軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

脱出

(なるほど。こうやって連れて来たのか)

時間はほんの少し前。吟遊詩人と女官長が移動する寸前の事。

目の前で繰り広げられている転移魔法の様子を見て、マグノリアはそう思った。

……普段ならファンタジーの世界らしい様子に心躍らせるところだが、流石に呑気に感動している場合でない事は承知である。

魔法使いが一歩、幻想的な色合いの魔法陣の中へと足を踏み込んだ。

途端、虹色の魔法陣は一瞬で消え去り。

そしてその場には魔法使いも女官長の姿もなかったのだ。

……不思議な事であるが、いつまでも呆けている訳にもいかない。

ひとりの女性は、多分女官長だろう。六年前のお茶会で会っただけであるが見覚えがある。

もうひとりは、何気に頻繁に見かける吟遊詩人だ。

なるほど。

(……私を見張ってたのか……)

切なげな歌声が何ともいえないなぁ、なんて思いながら聞いていたものだが。

そう言えば、本来は諜報活動が主な吟遊詩人もいると聞いた事を思い出す。まぁ、思い出したとして、今更なのであるが。

この世界のお気に入りアーティスト的に思っていたが、まさかその人に自分が攫われるとは、全く思ってもみなかった。

そんな事を思いながらマグノリアは、船に残った男たちに見つからないよう、コソコソと壁に沿って動き回る。

見張り台に人は立っていない。……慣れた航海なのか、なかなか杜撰である。

それでも念のため、見張り台から見えにくいだろう船尾の縁に胡坐をかいては、腕を組んで難しい顔をした。

(女官長が一枚嚙んでるっていうのは、個人的に?)

元々、何となくマグノリアの事を気に入らないのだなという事は感じていたが、まさか気に入らないだけで誘拐はしないであろう。

誰かに命令された。拠所ない事情があった。

実はめっちゃ怖い誘拐常習犯。――さて、どれだろう?

その時、大きな船が音も無く近づいて来た。

船首に立つ臙脂色のジュストコール。揃いの羽根帽子。長い髪にもしゃもしゃの黒髭……かつて切り落とされた髭は、だいぶ元に戻ったらしい。左手には鉤爪の義手をつけたその人。

「キャプテン・マンティス!?」

思わず声をあげてしまった。急いで口を閉じると、周りをキョロキョロと見回す。

扉から人が出てくる様子はなく、思わずホッとして大きく息を吐いた。

キャプテン・マンティスはマグノリアの顔を見ると、ゲッ! と言わんばかりの顔をした。更には乗っている船を見ると、怪訝そうにマグノリアの顔を見ている。

「アンタ、捕まったんじゃなかったの?」

「フン! 俺様があのまま、おめおめと捕まったままでいると思うのか?」

うん、と言うべきか。

一瞬微妙な顔で考え込んだマグノリアだが、大人の対応でスルーする事にした。

「……ねぇ、キャプテン・マンティス。悪いんだけどアンタの船に乗せてくんない?」

少なくともこのまま解らない所に連れていかれるよりは、ヘボ海賊であるキャプテン・マンティスの船に避難した方が良いであろう。

ところがキャプテン・マンティスは、眉間にこれ以上寄らないだろうという程の皺を寄せると、マグノリアに向かって歯を剥き出して怒り出した。

「なんで俺様がお前の事を乗せなくちゃならねぇんだ!? こっちとらぁ、お前たちのせいで散々な目に遭ったんだぞ!!」

「え~? ちょっと位いいじゃん」

めっ! と言わんばかりに大きく首を振った。ちぇー。

「……大体お前、何で砂漠の国の奴隷船に乗ってるんだ? どっかの王族にでも売られるのか?」

「えっ!?」

砂漠の国の奴隷船!?

何ともヤバめな名前に、マグノリアも流石に眉を寄せた。

なんなら飛び移ってやろうと思うが、相手もその辺は読んでいるのだろう、飛び移れない距離をあけて並走しているのである。……相変わらず悪知恵は働く様だ。

「ちょっと、本気でヤバいから乗せてよ!」

マグノリアが凄むが、べぇっと舌を出された。くそぅ。

「ヤなこった!」

「……今おじい様とお兄様、ガイがめっちゃご機嫌斜めな筈だから、乗せなかったって解ったらタダじゃ済まないわよ?」

一瞬息を飲んだキャプテン・マンティスだが、強がって鼻息荒くそっぽを向く。

そして、ニヤリと笑ってマグノリアに言った。

「知ってるか? 砂漠の国はイグニスと手を組んでるって噂だぜ? 何処に売られるんだろうな?」

「……イグニスと?」

話に乗って来た事に気を良くしてか、ニヤニヤと頷きながら、キャプテン・マンティスは続けた。

「イグニスではクーデターが起きたって噂だぜ? お前さんのお友達は生きているかな?」

(クーデター!? どういう事……?)

マグノリアは真面目な表情をして、キャプテン・マンティスに顔を向けた。

「……詳しく!」

「ヤなこった!」

そう言うと右手を挙げて、合図を出した。

途端、海賊船が速度を上げて離れて行く。

「もうじき人身売買のアジトだぜ! せいぜい気をつけるこったな!」

捨てゼリフのようにそう言うと、あっという間にキャプテン・マンティスの海賊船は離れて行ったのだった。

キャプテン・マンティスの言葉を頭の中で反芻しつつ、マグノリアは首を傾げる。

誘拐。イグニスと砂漠の国。人身売買。イグニスのクーデター……

情報とハプニングが多すぎる! そう心の中で叫ぶ。

「人身売買のアジト……?」

周りを見るが、一面の海である。

とにかく、そのアジトに連行されたらジエンドである。

身を隠して、逃げなくてはならない。

中世ベースであって、近未来な設定ではない筈である。こんな海の真ん中に、まさか海底基地が存在する訳ではないだろう。

「……じゃあ、島?」

星が瞬き始めた空と、真っ暗な海を見つめて、マグノリアは呟いた。

******

逃げ出すのならば、スピードが命である。

騒がず焦らず、手際良く。

「もうじき島に着くぞ!」

「縄を!」

男たちが忙しそうに動いている。

マグノリアは船尾の物陰に隠れ、隙を見て接岸まで如何ほどか確認した。

……陸地まで十数メートル程ありそうである。

船がそこそこ大きい為、これ以上近づけないのであろう。

小さなボートがあるのは救命用具なだけではなく、島への上陸用なのだ。

かつてマホロバ国に行った時には、岩が沢山あるかなりハードな海岸線であったが、この島は砂浜が見えており、足がつきさえすれば何とか上陸できそうな島ではある。

マグノリアが且つて日本のプールで泳げた距離は二十五メートル程。波のある海水では、半分も泳げないであろう。

(ビート板の代わりになるもの……)

少しでも浮力を確保するために、浮きそうなものを物色する。

当たり前だが見当たらない。仕方なく、木箱の蓋をひとつ拝借して投げ入れる。ちょっと大きな音がして、慌てて壁に張り付いた。

「……何か今、音がしなかったか?」

「そうか?」

数メートル程先で、男たちが海を覗き込んだ。

「……何にもねぇな。ゴミが浮いてるだけだ」

「魚じゃねぇか?」

物音に怖がってると思ったのだろう、別の男が揶揄うように笑った。

そんな様子を感じ取ったのか、揶揄われた男はむっすりとした様子で仕事に戻った。

(この船が浮いてるって事は、ここはまだそこそこ深いんだよね……)

間違いなく足はつかないだろう。

マグノリアは球技もマット運動も跳び箱もまあまあ出来るが、水泳はそれ程得意では無かったと思う。地球時代、せっかく習わせて貰っていたのにもかかわらずだ。

……いや、習わせて貰ったからこそ泳げると考えた方が良いのかもしれない。習っていなかったらきっとカナヅチだったであろう。

顔も思い出せないが、地球の両親に感謝である。

(とにかく、どっかに売り飛ばされる訳にはいかないっつーの!)

気合を入れると、きゅきゅっと眉をあげ、素早く足から海中に飛び込んだ。

藻掻くように水を掻き、空気を求めて上へ上へと泳ぐ。

「ぷはっ!」

海面に出ると、勢いよく息を吸った。

顔に伝い流れる海水が不快だ。

海中からやっとのことで顔を出し、慌てて船を見遣るが、誰も気づかない。

音をたてない様に気をつけながら、やっとのことで木蓋まで辿り着くと、マグノリアは大きく息をついた。

(……助かった! これで第一関門突破!)

身体に巻き付けておいた大きな布を拡げ、海水に漂わせるようにして木蓋と自分の上に被せる。万が一誰かが目にした時、布が漂っている様に見えるようにだ。……実際はそんな事ないだろうが、今は夜の海だ。暗がりの中ならよくよく目を凝らさない限り、そう見えると信じたい。

布と木蓋との隙間からもう一度船を見遣り、ちょっと距離は増えてしまうが船から距離を取るように斜め後ろに軌道をずらしながら、注意深く泳いで進んだ。

潮の流れなのだろう、途中だいぶ斜めに流されながら何とか海岸に泳ぎ着いた。へとへとだが、ここで休む訳には行かない。

マントのように布を拡げ、闇に紛れるように足早に木の茂る方向に走る。マグノリアの白い肌とピンク色の髪は、暗闇の中では目立ってしまう為だ。

(取り敢えず。奴らの出方を見る為にも、何処か休めるところを探さないと)

下手に動きまわってみつかったら最後だ。

マグノリアは奥まった所に大きな木をみつけると、飛び上がって懸命に登り始める。僅かな足場に滑りそうになりながらも、慎重に確実にと心の中で唱えながら、懸命に腕を伸ばした。

(……こりゃ、明日は筋肉痛必至だわ……)

*******

「大変だ! ガキが居ねぇ!」

流石に起きているだろうとボートに乗せる為、マグノリアの元に行った筈の男が、血相を変えて甲板に走って来た。

「居ねぇって、どういう事だっ!?」

「手足は拘束してあったんだろう?」

男たちが罵り合うように怒鳴りながら、マグノリアが閉じ込められていた部屋へと走って行く。

……見れば切られた縄と、寝ている様に細工された荷物とを苦々しく睨んで、部屋の中を見回す。ふと、通気口の蓋がこじ開けられているのを発見しては歯嚙みした。

「小賢しい真似を……! あそこからなら裏に出るだろう!」

激しい怒鳴り声に、急いで下っ端が走って行くが……勿論姿がある筈はなく。

「い、居ないです!」

「くっ! 船中を探せ! 物陰や荷物に紛れている筈だ!」

「はいぃ!」

まさか、夜の海を泳いでいるとは思う筈もなく。男たちは総出で船の中を隈なく探し回るハメになったのであった。

……だが、どれだけ捜したところでいる筈が無い。

「……居ないってどういうことだ!? まさか、身投げしたのか!?」

いやいや。そんな萎れた性格をしたお嬢様であろう筈がない。

みつからない様に濃い灰色の布をムササビのように拡げながら、夜の海岸を走っているところであるが、男たちに見える筈はなかったのであった。