軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十六話:刻限

極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクに大敗を喫したニアは、

「……」

帰りの馬車では一言も発さず、失意のままエインズワースの屋敷に戻った。

ボロボロの体を引き 摺(ず) って、なんとか自室のベッドへ移動し――感情を爆発させる。

「なんで……どうして、あんな最低な男に……っ」

ホロウに負けた理由は、単純にして明白、彼があまりに強過ぎたのだ。

天性の 膂力(りょりょく) に圧倒的な大魔力、あれこそまさに神に選ばれし存在。

しかし、そんな全てに恵まれた男は――怠惰にして傲慢だった。

試合が終わった直後、

「さすがはホロウ様、見事な戦いぶりでございました」

「ふん、当然だ」

ホロウは美しいメイドを 侍(はべ) らせ、 下種(げす) な笑みを浮かべていた。

(……っ)

これ以上ないほど、惨めな気持ちだった。

自分は死ぬ気で努力してるのに、ホロウはどうせ遊んでばかりなのに、何故こんな差があるのか……。

この世界は理不尽だと思い知らされた。

絶望のどん底に叩き落とされたニアは――それでも諦めなかった。

もしここで自分が折れてしまったら、今も魔力を搾取され続けている子どもたちは、いったいどうなってしまう?

彼らが必死に戦っているのに、自分だけ楽になることは……そんな甘えた道は許されない。

(もっと頑張って努力して、強くならなくちゃいけない。ホロウよりも、ゾーヴァよりも……っ)

ニア・レ・エインズワースは、高潔にして清廉な気高い精神の持ち主だった。

それから八年後、レドリック魔法学校で『運命的な再会』を果たす。

「……っ」

特進クラスの教室に『奴』が入って来たとき、比喩表現ではなく、本当に体が凍った。心臓がギュッと掴まれるような思いだった。

風の噂で聞いていた。

ホロウ・フォン・ハイゼンベルクが、レドリック魔法学校の首席合格者であることは。

無駄に整った顔・人を見下した真紅の瞳・どこか気怠げな姿、あの男は八年前から何も変わっていない。

一瞬にして嫌な記憶がフラッシュバックする、殴られ蹴られ 辱(はずかし) められた武闘会。

(……だ、大丈夫。アレはもう過去の話。今はもう絶対に私の方が強い……っ)

頭を小さく横へ振り、トラウマを忘れようとした。

その後、

「――アレン・フォルティス、あなたのような 白服(おちこぼれ) が、どうして特進クラスにいるのかしら?」

不安と恐怖と苛立ちから、 予科生(よかせい) の少年アレンに当たってしまった。

彼は白服でありながら、例外的に特進クラスへ振り分けられたことで、ちょっとした有名人となっている生徒だ。

ニアがレドリックに入った目的は、優秀な魔法士たちの揃った環境で研鑽を積み、ゾーヴァに勝てるだけの力を身に付けること。

そこにアレンのような異分子が混ざっているのは、確かに少し気に障るところではあるが……。

こんな風に喧嘩を売るのは、平時の優しいニアからは考えられない行いだ。

もしかしたら、少しでも自分を大きく見せようとしていたのかもしれない。

そうしてアレンとニアが言い争いしていると、ホロウが割って入ってきた。

正直――怖かった。

ニアの体には、ホロウという 恐怖(トラウマ) が沁みついている。

それでも気丈に振る舞い、なんとか必死に言い返した。

そして――。

「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、あなたに『序列戦』を申し込むわ!」

臆病風に吹かれた自分を奮い立たせるため、クラスメイトの前で序列戦を申し込んだ。

これでもう逃げ場はない。

(大丈夫、絶対に勝てる……っ。あいつに負けてから八年、私はずっと努力してきた。だから……大丈夫。もうあんな惨めったらしい思いはしないッ!)

そして――再び敗れた。

(なんで、どうして……っ)

怠惰で傲慢なホロウに勝てるよう、謙虚に堅実に頑張ってきた。

それなのに……むしろ両者の力の差は、広がっているようにさえ思えた。

ニアは自室に引き籠り、ベッドの上に倒れ込んだ。

そして――白いシャツをはだけさせ、柔らかな胸にそっと手を当てる。

(……また成長している……)

もう、あまり時間は残されていない。

極秘裏に調べた結果、ゾーヴァの狙いが<原初の炎>であることは突き止めた。

どうやら<原初の炎>と<原初の氷>を融合させることで、『最強の固有魔法』を再現しようとしているらしい。

また、因子の融合には『莫大な魔力』を必要とするようで、ゾーヴァはそのために重病の子どもたちを治療の名目で集め、『生きた魔力源』として活用せんと目論んでいる。

ニアの体が完成すれば、彼女は<原初の炎>を抜かれ――殺される。

その後は、用無しとなった子どもたちを証拠隠滅とばかりに処分するだろう。

もちろんその際は、死ぬ気で抵抗するつもりだが……。

同い年の学生にさえ劣る現状、稀代の大魔法士ゾーヴァ・レ・エインズワースに勝てるとはとても思えない。

「……誰か、助けてよ……っ」

それから一週間が経ったあるとき、

「――ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、キミに序列戦を申し込む」

噂の予科生アレン・フォルティスが、突如ホロウに序列戦を挑んだ。

(あの 第一位(あくま) に予科生が……?)

そんなの自殺行為だ。

下手をすれば殺される。

どうにも気になったニアは、地下演習場へ足を運び、二人の戦いをこっそりと観戦した。

ホロウは相も変わらず舐めた男で、< 障壁(ウォール) >だけで勝つと宣言。

一方のアレンは、

(うそ、ホロウの< 障壁(ウォール) >を突破した……!?)

自慢の 膂力(りょりょく) を前面に押し出し、ニアが 終(つい) ぞ破れなかった<障壁>の守りを食い破った。

しかし……最後の最後で、ホロウはその膂力でさえも上回って見せた。

(……ひ、酷い……っ)

思わず、アレンに同情してしまう。

目の前に勝機をぶら下げて、わざと僅かな活路を残して、最後にそれを一番残酷な方法で没収していく――それがホロウのやり方だった。

極悪貴族 然(ぜん) としたその手法は、吐き気を催すほどに邪悪だ。

結局はいつも通りの結末、まるで予定調和のように彼の圧勝で終わる。

しかしそれでも、あのアレンという予科生には、何か『光るモノ』を感じた。

(彼と戦えば、何か『ヒント』が得られるかもしれない……っ)

そう考えたニアは、放課後にアレンを河川敷へ呼び出し、純粋な決闘を申し込む。

結果は――惜敗。

「ふぅ……私の負けよ」

「ギリギリのいい勝負だったね」

戦いが終わり、互いの健闘を称え合う。

その後は、ちょっとした感想戦を行い、握手を交わして 家路(いえじ) に就いた。

ニアは屋敷に帰る前、河川敷に架かる橋を軽く覗いてみた。

(……誰もいない、よね……?)

アレンと戦っているとき、橋の上から「ぐ、ぉ、ぉ……っ」という奇妙な 呻(うめ) き声が聞こえた気がしたけど……おそらく自分の気のせいだろう。

そう判断したニアは今度こそ帰路に就き、

「……く、糞ったれェ……っ」

ちょうどその橋の隅っこで、四つん這いになって頭を抱えるホロウは、『世界の修正力』にぶち切れていた。

それから数日が経ったあるとき、

「ねぇ……どうしたら、私はもっと強くなれると思う?」

そんな相談事をアレンに持ち掛けてみたところ、

「それだったら、ホロウくんにお願いして、修業を付けてもらうのはどうかな?」

およそ想像だにしない答えが返ってきた。

「……はぁ……?」

ニアの口から、なんとも間抜けな声が漏れ出す。

「あ、あれ……? ボク、なんか変なこと言ったかな……?」

「アレン、落ち着いてよぅく考えてみてちょうだい。あの天上天下・唯我独尊・怠惰傲慢を具現化したような男が、私のお願いなんか聞くと思う? どうせあいつのことだから、『何故この俺が、貴重な時間を割いてまで、そんな面倒なことをせねばならん』とかなんとか言って、馬鹿にしてくるだけよ」

「あ、あはは……っ。確かにホロウくんはちょっと口が悪いけど、本当はとても優しい人だと思うよ? 真剣にお願いすれば、きっと 無下(むげ) にはしないはず」

「そんなわけないでしょ。アレンは知らないと思うけど、私は八年前の武闘会で、ホロウに大恥を 掻(か) かされたの。あの鬼畜に人の心はない。あいつはそう、『人の皮を被った悪魔』よ」

ニアはそう言って鼻を鳴らしたが……意思の強いアレンは、自分の意見をはっきりと口にする。

「昔のことは、ちょっとよくわからないんだけど……。今のホロウくんは、やっぱり優しい人だと思う。入学式のときも、予科生の人達を助けていたみたいだし」

「ホロウが……人助け……?」

ニアの頭は 機能停止(フリーズ) した。

『ホロウ』と『人助け』――相反する意味を持つ二つの言葉が、同じ文脈に並んだことで、特大の 論理破綻(エラー) が発生したのだ。

一方のアレンは「ボクがその場にいたわけじゃないんだけど」と前置きしつつ、当時のことを語り始める。

「確か『入学式の少し前』って言っていたかな? ボクと同じ 白服(よかせい) のみんなが、二人組の 黒服(ほんかせい) に意地悪されていたとき、ホロウくんが助けてくれたんだって」

「……う、うそ……っ」

ニアは動揺を隠せなかった。

「本当だよ。ボクの友達が一人、ちょうどその場にいたんだ。しかもホロウくんってば、『 金言(きんげん) をくれてやる』とか言って、気落ちした予科生を励ましてくれたみたい。――ね、やっぱり優しい人でしょ?」

「あのホロウが……予科生を助けた……」

俄(にわ) かに信じ難い話だ。

しかし、アレンはつまらない嘘をつくタイプじゃない。

ニアは冷静に考えてみる。

(……確かに……殴られなかった)

最も記憶に新しいのは、ホロウと構えた摸擬戦。

極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、自分に 楯突(たてつ) いた者を決して許さない。

徹底的に痛めつけ辱め、ボロ雑巾のようにして嘲笑う。

(あいつ、何もしてこなかった……)

自分があれだけ一方的に猛攻撃を仕掛けたにも関わらず、ホロウは全く反撃してこなかった。

『俺のことは詮索するな』と忠告したきり。

それ以後、特に嫌がらせのようなことも受けていない。

(確かに……変だ)

自分の知っている『過去のホロウ』とレドリックで会った『現在のホロウ』には、大きな『ブレ』がある。

残された時間は、後一か月あるかどうか。

悩んでいる暇さえ惜しい状況だが、これといった手立てもない。

(認めたくないけど、ホロウは『万能の天才』。もしもあいつに修業を付けてもらえるのなら……)

『 大翁(おおおきな) 』ゾーヴァに勝てるかもしれない。

(一か八か、試してみる価値はある……っ)

ニアはすぐに筆を取り、ホロウの机に手紙を入れた。

その日の放課後、化学準備室に彼を呼び出し――恥もプライドも捨て、必死に頼み込んだ。

「――お願いホロウ、私に魔法の修業を付けてちょうだい」

生まれて初めて、同い年の異性に頭を下げた。

最初はすげなく断られた。

それでも必死に食い下がって、なんとか交渉に持ち込んだ。

しかし……ホロウは文字通り、全てを知っていた。

自分の秘密はおろか、エインズワース家の暗部も、極秘事項である魔法因子の融合研究さえも。

必死に搔き集めた交渉材料は、どれも 手札(カード) にならなかった。

ニアにできることは、ただただ必死に頼み込み、ホロウの恩情に 縋(すが) るだけ。

「……私にできることならなんでもする。あなたの言うこともなんだって聞く。だからお願い、私に魔法の修業を付けてください……っ」

我ながら下策だと思った。

どうせこんなことをしたって、 悪魔(ホロウ) の心に響くわけがないのに。

しかし、奇跡が起きた。

「……はぁ、いいだろう」

あのホロウが、自分の願いを聞き入れてくれたのだ。

「……ありがとう……本当にありがとうっ!」

それからすぐに修業が始まった。

ホロウの課す修業は本当に過酷で、一日のうちに何度意識を失ったかわからない。

だが、

「す、凄い……っ。これが本当に……私の魔力……!?」

その効果は絶大だった。

彼の指示に従っているだけで、自分がどんどん強くなっていくのがわかる。

(悔しいけど、やっぱりこいつは凄い。他の魔法士とは『モノ』が違う……!)

ただ、一つだけ意外なことがあった。

(なんというか……『いい意味で普通』だ)

確かに口は悪いけれど……自分が思っていたよりもずっと、ホロウは『人間味』があった。

「ねぇ明日の一限って、なんだっけ?」

「魔法 概論(がいろん) 」

質問を投げれば、普通に返してくれる。

「フィオナさんって、美人で頭が良くてかっこいいよね。私、憧れちゃうな」

「お前……もう少し人を見る目を磨いた方がいいぞ?」

日常会話を振っても、意外と普通に返してくれる。

ただ……、

「私の修業を見てくれてるとき、いつも< 交信(コール) >してるけど……。誰に繋いでるの?」

「詮索はなしだ」

相も変わらず秘密主義で、自分のことは話したがらない。

(でも、そっか……。ホロウも、私と同じ人間なんだ)

他人の不幸と絶望を食べる、悪魔のような男だと思っていた。

しかし、先入観を取っ払って、その懐に飛び込んでみたら、ホロウはむしろ話しやすかった。

彼に抱いていた恐怖心は、自然と日ごとに薄れていく。

そうして一週間・二週間と経つ頃には、ホロウと修業をする時間を楽しみにしている自分がいた。

「えへへっ。どう、凄い魔力でしょ?」

「まぁまぁだな」

「ふふっ、ありがと」

これまでずっと一人だったニアにとって、誰かと一緒に修業をするのは、とてもとても楽しかった。

しかし……幸せな時間というのは、そう長く続かない。

「よし、できた! これで魔力制御は完璧! ふふっ、ホロウの驚く顔が目に浮かぶ――」

彼女が自室で修業をしていると、コンコンコンとノックの音が響いた。

「――ニアお嬢様、旦那様がお呼びです。地下の実験室まで来るように、と」

「……そう、わかった。すぐに行くわ」

ゾーヴァから呼び出しを受けた。

おそらくは週に一度の定期検査。ニアの体に<原初の炎>がどれだけ馴染んだか、それをゾーヴァがテストするのだ。

ただ、そんなことをせずとも、彼女はもう知っていた。

自分の体が……既に完成してしまっていることを。

今日の検査でそれが明らかになれば、すぐに大儀式の準備が始まり、明日にでも『因子融合』が執り行われる。

「……そっか。楽しかった時間も、今日で全て終わりなんだ……」

ゾーヴァとの決戦は明日。

(明日が私の人生の――十五年間の集大成。絶対に勝つ、子どもたちのためにも、勝たなきゃいけない。たとえこの身が滅んでも、『 大翁(おおおきな) 』ゾーヴァ・レ・エインズワースを……殺す)

ニアは壮絶な決意を胸に秘め、ゾーヴァの元へ向かった。

刻限(おわり) はもう、すぐそこまで迫っている。