軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話:Win-Win

主人公との戦いに勝利してから、早くも一週間が経過した。

騒がしかった『序列戦奨励期間』も終わり、レドリック魔法学校に落ち着きが戻る中――ボクは『地獄』にいた。

「――あっホロウくん、おはよう! 今日もいい天気だね!」

「――ねぇホロウくん、次の選択授業って同じ『 魔法史(まほうし) A』だったよね? 教室まで一緒に行こうよ!」

「――ホロウくんって、いつもお昼一人だよね? もしよかったら、一緒に食べてもいい? あっそうだこれ、お弁当を作って来たんだ!」

……なんっで『主人公の友達ルート』に入ってんだよぉおおおおおおおお!?

右へ行くにも左へ行くにも、とにかくアレンが付いて回る。

(どこで 分岐(ぶんき) を間違えた? 何がどうしてこうなったんだ!?)

ボクは断じて、主人公の好感度を稼ぐような真似はしていない。

どちらかと言えば、突き放すような態度を取っていたはずだ。

それなのに……いったいどういうわけか、主人公はボクに酷く 懐(なつ) いてしまった。

(こうなったらいっそ、アレンの懐に潜り込んでしまった方が……)

そこまで考えて――やめた。

先週、アレンとニアが強引に繋げられたことで、ボクはとある確信を得ている。

(この世界には修正力のような不思議な力が存在し、それは『メインルートを遂行せん』と働く)

今でこそアレンは、ボクのことを好意的に思っているが……原作メインルートにおいて、主人公と悪役貴族はいつも敵対していた。

もしまた『世界の修正力』が行使され、アレンのボクへ向ける『好意』が『憎悪』にすげ替えられたら、そのとき二人が背中を預け合う友達だったら……それはもう目も当てられない悲惨な事態となるだろう。

(好意→憎悪という極端な反転は、さすがにないと思いたいけど……)

世界の修正力がどれほどの力を持つのか、確かなことはまだ何もわかっていない。

これからいくつかのイベントを利用して、しっかりと検証を進めていく予定だ。

とにもかくにも未知とは恐怖。

万全を期すならば、アレンとは一定の距離を置くべきだろう。

(当初の予定を変更して、他の王立学校に転校するか? ……いや、駄目だ。その場合は主人公を完全フリーにしてしまう……)

世界の妨害に遭っているものの、アレンのレベリングは依然として遅れている。

彼の固有魔法は未だ進化しておらず、< 零相殺(ゼロ・カウンター) >のまま。

ボクの実行する『主人公モブ化計画』は、一定の成果を上げており、これを中断するのはあまりにもったいない。

(それに何より、メインルートから逸脱し過ぎた場合、ボクだけの圧倒的な強みが――『原作知識』が活かせなくなってしまう)

自ら武器を捨てるのは、愚か者のすることだ。

(とりあえず……アレンとはつかず離れずの関係を維持しながら、主人公モブ化計画を秘密裏に進めつつ、世界の修正力について調査を始める)

これが当面のベストな行動指針だろう。

(後は、ボイドタウンに新しい工場ができたそうだからすぐ視察に行って、ダイヤがまた新しい不浄の紋章を拾ったそうだから急いで治してあげて、次の定時報告は明日の深夜一時だったよな……)

他にもボイドタウン発展のため、王都にいる犯罪者たちを狩って、有用な魔法因子を拉致したり……原作知識を掘り起こして、今後のイベント一覧を書き出し、どこへどう関与するか決めたり……あぁそろそろ<虚空>の修業も進めて、自分のレベリングも進めておかなきゃ。

(はぁ……やるべきことが山積みだ。絶望的に時間が足りない……)

そんな風にずっと忙しくしていたからだろうか、

(……あっ、しまった)

次の魔力付与の授業で使う短刀をうっかり家に忘れてきたようだ。

(<虚空渡り>で取りに戻るか? ……いや、学校内で不用意に<虚空>を使いたくない)

ボクは今悪役貴族なんだし、授業をバックレるのもアリかな。とかなんとか考えていると、

「ホロウくん、もしかして……短刀を忘れちゃったの? ボク、一本スペアを持っているんだ、よかったら使ってよ」

アレンはそう言って、無邪気に微笑んだ。

(……普通にめちゃくちゃいい奴なんだよなぁ)

彼が主人公でさえなければ、きっといい友達になれるのに……そう思わずにはいられない。

そんな風に忙しい日々を送っていたあるとき、

「……ん?」

ボクの机の中に小さな便箋が入れられていることに気付いた。

(なんだこれ? さすがにボク宛て、だよね。差出人は……書かれていないな)

魔法で 封蝋(ふうろう) を溶かし、中を改めるとそこには、一枚の手紙が入っていた。

ホロウへ

放課後、化学準備室で待っているわ。

大切な話があるから、絶対に一人で来てちょうだい。

ニア・レ・エインズワース

(うわぁ……。このめちゃくちゃ忙しいときに今度はニアかよ…… あいつ、ボクになんの用があるんだ?)

一瞬、無視しようかと思ったけど……それはそれで面倒なことになりそうだ。

厄介なことを後回しにしても、決していいことはないしね。

そんなこんなで放課後の化学準備室。

「――ニア、こんなところに呼び出して、いったいなんのつもりだ? 俺のことは詮索しない、そういう約束だったはずだが?」

「大丈夫、ホロウのことは詮索しない。だから、これは契約の適用範囲外よ」

彼女はそう言いつつ、すぐに本題へ入った。

「あなたに一つ、お願いがあるの」

「断る」

「ちょっ、まだ何も言っていないでしょ!?」

「諦めろ、お前では『 大翁(おおおきな) 』に勝てない」

「……っ」

ボクの予想が的中したのか、ニアは言葉を詰まらせた。

「そ、そんなの……やってみなきゃわからないじゃない!」

「古くより、『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と言う。さて、お前はどちらの口だ?」

魔法士の戦いにおいて、下剋上は起きにくく、実力の差がそのまま結果に出る。

これはロンゾルキアの長い歴史を見ても明らかで、特にニアとゾーヴァみたくお互いの手札を知り尽くしている者同士の場合は、なおさらだ。

(この二人の差は、あまりにも大きい……)

魔力・魔法技能・体術・剣術・経験・知識・戦闘スキルに至るまで、ほとんどあらゆる面において、ゾーヴァの完勝だ。

魔法士としてニアが勝っているのは……まぁ、若さぐらいのものだろう。

これは決して彼女が弱いというわけじゃなく、ゾーヴァ・レ・エインズワースが強過ぎるのだ。

ゾーヴァは 起源級(オリジンクラス) の固有魔法で、肉体の老化を停止させ、遥か悠久の時を生きる――まるで亡霊のような男。

単純な話、魔法に費やした時間があまりにも違い過ぎる。

(もちろん『下剋上が絶対にない』とまでは言わないけど……)

それはコインを100回投げて、全てオモテが出るような天文学的確率だ。

「……わかっているわよ。私一人の力じゃ、ゾーヴァに勝てないことは、他でもない自分が一番よくわかっている……っ。でも、あなたの力を借りることができれば、ほんのわずかな可能性が生まれる!」

「はぁ……やはりその手の話か」

ボクが面倒くさそうにため息をつくと――ニアは居住まいを正し、腰を折って頭を下げた。

「――お願いホロウ、私に魔法の修業を付けてちょうだい」

「何故この俺が、貴重な時間を割いてまで、そんな面倒なことをせねばならん。いったいなんのメリットがある?」

「私は遠からず、エインズワースの 家督(かとく) を継ぐわ。少しの間、魔法の修業を付けるだけで、次代の四大貴族の当主に大きな貸しを作れる。そう考えたら、お得じゃないかしら?」

「なるほど、確かにそれは魅力的な提案だ」

「で、でしょ!? だから――」

「――お前が本当に家督を継げるのならな」

「……っ」

「結局のところ、全ての問題は『大翁を倒せるかどうか』に収束する。そしてお前の実力ではゾーヴァに勝てない。話はこれで終わりだ」

ボクが 踵(きびす) を返すと、ニアから制止の声が飛ぶ。

「ま、待って……! ホロウが修業を付けてくれるのなら、私が知っている情報をなんでも教えてあげるわ! 私達エインズワースの一族は、長年にわたって魔法因子の研究を続けてきた。きっとあなたもまだ知らない、有益な情報があるはずよ!」

「交渉が雑だぞ。前の摸擬戦でも言ったと思うが、俺は文字通り 全てを(・・・) 知っている(・・・・・) 。ニアの抱える秘密も、エインズワース家の暗部も、ゾーヴァが地下の実験室で推し進めている『因子の融合研究』もな。残念ながら、お前の手札に交渉材料となるモノはない」

「そ、それなら……えっと、その……だから……っ」

それ以上、ニアの言葉は続かなかった。

別に諦めたわけじゃない。

必死に交渉材料を探しているが、どれも形にならないという感じだ。

(残念だけど、原作ホロウの頭はめちゃくちゃ切れるんだよね)

現実世界のボクを丸め込むのは、きっと簡単だと思うけど……。

ホロウ・フォン・ハイゼンベルクを騙すのは、非常に難易度が高い――というか、多分無理だ。

「何もないのなら、俺はもう行くぞ」

ボクが今度こそ化学準備室を後にしようとしたそのとき、制服の袖がツッと掴まれた。

「お願いホロウ、もうあなたしか頼れる人がいないの……っ」

「知ったことか」

「大翁さえ倒せば、私はエインズワース家の当主になれる! そうすればあなたにもメリットが――」

「くどい」

「……私にできることならなんでもする、あなたの言うこともなんだって聞く。だからお願い、私に魔法の修業を付けてください……っ」

ニアは声を震わせながら、 縋(すが) り付いて来た。

あの……距離が近いです。

この体は恐ろしく『欲』に弱いので、もうちょっと離れてください。

あぁなんて柔らかい肌だ。

凄く甘いにおいがする……。

もうこのまま押し倒したい……っ。

いくつもの邪念が騒ぎ立てる中、悪魔的な閃きが脳裏を走った。

(……いや待てよ、考えようによっては――『アリ』だな)

現状、世界の修正力によって、アレンとニアは繋がってしまった。

(メインルートのアレンは、ニアと切磋琢磨しながら、その力を覚醒させていく……)

二人はこの先、良き 好敵手(ライバル) として、互いを高め合うだろう。

(でも今ここで、ボクがニアに付きっ切りで魔法を教えれば……競争相手を失ったアレンの成長は著しく鈍化する)

ははっ。なんだ、簡単なことじゃないか。

繋がってしまったのなら、 解(ほど) いてやればいいんだ。

(……ん……?)

そのとき、ホロウ 脳(ブレイン) が違和感を検知した。

(……おかしい。もしも世界の修正力が、絶対的なモノだとするのなら……この手の『おいしいイベント』は起こらないはずだ)

せっかくアレンとニアを結び付けたのに、こんなすぐバラされては、何をしていることかわからない。

(よくよく考えてみれば……。先週に起きたアレンとニアの戦い。あれは明らかに 遅い(・・) 、 遅過ぎる(・・・・) )

メインルートへ回帰させたいのであれば、もっと早くに二人をぶつけておくべきだ。

(何故それをしなかった? いや、もしかして……できなかったのか? 世界の修正力は自由に行使できない、なんらしかの『制約』が存在する……?)

さらにここを深掘りしていく。

(あの日は確かそう、序列戦で主人公を倒した日だ。戦いが終わった後、何故かアレンとニアが急に繋がりを持ち出した。二人の共通項は…… ボクに(・・・) 負けたこと(・・・・・) 。もしかして、世界の修正力とは――)

……いや、これはまだ推測の域を出ない。

結論を出すのは、確証を得てからにしよう。

とにもかくにも、ニアに修業を付けることは、メリットこそあれデメリットはほぼない。

(もちろん、油断や慢心は禁物だけど……。ニアがどれだけ強くなろうとも、決してボクには勝てないしね)

<虚空>と<原初の炎>。同じ最高位の 起源級(オリジンクラス) でも、魔法のスペックが違う。

こちらの方が、圧倒的に格上だ。

(ニアに修業を付けた場合、主人公の強化イベントを確実に一つ潰せる。その後ニアは十中八九、ゾーヴァに敗れるけど、ボクにマイナスは何もない。そして万が一、ニアが大翁を討てば、エインズワース家の次期当主に大恩を売れる……)

つまり、どのパターンでも、ボクに損はない。

「……はぁ、いいだろう」

「……えっ、今なんて……?」

「特別に修業を付けてやる」

「ほ、本当に……? あの怠惰傲慢で人の心が一ミリもない悪魔みたいなホロウが、私のお願いを聞いてくれるの……?」

「……そうか、俺の手は必要ないか」

「う、うそうそうそっ! 軽い冗談じゃない! そんな本気にしないでよっ!」

「どう見ても本音にしか映らなかったが……まぁいい。とりあえず今日から一か月、放課後にお前を鍛えてやる。これでいいだろう?」

「うん、それで大丈夫。……ありがとう……本当にありがとうっ!」

ニアは大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべ、ボクの両手をギュッと握り締めた。

……さすがはヒロイン、やっぱり可愛いな。

「私、あなたのことを誤解していたみたい。口はとっても悪いけど、こう見えて実は、優しいところもあるのね」

「ふん、当然だ」

ボクは『顔』を見られないよう、クルリと振り返る。

きっと今のボクは、とんでもなく『悪い顔』をしているだろうからね。

(ふふっ、いいぞいいぞ最高だ! この一週間、主人公に付き 纏(まと) われたり、世界の修正力に頭を悩まされたり、本当に散々な毎日だったけど……ようやく、ボクに流れが向いて来たッ!)

ニアを利用することになってしまうが……まぁ別にいいだろう。

これは彼女にとっても決して悪い話じゃない、お互いにメリットのある『Win-Win』なモノだからね。