軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それぞれの王子(クロードとフォーレ校長)

眠れないクロードは、遅くに研究棟に馬を走らせては静かな研究室に入り、書きかけの理論を眺めながら、頭の中で展開しているらしい公式なのか理論なのかをブツブツと呟いていた。

マグノリアとユリウスから教えてもらった物理学の色々だ。

マグノリアには早々に専門ではないのでこれ以上解らないと匙を投げられ、ユリウスが『りけい』だというので疑問の数々を確認すれば、一時期、顔を見ると逃げられていたものだが。

……再び異世界へ飛ばされる事を懸念するマグノリアを安心させるため、チキュウで空想の乗り物ないし機器と考えている『たいむましん』に似たモノが作れはしないか、試行錯誤している。

過去や未来を行き来するというものらしいが、一見すると馬鹿ばかしく感じるそれを作るためのあれこれを試算しているところだった。

自室で考えても良いのだが、馬で風を切りたい気分だったのでここまで来てしまった。

本当は気晴らしにマグノリアの隠し武器でも作りたい気分だが、まさか夜中に鍛冶作業をするのは宜しくないであろう。

研究棟の別の部屋では、同じように研究をしている者や寝落ちた者もいる事だろう。

まして近くには寮もあるため、流石に迷惑以外の何物でもあるまい。

その内、部屋を防音にしなくては。

そんな事を思っていると、遠くからこちらへ向かってまっすぐに近づいてくる気配に気づき、その気配を探った。

それは殺気などまるでない、のんびりとした気配である。

ノックが響き、どうぞと声を掛ければ、ひょっこりとローブを纏った老人が顔を覗かせた。

「こんな時間に研究ですかな? 幾らお強いとは言え、辺境伯が夜道のひとり歩きとは感心しませんなぁ」

まるで学院生の夜遊びでも注意するかのようにそう言うと、ゆっくりと部屋の中へと入ってくる。

もういい大人なのだが、隠し事が見つかった時のような居た堪れなさがよぎる。

恩師に注意をされると決まりが悪いのは、幾つになっても変わらないらしい。

「申し訳ありません。もしや馬の駆ける音で起こしてしまいましたか?」

「いやいや。物書きはどうしてか夜が捗りますからなぁ。まだまだ宵の口ですぞ。ふぉふぉふぉ」

元気な様子に苦笑いしながら、フォーレ校長にお茶を淹れた。

「これはこれは。辺境伯自らお茶をお淹れ下さるとは」

「我が家は全員、自分の部屋にいる時は自分で致しますので」

騎士団の人間であるセルヴェスとクロードは、新人時代、他の者と同じように雑用もこなしてきている。

マグノリアはマグノリアでその特殊なバックグラウンドから、お茶は本来自分で淹れるものだそうだ。

……香り高く美味しいのは、どう考えてもセバスチャンやリリー達が淹れたものである事は否めないが。

カップに揺れる水紋を見ながらフォーレが口を開く。

「……あっという間ですなぁ」

「はい」

一年前の春。アーノルド王子の卒業パーティでのおかしな婚約破棄から始まり、アーノルドの廃嫡、ヴィクターのガーディニアへのプロポーズと立太子。

そして色々と懸念したセルヴェスにより二年後の――正確には一年八か月後のマグノリアの成人に合わせ、婚姻選別の武闘会の宣言。

ユリウスの帰国とディーンの王都での新しい人生の旅立ちと、怒涛の勢いで過ぎていく。

セルヴェスの冒険者ギルド長就任とそれに伴う辺境伯の交代。商業ギルド長ドミニクの勇退にダンの就任。パウルのアゼンダ商会の会頭就任があった。

並行してギルド棟の修理と北の森の整備、植樹が加わったのはどうしたものなのか。

夏に差し掛かった頃、クロードは騎士団長に就任した。

セルヴェスにいつ何時、何があったとしても跡取りである者が困らないようにと、小さい頃から執務を教え込まれた。それはジェラルドと一緒だ。

交代のタイミングを計っていたのであろう。

元々仕事に対しては器用であり、応用力も対応力もある。ここ数年は殆どクロードが執務をこなしており、セルヴェスはサポートに徹していたため実務で困る事は殆どない。

そして、冬の社交で承認された後、正式な領主の交代となった。

非常に感慨深そうな、セルヴェスの姿が印象的であった。

再び巡った春。

無事学院を卒業したガーディニアとヴィクターが、六月に盛大な結婚式を執り行なった。

冒険者兼ギルド長として存分に暴れまわってはイキイキしているセルヴェスを見遣る夏が過ぎ。

季節はいよいよ秋を迎えた。

とんでもない量の武闘会への参加申込書を見る度に、心がざわつくようになった。

見知った名前のそれを目にしては、焦る感情を自覚して、更に焦る。

何気ない表情が気になり、何気ない日常のあれこれが愛おしい。

何気ない会話になぜこんなに満たされるのか。何気ない気遣いに、くすぐったくも己も返したいと思うのか。

マグノリアに初めて会った時のクロードは十九歳だった。

保護者を気取っていたものの、成長を見守りつつ、実際は一緒に成長をしてきたのであろう。

いつでも隣にいるのが当たり前になっていたが、離されようとする今、自分の気持ちを持て余しては途方に暮れている。

いつの間にか知らず知らずのうちに、大きく侵食されて違う何かにすり替えられていたらしい。

「おや、絵本とは珍しいですなぁ。見ても宜しいですかな?」

「ええ、どうぞ」

テーブルに置かれた本を見て悪戯っぽく微笑んだフォーレ校長は、題名を見て眉を上げ、ページを捲っては暫し考え込んだ。

「……私が持っている本の著者も『森の賢者』と呼ばれるエルフでした」

「マグノリアがお借りした薬学の本ですね」

本とはいえ手書きのそれは、時代も場所もわからない。古い古いそれ。

今よりもずっと古い時代、森はもっと大きく深かったであろう。

もともと『森の住人』と呼ばれるエルフは、自然の多い場所に暮らしている事が多い。

「興味があって著者をあれこれ調べてみたのですが、沢山の伝承があって個人の特定は難しいものでした」

フォーレ校長は髭を撫でながら灰色の瞳を細めた。

「同一人物かは不明なのですが。こちらの絵本と同じように妖精と一緒に暮らしていたエルフがいたようなのですが、不幸にも離ればなれになってしまい、大変後悔して、生まれ変わってもお互いを探しているという伝承を読んだ事があります」

「生まれ変わり、ですか……」

フォーレが微笑む。

「今となっては本当にあった事なのか、おとぎ話なのか。それとも教訓として作られた話なのかはわかりませんが」

そっと絵本を戻すと、ついでにテーブルに広げられた書類の端が目に入り、再び眉を上げ、微かに微笑む。

「自覚すると、より大きくなるものですなぁ……」

何が。言わずとも気持ちが、存在がである。

「私と妻はひと回り歳の差がありましたが」

今度はクロードが眉を上げた。

生活感のない恩師の意外な一面を垣間見せられるらしい。

「意外に暮してみるとそう変わらんもんですよ。そりゃそうですな、彼女も年を取っていきますから。どんどんしっかりもすれば強くもなっていく。それに大体、世の奥方達は大きな実権を握っておりますからなぁ……我が家も言うに及ばず、首尾一貫、絶対的強者は彼女でした」

尻に敷かれていたらしいフォーレ校長が、ふぉふぉふぉ、と笑った。

「学問にかまけてばかり居ましたが。もっと沢山会話をしておけば良かったと思いますよ……後悔先に立たずとは誠に、この事ですなぁ」

しておけば良かった――

過去形であり、今は恩師がひとり身である事から、離縁か死別かなのであろう。

「心に秘めるだけでは伝わりません……伝えない後悔よりも、やってみて失敗した後悔の方が幾分マシでありましょう。後悔には変わりありませんが」

「…………」

淋しそうな顔でそう言う恩師へ、心の中で問う。

「なに、十二も十五も変わりませんわい。 柵(しがらみ) だ何だと言い訳する事自体が、既に傾いている証拠です。無理と思えば、願わざるともあちらさんがバッサリやってくれるでしょうから、相手に投げて委ねれば宜しいかと」

見透かされた言葉に、クロードは苦く笑った。

フォーレ校長は、トントンとテーブルの上の書類――『たいむましん』の構想。数式ばかりの走り書きを指差した。

「こんな奇想天外な事を提案するのは、かの方しかおりますまい? 一体全体、神にでもなるおつもりか? それらに付き合えるのも叶えようとする労力を割けるのも、大切に思っているからこそですなぁ」

まじまじと証明段階の数式を見ては時空を歪めるつもりなのかと問われ、改めてフォーレ校長の知識の深さを知らされる。

「また、かの方が自由にのびのびと過ごせる相手であり、希望を叶えて差し上げられるお方となれば、該当者はそういらっしゃらないでしょう」

冷めてしまったお茶を美味しそうに飲むと、話すだけ話しては長居しすぎたと言い帰っていった。

後日。駄目押しをするかのように過去に読んだという伝承を記した本が、クロードの下へと届けられたのだった。