軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

虫の知らせ

『……なんや今ぁ、ピン! と来たで!』

ブライアンの騎士服の肩で、おっさんな虫が深刻そうな声を出した。

「ピンと来たって、何が?」

夏の長期休暇も終わった現在。いつもの生活に戻ったブライアンは、いつもの如く学院にてアーノルド王子の護衛中である。

昼食が終わり教室に移動中であるのだが、周りを気にしながら、左肩に向かって話していた。

『……妖精姫や。何や悪い予感がするで! 早ぅ、カラドリウスはんに知らせんと!』

いつも飄々としているおっさんな虫だが、珍しく切羽詰まった声を出している。

妖精姫、ということはブライアンの実妹であるマグノリアの事であろう。

……襲撃犯に絡まれたり、海賊に絡まれたりする少女であるのだが……また何かに絡まれているのだろうかと、微かに首を傾げた。心配せずともそんな彼女には並みの魔獣よりも遥かに強い祖父と叔父、そして護衛がついているのであるが。

そしてカラドリウスとは、そんな妹が孵化させた(?)変な鳥……ことUMAである。マグノリア曰く、シマエナガの様な千鳥のようなインコらしいが……多分そんなまともな(?)鳥ではない気がしている。

元々は初代妖精姫と呼ばれた曾祖母から、マグノリアが譲り受けた石のような卵から産まれた鳥だ。なのでブライアンは妖精国原産の、変な生き物なのではないかと思っている。実際の正体は神鳥だ。

ちなみに、曾祖母は今は消滅してしまった妖精国・ハルティアの王女であったそうである。

その変な鳥は不思議な力が使えるらしく、ふたりの父であるジェラルドが重傷を負った際に命を救ってくれた。

更には妖精の力によって急に虫の声が聞こえ出すという、何ともはた迷惑な力を覚醒させたブライアンだったが……その声の多さ、煩さ、雑多さにノイローゼ寸前だったものの、『慣れ十倍速』という痛い術(?)を施されたおかげで、今では何とか普通に過ごす事が出来ている(それでもうるさいは煩いけど)。

「……カラドリウスはアゼンダだろう?」

『……そうやんな』

おっさんな虫は、絶望に満ちた声を出す。

王都からアゼンダ辺境伯領まで、馬車で三日という距離である。

テントウムシと思しきおっさんな虫だが、はたして飛行距離と速度は如何ほどなのだろうか。今度図書室でテントウムシの生態について、詳しく調べようと思うブライアンだった。

最初は煩かった変な虫だが、一年程一緒に過ごしていれば愛着も湧くというもので。今ではブライアンも結構、おっさんな虫を気に入っているのだ。

とにかく。ブライアンとおっさんな虫は、きょろきょろしながらヴァイオレットとディーン、そしてユリウス皇子を探した。

マグノリアの友人であるヴァイオレットと、マグノリアの従僕であるディーン、そしてディーンの友人である隣国のユリウス皇子は、何故だかアーノルド王子の様子を窺っているからだ。

いや、多分窺っているのはヴァイオレットだけであり、ディーンとユリウス皇子は付き合わされていると言った方が良いであろうと思う。

……聞いたわけではないが、多分そう思う。

そんな三人の元に、カラドリウスが遊びに来ている事がままある為、今日も近くにいるだろう三人を探しているのである。

そして右手側の低木の茂みの中に、茂みに擬態する為に小枝を多数頭に巻き、両手に多数の小枝を持った、如何にも怪しい格好の三人を見つけたのであった。

そしてその内のひとり、ヴァイオレットの頭の上にカラドリウスが乗っていたのである。

『おった!』

「いたっ!」

思わず声を出すと、同僚の護衛が不思議そうにブライアンを見た。

「何がいたんだ?」

「いや……何か変なものが横切ったような? 気がして」

瞳を左右に揺らしながら、ブライアンは適当な方向を指さす。

近衛騎士は怪訝そうな顔をして、ブライアンと指さした方向を見比べた。

「気になるから、ちょっと見て来るよ」

「……一緒に行こうか?」

「いや、いい! 大丈夫だ、見間違えの可能性が大きいし。……王子の警護が手薄になるといけないから」

ブライアンは目一杯作り笑いをすると、ジリジリと後ずさりする。

「……そうか? 何かあったら警笛で報せてくれ」

「ああ、了解した」

『カラドリウスは~ん! 聞いたってくださいなぁ!!』

肩から飛び立つおっさんな虫を目で追いながら、ブライアンは何度も頷いて同僚に返事をした。

『あれ、おっさんな虫。どうしたの?』

『妖精姫が、嫌な予感がするんですわ!』

ヴァイオレットの頭の上で首を傾げるラドリが、焦ったおっさんな虫の話を聞いて黒いつぶらな瞳を瞬かせた。

『……虫の知らせって事?』

『そうでんがな!』

微妙そうな表情で駆け寄るブライアンに、ヴァイオレット達三人も、微妙な顔をして小さく会釈をする。いつもの事だが、まるで貴族とは思えない変な格好をしているからだ。お互い気まずい。

目の前、一部頭の上で、小鳥とテントウムシが何やら話をしている。

ブライアン以外には、ラドリの声しか聞こえない。

ラドリが何かを考えるように羽の先で顎……いや、嘴の下を押さえる。

(マグノリア。マグノリアってば! 聞こえたら返事して。マグノリア!)

念話で呼びかけるが、返事がない。

『……どないでっか?』

『返事がない……!』

珍しく深刻そうなラドリの声に、三人が怪訝そうな表情をしている。

「どうしたの、ラドリ? 何かあった?」

ヴァイオレットがカラドリウスに、心配そうに言葉をかけた。

『僕、アゼンダに戻る!』

「うん!?」

いきなりそう言う小鳥を驚いたように見ていたが、ブライアンが引き留めた。

「ラドリ、父上の所に行こう。もうじき休憩なので王宮に移動出来る」

『でも……。うん……解った』

ラドリは思い直したのか頷いて、ぱたたと飛び上がり、ブライアンの頭に飛び移った。

「……どうしたんですか?」

「アゼンダで何かあったんですか?」

ヴァイオレットとディーンが、真剣な表情でブライアンを見上げる。ユリウス皇子は黙って、だけどもやはり気遣わし気に三人と一羽と一匹を見ていた。

「いや、俺にも詳しくは解らないが、何かトラブルがあったらしい。……これから調べるから、君たちは授業に戻りなさい。解ったらすぐに知らせよう」

三人は心配そうに顔を見合わせるが、諦めて、宜しくお願いしますと言って教室に戻る事にした。学生の身が疎ましいと思うが、こればかりは仕方が無い。

その間もラドリは、何度もマグノリアに念話で呼びかけていた。

すぐさま護衛の列に戻ると、異常はなかった旨報告し交替となった。

ブライアンは同僚の誘いを断り、王宮のジェラルドの職場へ急ぐ。王宮と学院は目と鼻の先だ。

*******

「どうしたんだ、わざわざ面会なんて」

勤務時間中に文官棟へやって来た息子を見て、ジェラルドは怪訝そうな顔をした。

まさか、一緒に昼飯を食べようなどと言う訳ではないだろう。

暗躍を……いや、王宮の魑魅魍魎達を炙り出す為に閑職に甘んじているジェラルドとしては、別段いつ昼休憩に行こうが問題無いが。王子の護衛を務める近衛騎士であるブライアンは、いつでも抜け出せると言う訳ではないであろう。

『ジェラルド。マグノリアの事、何か解る?』

息子の頭に乗る小鳥が気にはなっていたが、その小さな嘴から離れて暮らす娘の名前が出て、ジェラルドは息子の顔と、娘の変鳥であるラドリを交互に見遣った。

職場の小さな会議室へ息子を促したジェラルドは、手ずからお茶を淹れた。

テーブルの上を滑らす様に静かに置くと、自らもカップを手に持ち、ソファに腰を下ろす。

「……解るように話してくれるか?」

務めて落ち着いた口調で話すジェラルドだが、茶色の瞳に微かな焦りが浮かんでいる事を認め、ブライアンは今までの話を掻い摘んで説明した。

話を聞き終えると、ジェラルドは考えるような顔をして、指でテーブルを何度か叩く。

「ラドリ、今もマグノリアは応えない?」

『うん。応えない』

「……眠っている訳ではないのか?」

幼児でもあるまいし、この時間に午睡をしているとは考え難いが……念の為に確認をする。

『うん。寝てない。寝てる時、マグノリア何か食べてる夢見てる』

ラドリの言葉を聞いて、ブライアンとジェラルドが微妙な顔をするが、心配そうな小鳥に向かって頷いた。

「そうか……では、夢をみない位深く眠っているか、昏睡していると言う事か……」

貴婦人なおっさん虫の『虫の知らせ』といい、また何か事件に巻き込まれていると考えた方が良いのか。

(しかし、アゼンダにいて六年前のような襲撃事件に巻き込まれるとは考え難いだろう。ガイ以外にも騎士団の騎士をつけられているだろうからな……)

事故という可能性もあるが。

ジェラルドは視えない何かを視ようと、あらゆる可能性と思考とを張り巡らせる。

今回は視せるつもりは無いらしく、何も浮かんでは来ない。来ないなら、自ら考えるまでだ。

色々なパターンが考えられるが……

(一番厄介なものはどれだ?)

そう思って暫く考えを巡らせていると、カップを持つ手が止まり、目を見開いた。

「!!」

「父上?」

そうして、ジェラルドの頭の中にひとつの仮説が浮かび、高速で蜘蛛の糸を張り巡らす様にさまざまな事象が結びついて行く。

顔色を変えたジェラルドが、会議室の棚から紙とペンを出し、乱れた文字で何かを書きつけて行く。

「……ラドリ、これをアイリスに。ヤツも王宮の軍部にいる筈だ」

『わかった!』

小さな黒いポシェットに入れる時間も惜しいのか、ラドリは手紙を咥えると、一目散で部屋を飛び出して行った。

それを脇目で見ながら、ジェラルドは立ち上がって扉へ向かい、開いた。

「ブライアン、行くぞ! 宰相のところだ!」

「……解りました」

全く何も解らないが。ブライアンは頷いて取り敢えず、大股で歩く父の後を追う事にした。

*******

「忙しい時に、いきなり宝物庫を見せろとはどういう事だ!」

宰相であるブリストル公爵は、首を引っ掴む勢いで己を引っ張っていくジェラルドに文句を言っていた。

「私はお前と違って忙しいんだ!」

顔を赤くして怒っているが、言いようもない危機感も感じている。

普段自分を避けている(宰相になれと言われるから)ジェラルドが、わざわざ忙しい自分を引っ張って行くのは、そうするべき理由があるからであろうと思うからである。

……ジェラルドは合理主義だ。閑職にいるが忙しくはあるので、無駄な事はしない主義である。

色々暗躍して調査して、面倒な事柄を明るみに出しては、処理を自分に押し付けて来るジェラルド。お陰で健全な国家運営を行えているとも言えるのだが、腐ってる奴が大物だったり大勢だったりすると、付随する様々な野暮用が増えて忙しくて敵わない。

ブリストル公爵は、もう本気でジェラルドが宰相になってくれないもんかと思っているところである。

*****

『アイリス~!』

軍部の執務室の窓に突っ込んで来たラドリを見て、アイリスこと東狼侯と、副官である夫君は瞳を瞬かせた。

開いた口から紙が落ち、アイリスの手に舞い降りる。ラドリはくるりと一周すると、夫君の頭の上に降り立った。

アイリスは不思議そうに送り主の名前を見て、未だに首を傾げながら丸い瞳をパチパチさせている夫君に向かってニヤリと微笑む。

「おや、陰険秀才君からラブレターだ」

「……いい加減に変なあだ名は止めておやりよ」

優しい夫君の忠告は右から左に受け流し、手紙を開く。

ジェラルドが自分に手紙を宛てて来るのも珍しいが、流麗な筈の手跡が酷く乱れている事に気付いて、眉を顰めた。そして読み進める内、顔が険しいものにみるみる変わって行く。

「おい、これと、今日休んでいる王宮の人間を挙げてくれ! 大至急だ!!」

「えっ!?」

アイリスは騎士服を引っ掴むと同時に、ジェラルドからの手紙を夫君に放り投げた。

「私は宝物庫に行って来る!」

「ちょ、おい!? ……って」

それだけ言うと、アイリスは扉を蹴り飛ばす様にして走っていってしまった。けたたましい音が執務室に響く。

……いつまで経ってもお行儀が悪い事である。

そんな元気な奥様を見遣ってため息をつき、キャッチした手紙に丸い瞳を落としては顔色を変えた。

「……これ! もしかしなくてもヤバいやつじゃん!……エライこっちゃ!」

夫君も部屋を走り出すと、頭にラドリを乗せたまま、同じように扉を蹴り飛ばして飛び出して行った。

*******

そして宝物庫。

アイリスは宰相を、宰相はアイリスを見てため息をついた。

珍しく感情を露わにするジェラルドに、ふたりは良くない予感を感じながら宝物庫のカギを開けた。

宝物庫の鍵の所有者は王家であり、持ち出しが可能な人間は、宰相、女官長、そして宝物庫の管理者である。

施錠は必ず宰相を含む複数で行い、都度詳細を記録する事になっている。

その名の通り、国や王家所有の美術品や財宝などが収納、管理されている。

それに加えて、戦時中回収した財宝や敵国の危険物も厳重に鍵をかけ管理されている。いわゆる表に出せない物や出さない方が良い物だ。

……そんなもの、さっさと破棄してしまえば良いのだが。希少性が高かったり、過去の遺産だったりで捨てるに捨てれない物達だ。

「……どういう事か説明して貰おうか?」

「まずは、魔道具に欠品が無いか確認を」

宰相が厳しい声で言うと、ジェラルドが顎をしゃくった。

アイリスが柳眉を顰め、繰り返す。

「魔道具?」

ブライアンを含め、四人は宝物庫の奥の奥へ進んで行くと、更に施錠されている重厚な扉を開いた。

中は埃臭く、長い時間閉ざされていた事を感じさせる空気が充満していた。

カーテンの隙間から洩れる光に、細かな埃が揺蕩っているのが見える。

ジェラルドはほぼ確信した足取りで、その箱の前に立った。古ぼけた文字がそれが何かを示している。

更に施錠された箱が、棚に収納されていた。

「ゲート……!」

アイリスがその魔道具の名前を言い、苦虫を噛み潰した表情の宰相が箱を開くと。

四人とおっさんな虫が、顔を揃えて箱の中を覗き込んだ。

「……無い!!」

何故だと思いつつも、そうなのだろうなと言わんばかりの口調で、ブリストル公爵は空っぽの箱に向かって叫んだ。