軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ディーンとヒロインのかくれんぼ

「……はぁ。最近ヴァイオレットに振り回されて、すんごい疲れるなぁ」

ディーンは亜麻色の髪をバリバリと掻きむしりながら、独り言ちつつ歩みを進める。

中休みに静かな環境でひと休みしようと、ディーンは奥まった場所にある四阿にやって来た。かつての王朝の離宮だったと言い伝えられている王立学院は、花の国らしく庭も綺麗に作り込まれ、至る所にベンチや四阿が置かれているのであった。

庭の奥の方にマグノリアの花が咲く場所がある。疲れたり落ち込んだりした時には、その四阿で休憩をして、英気を養っているディーンなのである。

マグノリアの花が咲くこの時期は、その香りも楽しむことが出来るだろう。

あの図書館裏の呼び出し……『第一回・対応に物申す回』の後、ルイに何度か声を掛けられては、マーガレットの話を聞いてやって、助言をしてあげて欲しいと頼まれていた。

同じ立場、男爵家出身の上位クラス在籍者なら、苦労も対処法も解決法も解るのではないかとの事であった。

(……うーん……)

ルイの言う事も解るが、それはどうなのだろうかと思う。

十人十色とは言うけれど、ディーンとマーガレットでは全然違い過ぎる。

彼女自身にもっと一生懸命さがあればというか、話を聞く耳がありそうならば自分の意見として話さないでもないが、今の感じで話した所でちゃんと聞いて貰える自信もない。

なので機会があればと当たり障りない返事をして、はぐらかしているのだった。

考え事をしながら歩いていたせいか、近くに行くまで四阿に人影がある事に気が付かなかった。

マーガレット・ポルタだ。

気が付いた時には目があった時で……それとなく気付かないふりをして通り過ぎようかと思ったけれども、会釈までされてしまい、仕方なく立ち止まる事にしたのだったが。

「こんにちは。こんな所に珍しいね」

「こんにちは。ここはいつもあなたがいる場所なの?」

「いや……まあ、普段あまり人が来ないからね。ゆっくりしたい時に、たまに利用する位で」

「良かったらどうぞ?」

マーガレットはいつもより元気がないようで、そう言いながら微かに口角を上げると、もの憂気に髪よりも少し濃い色の睫毛を伏せた。

……流石に昨日のガーディニアの言葉を引きずっているのだろうか。

「あー……うん。でもご令嬢とふたりっきりで四阿で過ごすのは、ねぇ? だからここで」

周りから見えるとはいえ、ある意味ふたりで四阿で過ごすのは外聞が宜しくない。

目撃されたらお付き合いをしているか、婚約者同士か。どちらにしろ親密な関係だと思われる事だろう。

なので中には入らず、壁の外に立っておく事にする。

「学校の四阿なのに? 生徒同士なのに?」

「うん。だってもう婚約してる人も沢山いる年齢だからね。だから尚更だよね」

この前の侯爵令息と伯爵令嬢じゃないけれど、万一他の人とふたりっきりでいるところを目撃なんてしたら、嫌な気分になる事だろう。

マーガレットもディーンもフリーではあるが、全然考えて無さそうな彼女に、ちゃんと気をつけるものなのだという事は示しておいた方が良いであろうと思った。

「それに……例えば俺は今年十五歳になるから、平民の中では結婚する人も多いでしょう? 女性を守る為の決まりというか、配慮でもあるんだよ」

マーガレットはびっくりしたような表情で顔を上げると、まじまじとディーンをみつめた。

「私のマナーって、そんなに変なのかしら? みんなと仲良くしたいって思うのは変なの?」

「…………」

何というか、多分、考え方からして違うのだ。

「って言うか、どうしてそんなにみんなと仲良くなりたいの?」

「えっ? 普通、人とは仲が良い方がいいでしょう?」

「うーん。それはそうだけど……多分ポルタ嬢のやり方では、仲良くなれないんじゃないかなぁ」

特に貴族社会では。

高位貴族、低位貴族関係無しに、奔放な人間と思われるか、油断ならない人物と思われるか。

女性には特に受け入れられ難いであろう。

「……え?」

「マナーとか礼儀とかって、何の為にあると思う?」

「相手が心地良く過ごす為って言うけど、本当は気取りたいからよ」

「そういう側面がない事もないけど、あれこれ細かく決まっているのも、相手を思いやる気持ちを丁寧にして行ったからああなったんだよ。でも基本は相手を思いやったり尊重したりする気持ちが大切なのは本当だよ?」

納得が行かなそうなマーガレットに、ディーンは苦笑いをする。

「でも、マナー以前の問題だよね。ポルタ嬢は、何であんなに男子生徒にベタベタするの?」

「ベタベタ? そんな事してないわ!」

「……え? してるよね。手を握ったり腕を組んだり……」

マーガレットは心外だと言わんばかりに眉をあげた。

「そんな事ないわ! お友達と手を繋いだりハグしたり、普通でしょう?」

「……一体、何歳の話をしてるのさ。さっきも言ったように、俺達の年代は貴族なら婚約者がいる人も多いし、平民なら結婚する年齢だよ?」

マグノリアの従僕をしている為、領地へ帰れば平民ともそれなりに付き合いがある立場であるが、彼女の様に異性と気軽に触れ合う人間は見た事がない。

「自分の恋人や婚約者、旦那さんでもいいけど。友人だからって自分の目の前で手を繋いでいたり、抱きついていたりしたら嫌じゃない? 俺だったら嫌だけどね……ポルタ嬢は、『仲いいなぁ』って微笑ましく思う方?」

「…………」

――純粋な子どもみたいな人なんだろうか。

「確かに学院なんだから仲良くするって考えも間違いではないけど、自分や相手の年齢や立場も考えて対応しないと。

それに低位貴族の中でも一番下の男爵家こそ、マナーを身につけておく必要があるよ。侍女として働きに出るなら高位貴族のお屋敷だろうし。平民に戻る予定ならまたちょっと変わるけど……男爵令嬢として生活するなら、立場が弱いからこそ普段から突っ込まれない様に、ちゃんとして置かないと。自分や家族が嫌な思いするじゃん」

ガーディニアが言った事もそういう事だ。

本人がどんな風に考えているのかは解らないが、現状のままではどんどん彼女の立場は厳しくなるばかりだろう。

もし貴族女性は卒業と同時に結婚と考えているとして、今のままでは同じ家格の人間は結婚を申し込み難い。現状でとても家を任せられるとも思えないし……奔放過ぎる奥さんは怖すぎる。

穿っている人ならば、仲の良い高位貴族の令息たちのお手付きになっているから、あんなにしなだれかかっているんだと思われかねない。

多分彼女と仲良くしている王子の側近の中には、隙あらばそういう風な関係になろうと考えている奴もいるであろうと思う。彼女がどう思っているかは解らないが……勿論、お手付きにしたからといって妻に迎えるなんて事はない筈だ。

仮に骨抜きになってる本人が思っていたとしても、きっと周りが許さない。

同じ理由で社交界での立ち位置は厳しいものになるだろう。

多分同性の目は非常に厳しい事だろう。

(男爵家では何とも思ってないのかなぁ?)

養女の醜聞が広まるなんて、面倒だし恥ずかしいだろうに。謎である。

「あと、癖なのかもしれないけどすぐ泣かない方が良いよ。男性には有効かもしれないけど女性には逆効果だよ。社交界でも平民の世界でもそれは同じだと思う。

逆らう前……何か意見する時は良く考えてから、本当に正しいか考えてから口にすると間違いが少なくなるんじゃないかな。今は学院内だから大事にならないけど、貴族社会はその一言が命取りって事も多いからね。

自分だけじゃなく家族まで巻き込む事もあるから、気をつけないと。

あと、走るのに足さばきを気遣った方がいい。今は一年生で小さいから微笑ましく見えるかもしれないけど、はしたないとか落ち着きがないとか思われるのがオチだよ」

初めは嫌そうな顔をしていたマーガレットだが、気遣いつつもダメ出しの嵐に萌黄色の瞳を瞬かせた。

多分いつも男性には可愛がられて大切にされてきたのだろう。きっとあのベタベタも可愛い(?)仕草も、自分を守る為の武器だったのだろう。

美人や美少女に甘えられて嫌な気持ちがする男なんて、大人だろうが子どもだろうが居ないからだ。

ただ、子どもではなくなって行くこれから、その武器は危険を誘発するものになり兼ねない。

腹黒く立ち回れるのなら有効だろうし、危険も回避出来るだろうが。見ている感じではそういう風には見えない。

(何だろう。無自覚なんだろうな……こう、心がとても幼いって言うか)

ある意味マグノリアと正反対だ。

マグノリアも物凄い美少女だけど、身なりについては危険の方に意識が向いていると思う。

過去にあんな事件――綺麗過ぎて危うく剥製という名の人形にされそうになる――なんて起これば無理もないが。

彼女も気安い人だが、考えてみれば異性で彼女に、そして彼女が自ら触れる人は殆ど居ない。

セルヴェスとクロード、彼女の家族だけである。

マグノリアの幼馴染を自負するディーンでさえ、手を繋いだのなんて彼女の五歳の誕生日位の事だ。

暫しディーンが考えに沈んでいると、ふいにマーガレットが名乗る。

「私、マーガレット・ポルタ」

「……うん、知ってる。有名人だからね」

ディーンがそう言うと、マーガレットは自嘲気味に笑った。

*****

「ほうほうほうほう~」

「ディーン回とかもあるんだねぇ」

何か、聞こえた様な気がしてディーンがキョロキョロしている。

一瞬何かが光った気がして、ディーンが校舎のとある方向の窓を見ると。

身を乗り出して望遠鏡でディーンとマーガレットの様子を観察しているヴァイオレットと、無の境地で、隣でずり落ちそうになる彼女を雑に掴んでいるユリウスの姿が遠くの窓に見える。

「…………」

「どうしたの?」

不思議そうにマーガレットが首を傾げる。

「……イヤ……ナンデモナイ」

「?」

何と言うか。ヴァイオレットもなかなか厳しそうな未来である。

だが、何と言っても彼女はリシュア子爵家の一人娘。多少(?)変人でも求婚者が列をなすのかと思い直す。

厳しくても気にしなさそうであるのも何とも言えないが……

ディーンはため息をついて遠い目をしたのだった。