軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

森と湖の国

窓の外は一面の雑木林が広がっている。そしてあちこちに点在する蒼と碧の湖。

樹々の間からは時折畑が見え、収穫を待つ黄金色の麦が一面に広がっていた。

とても長閑で風光明媚な場所だ。

アゼンダ辺境伯領は、過去にはアゼンダ公国と呼ばれた小国であった。

西側を海に、北側を巨大な森を挟んでモンテリオーナ聖国。堅牢な城壁に囲まれてはいるが、地続きに東側をアスカルド王国、南側をマリナーゼ帝国という三つの大国に挟まれており、更にその隙間を小さな国に囲まれている。

若干縦に長いこの領地は、端から端までを馬車であれば一日程で行けてしまう位小さな国だ。イメージとしては、大きくもなく小さくもない、よくある普通の大きさの都道府県ひとつ分位の大きさ。

馬車の中では延々と腕組みしたクロードが説教を垂れ流している。

「一体あの言葉遣いは何なんだ? とても令嬢が発した言葉とは思えんぞ!」

「命の危機だったのでしゅ。言葉とかご令嬢とか、緊急時に構っていりゃれまちぇんよ」

「少しは構いなさい。そして命の危機などあるまい? 父上も俺も、ガイもいただろう」

確かに。冷静に考えればマグノリアが出張らなくても猛者達がいたのだ。

……身体が幼児化するに伴い、思考能力というか精神的にというか、体年齢に引きずられるというか。子どもに戻ったように感じる事がままある。

では純粋な幼児かと言われると、それはそれで違うとは思うが。

生き直しなのか、生まれ変わりなのか。ある程度年齢にあった心理の働きなのか。

――例えば、人間は持てる力を百パーセントで出さない様、自然と制御されているという。フルで力を使えば筋肉や腱といった、身体の至る場所が自身の力に耐えられず壊れてしまうからだ。

それに似たような心理的な自己防衛策が取られているのかもしれない……?

そんな事を頭の片隅で考えながら、マグノリアはふくふくとした頬を膨らます。

「文句言うより、たちゅけて ほちかったでしゅ」

声を出さずにリリーも頷く。

尤もである。

「しかしなぁ。あんなに無防備なんでは恐ろしくて庭も歩けまい?」

同じく腕組みしたセルヴェスが唸りながら、孫娘を心配の余り妙な懸念を漏らした。

「……ていうか、庭も安心ちて歩けにゃいって、アジェンダはどんにゃ魔境なんでしゅか!」

「そんな訳ないだろう」

呆れたようにクロードが返す。

セルヴェスはマグノリアに対して過保護なのだ。だって、小さくてふわふわで、まん丸い生き物なのだもの。

胡散臭い笑顔の長男、仏頂面がデフォルトな次男、乱雑な孫息子、脳筋な騎士団の面々……に囲まれていた為、見た目は天使か妖精かという様な 小さな小さな孫娘がとても可愛いくって仕方ないのだ。

そして見た目に依らず、気骨のある心根も良し。

まあ、顔の造形そのものは あ(・) の(・) というか、例の 自分(セルヴェス) の母親に似ているのだが……そこは考えない。

雰囲気が、存在そのものが可愛いから良いのだ。

暫く馬車は走り、小さな中心街を抜け再び緑が増えだすと、遠くに領主館が見えて来る。

それなりには大きいが、領主の館としてはこぢんまりしている方だろう。

小さな薄茶のレンガの壁に茶色い瓦屋根。蔦の張った壁にはピンクと白い小さい花が咲いている。

(絵本に出て来るお屋敷みたいだ……)

筋肉ダルマの大男と、気難し屋の大男が住んでいる家には見えない。

マグノリアの新しい居候先だ。

緩やかなカーブを曲がる時、窓から屋敷の方をみると、使用人と屋敷を警護する騎士らしき人々が、正面にずらりと勢ぞろいして到着を待っているようだった。

暫くしてゆっくりと玄関の前に馬車が止まると、使用人一同が揃って頭を下げる。

「お帰りをお待ちしておりました」

マグノリアは馬車を降りる際に祖父の左腕に抱えられていたが、ゆっくりと降ろされると使用人たちを見回した。

家令らしい初老の男性が、にこやかに顔を上げる。

(……若干、黒いものがはみ出して見えるのはなんなんだろう……)

家令は突然出て行った領主に一瞬凄みのある微笑みを向けたが、直ぐにマグノリアに向き直った。

ここに来るまでの間、今後の事について色々話し合った。

基本居候でしかない(と思っている)マグノリアは、余程変な事でない限りは祖父と叔父に従うつもりだ。

そしてそのふたりも、特にマグノリアに何か不都合を押し付ける気は全くもって無い。それどころか、そんな奴がいたらぶっ飛ばす気(物理で)満々である。

まずお披露目をしない事により、若干ヤバい感じになっている出自をどうするか確認をした。

お披露目していないのは、彼らの主人であるセルヴェスが孫の存在を知らない事からしても全員承知の上だろうけど、更には軟禁生活をしていた為に交渉して(?)家を出て来ました……と、古参の使用人とはいえ言ってしまって良いものなのだろうか。

みっともない現実は、嘘はつかずともなるべく晒さない方がベターであると思うのだが。

親類の子どもと濁したところで、この見た目から曾祖母の縁者なのは丸解かりだろう。

――隠すような子どもなら、一般的には嫡出子ではなく庶子だと思われる筈だ。

父であるジェラルドの隠し子か、祖父の隠し子(!!)か。

……養子である叔父にまで祖父の隠し子説がある位らしいのだ。

そんなまどろっこしいことする位だったら、祖父の性格ならはっきり自分の子どもと公言するだろうに。

そんなこんなで、ヘタをすると叔父の隠し子と言うねじりにねじ曲がった珍説まで飛び出て来かねないでは無いか(まだ十九歳の子どもなのに! 四歳の子持ちとか!!)……そう力説すると。

「別に、あるがまま、ジェラルドの子どもって言って構わんよ?」

祖父は不思議そうに目を瞬かせると大丈夫大丈夫、と全然屁のカッパみたいに流して終わりだった。

――まあ、自分のケツは自分で(ジェラルドが)拭けというやつか。

元締めからGOサインが出たので従っておく。

マグノリアは姿勢を正し淑女の礼をとる。

「初めまして。ギルモア侯ちゃく家がいち女、マグノリアと申ちましゅ。本日よりご縁があり、こちらでお世話になりましゅ。どうぞよしなに」

にっこりと美幼女の微笑みもつけておく。

……後ろで口うるさい叔父が腕を組みながら採点しているに違いない。

どこかで見たことがある気がする白髪の家令は、優し気に微笑み礼を取る。

「家令を務めておりますセバスチャンと申します。マグノリア様、ようこそアゼンダ辺境伯領へ」

……セバスチャン。

そう名乗った彼は、年齢に似合わず背筋を真っ直ぐに伸ばし。ピシッとお仕着せを纏い白髪を撫で付け、微笑みながらも一分の隙も無い。

出来る執事(家令)感をビシバシと放出している。

マグノリアは彼女が知る執事(家令含む)リストに、新たに一名のセバスチャンを追加した。

「……ありがとうごじゃいまちゅ」

マグノリアの声に、再び使用人一同が深々と頭を下げた。