作品タイトル不明
それぞれに思う事
マグノリアが欲していた『おこめ』は、麦とは全然違うものであった。
何より甘味が強く、香りも良い。
クセ自体は少ないので、栽培する事が可能であるのならば、今後は主食のひとつになりうるであろう。
話を聞けば、ポリッジの様にしてスープに入れて煮込んでも美味しいらしいし、ブイヤベースやアクアパッツァのようなスープや具と共に炊いても美味しいそうだ。
……まるですべてを知っているような話であったが、取って付けたように全てに『多分』がついていた。
アーネストは、どこか危ういマグノリアを心配そうに見遣る。
「これを今まで放置していたなんて……」
ギルド長は何とも言えない表情でおにぎりとマグノリアを見る。
マグノリアとしても、是非ともお米が有効活用されて欲しいと思う。この世界に新しく発見された穀物。
雑草扱いで、これを知る一部の人間だけがタダで利用できるというのも、自分の損得を考えれば非常に魅力的ではあるのだが。だがそれよりも広く沢山の人に食されて、お米……いや、弾け麦が無駄なく活かされる方がずっと良い。
もしかしたら、食糧難に喘ぐ人の役に立つ事もあるかもしれない。
山という場所柄、天然の腐葉土などで土の状態が良いのかもしれないが、定期的に手入れがなされている訳でもないだろう……もしかしたら比較的簡単に、他の地域でも栽培出来る可能性もある。
新しい産業と雇用が生まれるかもしれない。
少しでも多くの人が、人間的な生活が送れるようになるべきなのだ。
「……ギルモア様は御婚姻について決まっておられるのでしょうか」
侍従が何を言い出すのか解り、アーネストが珍しく厳しい声を出す。
「止めなさい!」
「しかし……」
アーネストと侍従が厳しい顔を突き合わせる中で、セルヴェスとマグノリアが顔を見合わせた。
――取り敢えず『第三の男』は、現状、自らマグノリアを娶ろうとは思っていないらしい。
「男爵の身で申し上げるのは浅慮が過ぎますが……マグノリア様はお国を担うのには向いていらっしゃいませんわよ?」
コレットへ全員の目が向く。
ついでにマグノリアは、そうそう。などと思いながら続きを見守る。
「マグノリア様は一応やろうと思えばきちんと取り繕えますが……先程もご覧の通り、一般的なご令嬢の枠からかなりはみ出しておられますの。ご本人も理解していらして、自国の国母になる事をお断りになりましたのよ」
ね? とマグノリアに向かって首を傾げる。
ハイ。大筋は左様でございます。
国母とかいう、恐ろし気な先の先にまでは話が行っておりませんでしたが。まあ、王妃の言う通り王太子妃の座につけば、行く行くはそうなるのだろうが……
……なぜかマグノリアだけでなくセルヴェスも頷いている。
自分で言うのは良いのだけど、人に言われると妙に気に障るが……本当の事なので仕方がないであろう。甘んじて受けておく。
「それに、様々な知識と発想を持って物事を発展させる事の出来るお方ですのよ。王宮に収まっても息苦しい上に、能力を活かせませんわ」
侍従はきつい顔でコレットを見る。
「……イグニスでは不足と申されるか!」
「違いますわよ。アスカルド王国でも同じですわ」
さっきの話を聞いておりまして? そう付け加えられ、侍従は押し黙った。
「国を統べるのであれば、言うまでもなく考えるのは自国の利ですわね? 彼女が今まで行って来た事々をお考えになって?」
侍従は唇を硬く引き結ぶ。
ギルド長はギルド長で何かを考えるように眉間に力を込めた。
今回マホロバ国では、アスカルド王国の同行者を連れて来るというアーネストの申し出を受け、急いでセルヴェスとマグノリア、そしてコレットの事を調べたのである。
もてなす為に粗相が無いようにであるが、同じ位入国させるに危険でないかを判定する為でもあった。
……全員有名人であった為、調べるのは容易であった。
特にマグノリア・ギルモアに関しては、近年、海に関りがある国では知らないものはいないであろう。
「国の頂点ともなれば、もっと大きなことが出来るとはお思いにならないのか?」
尚も言い募る侍従に、コレットは冷たい視線を投げた。
「……そういう事もあるかもしれませんが、彼女に関しては当てはまりませんわねぇ。国が関与していれば……例えば航海病に関する事ならば、あんなに安価で急速に多くの人々には行き渡らなかったでしょう。政治的なあれこれや、利権などが優先されるからですわ」
もっと国が有利に動くように、価格は吊り上げられただろうし、提供先も絞られた事だろう。
彼女は目の前の者を助ける。ただそれは自分の国の人間に留まらない。
彼女の行いは自分の手に届く範囲のもの。だがそれは様々な境界に縛られずに考えられている。
――困っている人間に、必要ななるべく多くの人に。
国と国ではないからこそ、何より私利私欲に走らない、純粋な行動だったからこそ。
受け手も伝え手も国や垣根を越えて伝播されたのだ。
コレットは、彼女の代名詞でもある鉄扇をひろげると意味あり気に微笑んだ。
「……これ以上は私のような矮小な身で、殿方にお話しするまでもございませんわね? こんなに急速に拡げて下さったイグニス国の事もシャンメリー商会の事も、マグノリア様は大変感謝していらっしゃいますのよ」
侍従はちらりとマグノリアを見る。
慣れているので別にと言わんばかりに、小さく首を傾けた。
見た目はあどけない少女でしかないというのに。
(……本当に、勿体ない事だ。是非とも殿下と並んで欲しいものだが……)
侍従は小さく拳を握り、頭を下げる。
「……余計な事を申しました。申し訳ない」
「身内がお気に障る様な事を言いまして、本当にすみません」
侍従と共に、アーネストも頭を下げた。
本来は立場上頭は下げないだろうに、必要であれば部下の為に頭を下げられる人間なのだ。
彼が立太子するのなら、きっと先は名君となったであろうに。
彼の立場を知る者――その場の全員がそう思った。
「……では、もしお嬢様がこの『弾け麦』を活用するとしたら、どうされますか?」
ギルド長は今までよりも真剣に、面白そうに……そして試すようにマグノリアに訊ねる。
「…………。そうですね。もしマホロバ国内に生活苦の方がいらっしゃったとしたら、その方々を救済するような方向で使えないか考えます」
回答が想像とは違ったのだろう。不思議そうにオウム返しされた。
「救済?」
「はい。生活苦の方々の規模や状況にも因るのですが。『弾け麦』は元々雑草であった訳ですから、あって無いようなものな訳ですよね? ですので例えば炊き出しに使う、働き口がない人々の雇用を作る事に役立てる、特定の地域が貧しいようなら、そこで沢山栽培するようにします。食料用でも良いでしょうし、先程の雇用を作るでも良いでしょうし」
マグノリアの話を聞いて、ギルド長が確認するように訊ねる。
「輸出したり、国内販売はしないのですか?」
「しますよ。ですが、まずは国内の必要としている人々への対応が先かと思います。国や一部の人が利益を得る事を優先するより、全体がある一定の水準に至れるようにしていただきたいです。
その方が、結果的には国にとっても利になりますでしょうし。輸出などはそこがある程度になってからの話ですよ。可能なら並行して行うのが良いのでしょうが、まずは弱い立場の人々の生活をある程度補強してからですね」
マホロバ国の実情を詳しくは解らないものの、全員が裕福で充分な国なんて存在しないだろう。
「……その者達が、ある程度自分達の責任の上で生活を立て直すのが本来なのでは?」
「まぁ、その意見も解りますし、実際自業自得の人もいるのですが……でも、そうこちらが思い込んでいるだけで、やむを得ない事情の方も結構いる訳ですよ。
後は、もう努力だけではどうにも出来ない時もある。努力する余力がない時もあるし、やりたくても出来ない状況な場合もあると思います」
かつてのアゼンダのスラム街の人々のように。
そういう時には正論でどうこういうよりも、ある程度政治が介入してしまった方が早いし建設的だ。責任がどうとか言っている状況が既に過ぎている場合、それよりもその人たちが自立出来る、努力を出来る土台を作って動ける状態にした方が、結局は双方の為になるのだと思うのだが。
「問題と言っても色々あるでしょうしね……病気やケガ・災害はもちろん、若い人間の都市部への流出。農作物が上手く実らないのも気候だけでなく土壌の状態や性質によっても違うでしょうし」
過疎化はどの時代も問題になる話だ。
また、科学を始め未だ不明な事が多い世界なのだから、非効率どころか見当違いな事をしている可能性もある。
「……それを考えるのが、それが為政者なのでは? 私から見ればお嬢様は向いていらっしゃると思いますが」
「国を預かる方々の苦労もあるとは思いますが、考えるのが国単位になると綺麗事や当たり前が通らない事もある。大きな事を成す為に、小さなものを犠牲にしたり踏み台にする事も出て来る。理屈で解っていても、私、多分そちらに目が向いてしまうので……なので大規模な範囲の為政者には向かないのです」
あと、是非とも弾け麦を刈りつくさないように残して欲しい。商売に利用するのならば、種の保存を念頭に置いて行動して欲しいと思う。
保護を考えずどんどん私利私欲に走って、無くなってしまったものは非常に多い。無くなってから取り戻すのは非常に難しいのだ。
そう付け加えると、ギルド長は少しの間考えてから頷いた。
「……なるほど。今の生活をお守りになりたいのなら、お嬢様は余りご自分の知る情報を漏らさない方が良いですね。……弾け麦は向こう数年、自国の為に使いましょう。ですが新しい穀物を見つけて下さったお礼に、アゼンダ商会には内緒で卸しましょう」
今までの様子とは別人のような、面白そうな表情でギルド長は言った。
マグノリアが子どもらしくない表情でギルド長を見遣る。
「……そのような事を勝手に決めてしまって良いのですか?」
「なに、お役人は雑草の事など解りませんので大丈夫ですよ」
そうなのだろうか? 仮にそうだとして、一応関係各所に報告の義務がありそうだが……
「一週間後の講演会も楽しみですね。せっかくの機会なので、遠くに住まう医師にも声掛けしましたので」
「……えっ!?」
帰る前日に医師や商人の前で話をして欲しいと言われたが……『知人に』じゃなかったのか? 『知人の知人』にまで広がっている?
怪訝そうな顔をするマグノリアだったが、同時に気付かれないようにセルヴェスとコレットに視線を向けた。
******
『おーい、クロード~♪』
ラドリだ。
今回、陽の高い内にやって来るのは珍しい。
『あ、ディーンもいるんだね。おひさ~!』
「ラドリ。久し振りだね」
アゼンダへ帰領後、マグノリアの代わりに商会や学校の雑務を熟しているディーンとリリーが報告の為に執務室にいるのを見つけて、楽しそうに執務室の中をくるりと一周した。
「ラドリ、マグノリア様はどう?」
「うん。今日、『おこめ』をみつけたよう!」
リリーの問いかけにラドリが答える。
「マホロバ国にあったのか……」
「良かったですね」
遂にと言って良いだろう。
『おこめ』を見つけたマグノリアは、さぞ興奮をしたのだろうなと、クロードとセバスチャンが遠い目をした。
「もう食べたの?」
『うん♪ 甘くてモチモチして美味しかったぁ☆』
「へぇ~」
ディーンは、ちょっと羨ましそうに小さな鳩胸を張るラドリを見る。
『こんなやつだよう!』
そう言うが早いか、例の小さなポシェットを開けると、弾け麦を取り出そうとする。
そしてご多聞にもれず、小さな手羽先で支えることは不可能なので、ポロリと落ちそうになるが。
「……うおっと!」
慌てて手を伸ばしたディーンが、見事キャッチした。
全員がホッとしながら、ディーンの手の中を注視する。
「……随分大きいのだな?」
「切って使うのでしょうか?」
「形は麦っぽいですね?」
「……なんか音がしますね。中に小さなものが複数入っているみたいです」
今までの行動から、一瞬警戒して『おこめ』こと弾け麦を見る。そして三者三様にそれぞれ感想を言うと、最後に弾け麦を手にしていたディーンが自らの耳元でそれを軽く振った。
『中身を炊いて食べるんだよ! おにぎりだよう!』
そう言いながら弾け麦の上に降り立ち、両羽を大きく広げて身振り手振りした。
「炊く……マグノリアに聞かないと解らんな」
いつもの断片的なラドリの話に、クロードが小さくため息をついた。他の三人も苦笑いをして頷く。
『あ、マグノリアが呼んでる~。また来るねぇ』
念話をキャッチしたのか、そう言いながら不器用に飛び上がる。
羽が小さい為か、いつになってもたどたどしく飛び立つ様子が可笑しくもあり可愛らしくもある。
『それ、『弾け麦』って言うんだよ! 叩くと皮が割れて中身が出るよう』
言いながら執務室を一周してあっという間に飛んで行く。
『じゃーねえ、バイバーイ☆』
四人は相変わらず自由なラドリを苦笑いで見送った。
「叩くと皮が割れるって、珍しいですね」
「硬いんでしょうか?」
良く見せる為にクロードの座る執務机に近づいていたディーン。そして良く見る為に近づいていたセバスチャンとリリー。
拳で叩こうとするディーンをクロードが止める。
「待て……!」
ぽん!
不用意に叩くな、という言葉は残念ながら続かなかった。
十代の男の子の力は結構強い。呼びかけに答えようと自らの腕に力を込めたが……勢いを止められずになかなかな力で叩かれた『弾け麦』は、その名の通り盛大に飛び散った。
「……イ、イデデデデデッ!?」
「きゃっ!?」
「…………」
小さな破裂音と共に、結構な勢いで中身の種―― 異世界米(おこめ) ? が飛び散る。
その場にいた四人は全員、弾け飛んだ中身に塗れていた。
「…………」
「……すみません……」
心底申し訳なさそうなディーンの声が絞り出される。
「失礼致します! どうされ……ましたか?」
破裂音と共にリリーの悲鳴とディーンの慌てた声を聞き、緊急事態かと、焦って勢いよく扉を開けた不憫護衛騎士は、小さな粒々を身体中にくっつけた四人を見て首を傾げた。