軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

貴族教育は大変だ

ディーンが七歳になった。

八月の下旬はまだまだ暑さが厳しいが、朝は幾分過ごしやすい。

「ディーン、お誕生日おめでとう!」

「ありがとう……」

おめでたい筈の本日の主役は、しおしおとマグノリアの部屋に入ってきた。

マグノリアとリリーは首を傾げる。

「……どうちたの? せっかくのお休みなのに」

またプラムさんに叱られたのか……お誕生日の日くらい、大目にみてあげたらいいのにと考えた時、力なく首を横に振った。

考えている事がもろバレらしい。

「違うよ。俺、今日で七歳になるだろう? ……ついにされるんだ、貴族教育」

「おおぅ……」

何と何と、貴族教育が本格的に開始される事を宣言され、落ち込んでいるらしかった。

リリーが元気を出せと慰める。

「まぁ、遅かれ早かれしなくてはならないですからね? ディーン君は従僕のお仕事もしていますから所作は綺麗ですし、読み書きもマグノリア様の問題を解いてかなり上達されているではないですか!」

「国語に算数、外国語や歴史、自然科学……ダンスに音楽に……力尽きそうです」

この世界の貴族教育も地球の昔と変わりなく、マナーは言うに及ばず。読み書き計算、法律や弁論、地理・歴史、政治経済、外国語等の実生活や仕事をする上で必要な学問に加え、哲学、文学等の教養。社交に必要なダンスや音楽、芸術などなど、多岐に渡る。

戦う事も隣り合わせな世界なので、格闘技や剣、乗馬などもある程度心得が必要だ。

そこへ代官や領主などは領地経営も加わる。

女児は家政に関する事や、裁縫関連、社交術、音楽や芸術等が重要視される。らしい。

ある程度の必須以外は、各家の選択にも任されているが、王立学院に入る子どもはその予習も兼ねた教育がなされる事が多いとの事だった。

「頑張れ、ディーン!」

項垂れる従僕にエールを送ると、天井裏からひょっこり、ガイが顔を出した。

相変わらずニヤニヤと面白そうに笑みを湛えている。

「……お嬢も他人事じゃねぇですよぉ?」

「えー?」

――っていうか、普通に扉から入ってこられないのかといつも思うのだが。だが言った所で無駄な事も承知な訳で。

変人な護衛にため息をついた所でノックの音がした。

「マグノリア、今大丈夫か?」

「クロード様ですね? お珍しい」

声を聞いて、リリーが首を傾げる。

家にいる時はセルヴェスもクロードも一緒に食事をとる。なので大体は食事の時か、執務の時に話をする事が多い。

それ以外の時間帯で必要な時は伝言を持った使いのものが来る事が多いが……本人が直接とは緊急なのだろうか?

「はい。どうじょ~」

マグノリアも首を傾げながら返事をするとほぼ同時に、扉からクロードが顔をのぞかせた。

「ああ、ディーンも居たか。それでは彼の貴族教育の事は聞いたか?」

おはようの挨拶より先に確認が飛び出した。

「はい……七歳になったのでついに貴族教育が始まるのでしゅよね?」

「そう。それで、ついでにマグノリアの貴族教育も一緒に行う事になった。とは言っても差があまり無さそうな物だけだが」

「えっ!?」

急過ぎるクロードの言葉に、マグノリアは眉間の皺を寄せた。

……以前はあんなに勉強したかったが、やる事に忙殺される今、特に勉強はしたくない。

勉強が嫌いな訳ではないが――好きでもないが、ある程度必要な事は習得済みなため、やるべき方に力と時間を割きたいのだ。

「音楽は父上、ダンスと絵画は俺だ。早速下に来るように」

えええぇぇぇ! 聞いてないんですけど!?

「いや……わたち、忙ちいですし。もっとお忙ちいおふたりのお手間を取らしぇるのは、ねぇ?」

取り繕った事を言う姪っ子に、クロードは睨みを利かせる。

「今日明日と予定が無いのは確認済みだ。忙しいと思うなら……素直に来なさい?」

幼児に向けるとは思えない冷気を漂わせながらのたまう。

最後通告を突き付けられた幼女に、クククと笑いながらガイがエールを送る。

「頑張れ~! お嬢!」

「くぅ~~~~~っ!!」

(おのれぇ、変人護衛めっ!)

自らに盛大に返ってきたブーメランな言葉に、キッ!! 天井を睨みつけると、そいつはニヤニヤしながら天井裏へと消えていった。

「……早くしなさい」

「「……はぁい……」」

四歳(秋には五歳)と七歳は、揃ってしおしおと項垂れながら、おっかないおかん叔父さん(次期領主)に連れられて、部屋を出ていった。

*****

娯楽室には気が向いたら使えるように、チェンバロ(クラヴサン)、リュートやハープ等、幾つかの楽器が置かれている。

今日はその他にも幾つかの楽器が並べられていた。

チェンバロ、なかなか哀愁漂う素敵な音色である。確かピアノが出てきてあまり演奏されなくなっていった筈だ。館にピアノは無いようなので、この世界ではまだ作られていないのだろうか?

ただ、習う事を考えると全く興味が湧かない。

どう見ても鍵盤が一杯で、自分が弾くのはノーサンキューだ。

聴く一択である。

そんな事を思いながら、順番に楽器を眺めていく。

(これってバグパイプ! こんなんなんだ~、実物初めて見た!)

昔の超有名名作漫画で、そばかす・鼻ぺちゃと呼ばれる主人公が出会う、丘の上の王子様が吹いていたあれである。聞くまでも無く、この辺りに丘の上の王子様はいないが。

一人でテンションがあがってニヤニヤしていると、クロードとディーンに怪訝そうな顔をされた。

見た目に似合わず、セルヴェスは音楽の名手らしい。

館には多種多様な楽器が揃っており、気晴らしに奏でる姿は珍しくない。

そして確かに、奏でる音は素人耳にも上手いと思う。

大きな身体を屈めて奏でる姿に気が散るので、聴く時は瞳を閉じるのが鉄則である。

セルヴェスも大ぴらに執務をサボれるので嬉しいのだろう。自分が好きなものに触れるからというのもある筈だ。

機嫌よく、一つ一つ説明してくれる。

持ち運びできるクラヴィコード(形状はほぼ電子キーボードだ)をはじめ、フィドルと呼ばれるバイオリンのようなもの、シトルというギターのようなもの。太鼓にシロフォン(木琴)、ファイフ(横笛)そして……

「リコーダー?」

「おお、良く知っているな!」

見覚えのある縦笛を見て、思わず呟く。

セルヴェスは意外だったようで、嬉しそうに頷いた。

「ディーンは何か弾いた事はあるか?」

「母にクラヴサンを少し。後は兄がリュートを弾いていますので触れた程度です」

……ここではクラヴサン呼びらしい。

やはり女性はクラヴサンが多いのだろうか?

見た目の素敵さは同意だが、弾くのが難しそうな弦楽器の選択はない。

遠い記憶で学習発表会で猛練習させられた鉄琴……の仲間(?)のシロフォンか、リコーダー一択である。

「マグノリアは……」

「リコーダーでっ!!」

食い気味に答える。

ディーンがびっくりしてかパチパチと瞳を瞬かせた。

「……クラヴサンやリュートでなくて良いのか?」

基本なのかお薦めなのか、クロードが念押ししてくる。

ピアノ(みたいなの)もギター(みたいなの)も、自分には無理! とマグノリアは心の中で叫ぶ。

昔ハープを習いたいと思ったことがちらっとあったが……大人になって(?) 地球(あっち) でも 異世界(こっち) でも忙殺される今、ハープはセルヴェスに奏でてもらう方が良い。

「リコーダーで!」

バフン! と音がしそうに鼻息荒く答えたからか、微妙な顔はされたが、取り敢えずは了承してもらえた。

「何か出来るか?」

セルヴェスがマグノリアとディーンに尋ねる。

お互いちらりと顔を見るが、圧力に負けたディーンが答える羽目になった。

「……えっと、練習曲を少々」

促され、椅子に座ると、たどたどしく練習曲を奏で出す。

つっかえつっかえ、沢山の鍵盤の上を小さな指が迷いながら弾いていく。

終わって、ディーンは大きく息をはいた。

「なるほど。基本の音階は入っているのだな……。マグノリアはどうだ?」

セルヴェスが楽しそうに聞いてくる。

……楽しそうで何よりである……

しかし、ここで得意気(?)に難しい曲を吹いてはいけない。

クロードが課題を積み上げてくるに決まっているからだ。

『やはりクラヴサンも……』などと言ってくるのが目に見えている! 騙されん!!

ピー! プー! と軽く音を出してみる。

……うん。大丈夫そうだ。音、出る。

(ここはドレミの音階を吹いて、手短にゆっくりと小学生が大好き、チャルメラでも吹いておこう!)

『♪~ドレミファソラシド・ドシラソファミレド・ソラシーラソ、ソラシラソラ~』

「「…………」」

「……音階は大丈夫で、短い曲で吹けるものがあるのだな……他には?」

「(この世界の)曲を知らないでしゅ!」

三人に、本当はもっと吹けるよな? と、疑いの眼を向けられた。

堂々と知らん振りをして前を向く。

――余裕が出来たら考えます!

*****

食事の後に軽い執務の手伝いをし、その後はダンスだ。

こちらは鬼コーチが担当のために、容赦ない訓練をさせられるものと思うのだ。

……そして予想は微塵も外れなかったのである。

マグノリアとディーンは、息も絶え絶えで足を動かしている。

「さ、次。通しでステップを踏むぞ」

「次!」

「次……」

「もう一度!」

「次」

エンドレスで繰り返される『次』!!!!

(ひ~~~~~っ!)

まだまだ、基本のダンスである。いったい幾つの種類、ダンスがあるのか……

それ程ステップは複雑ではないが……背を伸ばせ、指はこうだ、顔は上を向けと指示が多い。初回なのに。

クロードは完璧主義者で下手に努力家でもあるので、往々にして求める基準が高すぎるのだ。誰もがそこまで努力家な訳ではないのに……マグノリアやディーンの為なのは解る。解るケド。

頭では解っていて、本人的には(これでも)手加減しているらしい。

しかし残念な事に、他の人の手加減ポイントはもっと手前である。そして本人に体力があり過ぎるのも問題だと思う。他の人間の体力はもっと手前で尽きるのである。

やるならきっちり、ちゃんと、確実に。彼のモットーだ。

みっちり一時間程、しごかれた。

汗びっしょり、息はあがりヘロヘロである。

「き、キツイ……」

「シンドイ……」

ふたりして打ちひしがれるように両手を床につき、ぜーはーと呼吸をする。

(これが、もっと複雑なステップのダンスだったら……)

恐ろしい想像に、ぞぞぞぞ~~~~~っと背筋に冷汗が流れる。

――ダンスのし過ぎでお医者さんに運び込まれる人間・一号になるやもしれぬ。

涼しい顔をして鬼軍曹が告げた。

「着替えたら絵画だ。何、座って描くから平気だろう?」

((ひぃぃぃ~~~~~~っっ!!!!))