「そちらはホロウ様の御命令で開発を進めていた、携帯型猛毒カプセル『ころっとくん』です。私の固有魔法< 蛇龍の古毒(ヒドラ) >で生成した神経毒が内蔵されており、カプセル下部の小さな針を対象へ刺し、薬剤を注射する形で使用します」

「呼吸器への影響は? 後それから、毒の発現時間と有効時間はどうなっている?」

「御要望通り、呼吸器への影響を排除した、安全性の高い毒を使用しております。また対象が人間サイズであれば、五秒以内に効果を発揮し、三時間は持続するでしょう」

「――素晴らしい」

これがあれば、虚空を使わずとも派手に叩きのめさずとも、安全かつ速やかに敵を制圧できる。

あまり目立ちたくないボクにとって、非常に便利な携帯アイテムだ。

「よくやったなフィオナ、褒美として追加の融資をくれてやる」

ボクがそう言うと、

「……!」

フィオナさんの顔が、ぱぁっと 華(はな) やいだ。

(さて、いくらにしようかな……?)

<虚空渡り>を発動。

ボイドタウンの隠し金庫へ左手を伸ばし、適当に三束ほど掴んで、フィオナさんの前にボトボトボトと落とす。

「……!」

彼女はそれをシュバババッと回収し、もう絶対に離さないという感じで、強く優しくギュッと抱き締めた。

「三百万ゴルドある。わかっていると思うが、これは借金だからな? きちんと返すんだぞ?」

「はい、ありがとうございます! 次こそは、絶対に勝って見せます!」

「あぁ、期待している」

フィオナさんにお金を貸してから約五年。

この辺りで一度、 債務(さいむ) 状況を整理してみよう。

まず最初に、魔法省から横領した5000万+闇金から借りた1000万=6000万を貸した。

それから現在に至るまでの間に1億6000万の追加融資を行っている。

つまり貸付総額は、6000万+1億6000万=2億2千万。

一方ここまでの返済額は7000万、主にフィオナさんが発明した魔道具の特許収入だ。

貸付2億2000万-返済7000万=1億5000万、これが彼女の抱えている借金の総額。

うんうん、とても順調に増えているね。

こう見ると超巨額のマイナスであり、ボクの懐が傷んでいるようにも思えるが…… 実態は(・・・) まるで違う(・・・・・) 。

ボクは既に元本6000万の回収を終え、今は1000万の『黒字』となっていた。

当然これには、ちょっとした『カラクリ』がある。

今からおよそ五年前――フィオナさんを屋敷に抱え込んだ後、ボクはじっくりとよく考えた。

(彼女は頭までどっぷりと『馬の沼』に 浸(つ) かっている……。アレはもう駄目だ、とても社会復帰は望めない)

きっとそう遠くない未来、「金を貸してください」と頼み込んで来るだろう。

そしてそれらは全て、競馬場の利益となる。

(さすがにそれは、ちょっとお金の無駄だな……)

ボクは『無駄遣い』というものがあまり好きじゃない。

っというわけで、早々に手を打つことにした。

「オルヴィン、少し調べてもらいたいことがある」

「はっ、なんなりとお申し付けください」

ハイゼンベルク家の情報網を使い、フィオナさんが 足繁(あししげ) く通う競馬場を調査した。

(ボクの原作知識が正しければ、確かここのオーナーは、犯罪組織と繋がっていたはず……)

結果、真っ黒だった。

人身売買に始まり、薬物の密売・希少な動物の密輸・違法な地上げなどなど……叩けば埃しか出ない男だった。

「これでよしっと」

証拠をきっちりと押さえたボクは、その足で競馬場へ向かい、『平和的な交渉』を持ち掛けた。

しかし、

「「「ざっけんな、ごらぁああああああああ……!」」」

オーナーの雇ったボディガードたちが、怒声をあげて殴り掛かってくる。

「――邪魔だ、失せろ」

原始的な暴力で、一瞬にして捻じ伏せた。

「ひ、ひぃいいいい……!?」

オーナーを壁際に追い詰めたところで、優しく問い掛ける。

「お前には今、三つの道が残されている。競馬場の経営権をハイゼンベルク家へ譲渡するか、ここで地獄の苦しみを味わって死ぬか、とある理想郷で強制労働に従事するか。後悔のないよう、好きなルートを選べ」

そんな風に『ドキドキワクワク三択アンケート』を迫った結果――うちに経営権を 委(ゆだ) ねる道を選んだ。

その結果、とんでもないことが起きる。

ボクがフィオナさんに3000万貸す→フィオナさんが馬で3000万負ける→競馬場からボクへ3000万納められる。

ボクがフィオナさんに貸した3000万は、競馬場を経由して手元へ戻り、彼女の借金だけが増加する。

お金の収支は――プラスマイナスはゼロにもかかわらず、彼女の借金だけが3000万増えるのだ。

なんということでしょう……フィオナさんの借金が無限に増加する、『夢の永久機関』が完成してしまった。

ちなみに彼女は、このことを知らない。

(フィオナさんには今後も、ボクのために魔法の研究を続けてもらい、その 傍(かたわ) らで馬を楽しんでもらうとしよう)

ボクは魔法の研究が進み、便利な発明品と特許収入を得られて幸せ。

フィオナさんは大好きな魔法の研究と馬を続けられて幸せ。

お互いにWin-Winの素晴らしい関係だ。

実際、

「ふふっ、300万ゴルドもあれば、なんでもできちゃうなぁ! まずはちょっと高いお酒とイイおつまみを買ってぇ……。そうだ、来週はどの馬に賭けよう? 軍資金はたんまりあるし、やっぱりここは『大穴』を狙おっかな!」

何も知らない彼女は、とても幸せそうに笑っているし……これでいいよね?