軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

遠乗りへ出掛けよう・港町編

「……綺麗でしゅね……」

ため息交じりにマグノリアが呟く。

「そうだな」

クロードの穏やかな低い声が鼓膜に届く。

「ここを降りると下に港と町がある。やはりこぢんまりしていて、領都に比べて気風が良い土地柄だ」

下るぞ、と断って今度はゆっくりと馬を進める。

素朴な土の道を進めば、段々と集落が出来始め、遠くで鳴くウミネコと人々の喧騒が混ざりあい、潮風に乗って耳を撫でて行く。

「手前には木工工房、少し先に金物工房。港の近くに造船所がある。他国の船も行き交う港町なので宿屋や酒場、食事処も多いな」

言われるままに視線を移すと、印象的な鉄看板や、作りかけの製品、熱して加工する場所なのか、扉や窓から真っ白い煙がもうもうと湧き出ている工房など、領都の職人街とはまた違った趣きがそこにあった。

「他国と貿易はちているのでしゅね?」

マグノリアの疑問に、うーん、と珍しく考えるような素振りを見せる。

「していると言えばしているが、規模は余り大きくない。何故だか解るか?」

「うーん? 法律的な制約がありゅのでしゅか?」

クロードは首を横に振る。

「いいや……アゼンダの者達は未だ他国の者が領地へ足を踏み入れる事に、アスカルドの者が思うよりもずっと、恐怖心があるのだ」

「…………」

そうか……

表面上復興したように、乗り越えたように見えても。

心の傷は中々癒えないのだ。

生きて行く為にはそんな事は言っていられないだろうと言う人もいるだろうが、逆に、そんなに簡単に何百年にもわたる虐げられた記憶は無くならないのだろう。

「観光地にちないのも同じ理由でしゅか?」

そうだ、と答えながら、クロードが続ける。

「それと、父上がこの地を、余り変えたいと思っていないのだ」

「おじいしゃまが……」

いつの間にか港の近くに着き、マグノリアはクロードに抱えられて地面へ降ろされる。

「うん。父上は……いつか許される時代が来れば、この地をアゼンダの民に返したいと思っている。元のまま、彼等の手に」

……なるほど。

他国の侵略時に実際戦ったのだ。色々考えるところも思うところもあるのだろう。

もっと領地の経営に熱心になればと思っていたが、敢えて変化を避けているのか。

馬留へ愛馬を繋ぎながら、クロードが続ける。

「……それまではギルモア家が、アゼンダ辺境伯家としてこの地と領民を庇護して行きたいと思っておられるのだ」

……心を決めちゃっている系だと、改善案を出したところでなかなか耳を貸してはくれないだろう。

(だけど、変化って悪い事だけなのかな? ……そんな訳ないよね)

「仮に大公家が今もアゼンダを治めていたとちて……何十年もしょのままの姿と言う訳ではないと思うのでしゅ。きっと国民がより良く生きる為に、時代に沿った政策を取っている筈でしゅ」

「…………」

(終戦時、アスカルドの一部にするつもりは無かったが、そうせざるを得なかった……護り切れず、結局一領地になってしまった。だからこそ『元のまま返す』に拘るのだろう)

「……無理に国交を拡げる事も観光誘致をしゅる必要も、自然を壊す必要も無いけりぇど。困っている国民が自活出来る様にしゅるのも、農業を効率よく、楽に出来るように灌漑工事をちたり、災害を未然に防ぐ為に堤防を作ったりは決して悪ではなく、必要な事だと大公家の方々は判断すると思いましゅ」

クロードは黙って瞳を細めた。

「クロードお兄ちゃまはどう思いましゅか?」

ぽん、と大きな手をマグノリアの頭に乗せる。

「その通りだと思うよ。マグノリアは良い統治者になりそうだな……こういう話をすると、お前が大人で、此処とは違う社会の精神を持って生きていたのだと実感するな。でも、確かに正論だが、俺は父上の気持ちも解らなくは無い」

クロードの大きな手をぎゅっと握る。

セルヴェスと、ジェラルドと同じ、大きくて硬い剣だこのある思ったよりも厚い手。

誰かを護る為に鍛えられた手だ。

「……しょれも解りましゅ。人間解っていても、出来ない事が多々ありゅものでしゅ。でも後悔は先に立たないでしゅからね……ベストを尽くして後悔しゅるのか、出し惜しんで後悔しゅるのか」

クロードは小さなため息と共に苦笑すると、再び左肩に姪っ子を担ぎ上げる。

「硬い話はこの辺で終わりだ。さ、町の様子を見よう」

港町、と言う言葉がしっくり来る町の様子だった。

青い空と海、白壁の建物。眩しい光が似合う町。

何艘かの船が停泊出来るような船着場を中心に、半円を描くように広場が作られている。町も半円を描くように奥へ拡がっていき、そこを大小数本の道路が区画を分けるように延びていく。

広場近くには大小様々な店が軒を連ね、威勢のいい声が響いている。

広場には荷物の上げ下ろしや、人が乗り込む場所を避ける様にして露店が立ち、お土産を選ぶ人や、冷やかす人、値段交渉の真っ最中ととても賑やかだ。

「海に向かって右側は地元貴族の邸宅が多い。左側は奥まった所に造船所、手前は漁船や市場等がある」

キョロキョロするマグノリアの視線を確認しながら、町の解説をする。

「砂浜はあるのでしゅか?」

「うん。左右どちらにもある。町から少し外れたところに、浜に降りられる場所がある」

「後で行っても良いでしゅか?」

「解った。此処は内陸部では見かけない異国の品物も多い」

クロードが露店に視線を向けると、南国のフルーツがあった。

「!! ありぇ、バナナとキウイ、あっちはドラゴンフルーツではありましぇんか!? マンゴーやパパイヤもあるのでちょうか?」

「マグノリアは食べたことがあるのか?」

物珍しい色、形に手が伸びにくいのだろう。

しかし左肩で興奮気味に話すマグノリアを見て、クロードが姪の顔とカラフルな果物を交互に見る。

「あい。味や名前が一緒かは確認しないと解らないのでしゅが……野菜は大きく外れていないので、似たようなものだと思うのでしゅけど」

「ほう。どれか試してみるか?」

「なら、ドラゴンフルーツもどき以外が良いでしゅよ。追熟しないので、早く捥いでしまうと甘味が薄いのでしゅ」

地球と同じならですが、と付け加えられ、クロードは思案気に果物を見る。

「ふむ……」

なんだかんだと気になっていたのか、目についた果物をひとつずつ購入していた。

「トッテモ、オイシイヨ!」

店員が良い笑顔でサムズアップする。

肌が浅黒く、異国の人間である事が一目でわかる。

「何処かりゃ来たのでしゅか?」

「アー、ズットミナミニアル、クニダヨ! トテモ アツインダヨ~!」

にこにこする店員にお礼を言って果物を受け取る。

移動しながら露店を見ると、異国情緒漂う品が多い。幾何学模様の布。金色に光るアクセサリー。動物や模様を描いたタイル。刺激的な香りがする香辛料の小さな山々。

合間に地元民の海産物を売る店や食べ歩き用の屋台、お土産などが並ぶ。

(味噌や醤油はないのかなぁ。時折無性に食べたくなるんだよね……)

周りを真剣に見回すが、それらしいものは見当たらない。

……けど串焼きの味付けを考えても、どこかに似た味の調味料があると思うのだが。

「何か気になるものがあったか?」

「いえ……目新ちい調味料が無いか探ちていたのでしゅ」

「本当に食いしん坊だな!」

「……しょんなに果物を買い込んだクロードお兄ちゃまに言われたくないでしゅよ!」

クロードは苦笑いをし、マグノリアは口を尖らせた。

町の左側を、宿や食事処を瞳に映しながら、海岸を目指す。

途中で造船所を外側から見て、大きく組みあがっている木造の船が見える。かなり大きい帆船のようだ。

中に入ってみたくもあるが、いきなりやって来た領主家の人間を出迎えるとなると、あちらも面倒だろう。

大きな掛け声と工具の音を聞いて、忙しなく働いているであろう姿を想像する。

程無くして砂浜へ出たので、手前にある道と砂浜との段差に腰を下ろし、先程の果物を広げる。目についたものをひと通り買ったらしく、数種類の果物があった。

「どれが良いか……」

「地球だと、このバナナが食べやしゅいでしゅよ。貴族はナイフとフォークを使うのでちょうけど、今はお皿が無いでしゅからね。こう、皮を剥いてぱくっと」

実際に剥いて口に運ぶ様子を見てクロードは珍しく瞳を瞬かせていたが、確かにと状況を納得してか同じようにし、口へ運んだ。

「……甘い。ねっとりしているのだな……」

「そうでしゅね。味も香りも地球と同じでしゅ。栄養素も同じなら、腹持ちが良いので騎士たちの食事に取り入れても良いかもでしゅね」

「エイヨウソ?」

マグノリアが小さくもぐもぐと齧りながら頷く。

「人間が食べ物を食べるのは、食べないと死んでちまうからなんでしゅが、それは栄養を摂る為なのでしゅ。食べ物から、身体を作る栄養素や、調子を良くする栄養素など様々な栄養を摂取して、生きていりゅのでしゅ」

「チキュウでは色々な事が解っているのだな……」

ため息をついて呟くのをみて、小さく愛想笑いをする。

「しょの時代しょの時代で、違いましゅよ。たまたまわたちが生きていた時代が今より未来みたいな時代だっただけで……次はこの、キウイみたいなのにちましゅか?」

皿が無いので、取り敢えず半分にクロードのナイフで切って貰う。

かなり瑞々しいのだろう、細かい飛沫が飛び、追って甘やかな芳香が漂う。

二つに分けると、地球の物よりも若干透明度の高い、だけどお馴染みの中央辺りに黒い小さな種が輪を描いた果肉が姿を現す。

……色が少し違うが。

「わっ! 青い!!」

「普通は違うのか?」

「向こうのは、緑か黄色なのでしゅ! 味は一緒かちら?」

いや、いつだったか『少し前に非常にレアだが赤色も流通を始めた』と物知りな同僚か誰かが言っていたか。

そのうちに青も紫も改良されるのかもしれないなと思いながら、朧げな日本の記憶に一瞬、想いを馳せた。

ふと、食べようとしてスプーンが無いことに気づく。

「「…………」」

一瞬顔を見合わせるが、出掛ける前にセバスチャンより渡された小さいバッグをクロードが指さす。

「それを開ける時なのではないか?」

困ったら開ける様に言われたそれ。

マグノリアがいそいそと開くと、ナイフとスプーン、フォークと手巾が数枚入っていた。

「絶対、屋台や露店で買い食いしゅるのを見透かされてましゅね」

言いながら有難くスプーンを出し、くるりと円を描くように皮目に沿ってスプーンを滑らせた後、小さく掬って口に入れた。

もう半分を持ったクロードも見よう見まねでスプーンを滑らせる。

「……これは甘酸っぱいのだな。意外にみんな美味いな……」

「美味しいのが多いでしゅけど、果物に依っては凄い臭いのとかもありまちたよ。こっちにもあるんでしゅかね?」

……スネークフルーツとか、ジャックフルーツとか、ドリアンとか。

食べると美味しいというが、どうしても臭いが先に来てしまい、日本時代のマグノリアは食べられなかったのだ。

砂浜近くの売店に、パンくずが売っているので買う。

クロードの肩の上で空に向かって硬くなったパンを振ると、ウミネコが鳴きながらゆったりと近づいて来る。

くちばしでパンをつつかれ、思ったより大きい反動にマグノリアは大きな声で笑う。

「クロードお兄ちゃまもやってみてくだちゃい! ごっ!! ってしましゅ」

小さな手から硬いパンを渡され、高く腕を伸ばす。

餌を待つように上空を旋回していたウミネコが、すぐさま啄みにやって来る。

「ふふふ。指も一緒に啄まれそうだな」

「くちばしがたまに当たりましゅからね。結構強いでしゅ」

名残惜しく最後のパンをウミネコに渡すと、まるで知っているかのように、再び一斉に沖へと飛んで行く。

「……ゲンキンなものだな」

苦笑いするクロードに砂浜に降ろして貰い、ゆっくりと砂の上に貝殻を探す。

波打ち際を歩く小さな蟹をみつけ、蟹もいるのか……と茹で蟹の山を連想し、ひとりほくそ笑む。

(今度は蟹食べよう。イクラとか魚卵も捨てがたいなぁ……)

どの位そうしていたのか。

段々と陽が傾き、うっすらとオレンジ色に変って行く。もうすぐ夕方だ。

「さ、マグノリア。そろそろ寒くなって来るから帰ろう。館まで二時間程かかるから夕飯に間に合わなくなるぞ」

クロードに急かされ、慌てて手のひらとスカートの砂を払う。楽しい時間はいつでもあっという間に過ぎるのだ。

歩いていては間に合わないので、いつもの如く肩に乗せられ、水面が夕日に照らされて金色に光る海をみつめた。