軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 コメ粉パンの集い(トマス視点)

王都にあるアゼンダ辺境伯家のタウンハウスは、珍しく賑やかであった。

普段は年老いた使用人達と、何だか躾のなっていない――そのくせ実際に躾が問われる時にはきっちりちゃんとやるという、面倒臭くも厄介なお庭番たちが闊歩している屋敷である。

今日は全員辺境伯一家が揃っているだけでなく、お客様も招待されていた。

先日、当家のお嬢様が誘拐されるという事件が起きた。

王宮の宝物庫に眠る魔道具を使っての拉致。

更には他国の人間が入り交じっての犯罪。

そしてそして、お嬢様がまたもや周囲を爆破する――今回は誘拐の舞台となった無人島だ――という結末を迎えたのだが。

タウンハウスにも一報が入り、あちらこちら、主に王宮とギルモア侯爵家との対応を任されたのであるが、使用人一同ハラハラして寿命が数年縮んだのではないかと思う。

……老人ばかりであるので、全くもって笑いごとにならない始末なのだが。

リリーが不在の際に侍女を務める、比較的タウンハウスでは若い(?)部類の侍女が、年甲斐もなくトゲトゲの暗器を研ぎ出した時にはどうなる事かと思ったものだ。

同じ様にやきもきしていたマグノリア様の従僕であるディーン、友人であるヴァイオレット嬢は、学院内で一報を聞いたらしく、今にも飛び出して行きそうな勢いでタウンハウスに乗り込んで来たのだった。

もうひとりの友人であるユリウス皇子は、ふたりを落ち着かせるのに苦心しており、なかなかどうして、学院での立ち位置というか役割というかが忍ばれる事であった。

そして今、お嬢様は庭で皆様とパンを作っていらっしゃる。

なんでも『弾け麦粉』――通称コメ粉と呼ばれる粉で作ったパンと言う事で、庭に急ごしらえで作った作業台と窯で、元気に粉を捏ねているのである。

粉があちこちについて真っ白になりながら、ディーンとヴァイオレット嬢と三人で叩きつけるように殴って……いや、捏ねていた。

ガイが興味深そうに小麦粉との違いを確認しており、子ども達のお世話係といった風に手伝いをしている。

社交の時期でもないのに、報告とマグノリア様の引率の為にセルヴェス様とクロード様もタウンハウスに滞在しており、庭に設えた席でお茶を飲みながら、ぎゃいぎゃいと騒が……賑やかな子ども達の様子を眺めていた。

若干呆れ気味に眺めているのはクロード様で、孫可愛いっ! と芝生の上を転がっているのがセルヴェス様である。

そして彼らと一緒の席に、悟りを開いたかのような表情でお茶を飲むユリウス皇子。

待ち切れないラドリは、さっきからテーブルの上のクッキーを超高速で啄んでいた。

シマエナガの様な千鳥の様なインコ……に見えるキツツキなのではないかと思う様な首使いである。

タウンハウスの中の窯も使い、ブーランジェリーかというような数のパンを焼き上げて行く。

バターとミルクがたっぷりのホテルブレッド。

特製あんこを包み込んだあんぱん。塩の効いたベーコンと、酸味と辛味の絶妙なマスタードを塗り込んだエピ。

ゴロゴロとカットされたチーズが包まれたブールに、シンプルなバゲット。

そして爽やかなオレンジジュースとマーマレードを練り込んだ網目パンに、何やら色々な種類があるらしい総菜パン……

タウンハウス中がパンの焼ける何とも言えない香りに包まれた。

お庭番も、普段辺境伯領でお嬢様の料理を食べる機会のある騎士達もソワソワし始める。

これから順番に試食会という名の食事会が始まるところであった。

作業台を片付け、テーブルを並べる。

パン以外にもカラフルなコブサラダ、卵と野菜のスープに、優しい味のかぼちゃのポタージュ。フォアグラのパテにキノコと香味野菜のマリネ。そして丸鳥のローストも並べられた。

バターや様々な果物のジャム達と。

そうそう、クロード様とマグノリア様の好物である酸味と辛味の効いた豆の煮込みは外せない。

豆の煮込みを見ると、マグノリア様は朱鷺色の瞳を輝かせた。

赤トマトと香味野菜、ひき肉と腸詰と豆を煮込んだものなのだが、ふたりとも好んで召し上がる。

更にマグノリア様はポテト芋とチーズのカリカリ焼きも大好きであるが。焼きたてが美味しいので、今調理場で焼いているところだ。

コメ粉で作ったパンを割ると、パリッという小気味よい音と共に湯気がふんわりと立ち上がり、その香ばしい香りが広がる。

ひと口ちぎって口に運べば、小麦とは違ったもちもち感が何とも言えない食感で。更には甘味と旨味が広がり……無言でもうひと口を食べた。

「これこれ! このモチモチだよ~!!」

あんぱんを片手に悶えるヴァイオレット嬢。

……初めて食す筈であるが、彼女は何処かで食べた事があるのだろうか……?

「…………。いつもながら、恐ろしく美味しいんだけど。本当に何でも出来るんだねぇ……パン屋さん勤務だった訳ではないんだよね?」

「多分?」

ユリウス皇子が感心しながらも呆れたような、何とも難しい表情で、マグノリア様に確認をしていた。

して、パン屋に勤務とはどういう事なのだろう……?

しかし、誰もそんな些細な事は気にしていないようで、次々にテーブルの上のパンへと手が伸びた。

「それにしても、無事で良かったよ。誘拐って聞いて肝が冷えたけど、爆破って聞いてゾッとしたんだけど!」

六年前に一緒に襲撃に会い、爆破も一緒に体験しているディーンは、実感の籠った声でそう言った。

ヴァイオレット嬢とユリウス皇子もうんうんと頷く。

ラドリは話なんて聞かずに懸命にコメ粉パンと格闘をしている。余程気に入ったらしいとみえる。

「一体、どういう経緯でそんな事になったのさ?」

友人として聞いているらしく、言葉遣いがあれであるが。みんな同意であるのか誰も気にしていないようであった。

帝国経由で詳しい事情を知るユリウス皇子は、呆れたような顔を隠しもせずにマグノリア様を見ていた。

「……まあ、色々あったのよ」

チーズブールを口に入れながら、厳しい顔で頷いた。

そして語られる事件の全容(?)に、一同が顔色を青くしたり、やっぱり呆れたりしたのは言うまでも無いのである。

「と、言う訳でまあ、コメ粉があったのが幸いだったよねぇ」

……果たして幸いだったのかは疑問が残るところではあるが。

少なくとも弾け麦粉があったからこそ、爆発が起こったのは確かである。

「……何気に、粉って怖いのね……」

そうしみじみと呟いて、かぼちゃのポタージュを口にしたヴァイオレット嬢。

顔を青くした騎士達が、恐ろしいといわんばかりの顔でマグノリア様を見ていた。

「いい加減にしないと、妖精姫じゃなくって『爆風の紅蓮姫』とか変な名前がつくよ?」

「うわ! なにその中二病全開な名前!」

ユリウス皇子の言葉に、マグノリア様は嫌そうに顔を歪めた。

「爆風でも紅蓮でも可愛いぞ!」

そうパンを潰さん勢いで頷くセルヴェス様と、何故か壁に控え高速で頷く例の侍女。

ガイはニヤニヤしながら総菜パンを齧り、クロード様は何とも言えない表情をしながら、バゲットにいそいそと豆の煮込みを乗せていた。

『ばくふ~☆』

「……某アーティストみたいに呼ばないで!」

「?」

嫌いじゃないけど。といいながら、マグノリア様はラドリの嘴にマリネに入っていた玉ねぎを突っ込んだ。

「そうそう、ちゃんと鎚鉾は戻って来たよ!」

「……誰もそんな事は聞いてないけど、まぁ良かったよね?」

「三歳から持ってるものだから、無いと淋しいよね?」

「頂き物は紛失すると焦るよね?」

取り上げられた武器一式はきちんと回収されたと説明された三人だが、なんともちぐはぐな解答をしながら、温かなパンを持ちながら顔を見合わせ大きく頷いたのであった。

「……今度はポン……もちもちドーナッツが食べたいなぁ」

「ああ、丸が輪っかになった。ライオンの鬣の……」

ユリウス皇子とヴァイオレット嬢は、何やら意味の解らない事を言いながら、何やら期待の籠った表情でマグノリア様を見ては、キラキラと瞳を潤ませた。

ディーンはきょとんと首を傾げている。

そんなふたりを見て、お嬢様は自分で作れば良いじゃないと渋い顔をしていたのだった。