軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

女神を称える花(とある船乗りの話より)

アゼンダは変わった。いや、変わりつつあると言った方が良いのかもしれない。

今までは何の変哲もない田舎の小国……今はかの有名な悪魔将軍が治める一領地である。特にこれと言った名所や名産がある訳でもない、ただただ海に面しているというだけの土地であった。

マリナーゼ帝国とモンテリオーナ聖国に面している事もあり、諸外国の者にとっては一休みするために寄港する場所、といった感じであった。

ある時期からアスカルド王国の食品や雑貨が手に入るようになり、若干の貿易めいたやり取りがなされるようになった位だ。

ところが。この春に耳を疑う商品が現れた。

航海病を改善する、もしくは予防するという食品だ。

そう大して高くもない値段設定で、驚くことに小さな説明書がついており……売っている商品と同じものを作れるレシピと、航海病にならないための注意書きまでついてくるという大盤振る舞いぶりだった。

もし本当なら頭がおかしいのか? と思う所だ。

商品を売っている奴に聞いたら、何と本人がこの商品と注意書きを実践する事で航海病を克服したのだと言う。

以前はイグニスの商会船団の船乗りだったらしいが、助かった命を自分と同じような人間のために役立てたいと思い、船乗りを辞めてザワークラウトの店を開く事にしたそうだ。雇われ店主らしいが。

……売るための方便っぽい。詐欺めいた手口だ。

思わず眉が寄るのが解る。

店主は目の前の男――多分船乗りを見て、何でも無いように微笑むと小瓶のザワークラウトを差し出した。

「じゃあ、この小さいのを一瓶だけ買っていったらいいよ。そして困ったらこのカードに書かれてある内容に気をつけて食事をしてみたらいい。俺の言ってる事が信用ならないのなら、イグニス国のシャンメリー商会の船に行って聞いてみな。同じように治った奴らがいるはずだからね」

……情報料として、中銅貨が三枚だ。騙されたと思って買ってみる事にした。

結果から言うと、これが大当たりだった。

船に帰ると、何やらバタバタと騒がしい。男は首を傾げた。

「おい、どうしたんだ?」

近くを走る奴を捕まえる。そいつは焦ったように早口で捲し立てた。

「航海病だ! 医者の所に行ってくる!」

男は急いで手を放すと、転がるように駆けていった。

「……本当かよ……」

手の中の小瓶を見つめ、小さく呟く。

そして、調理場へ同じように走り出した。

航海病と呼ばれる病気の症状は幾つかあるが、一番多いのが出血を伴う症状だ。

長い航海をする身の上としては他人事ではない上に、じわじわ蝕まれる仲間を見なくてはならないのも……辛いなんてひと言では語れない。伝染しないとは言われているが、みんな恐怖心もある。

最悪な事に経営状況が悪化しているからなのか、今回船医が同乗していなかった。仕方なくアゼンダの医師を呼びに行ったが、来てくれるだろうか……

取り急ぎ調理場へ行って、調理担当者に変な店屋の話をし、買ってきた小瓶を見せる。

そいつも怪訝そうな目で小さな紙を見つめていた。

「本当に、こんなことで治るのかね?」

「……まじないの一種じゃねぇか?」

もう一人の奴が横から覗き込んで言う。

馬鹿馬鹿しいという空気が流れた。

「……まあ、しかし薬もねぇんだし、やるだけやってみるか……?」

訝し気な態度は崩さないものの、藁にも縋るという心持だったのはみんな同じであろう。

幸いにも医師が駆けつけてくれた。

……その手には、幾つかの果物と野菜が握られていた。思わず周りの人間と顔を見合わせる。

そんな中、医師は真剣な顔で指示を飛ばす。

「誰か、騎士団の詰所に行って航海病が発生したと言ってきてくれ!」

「はいっ!」

医師の言葉に弾かれたように、下っ端の奴が詰所に走っていった。

……暫くすると、呼びに行った筈が何故か背負い籠一杯にオレンジとキウイを背負った下っ端と、キャベツの漬物瓶を抱えた騎士がやって来た。

「ギルモア騎士団西部駐屯部隊です。発症者は一人ですか?」

「はい……」

「万一、他の発症者が出るといけないので、数日、全員果物を食べて下さい。食事の時にこちらのザワークラウトを。発症者の方にはなるべく多く摂ってもらえるよう、果物はジュースにしたり工夫して」

「はい……」

領地ぐるみの作戦なのか、医師も騎士も一ミリもブレない。

半信半疑ではあるものの、説明書と医師の指示に従って食事療法を行った。

……。…………。

……信じられない事だが、治った。

数日前に小瓶を買った船乗りが、店にかけ込んでいく。

「おい! 凄ぇぞ!! 治った、治ったんだよ!!」

余りの大声に、店に居た人間が全員で船乗りを見た。

店主はにこにこ顔で首を縦に振る。

「良かった良かった。お役にたったみたいですね」

「考えた人に是非とも礼を言いたいんだが、どうすればいい?」

「うーん……余りお顔出しされたくないそうなんですよね。ただ、治った事はとても喜ばれると思うので、病気に苦しむ人が出ないように説明カードに書かれている情報を拡げてほしいそうなんです」

「えっ!?」

予想外の言葉に船乗りは絶句した。

普通、称賛されたいものじゃないのか? カードに書かれている情報を拡げてほしい?……商品が売れなくなったらどうするんだ??

「後、もし次入港される際は、マグノリアの花か枝を船に掲げてほしいのです。リボンで纏める場合はピンクで……これはご本人の希望ではなく、今まで助けてもらった者で行っている事なのですが」

「お安い御用だが、何故?」

「智慧の女神を称える花なんですよ」

店主は意味ありげに微笑むと、小さく頷いた。

「それと、これは俺の希望ですが。みなさんの健康を守るためにも出港前に是非ともザワークラウトを購入して頂けるとありがたいです」

ちゃっかりした店主に、船乗りは豪快な笑い声をあげた。

「よし来た! 勿論! 大瓶で頼むぜ?」

それから程無くして、クルース店には大量注文が舞い込んだ。

同じような事があちらこちらで発生しては、まことしやかに噂が拡がっていく。

特にイグニス国の、航海病予防のための啓蒙活動は凄い。

流石、信の女神の加護が篤い国なだけあるものだ。一度受けた恩は信をなす、真心を以て返すお国柄らしい。

シャンメリー商会では、各国の港に寄港した際に必ずザワークラウトを売る事にしている。情報の伝播と共に。

クルースの港町だけでなく、時に海上のやり取りで、時に別の港でも国境を越えた船乗り同士の『助け合い』は拡がっていった。

情報と共に、アゼンダの女神の話も伝わる。

『自らの名誉や富よりも人を助ける方を選ぶ、アゼンダには慈悲深い智慧の女神がいるらしい。この情報にて助けられた者は、マグノリアの花か枝に、ピンクのリボンをつけて掲げ、女神を称えるべし』

そしてそう掛からずに噂はいつしか真実めいていき。

偶然でない数が治癒に至る内に、人々は確かにアゼンダには智慧の女神の加護がある事を感じ始めていた。

色々な船がマグノリアの枝を飾った。日を追うごとにその数は増えていく。

国へ帰った者は、入れ替わりで船を出す者に情報を伝えた。

蛇足だが、例の船では自作でザワークラウトを作ってみたが、同じように作ってみても上手く行く時と行かない時がある。

……なのでアゼンダに来た時には購入し、航海が長期に渡り足りなくなった分は自分達で作る。

そして悔しい事に何故か買った方が旨いのだ。腕の問題なのか? それとも隠し味か?

クルースの街道沿いにマグノリアの苗木が植えられている。ここ数か月で植えられた新しい苗木だ。

領主一家の小さな女の子を称えて、住民や農民が自発的に植え始めたものだ。

そして、アゼンダに舞い降りた小さな智慧の女神を称えるために。

店の軒先に、時には家々の窓辺に。停泊する船、入港する船が。

何艘もの船々が、マグノリアの枝にピンク色のリボンをつけて入港してくる。

青い空と海と。紫や白、ピンク色の 木蓮(マグノリア) の沢山の花と、淡いピンク色のリボンが潮風になびく様は壮観のひと言であった。

*********

マグノリアは予想だにしていなかった様相に、思わず目が潤んだ。

朱鷺色の瞳の目の前には、沢山の花が掲げられていた。

自分と携わってきた皆が、ガムシャラに走って来た数か月間が報われたようで。この世界に受け入れられたようで……思わず胸がいっぱいになる。

命が助かった人がいる。生活を立て直せた人がいる。

農民や工房や騎士団、教会に孤児院。ギルドにスラム街の人々。

それ以外にも携わってくれた、全てのみんなみんな……

マグノリアには、有り難うという言葉しかなかった。

「急速に広まったらしいんですが、マグノリアの花ももうじき終わりですからね。この光景を見せられて良かったっすよ」

忙しいですからねぇと付け加えながら、ガイはしてやったりと笑いながら海をみつめた。

ゆっくりと止まったギルモア家の特徴的な馬車は、港が一望出来る坂の上から町と港とを見下ろしていた。

「良かったですね、マグノリア様」

リリーは馬車を降りると、御者台に座るマグノリアの隣に立って、サムズアップをしてニッコリ笑う。

「やったね、マグノリア!」

次いで踏み台を飛び降りたディーンは小さな手を大きく伸ばし、呼び捨てたお嬢様兼友人と笑顔で勢い良く、ハイタッチをした。