軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ふたりの女・前編

「……腕に捕まっていてください、決して離さない様に」

ゆったりとしたブラウスの袖を差し出すと、女官長は静かに頷いて静かに掴んだ。

男なのか女なのか、一見して解らないその人は、右手にキラキラ光を乱反射する何かを掲げ、良く通る声で言った。

『 開門(ゲート) !』

言葉が放たれた途端、七色の光が高速で回転しながら縦に大きく広がって行く。

見た事も無い複雑な魔法陣が人を包み込む位に膨らんで行き、一定の大きさになると回転しながら膨らみが止まる。

まるで光のプリズムだ。

それを確認して魔法使いが一歩、魔法陣の中へと足を踏み込んだ。

途端、虹色の魔法陣は一瞬で消え去った。

そしてその場には魔法使いも女官長の姿もなかった。

まるで何もかも初めからなかったかの様に。だが、薄暗い部屋にほのかに光の残渣が残っているように感じるのは、気のせいなのだろうか。

*****

【女官長】

女官長は子爵令嬢の長女として生を受けた。

善良な両親の元、慎ましくも愛情を受けて育ったと思う。

だが、それは無償の愛ではなく、当然彼女からも同じ様に返される事を当たり前とする愛だ。

謂わば、無意識の有償の愛。

人を信じる事も他者に善良である事も、慈悲の心を持つのも一見良い事のように思えるが……それに度々振り回される方は迷惑としか思えないというものだ。

「困っている時は助け合わなきゃね?」

そう言うものの、助けて貰う時は来るのか?

そして当たり前のようにこちらにも手伝いを強要するのはなぜか。

するのは自由だ。だが、こちらにも当たり前のように期待するのは止めて欲しいと思う。

とうとう我慢できずにそう言えば、冷たいだの酷いだのと言い。挙句誰かのせいで自分達が困れば、家族なんだからと言い出す始末だ。

弟を王立学院に行かせる為、結婚は遅らせて働いて欲しいという。耳を疑ったが、確かに嫡男である弟が王立学院を出るのは必要な事だと自らを納得させる。

――幸い学院の成績が良かったので、女官の仕事に就く事が出来た。

ありがとうといった舌の根が乾かない内に、金の無心をして来る。

「ありがとう、助かるわ。本当にありがとう。……でも家族ですものね? 困ってる時は助け合わないと、ね」

女官長は心密かに眉を顰めた。

そんな事が数年続き、無事弟が王立学院を卒業した。

……婚期を逃した女官長は、本格的に仕事に取り組むことに決めた。

その矢先、今度は妹の持参金の手助けをして欲しいという。

(私は弟を学院に通わせる為、結婚を諦めたに等しいのに。今度は妹の持参金を寄越せというの?)

これで最後にして欲しいと言い、ある程度まとまった金額を渡す。

ありがとうと言いながら、

「妹の幸せの為なのに、どうしてそういう風にいうのだろうか……家族なのに」

家族?

――じゃあ、私の幸せは?

(あなた達の尻拭いをする事が私の役目だとでも? 姉だから仕方ないとでも? まさか、それが幸せだなんて思っていないわよね?)

それから暫く、連絡はなかった。

反面仕事では頑張りが認められ、遂に女官長に抜擢された。

やっと自分の人生が報われる……そう思った途端、今度は借金で首が回らなくなったと再び目の前に現れた。

「あんなに酷い事言われたし、頼らない様にって思ったの。頑張ったの、色々……」

「本当はもっと早くにお願いしたかったの! でも、あんな風に言われたら頼れないと思って……本当に困ってるの、お願いよ!」

目の前で、必死な顔の『家族』が、お願いと同時に責め句を投げて来る。

……言っている本人は気が付いているのだろうか? 無意識? わざと?

――こうなったのは、お前のせいだよ。初めからお前が私たちを助けていれば。

――家族なのに……

返済をしなければ、爵位も返上になるだろう。

実家が平民に落ちても、女官長を続けて行けるのだろうか?

規則的に可能だとしても、足を引っ張り合うこの王宮で?

王妃主催のお茶会。

今回やっとギルモア家の令嬢が出席されるという。

――王家から是非にと言われ続けておきながら、一体何様のつもりなんだろう?

――ギルモア侯爵家とアゼンダ辺境伯家、両家の威光を持つ瑕疵持ちのご令嬢。

初めて見る少女は、恵まれた容姿と頭脳も持ち合わせているという。

あの子と私、何が違ったというのだろう?

産まれて来る家と時間が、ちょっと違っただけなのに。

そんな頃女官長は、城下町の路地裏にある、一見人家に見える薄汚れた扉を叩く。

移民から財をなし、金貸し業を営んでいるという男は、女官長を見て頷いた。

「分割でのお支払い、承りましょう。その代わりと言っては何ですが……」

人間をひとり、王宮内に潜り込ませたいという。

勿論女官長は断る。胸が早鐘を打った。

「ほら、普段も一般人が王宮見学にいるでしょう? あれとそれ程変わりません」

「……王宮の、王侯貴族の皆さんに悪い事をしようなんて思っておりませんよ」

「庭の奥の、地下牢までその人間を案内して欲しいだけなんです」

男はそう言った。

地下牢まで案内するのも、建物の中へではなく、庭から外壁の前まで案内するだけで良いという。

「地下牢になんて……行ってどうするの?」

「ちゃんと、そいつらが言いつけを守れたか守れなかったか、確認するだけです」

「……そいつら?」

怪訝そうな女官長に、男はにっこり笑って頷いた。

「はい。平民の、罪人ですよ。悪い事をした悪い奴らです」

王宮に人を入れるなんてと思ったが。庭の奥に、ほんの数分だけという事だった。

他の人間だって、恋人や有象無象らを黙って招き入れ、何時間も一緒に過ごしている事は良くある事なのだ。

まして、彼が……いや、案内する人間が用があるのは、平民の罪人だという。

庭にほんの数分。悪い事をした平民。

王宮の中の誰かに危害を加えると言う訳ではないらしいと言う事が解り、警戒心が薄れた。

更には平民。そしてそれは罪を犯した人間だと言う事が、更に警戒心を低くさせた。

その悪い事をするような奴らに、頼んでいた事がきちんと出来たのかどうか確認したいのだという。

(それだけで、返済を待って貰えるのなら……)

「……本当にそれ以上の事は無いの?」

「はい」

「……本当に、王宮内の誰かに危害が及ぶ事は無いの?」

「はい」

男はさも当たり前と言った顔で頷いた。

「……解ったわ」

「ありがとうございます。助かります」

そんな時、ギルモア家のご令嬢が城下で襲撃されたと聞いた。

騒がしい夜だった。

女官たちも、どこかソワソワとしている。無理からぬことだろう。

夜風にあたって来ると言い、女官長は庭を歩いていた。

約束の場所に立つと、小柄な男が闇に紛れて音も無く塀を飛び越えて来る。

大捕り物と、それによって捕縛した罪人を取り締まったり聴取したりと、騎士も兵士も忙しく警備は手薄だった。

だが多数の兵力が王宮にある今、鼠が入り込んだとしてもすぐさまねじ伏せられると誰もが思っているのだろう。

お互い伏し目がちに頷き合うと、声を出さずに歩き出した。

地下牢の窓の下に立つと飛び上がり、中を見遣る。人間離れした高い跳躍。

そして一瞬、合図でもするかのように右手を上げ下げしたのみだった。

「……今ので解ったの?」

「はい」

女だ。華奢だと思っていた男は、女性だった。

女性にしては低い声だが、間違いない。

女はもう一つの窓の下に行って、まったく同じ事をしたのみであった。

「ありがとうございました。確認が出来ました」

そう言うと、小さな革袋を女官長に差し出した。

女官長が何かを伺うように女を見ると、焦れたのか、女官長の空いた左手を掴んで捩じり込んだ。

「礼です。聞き届けて貰ったらそれ相応の礼をする。裏の流儀です」

「ちょ……!」

そして振り返らずに、大きく跳躍して塀の外へ消えて行った。

翌日、襲撃犯ふたりが急死したという知らせが、王宮内を駆け巡ったのは言うまでもない。

暫くの間、女官長は罪の意識に苛まれたが、誰に話す訳にも行かず口を閉じるしかなかった。

下手な事を言っては、自分が疑われてしまう。

そして聞こえて来る噂話では、犯人は人格が歪んで破綻したとんでもない人間だったのが、言い訳に拍車を掛けさせた。

(どうせ死ぬ人間だったのだし……)

(今まで大変な苦労をして来たのに、実家の人間やあんな犯罪者のせいで、どうして自分が破綻しなくてはならないのか?)

女官長は誰に言い含められるまでも無く、固く口を閉ざしたのだった。

途方もない罪悪感と後悔、切迫感に苛まれながらも。

それから六年。順調に女官長としての地位を固めてきた矢先、金貸し業を営んでいるという男に再び会う事になった。

「宝物庫の鍵を開けて欲しいのです」

「そんな事出来ないわ!」

即座に拒否をした。勿論相手も想定済みなのだろう。

「盗む訳ではありません。ほんの数時間、お借りしてすぐに返しますので」

そんな事が信じられるだろうか?

宝物庫と言えば、国の様々な財が眠る場所である。

「では、鍵をお貸しください。ほんの数分程。複製をつくります故」

「複製は、用が済み次第お返しいたしましょう。他に悪用しないとお約束します」

「私がお約束を違えたことがございますか?」

間違いない、彼も裏側の人間なのだ。

断れば六年前の獄中死の片棒を担いだ事をばらされるのだろうか? それとも殺されるのか?

強張った顔の女官長に、男は穏やかな顔で笑った。

「これで女官長様の前に現れるのは最後に致します。信用ならねば契約書を書きましょう。応じていただければもう一生、知らず関わらず。お互いに秘密も守られます」