軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

侍女頭と従僕、時々ガイとセバスチャン

部屋を出ると、廊下の先の方にセバスチャンが見える。

マグノリアが小走りで近寄ると、気付いて足を止めた。

「セバスチャンしゃん、確認がありゅのでしゅが。今、しゅこしだけ 良いでしゅか?」

「はい、大丈夫でございます。……それと、私の事はどうぞお呼び捨て下さいませ」

きちんと屈み、膝をついて目線を合わせてくれる。細かいところにも気を利かす、出来る家令である。

マグノリアはマグノリアで、彼が辛くはないか……手に持っている書類が重くはない事を確認する。

「みっちゅあるのですが。まじゅ、屋敷に図書室はありましゅか?ある場合出入りは自由でしゅか?」

「はい、ございます。自由にご利用頂けますよ。プラムに言えばすぐにご案内出来るかと思います。絵本などは余り充実していないかと思いますが……近く取り揃えましょう」

……今は黒いオーラは微塵も無く、好々爺といった雰囲気だ。

絵本よりは実用的な本の方が欲しいが……断るのもどうなのか、微妙なところだ。

「ふたちゅめは、お手紙を出ちたいので筆記具一式を貸ちて欲しいのでしゅ」

「畏まりました。後ほどお部屋にお届け致します」

「みっちゅ目は、王都のダフニー伯爵夫人を知っていましゅか?」

「はい。勿論」

良かった、と息を吐く。

「『ダフニー』って、お名前でしゅよね? ファミリーネームは解りましゅか?」

「ダフニー・ルボワール伯爵夫人でございます。住所も存じてますので、住所を代筆致しますが」

「ありがとうごじゃいましゅ。……けれど、何故『ダフニー伯爵夫人』と呼ばれていりゅのでしょう? 普通ルボワール伯爵夫人よにぇ?」

貴族名鑑でフルネームを確認するのを忘れていたのだ。もちろんこの屋敷にもあるだろうけど、聞いた方が早いのではと思ったが、正解だった。

なるほど、というようにセバスチャンは頷く。

「アスカルド王国は女性の御名を大切にする慣習がございます」

「しょの子の一生を、お花の女神様が護ってくりぇるから、よね?」

「はい。良くご存じでいらっしゃいますね。何かしらの功績が認められた女性方へは、ご本人の栄誉を称え御名に爵位や敬称などをおつけして呼ぶことがあるのでございます」

へぇ。男尊女卑な世界かと思ったら、意外な側面もあるものだと感心する。

「しょれでなのでしゅね……お忙しいのにおちえてくりぇて、どうもありがとう」

立ち上がるセバスチャンを手を振って見送ると、元来た道を戻り新しい部屋につくところで、今度はガイが何処からともなく姿を現した。

「お嬢、ご機嫌麗しゅう」

「あ、ガイ。ゆっくりと やしゅめた?」

いつもより気取った挨拶を口にしたガイは、旅装束で立っていた。

「……何処かにお出掛けにゃの?」

「はい。ここのところ、近隣諸国の状況を調べていたんですが。それを別の者に引継ぎに参りやす」

……近隣諸国の状況……所謂スパイという奴か。

辺境伯と言う事から、国境を守る為に色々あるのだろう。

そんな話、平凡ないち幼女が聞いて良いものなんだろうか。ちょっと不安になる。

「しょうにゃのね。気を付けてね。……しゅぐ帰って来りゅの?」

ガイはいつものニヤニヤ顔ではなく、慈愛に満ちた笑顔を向けた。

「そうですねぇ、一か月位でしょうかねぇ?」

「長いにぇ……怪我と身体に気をちゅけてね」

「ありがとうございます。お嬢もくれぐれも無茶をせず、お元気でお過ごしを」

何故か無茶をしない事を言い含められた。無茶をしたことなんてないのにぃ。

ガイは部屋に入るまでマグノリアを見送ると、くるりと踵を返した。

(さてさて。お嬢は一か月の間に何をしでかす事やら……)

楽しみなような、怖いような気がするが。

クツクツと喉の奥で笑うと、窓からひらりと飛び降りた。

部屋に戻ると、マグノリアは取り敢えず自分に与えられた居間とベッドルーム、フィッティングルームとを見て回る。

置かれている家具がミニチュアみたいだからか、なおのこと部屋が広く見える。

(妖精姫、だっけ。どんな人だったんだろう……)

この部屋の元の主。自分と同じ顔をした曾祖母。

元小国のお姫様だというが。戦乱激しい時代のギルモア家の領主夫人なら、見た目とは裏腹に気骨溢れる人物だったのだろうか?

馬を駆り、剣を振り回す曾祖母を想像する。

「失礼いたします。お戻りだと伺い、参りました」

返事をすると、プラムさんとディーンが揃って入って来る。

「お嬢様、セバスチャンから伺い筆記具をお持ちいたしました」

「どうもありがとうございましゅ。しょこのテーブルに置いておいてくだしゃい」

奥の部屋から出て来た小さい主人を見て、二人はほっとする。

――事情がまだよく分からない二人は、離れた家と家族を恋しがって泣いているのでは、と思ったのだった。

「旦那様方からもご挨拶をさせて頂いたかと思いますが、孫のディーンです。お嬢様のお身の回りのお手伝いをさせて頂きます。宜しくお願い致します。ほら!」

「イテッ!」

プラムさんがそう言うと、一緒に頭を下げさせようと、手荒く孫息子の頭を引っ掴んで下げる。

「しゃきほど元気なご挨拶を頂きまちたよ。改めてこちらこそ。解りゃない事が多いけどよろちくお願いいたちます」

「お嬢様は、字が書けるのか……んですか?」

持っていたペンと便箋をテーブルに置くと、もじもじしていたディーンが口を開く。

途中言葉遣いを祖母に睨まれ、慌てて言い直していたが。

「うん。しゅこしだけね」

「凄いな!いや、……凄い、ですね……?」

大きな瞳を忙しなく動かす。

くるくる変わる表情に、マグノリアは思わず噴き出した。

「ディーンは遊び相手なのでしょう? しょんなに気を使って話ちていたら、疲れちゃうよ。普通に話していいよ」

「駄目です! お嬢様、線引きはちゃんとなさらないと」

「あら、こんなに小しゃいのでしゅもの。ディーンはまだ六歳でしょう?」

「お嬢様より二歳も上ですよ!」

プラムとマグノリアのやり取りに、ディーンは首をすくめた。

納得しなさそうな祖母と困り顔の孫息子を見て、平和だなとマグノリアは思う。

「じゃあ、みんにゃの前ではキチンと話しゅ事ね? 二人の時は、話し易い言葉で構わにゃいわ」

ふんわり笑ったお嬢様を見て、ディーンはひとり顔を赤くした。

「マグノリア様、リリーさんを呼びましょうか?」

「ううん。リリーも馬車に乗り通しで疲れていりゅだろうち、お部屋の片付けもありゅだろうから今日はしょのまま休んで貰って。皆しゃんの予定次第でしゅけど、移動したばかりだし、何なら数日お休みをあげても構わないにょだけど」

身の回りの物を揃えたり、近隣を見て回ったりしたいかもしれない。

それとも動いて居た方が気が紛れるだろうか? マグノリアは考える。

「リリーさんに話しておきますね」

「ありがとう。プラムしゃんもディーンも下がってくりぇても大丈夫よ?」

「そうですか? それでは用事がございましたら遠慮なくお呼び下さいませ」

お食事の時間に参ります、と言って静かに出て行く。

……やれやれ。

フカフカのソファに座って、ダフニー夫人へ送る手紙を考える。

長考するには、立派な机の椅子よりもこちらの方が座り易そうだと足をぶらぶらしていると、眉間にクロード渓谷を作る若き叔父ことクロードお兄さまを思い浮かべ、そっと足を止めた。

実家では急に授業に出る事が出来なくなり、ダフニー夫人にお礼も挨拶もしないで来てしまった。

一応、ライラとデイジーに伝言を頼んではおいたが、不義理も良いところだ。

せめてお詫びとお礼と近況位は伝えなければならないだろう。

(……この国のお手紙マナーってどんな感じなのだろうか……)

取り敢えず、そう大きくかけ離れていると言う事も無いだろう。

……マナー本にあった時候の挨拶から始まる前世の詫び状とご機嫌伺いをアスカルド王国風(?)に書いておけば良いだろうか。勿論お礼とお詫びは本心から、心を込めて文を記す。

幼児が書いたものだから、きっとセバスチャンかプラムが確認をするだろう。失礼な事や不味い事を書いてないか的な確認を。

手紙を読まれるのはちょっと嫌だが、海のものとも山のものとも知れない幼児だ。お相手に失礼があっては大変だろうから仕方ない。

(都度こちらの形態に直して行けば、その内フリーになるだろう)

そんなこんなを考えておりました。

つい数時間前までは。

二時間程して、夕食だと再び部屋にやって来たプラムに手紙を渡し、セバスチャンへの伝言を頼み。

食事は帰領後も保護者二人とともに、家族揃っての様子にほんわりしながらも。

(昔の貴族の子ども部屋っていう選択肢は取らないのかな? そもそもギルモア家でも兄と両親は頻繁に食事をとっていたみたいだし……アスカルド王国そのものが、食事に関しては中世とか近世の貴族仕様じゃなくて現代の地球的な感じなのかなぁ?)

なんて呑気に考える。

少し前までは考えられなかった空間と時間。

豪快でとても大らかな祖父。

一見素っ気ないが良く周りを見ており、何くれとなく細やかに世話を焼く叔父。

……先程も魚の骨に気をつけなさいだの、零さない様カップに注意なさいと言っては奥に退かし、実にまめまめしい。

マグノリアがうっかり口周りにつけてしまったソースを、正面の席から腕を伸ばしナプキンで拭っては、満足そうにほのかに微笑んでいた。

(うーん。クロ兄はツンデレ属性のお人なんだね? そして弟の割にお兄ちゃん属性でもあるのか)

いや、オカン属性か?

すまし顔で食事をしているクロードが聞いたら、飲んでるワインを噴き出しそうである。

海があるから海産物も豊富にあって、海の幸たっぷりのお出汁の利いたブイヤベースをウマウマと口に運びながら。何かのお肉……味的には牛肉っぽいお肉のソテーと、さわやかな酸味の利いたドレッシングが絶品の温野菜のサラダやパンを食べ。

何処かの国にはお米もあるのかしら……なんて思いを馳せておりましたとも。

プラムよりマグノリアの手紙を受け取ったセバスチャンは、マグノリアの予想通り、ちゃんとお相手が読める状態なのか、不味い間違いをしていないかのチェックの為に、彼女の手紙を確認していた。

幼児の手紙だ、大人が一筆伝言を書く必要があるだろう。

場合によっては翻訳が必要かもしれない。

大丈夫そうならば明日にでも封蠟を持って、お嬢様に確認して目の前で封をしようと思っていたのだが。

「……これは……」

字を追っていた目の動きが途端に速くなる。

そして手紙を丁寧にトレイに乗せると年老いた家令は、食事を終え未だ執務をしているであろう主人達の下に早足で急いだ。

(……お嬢様は確か四歳でいらっしゃいますよね?)

『隠されたギルモアの息女をアゼンダに引き取りたいので受け入れの用意を』

そんな手紙を携えた伝書鴉が突然飛来したのは、つい二日前だった。

……短い伝言を、目を疑って三度読み直した。

詳しい事を聞いたのは先程帰って来て、セルヴェスを執務室に引っ張り込んですぐだ。

幾ら王家との関りを断つ為とは言え、幼い娘を隠しておいたというのも驚いたが。

……大きな者達を見慣れているせいか、その小ささと愛らしい仕草、幼い口調に騙された!

(歴としたギルモアの そ(・) れ(・) ではないですか!)

道理でセルヴェスもクロードも、ガイを護衛につけると言い出す訳だ。

小さなお嬢様にどんな過保護かと思ったら、見目のせいだけではないのだろう。

……奴には、一刻も早く引継ぎを終えて戻って来て貰わねば。

ギルモア家が長い長い刻を栄え続けて来たのには理由がある。

もともと優秀な者が多く育成されるのもさることながら、時折とんでもない傑物が誕生するのだ。

彼女もその類に違いない。

主人達はどの位理解しているのか……是非とも擦り合わせを!!

扉を勢いよく開き、顔を上げた主人達になるべく落ち着いて上奏する。

しかし。セバスチャンの話を聞き手紙を見た主人達が発した言葉に、勇んだ家令の気が抜ける。

「綺麗な手跡だな」

とはクロード。

(いや、どう見ても四歳の字じゃないでしょう!?)

「良く書けてると思うぞ。ちっとも問題ない手紙じゃないか?」

儂の手紙の返事も書いてくれないだろうか、とはセルヴェス。

(問題無さ過ぎです! 何処のマナー手本なんですか!!)

まるで書き慣れた、流れるような文字と時候の挨拶から始まる一連の文体に、主人達はそうですね、と言わんばかりに落ち着いていた。

「まあ、あの 娘(こ) はちょっと……変なんだ」

「あのジェラルドをやり込めた位だからなぁ。まあ……奴も途中穴に気づいたみたいだが、そこは深追いせず、娘に引いてやったみたいだが」

二人は何やら思い出しては苦笑いしていた。

「……軟禁されながら、万一に備えて学ばせていたとおっしゃるので?」

あのジェラルド様なら安全対策にと画策しかねない半面、余程の事がない限り表に出さないと決めたのなら出さないであろう。

逆に良く、今回手放したものだとセバスチャンは思う。

「いや。基本放置されていた様子だから、セバスチャンが考えているような『王太子妃教育を施されていた』のではなく、自ら『必要な事を学んでた』のだろう」

「生きて行くのに必要な事を学んで、近く独りで出奔するつもりだったんだ」

「出奔……?」

唖然とするセバスチャンは、いつかのクロードの様だ。

……そりゃ、堅気のお嬢様(それも幼女)が市井に出奔して、森で潜伏しながら頃合いを見て孤児院に潜り込んで急場を凌ごう、なんて考えるとは思うまい。

「実際、生きて行くための手筈も整えて、少しずつ備えていたみたいだからな?」

「しかし、思ったより教育の度合いが進んでいるようだ……何故だ? これは一度確認をした方が良いかもしれないな」

クロードの言葉に意を得たセバスチャンが、今でなくともと渋る主人二人を伴い、善は急げと問題のお嬢様の部屋へ急ぐ。

一方のマグノリアは湯あみを終え、寝る前に挨拶に来たリリーの話を聞き、いつもの明るい侍女の様子を見てほっとしたところだ。

新しい職場は今のところ問題ない様子だとの事。

つかの間のおしゃべりを終え、着替えてベッドに潜り込もうとしたところを、必死な顔をしたセバスチャンと、微妙な顔の保護者二人に突撃される。

そして今、ソファに座り首を突き合わせているところだ。

「……何なのでしゅか? 馬車に三日間揺られ、朝は朝でジャイアントアントと格闘ちて、わたち、ちゅかれているんでしゅけど」

「ジャイアントアントと格闘とは何ですかっ!?」

「……マグノリアは全然格闘していないだろう?」

マグノリアの発言に、悲鳴交じりのセバスチャンの声と、冷静な突っ込みを入れるクロードの声が重なる。

「もう眠いのでしゅ。申ち訳ないのでしゅが、あちたでは駄目なのでしゅか?」

(……めっちゃ眠いんだけども)

疲れた上にお腹も満たされたマグノリアの瞳は半分閉じかけ、欠伸をかみ殺す。

普段は控えめでありながらも、言い出したら聞かない家令をセルヴェスとクロードが横目で見遣る。

「申し訳ございません、お伺いしすぐ退散致します。お嬢様は何処でご教育を受けたのですか?」

「教育……? 教師にと言うなら受けてまちぇん、よ。ほんのしゅこし、ブライアンお兄ちゃまにょ、ダフニー夫人にょ……授業を、聞きまちたが」

答えながらも、こくりこくりと船を漕ぎ始める。

「……受けてないって……何故こんなに流麗な字をお書きになれるのですか?」

「(日本時代も含めて)練習ちたから、でしゅ……(慣れに)決まってる、でしゅよ」

「この文章は、どうやって考えたのですか? 何か見たのですか?」

「以前(日本時代)に、マナー本を、読んだ……んで……しゅ」

ぐー。

……マグノリアは撃沈した。

「……もう止めてあげなさい。可哀想だぞ、眠いのに」

「申し訳ございません……」

セバスチャンがセルヴェスに謝ると、くったりとソファに寝そべる幼女を見遣る。

「とんでもないお子様がまた……」

遠い目をしたセバスチャンに、主人達は笑う。

「とんだ爆弾娘には違いない」

クロードが仏頂面を緩め、ベッドへ運ぶ為にそっと抱き上げる。

「なに。何であろうと護るまでだ」

セルヴェスはそっと小さな頭をなでる。

なにか夢をみているのだろう。

マグノリアはうっすらと微笑みながら、口をモグモグと動かした。