軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

恐悦至極のお茶会

サイモンはいたたまれず、ため息をつかないようにするのがやっとであった。

これを逃すと当分マグノリアが王都へ来る事はないのではないかという言葉に、アゼンダ辺境伯のタウンハウスへやって来た。

せいぜい東狼侯ことアイリスがいる位だろうとタカをくくっていたら、手広く商いをされているリシュア子爵家のご令嬢と、シュタイゼン侯爵令嬢がいるではないか。

シュタイゼン侯爵令嬢である!

王太子妃候補である!

先に着いていたようで、既に着席してお茶を飲んでいた。

約束の時間に遅れてはいないが、平民が後から来るとか肝が冷える。

思わず恨めしげに義姉を見遣った。が、相手も慣れたものである。

完全にあっさりとスルーされた。

「……えっと、大変申し訳ございません。私は出直して参りますが……」

平民かつ男の自分がなんでこんなところにと思いながら、全面全開の作り笑いでマグノリアに申し出る。

タウンハウスに到着した時、急いで館を出るクロードと遭遇した。

非常に申し訳なさそうな表情で、軍部から緊急の呼び出しが入ってしまったのだと心苦しそうに出て行ったのだった。

――なるほど。大丈夫かと確認される訳である。

幾ら気心が知れているとはいえ(商売の事ならまだしも)、次期辺境伯に大丈夫かと聞かれて駄目ですと言える平民がいるとは思えないが。

コレットとアイリスを苦手とするセルヴェスは、数時間程悪友達のところに行ってしまっている。せめて自分位は一緒に茶でも飲んでやろうと思っていたのであろう。

いつでも仏頂面をしているが、意外に心根の優しい男である。

「……あ。居辛いですかねぇ?」

メンツを見渡して、上目遣いでサイモンを見遣る。

……そうですね、とは言えないであろう。

「……キャンベル商会の方ですわね」

「失礼いたしました。キャンベル商会会頭のサイモン・キャンベルと申します」

事の成り行きを見守っていたガーディニアが口を開いた。

サイモンは名を名乗る。

――ガイがニヤニヤしているのが目の端に見えた。

「私、最近事業を始めまして。宜しければコレット様にもサイモンにも、お話をお伺いしたいのですが」

ほんの一瞬、サイモンが絶望に満ちた表情をする。

一番平民を排したがるだろう人物に引き留められるとは。

長年の商売で培った平常心、いやハッタリで、とりあえずは見た目は平静を装う。

「……恐悦至極にございます……」

ガイとアイリスはニヤニヤし、コレットは通常運転である。

「……なんだったら、ディーンとユリウス皇子を呼びますか?」

せめて男子を呼ぼうかと提案されたが、これまた思ってもみないビックネームが飛び出て来た。

サイモンがもはや、悟りを開いたような表情をしたのは仕方がないであろう。

「いえ。それには及びません。お気遣いありがとうございます」

呼びますって。

軽々と他国の皇子を呼び寄せないで頂きたいものである。

『サイモン、ドンマイ☆』

マグノリアの肩にとまる白い小鳥に慰められた。

――いやおちょくられたのか。

ニヤニヤするガイと小鳥とアイリスの顔を、サイモンは恨めしそうに見たのである。

『マグノリア~、お菓子頂戴♪』

「…………」

そういうと、ぱたたと飛び立っては部屋を一周した。

壁に控えていた侍女が、いそいそとラドリ用の皿にお菓子をのせてやる。

のんきなものである。

******

「今現在、当領地ではこのような商品を試作しております」

少しずつ出回り認知されてきたのど飴と塗る風邪薬と共に、幾つかのクリームと化粧水を出した。

服飾の商会であるサイモンの店では勿論化粧品も幾分取り扱いがあり、その分野への造詣も深い。コレットは言わずもがなだ。

じっくりと検分され、ガーディニアの背筋が伸びる。

今までの自分と全く正反対の立場。

今まではお茶会や社交界で、一挙手一動を自分が検分して来る側だった。

「貴族用と庶民用で、容器を変えたら良いかもしれませんね」

「こちらはどのような効能がございますの?」

次々に飛び交う質問にきちんと答える姿は、ガーディニアがきちんと自分で事業を切り盛りしている証である。

改善点などを必死にメモし、深く聞き出そうという姿にはコレットからもサイモンからも、非常に好感が持てた。

「……後、ぜひともシュタイゼン領と解ると宜しいですわね」

「シュタイゼン家の紋章を入れたら如何でしょう?」

他との差別化して、ひと目で解るようにということだ。

貴族が行っている事業だと、家の紋章を入れる事が多い。女性だと名前の花を入れる事もある。

ガーディニアが紋章の刻印を提案するが、コレットもサイモンも首を傾げた。

「貴族用はそれで良いと思いますが……庶民用にはいささか仰々しいですわね」

「もっと親しめるようなものでしょうか」

コレットとサイモンの言葉に、それまで空気と化していたヴァイオレットが口を開いた。

「それでしたら、領地の特産を描いたらいかがですか?」

「シュタイゼン領は織物が盛んですから……羊?」

「確かに。羊は沢山おりますわ」

商標、トレードマークというやつだ。

『羊さんマークの塗る風邪薬』――確かに小さな子どもなどが喜びそうである。

「ヴァイオレット様、その案、使わせていただいても宜しいでしょうか?」

真剣なガーディニアに、コクコクと頷く。

「勿論です。どうぞどうぞ!」

そんな様子を朱鷺色の瞳に映しながら、マグノリアはふと思い出した。

羊。

……確か、『ラノリン』という皮脂腺から出る油……いや蝋が、地球では口に入っても安全という事で授乳するお母さんのバストケアに使われていたが。

一部合わない人はいるかもしれないが、肌なじみが良く、それこそ地球では古代から使われていた安全なクリームのひとつだ。

……ただ手作業であろう精製方法がいまいちなので、臭いが敬遠されそうではある。

「おや、妖精ちゃんが何か思いついたらしい」

面白そうに全員の様子を見ていたアイリスが口を開く。

「いや、そういう訳じゃないのですが……羊毛を刈って、洗った時に出る皮脂成分があると思うのですが、どうされているのかなと」

「……皮脂、ですか?」

首を傾げるガーディニアに、口を開いたのはサイモンだった。

「革製品の磨きに使っていますよ。風合いが柔らかくなりますからね」

「そうなのですね」

地球でも革製品の手入れや、グローブを柔らかくするのに使っていると聞いた事がある。

有効利用されているなら問題ない。

新しい使い方は、別に今でなくても良い。

その内アイディア出しすれば良いのである。

*******

「いよいよ明日だね」

「エスコートの話は来ておりませんので、多分マーガレット様をエスコートされるのかと」

いよいよ打って出るのか、アーノルド王子の動きが話題に出た。

ガーディニアから至極あっさりと出た言葉に、ちらりと視線を合わせてから、そうかと頷く。

「今まで、流石に婚約者を優先していましたのに……」

「マーガレット嬢に、王子が、高位貴族に養子に行かないかと説得されていたと噂がございましたが」

この辺からは、サイモンがお地蔵さんになる番だ。

耳を塞いでお口チャックである。

「私といたしましては、殿下のお気持ちを優先するつもりですわ」

コレットとアイリスは、何も噂の真相を探り出そうと、野次馬根性で言っている訳ではない。

年若い後輩のフォローが必要かの確認と、わざわざ出向いて来たマグノリアの状況を確認する意味もあるのだ。

……やはり何かあるのだろう、とふたりは思う。

マグノリアが参加すると聞いて、慌てて参加することにしたコレットとアイリス。

毎年来賓にと招集はあるが、特にコレットは仕事が忙しいと断る事の方が多い。

マグノリアの参加を聞いて訝しがりつつも、珍しく来賓の話を受けたのである。

ゲームのように恋愛関係にはならなかったけど、友人として大切に思っているんだなとヴァイオレットは思った。

「それよりも、この、変わった食感のお菓子は……?」

領地の商人や、王都にあるシュタイゼン家お抱えの商人としか話した事のないガーディニアからすれば、王子の奇行を憂慮するよりも、滅多に関わる事のないコレットやサイモンと話をすることや、怖そうに見えて懐深いアイリスの配慮に触れる事、マグノリアやヴァイオレットの斬新な考えに触れる方が重要であった。

綺麗に盛り付けられたアフタヌーンティのトレイには、良く見る菓子に加えて珍しいものがいろいろと並んでいた。

中でも目に鮮やかなオレンジ色の、テリーヌのような甘いお菓子。

フルーツの香りと味、そしてねっとりする独特の舌触りに、ガーディニアは興味津々である。

「これはマンゴーのフルーツようかんですね」

フルーツ羊羹。白あんにフルーツを裏ごしして混ぜ、寒天で固めたあれである。

クルースの市場でマンゴーを見かけた時に試しと購入したのだ。変わらぬ鮮やかなオレンジ色と豊かな甘み。

まずはそのまま味わい、残りはシロップ煮にして保存しておいたものである。

大概の果物で作れるが、香りが豊かで色も綺麗な為に、女性のお茶会に持って来いではないかと用意したのだった。

簡単な作り方を説明すると、コレットが呟くように暗記しているのが見えた。

……アガーがあるともっと透明度があるお菓子が色々と出来るのだが。様々な色のゼリーや羊羹をかたどっては海や空に浮かせるような見た目のお菓子を作ったら、さぞ喜ばれる事であろう。

寒天でも出来なくはないが、どうせなら綺麗な方が良いであろうというもの。

「カラギーナン……ローカストビーンガム……」

「?」

精製方法が不明な為、作るのにハードルが高く手を出せずにいるのだ。

寒天のように作れるものなのだろうか?

呪文のようなマグノリアの言葉を聞いて、全員が顔を見合わせた。

タウンハウスの人間は慣れたものである。

壁に控えるトマスと侍女さん。なんなら一番マグノリアのそんな姿を見て来たであろうガイも、全くもって通常運転である。

暫くすると、アイリスの息子が迎えにやって来た。

見ず知らずのマグノリアに、『……ペルヴォンシュ先輩』と言われ怪訝そうにする。

更に貴族女性に混じりこんでいるサイモンを見ては、不思議そうにしながらもアイリスと同じ顔で哀れんだ瞳を向けてきた。

ヴァイオレット以外の全員が帰った後、ふたりはしみじみと庭を見つめながら、アーノルド王子とマーガレットに思いを馳せた。

「気持ちを伝えたのかな」

「親密度が増しているのは確かだね……マーガレットは抑えようと思いつつも抑えきれなくて戸惑っているみたいだし」

ガーディニア側にしたら責任はという話になる。

貴族の常識からしても立場を鑑みても、どんな恋愛脳なんだと思う事だろう。

逆に、ゲームの主人公側からみたのなら、努力してマナーを身につけ、両想いなのに婚約者がいて。反対されて。

だが幾ら諦めようと思っても心が傾いてしまい、止めようにも止められないという涙の場面である。

感情の起こり方は自分がどの立場にあるかで違うものなのだ。

マグノリア達がマーガレットの立場なら、また違った感じ方、見え方がするのであろう。

同じ事柄の前でも視点や立場によって、事実も正解も違った形として浮かび上がるのだ。

心理学では、『その人のストーリー』という言葉で語られる。

同じ事柄である筈なのに、人によって全く違うものが語られるのは、嘘や思い込みだけでなく、そんな歪みや揺らぎの作用があるからだ。

「どうやって婚約破棄に持って行くんだろう……」

「原型と違い過ぎて解らない」

「ガーディニアが傷物扱いにならなければ良いけど」

ふたりはそういうと、お腹がいっぱいになってひっくり返っているラドリをそっと撫でた。