軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奴らが領地にやって来る

一年ぶりに見たディーンは、また大きくなっていた。

青と墨の混じったような瞳はいまだ丸いが、頬や肩などの骨格は、段々と大人に近づいている。

「おお~、めっちゃ大きくなったじゃん、ディーン!」

頭一つ分位小さくなったマグノリアは、近所のおばさん宜しくバシバシと背中を叩いた。

帰領すればマグノリアの従僕であるディーンは、王子と侍従長に断り先に辺境伯家に合流する許しを得て来た訳だが……見た目は楚々としたお嬢様以外の何者でもないのに、口を開くとまるで同性の友人のようである。

「痛てっ!……マグノリアもな」

どこがとは言わない。

身長もさることながら、大きく育った大人顔負けの胸元はなるべく見ない様にしておく。

ディーンが学院に入学する為に別れた時は、ささやかに膨らみが目立ち始めたと思ったものだが……会うたびにぐんぐん大きくなって行くのは気のせいではないだろう。

……モブ令嬢らしくごく普通の膨らみのヴァイオレットと、比較的ぺったらとしているガーディニア。完全にまな板のマーガレットを思い浮かべて思わず唸る。

(危ない! 非常に危ない!! 何であの顔にあの胸をくっつけるんだ!)

ただでさえ可愛い過ぎてて誘拐されそうになるのに(未遂)、危険度が倍増しているではないか。

「うわぁ~! 声変わり! 声変わりしてるっ!!」

幼馴染兼従僕の成長の様子に、興奮したマグノリアがガクガクとクロードを揺さぶっている。

今マグノリアの脳裏には、ふっくりしたほっぺたの愛らしい、六歳の男の子が再現されているのだろう。

自分だって四歳の舌っ足らずの幼女だったのだが……中身が中身なので、『近所の小さかった子が久々に見たら大人になってびっくり』を味わっているらしかった。

「…………」

微妙な顔をしたクロードとディーンが、ため息をついた。

美しいお嬢様の中身はこんなんである。

「……解ったから落ち着きなさい。それは成長すれば大きくもなるし声も変わるだろう。俺にも父上にも赤ん坊の時代があった位だ」

(じぃ様の赤ちゃん時代!?)

言ったクロードも妙な顔をしながら、あったよな? と思う。

一番年寄りでありながら、一番立派過ぎる体躯をしたセルヴェスをみんなが見た。

「うむ。生まれた時は未熟児で小さかったらしい」

「えっ!?」

全員がセルヴェスの方を二度見した。何ならガイもラドリもである。

「母上が小さかったからなぁ。きっと窮屈過ぎて育たなかったのだろう。生まれて一週間で倍に、一か月でそのまた倍に育ったそうだ」

……よく、小さく産んで大きく育てるというが。それはさすがにすくすくと育ち過ぎじゃないのか?

『バケモノ☆』

ラドリがそう言い捨てて、何処かへ飛んで行った。

口には出さないが全員がそう思っている。

*******

時は少し遡り、五日ほど前。

生まれて初めて王都の外に出たマーガレットは、様々なものが珍しくて仕方がなかった。

道中ずっと、その萌黄色の瞳に初めて映るものや気になるものを指さしてはアーノルド王子に訊ねている。王子も都度楽しそうに話を聞いては丁寧に答えていた。

彼女にとっては、いや、アーノルドにとってもいつも以上に楽しい旅だ。

夏の避暑旅行は数少ない婚約者同士の交流を深める為にという側面もある。

婚約発表後、公式の場に王子のパートナーを努める機会が増えてはいるが、忙しく交流を持つという感じではないのだ。

元々余り相性が良くないのであろう。王子とガーディニアの仲は深まるようには見えなかった。

親に決められた相手というのが大きいのだろう。

歩み寄ろうとするガーディニアに対して、アーノルドはどこか投げやりでおざなりだった。

何でも出来る上、努力家でもあるガーディニアを見ていると、コンプレックスも刺激される。ガーディニアが努力している事も、周りにそう求められているからなのも理解しているアーノルドだが、理解したからといって上手く納得出来るのか、はたまた心をコントロール出来るかは別の問題だ。

Miss・パーフェクト。

既にそう呼ばれているガーディニアが、努力しているアーノルドにもっと努力をしろと言って来る。気の強そうなきつい風貌で、静かに責め続けて来るのだ。

……幾ら努力をしても認めては貰えず、足りない足りないと言われ続けるのも辛いものだ。

出来る人間特有の、無意識な傲慢さだ。

自分を基準に考える為、出来ない者の努力は目に入らないし、なぜ出来ないのか考えも及ばない。

それが将来、自分の妃なのである。

一生気の休まらない相手であり、決して己を認めない人間と添い遂げなくてはいけない事に、ほの暗い気分になる。

王家の人間とはいえ十五歳の少年だ。

王家に生まれた責任というが、責任だけ負わせて、ちょっとだけ息をしたいと言う人としての権利を主張する事も出来ないのかと思う。

そんな生活の中で、婚約者とは違い優し気な風貌で素直なマーガレットは、見ているだけで癒しだ。

裏表のない言動は、言葉の裏を読み取る必要が無いので楽である。

二年前に貴族になった彼女には、令嬢としては至らないところが数多くある。

初めは指摘され落ち込んでいたが、今は前向きに身につけようと懸命に取り組んでいる姿は好感が持てる。元の能力も高いのだろう、砂が水を吸い込むように自分のものにして行っているのが傍からも良く解る。

出来るようになる度に輝くような笑顔を弾けさせる様は、非常に愛らしいものだ。

笑顔とは、とり澄まして口角だけを上るものではないと初めて知ったような、小さくも大きな衝撃だった。

同時に、そんな状態だからこそ相手が努力をしている事も敏感なのだろう。惜しみなく相手を励まし労う。

周りのいう、生まれながらの責任という観念が無いからなのか。ひとりの人間として素直に、相手の行動を見るのかもしれない。

素直。

マーガレットをひと言で表すとするなら、素直だ。

良く笑い、裏表なく、真心を持って目の前の対応する。アーノルドにはそう見えた。

アーノルドは、自分がどんどんマーガレットに惹かれて行っている事を自覚せざるを得なかった。

ガーディニアも王子に話し掛けてみたが、明らかに違う反応に、すぐさま話し掛けるのを止めた。

侍従長は苦々し気な表情をしている。

何度か諫めたが無意識なようで、訳が解らないと言って切って捨てられ、黙るしかなかった。

マーガレットはまだ十三歳の少女だ。悪気がある訳ではなく、初めての旅が楽しくて仕方が無いのだろう。

もともと幼少期から体調の悪い母とのふたり暮らし。我慢する事も多い上、大変な事の方が多かった筈だ。

引き取られてからは衣食住の心配こそないものの、実の母とは死別。

全く新しい世界と人間に囲まれて始まった生活は、慣れない上にどこかよそよそしく、自分は家族にはなり得ないのだと何処か諦観しているところもあり……だが、諦めていたからと言って傷つかない訳ではない。

多感な年頃の心は、傷だらけである。

だが立ち止まってもいられないのだ。前を向くしかない。味方がいない……もう、母はいないのだ。

だから、傷ついた数だけ笑顔で覆い隠す。

だから、束の間の夢の様な時間にほんの少し浮かれてしまっても仕方が無いのであろう。

本来なら気付くであろう、ガーディニアと侍従長の様子に気が付かない。

そもそもは王宮で行われているお茶会での話だった。

「休暇は今年もアゼンダへ行かれるんですか?」

「そのつもりだ」

側近の一人の確認に、王子が頷いた。

「アゼンダ、ですか?」

生まれも育ちも王都のマーガレットが不思議そうに小首を傾げる。

「西の端にあるアゼンダ辺境伯領ですよ。王子は毎年そこへ避暑に行かれるんです」

ルイの言葉にマーガレットは萌黄色の瞳をキラキラさせた。

王都から遠く離れた場所へ出掛けると言う事が、途轍もない冒険のように感じたのだ。

「まぁ! ステキですね。どんなところなのでしょう?」

「森と湖の国と呼ばれている領地ですよ。更に西側には海があるのです」

「……海……! とっても大きいって聞きました」

話を聞いてマーガレットは、顎の下で両手を組んでは、ぱぁっと表情を明るくした。

内陸にあるアスカルド王国に住まう人は、海を見た事がない人も多い。

マーガレットは、話に聞いていた見た事も無い景色に思いを馳せる。

「……ポルタ家では夏季休暇はどうするのだ?」

「特に何も無いかと思いますが?」

父は領地を持たない男爵家でも小さな家の人間である。第一夏とて仕事はあるであろう。

義母の家は遠くの領地で地方代官をしているらしいが……兄弟を連れて避暑に行くかもしれないが、マーガレットは連れて行かれないだろう。

「じゃあ、マーガレットも一緒に行かないか?」

何気なく発せられたアーノルド王子の言葉に、マーガレットは頭と手を同時に振る。

「無理無理……っ! いえ、お恐れ多いです、私なんかがっ!!」

「何を今更……我々は友達だろう?」

おかしそうに笑う王子に、マーガレットは困ったような顔をした。

「……馬車はお父様がお仕事に乗って行きますし……」

「じゃあ、我々の馬車に乗れば良い。そんな事を気にしないで大丈夫だ」

「……ありがとうございます。両親に話してみます」

家に帰り父と母に言ってみるが、冗談だと思われただけだった。

ポルタ男爵は閑職の下級官吏だし、家計の事もあり母はそれ程社交界には出ない。

なので彼らの耳に、マーガレットの噂は聞こえては来ていない。

マーガレットの三つ上の義兄が在学中だが、義妹の噂は両親の耳に入れ難い。

そんな訳で、両親たちにとってマーガレットが王子やその側近と避暑旅行に行くなどというのは、冗談以外の何ものでもなかったのである。

ところが翌日。王宮からの使いという人が旅行かばんや着心地の良いワンピースなど、旅に必要な品物を幾つか届けてくれたのだった。

頭が良い筈なのにマナーや貴族の常識が足りていない事や、嫡出子ではなく養女である事等を鑑みて、多分ご令嬢として当たり前の環境を用意して貰えていないのだろうと判断した。

マーガレットのポルタ家での境遇を思い遣った側近と王子で相談し、必要最低限のものを贈る事にしたのだ。

驚いたのは両親の方なのだが……

王子や超高位貴族令息と一緒に行動するだなんて、畏れ多い事である。

更には婚約者でもないのに、嫁入り前の娘が殿方達と旅行なんてと思う反面、ここまでしていただいて『行かせません』とは言い辛い。

元々美しい顔立ちの娘であった為、家の為に縁談をと思っての養子縁組である。

王子の覚えめでたければ、息子たちの仕官の道も明るいものになるかもしれない。

更には婚約者のいる王子はともかく、側近の誰かに見初められれば……

ここでマーガレットにマナーの教師をつけるのならば良かったのだが、決して裕福ではない男爵家だ。限られた金額を工面するのならば将来家の存続と発展の為に、息子たちに更なる教育をと思ってしまうのは仕方がなかったのだろう。

そうして、王子達に同行する事を許されたマーガレットは、お世話係の者にまで頭を下げながら馬車に乗り込んだのである。

******

二日目の朝から、ガーディニアは自分の家で用意した馬車に乗る事にした。

そう告げると、アーノルドは『そうか』とだけ言い了承したが、心なしか嬉しそうな表情をしていた。

侍従長が何か言っていたが、マーガレットは不思議そうに首を傾げている。

(……私、何の為にアゼンダに行くのかしら……)

出発の日。マーガレットの姿を見た時に嫌な予感がした。

一緒に避暑に行くのだと言われ耳を疑ったが、言ったところで覆る事はなさそうだった。

思わず侍従長とブライアンを見る。

ふたりも既に何度も諫めた後なのであろう。非常に心苦しそうな表情をしながら、ガーディニアに小さく頭を垂れた。

(自分達の溝を埋める為に行く旅行で、ずっと婚約者とその愛人の仲睦まじいさまを見ていろって言うの?)

目の前のふたりを見て、心の中で問う。

未だ十三歳のマーガレットは、勿論プラトニックな関係である。それどころか付き合っているとも思ってはいないだろう。

ただ、ガーディニアの立場からすれば関係を持っていようがいまいが、ふたりは既に愛人関係の様なものだと思っている。

現にアーノルドの青銅色の瞳には彼女への愛情の熱が感じられたし、高位貴族どころか王子様でありながらも気さくに、そして優しくしてくれるアーノルドに、マーガレットも思慕を持ち始めている事が見て取れた。

……何とか理由をつけて、今年は帰ってしまおうと思った。しかし。

(……しっかり見極めましょう。勘違いではないのか。そうであっても自分は務める事が出来るのか)

はっきりとあった思慕は初恋の欠片となり、その欠片も今や消え失せようとしている。

果たして務められないという言い訳は、汲み取って貰えるのだろうか?

国の為の婚姻に、個人の感情なんて関係ないのだと思いながらも、屈辱的であることは間違いがなかった。

照りつけるような日差しとは裏腹に、ガーディニアは自分の気持ちが冷たく冷えて行く事を恐ろしく思った。

*******

『あ~あ。何だか拗れてるなぁ』

肩の上のおっさんな虫が、ガーディニアとアーノルド、マーガレットを見て呆れたように言う。

「どうしたものなのか……」

ポツリ、誰にも聞こえない様に零したブライアンに、テントウムシは言い放った。

『どうも出来んやろ? 気持ちはどうにも出来へん事を一番知っとるのはお前やんか』

「かと言って、貴族の婚姻は家と家の結びつきだ」

そうも言っていられないというブライアンに、テントウムシは羽を鳴らした。

『じゃあお前、もし 妖精姫(いもうと) と血が繋がっていないとして、家の為に結婚せぇと言われて『はい、そうですか』って出来んの? 出来へんやろ』

「……そこまでなのか?」

『似たようなもんや。必然的なんや、しゃーないやん』

必然的。

いつだったか、父が自分達のマグノリアに対する気持ちは強制的なもののようだと言っていた。

「だとしたら残酷だな……」

それでも夫婦にならなくてはならないという事もだが、大きな人生の局面においては未だ幼いであろう己の主達は、これからどうなってしまうのだろうか。

王子とマーガレット、そして笑顔で会話する側近たち。それらを少し離れた場所でみつめるガーディニアを瑠璃色の瞳に映して、ブライアンはため息をついた。

*******

ディーンとヴァイオレットも、いつもの如く行列の端の方に加わって移動していた。

入学当初に比べればだいぶ改善したマーガレットの様子に努力を認めつつも、どうして旅行に来てしまうかなと頭を抱えていた。

「まあ、王子のゴリ押しなんだろうけどね……」

「ガーディニア様、大丈夫かな?」

馬車の陰から気遣わし気にガーディニアを見る。

静かに佇んでいるガーディニアには、嫉妬も怒りも感じなかった。

ただただ、何かを確かめるように静かに、全てを見つめている。

(何か、ゲームのガーディニアとちょっと違う……?)

気高いガーディニアは、自分の名誉とプライドが傷つけられる事を良しとしなかった。

アーノルドへの強い愛情と王太子妃という立場への執着もあってか、マーガレットへの言葉はきつく激しかった筈なのだが。

あの蒼い瞳には、全く熱が感じられなかった。

(本来の流れと違い過ぎて、全く解らないよ!)

心の中で叫ぶ。

何やら馬車の物陰から盗み見るような様子で隠れるディーンとヴァイオレットを、周りの者達が不思議そうに見つめている。

その周りで、リシュア子爵と夫人が、冷汗をかきながら頭を下げているのであった。

行列はゆっくりと進み続ける。

そんな日が約四日間。

一行はついにアゼンダ辺境伯領に降り立ったのであった。