作品タイトル不明
ディーンの憂鬱
「えっ、マグノリアが外国に行っているんですか!?」
約一年ぶりの帰領。
辺境伯家の馬車に同乗して領主館に向かう途中、クロードにマグノリアの不在を聞いたディーンは驚きの声をあげた。
「長い事大陸の国々と交流が無かった国があるのだが、イグニス国で国交を復活する動きをとっている。その国……マホロバ国というのだが、そこにずっと欲しがっていた『おこめ』があるかもしれないという話になり、確認しに行ったのだ」
呆然としつつも、おこめ、とディーンが呟く。
マグノリアが、謎の『おこめ』にかける情熱は凄い。本当にずっと、長い事探していたのだ。それがあるかもしれないと言われれば、マグノリアの事、ふたつ返事で行ってしまうのも解る気はする。
更に、彼女の場合はただの思い付きや気まぐれという枠には収まらず、領地や領民の為に還元される事が大半である。なので、彼女の行動はある程度優先されて然るべきなのだ。
(……そうか、だから今回はヴァイオレットも王子一行に同行しなかったのか)
それでも王都にいる事は一緒な筈なのに、出掛ける事を自分は知らされていなかったのだと思い、地味に落ち込む。
(万一、アーノルド王子に知られることを避けたんだと思うけど)
「……未だ王家から呼び出しの手紙が来る為、出来る限り王族と距離を置きたいとマグノリアは思っている。正式に決まったのが急だった事と、学院内では気をつけていても漏洩する可能性があるので、伝えられず済まなかったとマグノリアが言っていた」
気遣わし気にクロードが告げる。
変な対応やらゴリ押しやらで、王家と距離を置きたがっているマグノリアを知っているので……学院内にずっといるに等しいディーンに込み入った事を連絡し難いというマグノリアの言い分も、長年一緒に過ごしたディーンにも良く解る。
王子への心証を良くしたいが為に、思ってもみないような事をする人がいるのも確かで。
うっかり手紙を落としたり、ラドリが伝えに来て話しているところを聞かれ、そうしたら……なんて可能性も、無きにしも非ずだ。
穿ち過ぎだと思う反面、しつこく絡まれる身……絡んでる本人はそう思っていないかもしれないけど……としては、必要以上に慎重になってしまうのも理解出来てしまう。
何だかんだと、希望すれば叶えられない事は無いと思っているだろうアーノルド王子を見ていれば、知ったが最後、自分も連れて行けと言いかねないのだ。
ディーンとしては頷く以外無い。
「……はい」
久々に会えると思っていた想い人がいないのは、酷く空虚なのだなと思った。
昨年の事もあってか、今年の同行者は護衛騎士であるブライアンと、幼馴染であり小姓の様な立場のルイ、そしてガーディニアだけであった。王子を加えた四人の従者を入れても、昨年の半分以下である。
人数が少ない為側近の代わりに同行するように言われたが、どうしたものかと思う。
自分はマグノリアの従僕だ、と思うが、肝心の主人が外出中で、従者としての仕事がある訳ではない。
クロードやセバスチャンに相談すれば、休暇中なのだから嫌ならそうこうする必要はないと言ってくれるだろうが、どうしたものか。
(……あまり王子の希望ばかり聞いていても、王子の従者になったみたいだ。頃合いが難しいな……)
何だか要らぬことに気を使っているようで、どうも据わりが悪い。
「夏季休暇中だ。気にせずゆっくり休めばいい。家族も久々に一緒に過ごしたいであろう。
……言い訳が必要なら外出しているマグノリアに頼まれた仕事があると言っておけば良いし、同級生なのだ、普通に交流したかったら気にせず彼らと一緒に過ごすのも悪くないだろう」
困ったような顔をしていたのだろう。
見るに見兼ねたクロードが助け舟を出してくれた。
「……ありがとうございます。数日家にて休養いたします。お手伝いできることがございましたら遠慮なくお声がけ下さい」
何とか絞り出すと、頷くクロードを確認し、馬車を降りたのであった。
「ゴロゴロしているんなら薪割りでもしてきな!」
翌日は一日ふて寝をしていた。
数日休養を取ると、領主家の方で王子に伝言してくれたと祖母が言っていた。
ディーンの祖母であるプラムは、辺境伯家で侍女頭をしている。
ゴロゴロしては辛気臭い顔をしているディーンを見て、一喝すると、ポイッと庭に放り投げられた。
仕方なく、素直に薪を割る。
マホロバ国という聞いた事のない国に、イグニス国のアーネストと一緒に出掛けているらしい(あと、セルヴェスとガイ、コレットもだが)。
アーネストは平民出の男爵家の振りをしているが、絶対にちゃんとした、それも高位の貴族だと思う。
以前もマグノリアが欲しがっていた綿花を、山ほど――比喩ではなく本当に、領主館の応接室が埋もれる位送って来た事があった。
今回も彼女が欲しがっていたものを、彼が齎すのかと思うと重い気分になる。
一番は彼女が計画していた『航海病の治療と予防』に対しての、これ以上ないバックアップであろう。商会のネットワークと機動力を以てして、実に短期間で商品と情報とを伝播したのだ。
更には物腰、きちんとした時の話し方、表情。
アーネストのそれらは、ユリウス皇子や貴公子として対応する場合のクロードと符合する。
(……それに、やはり美形だ。何でマグノリアの周りは美形の男ばかり集まって来るんだろう……)
自分なんかはどんなに頑張ったとしたって彼女の相手になり得ないと承知しつつも、やはり心は波立つ訳で。
「こんな事ウジウジ考えている方がカッコ悪いや」
考えを振り切るように首を振ると、集中して薪割りに精を出す事にした。
「ディーン君」
庭先で、薪割りで疲れた身体を休ませていると、良く知った声がディーンを呼んだ。
リリーだ。
庭の木の間から、ひょっこりと顔をのぞかせている。
「お久し振りです、リリーさん」
「久し振りだねぇ! 一年見ない間に、すっごく大きくなったね」
昨年同じ位だった身長だったが、今は軽く見下ろす位になった。
マグノリアと一緒にアゼンダへ移動して来たリリーは、年の離れた姉のような存在だ。
「マグノリア様が何も言わずに出掛けちゃってるから、落ち込んでるんじゃないかと思って」
悪戯っぽく笑うリリーに、照れたように頷いた。
「正解です」
「やっぱりねぇ」
クスクスと笑って庭に入って来る。
「一緒にお菓子食べようよ!」
マグノリアもリリーも、ディーンの機嫌を直すのにはお菓子が一番だと思っている臭い。
ディーンは苦笑いして座っていた大きな切り株をリリーに譲ると、自身は芝生の上に座り込んだ。
「これ、マグノリア様と初めて一緒に焼いたチーズケーキ。ディーン君、好きでしょう?」
そう言うと切り分けられた包みを手渡してくれる。
ディーンは礼を言って受け取ると、懐かしい香りに青と墨色の瞳を細めた。
「西部に突進していったのが、もう八年も前なんだね」
航海病の治療に行った時の事を思い出しているのだろう。
リリーは自分でも包みを開くと、中から見慣れたチーズケーキを取り出してぱくりと食べた。
「西部駐屯部隊で延々とキャベツの千切りをしたの、今でも覚えてる」
「俺も、大量のキャベツを塩もみしたのを覚えてますよ」
ふたりは声を上げて笑った。
「マグノリア様って、どんな時もへこたれないんだよね」
「いつも真っ直ぐですね」
「うん。本当は落ち込んだりめげたりもするんだろうけどね。
だから、その時その時の状況や環境で、自分に出来る事は違ったり限られていたりすると思うけど、出来る範囲の事をしようと思うの。あと、本当にマグノリア様がピンチの時は、私、何をおいても手伝いに行くつもり」
リリーの曇りない瞳をみて問う。
「旦那さんを置いても?」
「うん。本当にそれが必要なら、置いても行く。それに、彼もギルモアの騎士だから、その場合は連れて行くかも?」
マグノリアに振り回され気味なリリーの夫を思い出して、確かに、とディーンは笑った。
「…………。今、必要な事って何ですかね」
「うーん……」
ディーンの問いかけにリリーは首を傾げた。
「基本、穴が無いようにして出掛けるのがマグノリア様だからねぇ。取り敢えず商会や学校の事で手伝える事をしているかなぁ」
「商会はともかく、学校は今、忙しそうですもんね」
準備に佳境を迎えていると言っても良いだろう。
「うん。フォーレ先生もお年だし、無理ない範囲でお手伝いをしに行ってるよ」
「なるほど。俺も明日からお手伝いに行こうかな……?」
リリーは頷く。
「じゃあ一緒に行こう! あ、でも殿下のお相手は大丈夫なの?」
「そうですね……でも、側近じゃないですし、関わらない方がアゼンダにも来なくなるかもしれないし……」
アーノルドには多分、はっきり言い過ぎる程言わないと解って貰えないだろう。
領地では領主家の仕事をし、領主家から提案されない限りは王子と関わらない方が良いのかもしれないと思う。
まさか友人と言う訳ではないのだし、気を使ってどっちつかずになるよりも、少しずつはっきり解るように距離をおいた方が良いのではないだろうか。
「そっか。ディーン君がお友達として殿下と仲良くしたい訳じゃ無いなら、その方がいいかもね」
リリーは一歩一歩、ディーンが自分で考えられるようにヒントやきっかけを提供出来たら良いと思っている。
年の離れた同僚が、少しでも悔いのない様な選択が出来るように。
(……どんな結果を選択しても、後悔や悔いが無くなる事は無いんだろうけど……)
そんな気持ちを知ってか知らずか、ディーンは小さい頃から変わらない微笑みをリリーに向けた。