軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王子とエスコート

再びざわざわと会場が騒がしい。

ヴァイオレットが爛々度合いをより増して、跳ねるように飛んでいった。リシュア子爵夫妻も慌てて後を追っている。

……あの様子から見て、誰か主要な登場人物がやってきたのであろう。

「……ポルタ男爵家、マーガレット嬢のご到着です!」

騒めいている方向を見ると、マーガレットが王子にエスコートされ入場して来たところだった。

凛とした見目の王子と、綿菓子のような愛らしいご令嬢は、ある意味お似合いである。

……初めての大きな舞踏会という事に加え、会場中の貴族に注目されている事を感じてか、マーガレットは困ったような表情をしながらも、王子の腕に己の腕を回して、しっかりとしがみついていた。

ついつい、不安になるとボディタッチが多くなりがちなマーガレットだったが……きっと不安を上手く解消して貰えなかった、育成歴のなせる癖の様なものなのだろう。

しかし、そんな事は他の貴族たちの知るところであろう筈はない。

だから傍から見ている方は、なんだかすげえなと思う。

どう考えてもくっつけばくっつくほど注目を浴びることになるだろうに。

不安のほうが先に来て、藁にも縋りたい気分なんだろうか?

それとも炎上狙いの確信犯?

……王子は一応、他の人の婚約者である。王子も王子で、相手の立場に配慮しないものなのだろうか?

忍ぶとかいう感覚は無いものなのだろうか?

婚約者がいる人間と、親兄弟でもないのに一緒に入場はなかなかハードルが高いと思う。

古今東西、障害があればあるほど燃え上がるのが恋の炎だという。愛していても結ばれないというシチュエーションがエッセンスというか。より滾るものなのだろうか。

マグノリアとしては、常に注目される王子様、それも婚約者つきなんて面倒そうなのにと思ってしまう。

恋は落ちるものと言うが、それでもやはり落ちる前に、無理やりにでもセーブ機能が発動されそうな相手だ。

……よく、しようと思ってもコントロール出来ないんだという人々が居るが本当なのだろうか。

嫌でも注目される要素が二重三重になっており、負わねばならないリスクと責任が大き過ぎる。今後の生活に支障が生じる方が大きい。

自分だったら逆の意味で無理だと思うのは、マグノリアが本当の恋というやつを知らないからだと言われるのかもしれないが……

確かに、全てをかなぐり捨ててとか、どうなろうともとか。ましてや奪ってもという程の恋愛を地球でしたのかといえばNOであろう。

マグノリアにとって恋愛や恋人は、もっと穏やかで癒されるような存在だ。

お家の人も何も言わないんだろうか?……まさか、王家や高位貴族と縁を結べるかもしれないチャンスと思っているのだろうか?

この世界に生きていたら、女性はほぼほぼ結婚がついて回る。

マグノリアから見るに、マーガレットが女官長や自分のように仕事に大きく比重を置いて生きる女性には見えなかった。

この世界は地球よりも女性が働くことに対して寛容ではない。貴族階級の人間なら尚更であろう。

早く手を打たないと、同じ年代のまともな男性には嫁げないだろう。

このままでは曰く付きの人間が宛がわれる可能性が大きい。ここまで知れ渡ってしまったら、既に手遅れの可能性もある。

今世で十五年、異世界で三十三年生きたというのに、マグノリアには良く解らない。

マグノリアが同じ立場だったら、とてもあの腕にはしがみつけない……

会場にガーディニアが居ないことが、せめてもの救いであった。

マグノリアは、セルヴェスとクロードを見遣る。

クロードの視線を辿るとアーノルド王子を見ているようで、気になって再び王子を良く見てみれば。

……良く見れば、服がひっそりとお揃いっぽい。

流石に白は着れないからか、銀地にマーガレットの髪と同じ金色の刺繍。

そして瞳の色と同じ萌黄色の差し色が入った衣装だった。全体的に金ぴかのド派手な衣装である。あれを着こなせるのは、流石王子様なのだろう。

マーガレットはデビュタントということで勿論白地のドレスであるが、王子を連想させる青銅色の瞳の糸で王子とお揃いの刺繍がされており、なんだか贈り主の執着を見せられているようで怖い。

……惚れていると嬉しく思うものなのだろうか? それともマグノリアにその手の感性が欠如しているのだろうか。

婚約者が贈り物をする事が多いと聞くが、まさかガーディニアもお揃い風なのだろうか。

昨年デビュタントを済ませたガーディニアは白ではないドレスであろうが、婚約者と浮気相手(気持ち的には本気かも知れないが)が色違いのお揃いとか、カオスである。

「一体、どういうおつもりなのかしら」

「まさかこのままエスコートされるのかしら……」

ヒソヒソと戸惑いと好奇心、そして悪意を持った言葉が、会場のあちこちでささやかれている。

「マーガレット。とても綺麗だよ」

「アーノルド様、嬉しいです! 本当にありがとうございます!」

この会場のざわめきが目にも耳にも入らないのか、見つめ合ったまま囁き合うふたりを見ていると、こっちの方がこっ恥ずかしい。

「……殿下、そろそろ陛下の元へ参りませんと」

苦慮が感じられる声でブライアンが耳打ちした。

側近は余り王子に意見しないと聞く。

色々と忠告した後なのか、王子のブライアンを見る瞳が酷く尖っている。

それでも頷くと、王子は優しい表情でマーガレットに向き直った。

「……では、ここからはルイにエスコートして貰うんだ」

「はい……」

マーガレットは困ったような淋しいような、何ともいえない表情で王子を見つめる。

……確かに男なら、あれだけ全面的に頼られたら可愛らしく感じるのだろう。ましてや美少女であり、自分も好意を持っている相手なのだ。

「頼んだぞ、ルイ」

「はい」

ルイと呼ばれた側近は、返事をしながら頷いて、マーガレットに向き直る。

(うわぁ。部下……確か同級生兼側近かあ)

『ルイ』と言うことは攻略対象者のひとり、ルイ・ホラントか。

……ということは、彼もマーガレットに恋している訳か……

マグノリアは、何だかとても苦い物を飲み込んだような顔をした。

ヴァイオレットノートにある通り、とても可愛らしい感じの子だ。

線が細く、何処となく守ってあげたい雰囲気の男の子。

ふわふわの巻き毛にアクアマリンのような淡い色合いの優しげな風貌は、美形だけれども安心感を与えるような見目だ。

弟系という描写が、なるほど納得である。

……しかし。マグノリアは難しい顔でルイを見ていた。

何処かで聞いた事がある名前。そしてどこかで見た事があるような気がする。

夏のアゼンダに王子たちと一緒に来訪している人物だし、ノートを読み込んでいる為、実際は話した事はないが情報として『知っている』事は確かなのだが。

……ジェラルドやブライアン、クロードを目にした時と同じ、知っていると感じるもやもや感が広がる。

目の前では、イベントの様な出来事が尚も進んでいる。

励まされたのか褒められたのか、何かをルイに言われたらしいマーガレットは、はにかんだような笑顔を彼に向けた。

王子は後ろ髪ひかれるように、何度も振り返りながらブライアンと共に戻って行った。

――これだけの衆目を集めてもなんとも思わない程に恋してるんだな。

溺愛と言えば溺愛なんだろう。お互いに想い合っている事は充分伝わってきた。

これが物語だったなら、身分関係なく本当に愛する人を純粋に愛するってステキとか思いそうだが。

王子で、婚約者までいて。それでも貫こうとするって。

気持ちだけじゃなく周囲も片付けてからでないと、現実的には何だか厳しいと思う。

必要以上の補正は起こらないのだろう。

だって本来なら、もっと貴族達から応援されるものなのじゃないのか?

ヒーローとヒロインとはそういうものの筈ではないのか?

賛同されないのは、ここがゲームではなく現実の世界だからなのだろうか。

「僕たちがいるよ」

「大丈夫?」

正真正銘、本当のお取巻きだ。

ただマーガレットの立ち位置は、ヒロインなのか悪役令嬢なのか、もはや解らないようになっている。

――実際にはない筈の転生者がいるせいなのだろうか。

そう考えれば、王子とマーガレットには歪ませてしまい申し訳ないというものだろう。

だが、誰がどう考えてもおかしいだろうと思う様な行動をするつもりもなければ、良く解らない理由で幽閉される訳には行かないのである。

だって、この世界で今を生きているのだから。

******

会場のざわめきが微かに聞こえて来る。

こうなる事が解っている為、ガーディニアは裏で待機していた。

その上王と王妃の相手をし、将来の嫁としての役割を果たしていたのだ。

この後は公式の場である舞踏会の為、王子のエスコート相手としてエスコートされ隣に立つ事になるだろう。そしてダンスをし、連れ立って挨拶を受ける。

愛情がどんどん枯渇して行く今、それは退屈な時間になりつつあった。

――あんなに王子の姿を見る事が嬉しかった自分は、何処へ行ってしまったのだろうかと思う。

それよりも今は領民の暮らしの助けになる事を模索したり、薬草の新しい活用法を考えたりする方が何倍も楽しいし、ずっとやりがいを感じている。

時間は掛かったものの、本気だと解るとちゃんと話を聞いてくれた上に、様々な事を了承してくれた両親には感謝しかない。

本来はもっと早く、自分に必要なものややりたい事をきちんと考えるべきだったのだ。王太子妃になる事も含めて。

……充分に努力しているつもりでいたが、考える事に関しては怠慢だったと今では思う。

そして今なら、マグノリアが王太子妃になりたがらなかった気持ちも良く解る。

これから自分自身で、遠回りした時間を回収するしかないのだ。しっかりとした自分の居場所を作る。

みんなの幸せと自分の幸せの両方のバランスを取りながら、自分が出来る事とすべき事を見極めて、来るべき日に備える。

――本当にそんな日が来るのかは解らない。来ないかもしれない。だけど備える。すべき事をする。自分の気持ちを貫くなら、準備と備えと強い気持ちが必要なのだ。

少なくとも、領民や国民が今より良い方向へ進んで行くだろう事だけは間違いがないのが救いだ。

ノックされた扉から現れたどこか不機嫌そうな『王子様』を見て、ガーディニアは背筋を伸ばした。