軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結婚式と魔石の設置

少しずつ形を変えながら、時は進んでいく。

お庭番達と遊ぶ、だいぶ大きくなったエリカの様子をボンヤリと見つめながらマグノリアは今までの長かったような短かったような、愛おしい日々を思い出していた。

あの卒業パーティーの婚約破棄の後、本来なら長い長いエンディングが流れていたのだろう。

――実家の冷遇に耐えかねて家を出たのが四歳の誕生日。

マグノリアは幼少期、祖父に引き取られアゼンダに移領した。

そこで様々な事業を起こし、同時に領政を担う事となる。

領内の生活格差を無くすためにスラム街に住まう者を積極的に雇い入れ、商会を立ち上げる。後のアゼンダ商会である。

まずは航海病を治療・予防するための食品の開発と普及。

それに付随して、様々な食品が誕生する事になる。アゼンダは新しい食の宝庫と呼ばれる事になった。

また、徹底した食品や材料の活用・再利用を通し、無駄のない資源の利用と環境の改善に苦心した。同時に領内の問題であった貧富問題、雇用の充実、領地の整備(スラム街の大規模改革・街道整備・堤防等の設置等々)に尽力する。

そして何よりも注目すべきは学校の設立と運営であろう。

それまで平民向けの学校は教会などで行われる小さなものか、商会が雇い入れた者に対して内々に与えるものであったが、彼女は分け隔てなく万人に教育を施す大切さを唱え、私財を投入して学校を建設するに至った。

それが後世にアゼンダ総合学園と呼ばれる事になる『アゼンダ学校』である――

「……なんてのが流れてんのかな?」

私の部分。

綺麗に化粧された顔を思いっきり伸び縮みさせて、マグノリアの妄想の庭に文句をつけていた。

「ピッチピチの十代が、幼児とおっさんが戯れる庭を見て黄昏ていないでよ!」

更にはマグノリアの妄想エンドを思い返し、怪訝そうな顔でヴァイオレットが返した。

「第一、それ内政ゲームのエンドじゃないの?」

内政……何それ怖い。

そんな御大層なもんでもないけどねぇと、マグノリアがボヤく。

「これは乙女ゲームだよ、お・と・め・ゲーム!」

「……ワイ、乙女じゃねぇからなぁ」

バリバリと二の腕を掻きながら、おおよそご令嬢とは思えない口調で返す。

あのおかしな婚約破棄騒ぎから一年。

ガーディニアの卒業を待っての挙式だ。

如何せん王太子の年齢が年齢であるので、卒業を待たずに挙式をという話もあったそうだが。ヴィクターがきちんと卒業してからと言って跳ね除けたらしい。

この世界では学院を卒業することに、地球程の重みはなさそうであるが……それでも若い彼女の気持ちや立場、権利を守りたいという心意気はなるほど、王子様っぽい。

「……いや、お父さん的スタンスなのかな?」

相変わらず赤毛の辮髪・パイナップルヘアの王太子様を見て、マグノリアは微笑んだ。

社交の時期の後半も後半のとある春の日に、おっさんな王太子とうら若き王太子妃の結婚式が執り行われた。

青空に白い鳩が放たれ、晩春の深い色になり始めた緑と夏空を思わせるような青い空が瞳に眩しく広がっている。

近く訪れる未来の象徴のような景色だ。

「ガーディニア、綺麗だね」

「ジューンブライドかぁ! 憧れちゃうな♡」

いつの世も女の子の憧れである。

そんな少女らしいヴァイオレットをみながら、ジューンブライドの起こりを説明したら膨れられそうだなと思い、マグノリアは口を噤んだ。

隣のテーブルに座っているコレットとアイリスを見遣れば、これまた親友の幸せな姿を見て心底嬉しそうにしている。

「幸せになるといいね」

沢山沢山辛い思いをして、一杯一杯誰かの幸せを願ったふたりが、抱えきれない程の幸せに恵まれますように……

そんなマグノリアの願いを悟ってか、ラドリがふわりと飛び立った。

同時に近衛騎士として王族の周りを警護するブライアンの肩からも、おっさんな虫が飛び立つ。

会場を大きく旋回する一羽と一匹は、楽しそうに旋回しながら、同じようにふたりの幸せを願ったのであった。

******

「……あ、ディーン!」

「久しぶり~!」

国を挙げての結婚式のため、騎士たちは様々な場所で警備をしている。

会場の端の方、王国の騎士となったディーンも御多分に漏れず警備に駆り出されていた。

約一年ぶりに会ったディーンは、身体の厚みも増して、よく鍛えている事が察せられる姿だ。

いつも通り親し気に呼びかけるマグノリアとヴァイオレットを見たディーンは、困ったような顔をして微かに頷いただけだった。

「……仕事中だからかな?」

「……気まずいのかもねぇ」

小声でふたりはそんな事を言い合い、ディーンに小さく手を振って離れる。

「……なんか、逞しくなってたね」

「うん。この前腕を見せてもらったら、ぶっとくなってたよ」

マグノリアに様子を見るよう頼まれたヴァイオレットは、宿舎に住まうディーンのため、定期的に面会に通っていたのである。

実家も遠く、こちらに親戚もいないディーンには、面会に来る人間も少ない。タウンハウスの人間が気にかけて様子を見に行ってくれてはいるのだが。

「鍛えすぎて、おじい様やヴィクターさんみたいにならないといいけど……」

心配そうにマグノリアが呟くと、ヴァイオレットがギョッとしたように驚いた。

「えっ、あの可愛い系の顔にあんなごっついのはヤバいでしょう! 超怖いんだけど!! キメラかっ!?」

想像したらしく、ブルブルと首を振るヴァイオレット。

後ろを振り返れば、ディーンが未だこちらを見送っていた。

ヴァイオレットとふたり、もう一度手を振って、会場を後にする。

成人済みの大人達は、この後夜会に参加となるらしい。

一日中着飾り気の張っているガーディニアは、疲れていないだろうか。

「成人か……」

思わずつぶやいたマグノリアに、ヴァイオレットはじっと顔を見た。

「舞踏会じゃなく、武闘会ってところがマグノリアらしいよね?」

「いや。別にギルモア家のしきたりじゃなくて、昔からある行事(?)らしいよ」

そう。

結婚相手を見つけるために開くと言えば、舞踏会やお茶会であるこの世界。

……何故か舞踏会ではなく、天下一武道〇が開かれる事が決定したのである。

毎日のように届く申込書に、初めはどんな物好きだとタカを括っていたのに。今では青ざめる毎日だ。

近隣国どころか遠く離れた国からも申し込みがあったとかで、恐怖しかない。

「こんな中身なのに……猫を被ってすらいないのに」

「まあ。戦争が起きないようにって配慮なんだろうねぇ」

傾国の妖精姫と呼ばれた曾祖母とほぼ同じ見目のマグノリアは、放っておいたら国の有力者同士が取り合って、小競り合いを起こしかねないと周りは考えている。

ましてや未だ燻っている砂漠の国という存在もある訳で。

彼らはギルモアへの復讐と同時に、『妖精姫』に対して執着があるように見える。

そんな訳で放っておけば、せっかくユリウスとマグノリアが開戦を阻止(?)したというのに、全く意味がなくなってしまうだろう。

「嫌なら断れるんでしょう?」

「……言った言わないにならないよう、誓約書を書いてるらしいけど……実際、曾ばあちゃんはお嫁になった訳だし、どうなんだろう……?」

「おじい様なら、マグノリアの願いを聞き入れる(聞き入れさせる)と思うけどね」

「いっそ、ラドリに優勝してもらって『人外は無理』っていうかだよね……」

*****

同じ頃、王宮の一角で毒を防ぐ結界を設置するため、シリウス王子とクロード、コレットとアイリス、そして現王とヴィクター、ブリストル公爵が立ち会っていた。

ガーディニアは衣装を着替えるため下がっている。

マグノリアは興味はあるものの、ガーディニアが立ち会わないのならと遠慮して、控室でヴァイオレットと話し込んでいる。

……ジェラルドは資金提供だけという約束で、タッチしないスタンスだ。

……それは表向きで、砂漠の国を追い込むために何やら暗躍しているらしいとの噂が入っている。勿論ヴィクターや、宰相であるブリストル公爵も知っての事なのだろう。セルヴェスとクロードも言わずもがな。

国民と家族に刃を向けられて黙っている筈がない。彼は武力を行使しないだけで、ギルモアの中のギルモアと言われる男だ。

ただ、家の者が傷つけられたからといたずらに切り込めば良い訳でもない上に、他国との連携や調整もある。目には目をという時代は終わったのだ。不可侵条約が結ばれる今、それは砂漠の国にも該当する訳で……

たかだか侯爵令嬢が連れ去られたと、国と部族の長である人間に調査をさせよと言っても聞き入れられないであろう。後ろ暗いのなら尚更だ。

既に砂漠の国の裏ギルドに雇われた人間達は捕らえられ、イグニス国の第二王子が首謀者という事で彼の国は主張し片づけようとしている。いや、初めからそうすべく証拠を残さないように動いていたのだ。

トカゲの尻尾切りが上手い彼の国の尻尾を掴むのはなかなか至難の業である。

黒幕と思われる悪鬼皇の子孫と関係者だけ排除すれば良いという訳でもない。

今後、同じ事が起こらないようにしなければならないのだ。

アスカルドやアゼンダの人々の安全やマグノリアの事だけではなく、好き勝手に利用されて捨てられる砂漠の国の人々のためにも。

これ以上彼の国の一部の人間によって、無駄に不幸な人間が生まれないように動いていかねばならないと思って動いている。

「ここが魔法陣の中心となります。後日、魔法陣を完成させるための要所に結界の魔石を設置する形になります」

シリウスがそう言いながら、魔石に魔力を込めると、くるくると回転しながら溶けるように消えた。

「!!」

「ふふふ。悪い人間に見つかるといけないので、拡散の魔術を施してあるのですよ。物質は、波動と粒子の二面性を持っているのですが……」

狐につままれたような顔をしているアスカルド王国の人間を見て、シリウスは世の理についての一部を説明しようとしたが、微笑みながら口を噤んだ。

興味深そうにシリウスの話を待っているようなクロードを見て、笑みを深める。

「魔石の力が弱まると、再び結晶化してここに魔石が戻ります。そうしたら魔力を注入するなり魔石から移すなりなさって下さい。再び起動致します」

魔石をそれぞれ渡し、設置すべきポイントを地図に示すとシリウスは向き直った。

「クロード卿の魔法陣への造詣の深さには大変驚きました。魔術師達も頂いた案に基づいて改良と作製を致しましたが、非常に感服しておりましたよ。

毒への反応と無力化のみに特化しているため、一度魔力を注げば、量にもよりますが数年は起動したままでいられると思います」

「お恥ずかしい限りです。お忙しい中、ご対応ありがとうございました」

国賓として招かれたシリウスは、短い合間を縫って魔石の設置と説明を買って出てくれたのだ。

「起動していると、目に見えて解るものなのですか?」

コレットがシリウスに尋ねる。

この結界の発起人のひとりである彼女は、多大な資金提供者でもあった。

安全性の面を確認しているのだろう。判り易い事は抑止力になる反面、また標的にもなり易い。せっかく敵の裏をかくための魔道具ならば、なるべく察知されない方が良い訳で。

「普段は解りませんね。何せ守るための結界ですので……全て設置が完了して魔法陣として作動すると、大きな魔法陣が現れるかと思います。一瞬ではありますが、そちらで判断できるかと思います」

「……なるほど。魔石が再結晶化する前に少しずつ充填する方法などはあるのでしょうか?」

多分、厳重に施錠された部屋に置かれるとはいえ、見えないまま・現物化していないままの方がより安全であるといえる。

「あの魔石は大きな魔道具の様なものですから……ちょっと課題として持ち帰らせていただきましょう」

「ありがとうございます」

夜会の時間が迫っている為、質問は後日という事になった。

部屋を出たところで、シリウスがクロードに言葉をかける。

「今日はマグノリア嬢はご一緒ではないのですね?」

「はい。未だ未成年ですので、夜会は遠慮させていただきました」

「なるほど」

一見穏やかだが、全く以て油断がならない聖国の王太子に、警戒の度合いをあげる。

そんな気持ちを知ってか知らずか、シリウスは微笑んだ。

「私に婚約者がいるのですが。これを是非、マグノリア嬢とクロード卿にとのことでした」

そう言って差し出されたのは、可愛らしい絵の描かれた本であった。

「……これは?」

「聖国に伝わる絵本です。昔はそれこそ多くの話が大陸中にあったのだそうですが……かつて神や妖精、精霊が身近であった時代には、色々な伝承があったのでしょう」

薄い、子どもが読むような本を手渡され、クロードはまじまじと表紙を見た。

エルフと妖精の、美しい細密画の描かれた童話のようである。

「その本は、めでたしめでたしで締めくくられております。本当は続きがあるそうですが……何分古い伝承ですので、諸説あり本当のところは解らないそうですよ。では」

言うだけいうと歩調を速めたシリウスに、慌てて礼を述べる。

「ありがとうございます。御婚約者様へもお礼を」

確か、シリウスの婚約者は聖国の公爵令嬢であった筈である。

クロードの言葉に、大層溺愛しているという婚約者を思い出したのか。シリウスは甘く笑って頷いた。