軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

壊血病と航海病

「カイケツ病……?」

聞いたことが無い病名に、クロードとセバスチャンは首を傾げる。

クロードは元居た世界の知識なのだろうと当たりをつけ静かに聞く態勢に入るが、事情を知らないセバスチャンは些か懐疑的にマグノリアを見るのは仕方ないであろう。

幼女が稀代の天才である叔父も知らない病気を語るって、どう考えてもおかしすぎる。

取り敢えずは伝染る事はなさそうだと解り、ディーンの顔色が少しマシになったのは幸いだ。

「あい。他の国でそう言われている病気でしゅ。長期の偏った食生活で、ある栄養素が不足ちて、身体の組織が破壊されてしまっているのでしゅ」

壊血病はビタミンCの欠乏で起こる病気だ。

地球では大航海時代に猛威を振るった病気で、数百万人もの船乗りが命を落としたと聞いた事がある。

検査が出来ないので確実には言えないが、聞いた症状から十中八九、壊血病で間違いはないであろう。勿論他の病気も併発している可能性もあるが……

――薬……せめてサプリメントが無い事が、本気で悔やまれる。

食品の栄養成分が確実に判別できるものが欲しいが、無理だろう。地球に似た食品を摂取して貰うしか方法が無い。

……食事だけでどれ程の回復が見込めるものなのか。期間はどれ程かかるのか。

「その『航海病』は、 こ(・) ち(・) ら(・) での治療法は確立ちていりゅのでしょうか?」

「いや……原因が解らないので、対症療法しかない」

「でちたら病状を確認し、治療の助言とお手伝いをちて参りましゅ」

部屋にいた全員が、びっくりした顔でマグノリアを見る。

セバスチャンは気遣わし気に、しかしはっきりと言う。

「……承服致しかねます。確実ではないのですから、安全の為にもお部屋にお留まりいただきたいかと」

セバスチャンは正しい。特にクロードは次期辺境伯だ。身の安全は責務でもあるだろう。また、安易に判断せず慎重に行動する。周囲への拡散防止も重要だ。

(――本来ならホイホイ状況が解らない状態で動くのはNGだ。一歩間違えばパンデミックが起こりうる。でも、これは伝染らない。そして私は収められるであろう方法を知っている――)

「……では、皆様は隔離されてくだちゃいませ。わたくちはクルースへ行って参りましゅ」

「危険でございます」

「…………。助けられるかもしれない命なのでしゅよ?」

「御身が第一でございます」

長年ギルモア家に仕えて来た家令の矜持なのだろう。引く気が一歩も無い。

揺るぎない青い瞳を見て、マグノリアは頷く。

しかし、マグノリアとて引くつもりは微塵も無い。

「セバスチャンは家令とちて正ちいでしゅ。では、辺境伯家……いえ、ギルモア家の責務とは?」

「領地と領民を導く事でございます。それには御身を大切にし、家を繁栄させる必要がございます」

「……しょれは一般的な貴族の責務でしゅ。ギルモアは『護る者』の事を言うのでしゅよ?」

歴史書の受け売りだけど、とマグノリアは心の中で呟く。

マグノリアの言葉を聞き、セバスチャンとクロードは軽く目を瞠る。

――ジェラルドが十六歳で初出陣すると言った時と同じ言葉だ。

当時家令だったセバスチャンの父が、出陣を止める為に言葉を尽くしたが、ジェラルドは頑として聞かなかった。

セバスチャンはかつての父と同じ言葉を紡ぐ。

「……ここから指示を出す事も出来ましょう」

己に返すマグノリアの言葉に、かつてのジェラルドの言葉が重なる。

「しょれでは、急を要する時に確実に動けましぇん。状況が不確実では、指示がきちんと機能ちないで却って危険に晒してしまうかもちれましぇん。状況の確認と適切な指示出しが必要でしゅ」

――『それでは、急を要する時にすぐさま動けないよ。状況が不確実では、指示がきちんと機能せず、却って危険に晒してしまう事もある。一度きちんとした確認と適切な指示がいる』

「しかし、御身が危険です。貴方は領主家の者なのですから、自らの責務の為にも御身を大切にしなければなりません」

「命が懸かっている時に、そんな悠長な事を言ってられましぇん。……領主家にはクロードお兄ちゃまがいましゅ。本家にはお父しゃまもブライアンお兄ちゃまもいましゅ」

――『命が懸かっている時に、そんな悠長な事は言ってられないよ。……後継ぎならクロードもいる』

「今、それを出来りゅ者がする。確実に護る。そうじゃないのでしゅか?」

――『今それを成せる者、出来うる者が行う。確実に護る。そうじゃないのか?』

(ああ、全くもってお嬢様も同じだ)

セバスチャンは当時は執事として見送った、未だ少年だったジェラルドのまだか細かった背中を思い出す。

あの時、セバスチャンの父は最後まで若い主人を諫めたが、最後に何かを納得すると、黙って送り出し、粛々と後方支援とサポートに徹したのだった。

見事勝利で初陣を飾ったジェラルドに、口汚くもまぐれだという者もいたが、セバスチャンの父には初めから勝利が解っているかの様子であった。

――臣下は時に言い難い事でも、たとえ罰せられたとしても主人に進言しなくてはならない。しかし悪戯に選択した訳ではなく必要であるのならば、どんなに困難でも最後まで付き従うものだ。

そう父は言っていたが。

果たして、目の前の幼過ぎるお嬢様の言葉に諾と返して良いものか。セバスチャンは迷っていた。

常人離れしたお嬢様の頭の中では、多分きちんとした考えや知識に基づいての発言なのだろう。決して軽々しく発しているのではない事は解る。しかし。幼子に命を背負わせて、認めてしまって良いのか?

(ジェラルド様は十六歳だった……マグノリア様は四歳だぞ?)

……お任せするなんて、正気の沙汰ではないであろう。

ジェラルドの時ほどの危険は無いとは言え、セバスチャンの葛藤が部屋にいる全員に伝わった。

リリーは落ち着いた声で発言の許しを得る。

「私がマグノリア様にお付き添い致します」

「リリー……間違いは無いと思うけど、万が一がありゅのよ。よく考えて」

驚き、言い含めるような小さな主に、リリーは微笑んで力強く微笑む。

「マグノリア様は、発言に責任を持たれるお方です。私は信じます。そして、私はマグノリア様付きの侍女でございます。今付き添わずしていつ付き添うと言うのですか!」

「お、俺も……俺も、一緒に行きます! 俺はマグノリア様の従僕です!!」

覚悟を決めたような顔でディーンが声を張る。

青と墨色の混じった瞳は、縋るようにマグノリアとセバスチャンを捉えていた。

「ディーン……貴方に関ちては、うんとは言えにゃい。わたちは大丈夫と言う確信がありゅけど、その証明は今ある技術では出来にゃいの。だから、もしも間違って何かあった時に、貴方とご両親に責任が取れないかもちれない。未成年の貴方の処遇の決定権は、貴方のご両親にありゅのよ」

「…………」

ディーンは一瞬困ったような怒ったような顔をしたが、再び挑む様にマグノリアを見た。マグノリアは、静かに首を横に振る。しかし、ディーンは引かなかった。

「では、どうすれば連れて行って貰えますか!」

「……ここに残っても、何の問題もにゃいの。子どもは残りゅのが普通なんだよ?」

「どうすれば連れて行って貰えますか!」

「……ならば、自分でご両親を説得ちて了承を得て下ちゃい。そうちたら、連れて行きまちゅ。時間は余りありまちぇん」

「解りました……御前、失礼致します」

ディーンは臣下として礼を取ると、クロードにも挨拶して部屋を出て行った。

これから家族に説明に行くのであろう。

クロードはクロードで慎重に目の前の状況を精査していた。

今まで同じ様な病状の者が出た事は何度もあったが、陸上にいた者に感染した事例は無い。非常に似た症例の未知の病気でない限りは、今回も病気が拡がる事は無いだろう。

セバスチャンは隔離を提案していたが、本当に慣例的に、念のためにする様なものだ。

でなければ外で待っていたりせず、病気を拡散させない為に既に部屋に閉じこもっている。

……マグノリアの様子から、きっと彼女が元居た世界でも同じ様な病気があり、その治療法を知っているのだろう。

ただ元の世界とこの世界の差違が解らず、若干躊躇しているらしいことが見て取れる。また身の上の不思議な話を大っぴらにする訳にもいかないので訝しがるセバスチャンにも対処しあぐねている。

(しかし、彼女は博識だな……知識の裾野が広い。それでも深い専門知識が無いと嘆いていたが……一体『チキュウ』や『ニホン』とはどういうところなのか……)

命が助かる可能性が大きく、伝染の危険が無いのなら迷わずにダメ元でも行動すべきだ。

が。そこでどうしても引っ掛かるのは彼女の幼さだ。

彼女の言う事を信じるとして……幾ら中身は大人だと言え、見た目は子どもと言うよりも幼児だ。大人の様に周りに対応を求め、動かすのは難しいだろう。

(彼女自身が一番歯痒いのだろうがな……)

「……俺が一緒に……」

「なりません」

クロードが言いかけたところで、セバスチャンが言葉を遮る。

「後継ぎの身の安全は確保されるべきです」

そんな場合かと言いたい所だが、マグノリアの過去を知らない人間ならば無謀な賭けの様な話にしか思えないだろう。

今迄の常識通り。それが当たり前の対応なのだ。ため息を飲み込む。

「だが、マグノリアはまだ小さい。指示はともかく交渉や対応に大人が必要だろう」

それも、不確かな事を進めるのならばある程度の権力が必要だ。

「大丈夫でしゅ。その代わり領主の書と言うのでしょうか? 一任するという代行権限を示すような書類を一筆書いて下ちゃいましぇ」

「……解った。他には?」

「クルースにいる騎士団に、病気に対応する者が向かう事を早馬で知りゃせて下ちゃいませ。手足になって動いて貰う事になりましゅ」

クロードが頷くと、さらさらと書きつけ、息を殺して座っている護衛騎士に向かって差し出す。

「君。悪いがこれを持って大至急、西部駐屯部隊に馬を走らせてくれ」

「…………はい。承知いたしました……」

哀れな護衛騎士は、否定の言葉を飲み込みすぐさま扉を開けて出て行った。

(……ごめんね、護衛騎士さん……)

マグノリアは心の中で手を合わせる。きっと今日は、彼の厄日に違いない。

「お兄ちゃま」

「どうした」

「航海病は、命を落とす事もある病気なのでしゅよね?」

「そうだな……だいぶ酷くなればと言う但し書きがつくが」

マグノリアは左右に何度か瞳を動かし、忙しなく頭の中で考えを精査しているらしかった。

「……外国で……露店を出していた様な国や、マリナーゼ帝国の様な海洋国家でも治療法や予防法は解っていないのでしゅか?」

「聞いた事は無いな……多分、あるなら彼等の方が知りたい情報だろうな」

マグノリアは何度も小さく頷くと、クロードの瞳をみつめた。

「……解りまちた。では、お手数でしゅが、キャベツとパプリカの種か苗を領都近くの遊休農地に植える分の予算を組んでくだちゃいませ。後はガラス瓶と陶器の蓋つき瓶を揃えられるだけと、少ない場合は作る予算。塩、唐辛子の購入。出来たらキャラウェイシード、ローリエも」

「……一体何をする気だ?」

「教会の調理場の使用許可と立ち入り許可、シュラム街の人を雇う人件費の計上もしておいて下しゃいませ。人数は多ければ多いほど良いでしゅ」

「待て。本当に何をするんだ!」

クロードは頭が痛そうに眉間に渓谷を作りながらストップをかける。

マグノリアは不敵に笑う。

「おじいしゃまに『プレゼン』でしゅよ。問題を一気に全て、片をつけましゅよ?」

大事業になると言われて、クロードはため息をつく。

(何故そう大事になるんだ……)

小言と文句と質問が口をついて出そうではあるが、今は押し問答をするよりも話を詰めた方が良い。

「……言いたい事は山ほどあるが、取り敢えずは了解した。書類は目算を作っておこう。これを」

クロードは膝をつき、マグノリアの前にしゃがみ込む。首からペンダントの様なものを外すと、マグノリアの首につけた。

「……これは?」

「領主代行の御印だ。何かを強引に動かさなくてはならない時はこれを出しなさい。お前が父上と同じ権限を持つ事を示す印になる。勿論悪戯に使ってはならない……意味は解るな?」

マグノリアは静かに息を飲んで、銀色に光るそれをまじまじとみつめる。剣と楯と羽が彫られたギルモア家の紋章。

しばらくして静かに囁くように了解の意を告げた。

「……解りまちた。お借りちましゅ」