軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

花の妖精姫

王都・アキツから馬車で行きに三日、帰りに三日。北部滞在は二日という日程をこなす。

北部は本当に見渡す限りの穀倉地帯であった。

かつて写真で見た北海道のジャガイモ畑を思わせるかのように、視界一面に麦畑が広がっていた。実際に目にするとその規模は圧巻である。

「素晴らしいですわね」

「騎士印の肥料を使ってから、穀物以外の農作物も良く採れるようになりました」

馬車でどれだけ移動しても延々と続く麦畑とソバ畑に感心をしながら、工芸品を扱っている店や職人街を見学する。

木工は、細やかに彫刻された壁飾りや普段使いの木皿やお椀、そして家具まで、多種多様であった。

素材が木であるからか、素朴で温かみのある印象の作品や品物が多い印象である。

織物は綿や麻、毛織物といったように、季節によって様々な素材が用いられるそうで、織り方も含めて幾つもの布が用意されていた。

……地球には世界三大織物なんてものがあったが、こちらの世界にも同じ様なものがあったりするのだろうか。手触りの良い布を撫でながらそんな事を考える。

そんな風につつが無く北部の視察を終え、再び王都に到着した。

「明日は自由にお過ごしいただけますが、明後日はお嬢様の講演会が予定されております」

「……はぁ」

念押しするようなギルド長の言葉に、マグノリアは曖昧に返事をする。

「内容と致しましては、航海病に関する事を医学的、商業的両方の側面からお好きにお話頂きまして、可能であれば医師や商人の質問にお答えいただければ有難く思います」

にこにこしながら語るギルド長に、遠慮がちに確認する。

「あの、私、前にもお伝えしたかと思うのですが、医師ではないのですが……」

「はい。存じ上げておりますよ?」

きょとんとしながらおっさんが首を傾けるが、ちっとも可愛くない。

自分と相手の思う所とがどことなくズレていそうな様子に、マグノリアは心の中でため息をついた。

「勿論、お話頂ける事・頂けない事があるのは承知しております。可能な範囲でお話頂ければ皆も喜ぶと思います」

「……はぁ……?」

(プロの医師や手練れの商人が、良く解らん子どもの話とか喜ぶのかなぁ……?)

如何にも懐疑的ですと言わんばかりの表情で頷くと、セルヴェスとコレット、そしてニヤニヤしているガイを見て愛らしい唇をへの字に曲げたのであった。

******

「……原稿とかまとめた方がいいのかな~」

「ある程度決めておいた方が、脱線はしなさそうっすよねぇ」

王都に戻った翌日。

部屋の片隅で暗器を研ぎながらガイが答えた。

間を挟みながらも一週間程馬車に乗っていた為、今日は宿で一日のんびりと過ごす予定だ。セルヴェスは窓辺で小型のハープを演奏している。

音楽好きなセルヴェスは、暇があれば楽器を奏でている事が多い。

ひと通りなんでも熟せるようであるが、移動の際は大抵、持ち運びしやすい横笛と小型のハープを持ち運びしている。

今も巨人のような髭面の大男が奏でているとは思えない、染み入る様に優しい音色が流れている。

きっと心根の優しさが表れるのであろう。

穏やかな天気も相まって、まったりと優雅な午後であった。

時折吹き抜ける風と共に、心洗われるかのような澄んだ音色が溶けあい、混ざり合って流れて行く。

屋根を伝ってやって来た近所の猫が窓辺に陣取り、丸まってうたた寝をしており、近くの木の枝には小鳥たちが集って身体を揺らしている。

いつもはうるさいラドリも、この時ばかりはセルヴェスの逞しい肩にとまって聞き入っているようだ。

扉をノックする音にガイが暗器をメンテナンスする手を止めて扉を開けると、供もつけずにアーネストが大きな包みを持って立っていた。

「……アゼンダ辺境伯が演奏していらしたんですね」

部屋に招き入れられ、窓辺を見てびっくりしたように金の瞳を丸くした。

行きの船では、マグノリアに構って貰ったり海賊とたわむれたり、クラーケンに穴を開けたりと忙しくて、楽器の演奏どころではなかったのである。

すぐに気を取り直し、微笑みながら三人に頭を下げた。

セルヴェスが演奏を止めようとするので、どうぞそのままとアーネストが声を出さずに呟き、手で続きを促す。

「お寛ぎのところ申し訳ありません。今日は一日こちらにいらっしゃるとの事でしたので伺わせていただきました」

自分達の手前講演会を断れなかったのではないかと、アーネストは随分気にしており何度も構わないので断るかと確認してくれた。

確かにイグニスとマホロバの国交正常化の話し合いで来ているので、両国の関係をなるべく良い印象にという事もあるが……まぁ、聞き入れてもらえるかはさて置き、現代人なら誰でも知っている様な、明らかに間違った……下手したら命にも関わるような医学の訂正位はしても差し支えないかと思い、受けたのである。

小さい子どもの話を聞きたい人がいるのかは疑問ですがとマグノリアが肩を上げると、クスクスと笑っていた。

「それは、間違いなく大勢いらっしゃいますよ。大丈夫です」

そう言うと慈愛に満ちた表情で大きく頷いたのである。

ガイが手慣れた仕草でお茶を淹れると、静かにカップを滑らせる。

執事の真似事も出来る暗殺者は、ニヤニヤしているのが難点であるが。

「もし明日のお衣装が決まっていないようでしたら、こちらをお召しいただければと思いまして」

そう言って差し出された包みは、マホロバ国の民族衣装であった。

白い柔らかなシャツには一見目立たないが白と銀糸で緻密な刺繍が散りばめられている。合わせるのは淡いブルーグレーのベスト。ベストよりも濃い青色のロングスカートは縦縞模様が印象的なのだが、良く見れば丁寧にひとつひとつ小花が刺繍され、それが縞模様を作っていた。

スカートの上につける長いエプロンには華やかなレースが。

仕上げに結ぶ長い腰帯はマグノリアの髪と瞳の色で作られていて、大変豪華な織りがため息を誘うようであった。帯の端はフリンジになっている。織りとフリンジの境目に、小さなピンク色の石が横一列に飾りとして縫いつけられていた。

――見事のひと言である。

「きっと他国のお嬢様が自国の衣装を着て下さったら、皆様お喜びになるかと思いますので。マホロバ国への旅の記念に、どうぞお納め下さい」

一見シンプルでカジュアルな造りに見えるが、とんでもなく手間暇かけて作られている布を使用されているのは明らかだ。

下世話ではあるが、これは途轍もなくお高い……!

マグノリアが困ったような表情をしていると、アーネストも困ったように微笑んだ。

「図らずも今回、ご一緒出来ましてとても楽しく過ごさせていただきました。その、ほんのお礼と思って頂ければ……」

……ほんの、の範疇を超えていそうなのだが。

心の声を察したらしいガイが、訳知り顔で頷く。

「護衛の身で差し出がましいですが。ここはひとつ、男性の顔を立てて有難く笑顔で受け取るのが『イケてるご令嬢』の姿っすよ? ……なに、相手は身分ある成人男性なんっすから、ちびっこが心配しなくても大丈夫っす!」

そう言ってサムズアップする。

何を言っているのかとジト目で調子のよいガイを見た。

だが、非常に受け取り難くはあるが、萎れた大型犬よろしくこちらを窺っている王子様を見てしまえば、確かに受け取らない訳にはいかないであろう。

……きっとマホロバ国に来てすぐに手配をして、急いで仕上げて貰ったものに違いない。

「……ありがとうございます。明日、着させていただきます」

「はい」

遠慮がちにお礼を言うと、アーネストはホッとしたような、本当にうれしそうな笑顔を浮かべた。

そしてさらに翌日。

部屋に押し掛けて来たコレットが、遠慮するマグノリアの寝巻を有無を言わさずひん剥いては、マホロバ国の民族衣装を着付けてくれた。ドレスに比べれば全然着易いのでひとりでも出来ると断ったのだが、腰帯の綺麗な結び方やらを北部で伝授されて来たらしい。

子どもらしい愛らしさを出す為か、アンダースカートに加え膨らんだペチコートを穿かされて、本来よりもふんわりとした印象に仕上がった。

コレットはえらく満足気に頷いている。

多分、自分の娘が着た姿を連想しているのであろう。確か娘ちゃんは八歳になった筈だ。

コレットの義弟であり、娘ちゃんの叔父であるキャンベル商会のサイモンによれば、二番目の子どもである娘ちゃんはなかなか辛辣な批評家であるとの事だ。

きっとコレットに似た才女であるに違いない。

マグノリア達を乗せた馬車が忙しく王城に着くと、数名の担当者に混じりアーネストが立っていた。

「大変お可愛らしいですね!」

そう言いながらニコニコと満足気に微笑まれ、何ともむず痒い気分になる。

そして、ふわりと後ろ手に持っていた生花の冠を頭に乗せられた。甘い花の香りが、優しくマグノリアを包むように香る。

「この時期は花冠を被るそうですよ? ……まるで花の妖精ですね。良くお似合いです」

周囲から色々な意味でため息がもれる。

周りにいた担当者によれば、わざわざ許可を貰いアーネスト本人が王城の温室で花を摘み、更には手ずから編んでくれたのだそうだ。

(この男、やるな……!)

一見穏やかな好青年なのに、ひとつひとつが絵に描いた様な王子様である。

余りの見事な王子様ぶりに、マグノリアは戦慄しセルヴェスは瞳を瞬かせ、コレットとガイはニヤニヤしていた。

大体、本当の王子様は自ら出迎えもしないし、花も摘まなければ、花冠を作るなんてことはしないのである。

マグノリアは丁寧に礼を言いつつ、そそくさと会場の下見をする事にした。

そして会場を見て再び戦慄し、遠い目をする。

お陰様でやり場の無いむず痒い気分は、瞬時に何処かへ飛んで行った。

(……えっと、ここはどこかな?)

――ギルド長の知人の医師とその知人。後は商人が少々とか言っていなかったか?

狭い会議室のような場所で話をするのかと思っていたが、高い天井と光るすべすべの大理石の床は、思っても見ない程に広い。

「ははは。余りに希望者が多くてね。議会が行われる大会議室にしたんだが、それでも立ち見が出る程なんだよ」

声の方向を振り返ると、ガイの持って来た絵姿の男が、自身の子どもである王子ふたりと王女を引き連れて立っていた。王太子だ。

そこに居合わせたマホロバ国の全員が慌てて礼を取る。

マグノリア達もそれに合わせて礼を取った。

「ああ、楽にしてくれて構わない。噂の悪魔将軍にお会いできて光栄だ。そして、マグノリア嬢。ギルド長が無理を言ったようで済まなかったね」

「いえ、とんでもございません」

後ろに立っているふたりの王子が顔を赤らめてマグノリアを見ている。

特に弟王子はびっくりしたような表情の後、傍目からも手に取るように解る程、みるみる顔を赤くした。

「忙しいだろうから、挨拶は講演会が終わった後にさせて頂こう。健闘を祈っているよ」

実に堂々とした様子でそう告げると、子ども達を引き連れて部屋を出て行く。

小さな王子達も、何度か後ろを振り返りながら部屋を出て行った。

マグノリアは見送りの姿勢を直して、再び目の前の二百は下らない椅子を見る。

――立ち見? どういう事??