軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鳥たちの伝言

「この音は何ですか!」

「……魚が追い立てられて陸に打ちあがるんだろう」

小姓よろしく付き従う甥っ子の声が大きいのはもはや諦めの境地で、ユーゴはため息をつきながら海の方をみつめた。

夏の強い日差しが穏やかな海面にキラキラと反射しているのを見て、一体どんな魚なのだろうかと現実逃避していた。

見た目は優しいが中身は辛辣なイーサンが、ニヤニヤしながらユーゴと甥っ子を交互に見ている。

領地から半分ほど走って来たに等しいデュカス青年は、とんだボロを纏ってやって来た。大きく動かした為か遊びの少ない貴族の洋服は裂け、流れ出る汗で色落ちし、野犬と戦って更に破れ、時には崖を転がって穴が開き。着の身着のままで必要以上に劣化したらしかった。

野犬は怖いし、今回は遭遇しなかった山賊も怖いだろう。確かに危険がつきものではあるが。普通に移動していて何故崖から転がるのか?

……旅というのは、普通そんなにハードなのだろうか?

ユーゴが迎えに行って良かったのだと思う。

もし要塞の門の前にあの格好で『ユーゴ・デュカスの甥である』と立たれても、門前払いになってしまった事だろう。

――寮長になったら稽古をつけてやるという約束を叶えに、わざわざ国の端の先にまでやって来た甥っ子を追い返すのも忍びなく……約束通り暫く、仕事の合間に稽古をつける事にしたのだった。

以前は領都に小さな家を持っていたが、不要とばかりに処分してしまった。

部隊長でありながら要塞に住んでいる為、デュカス青年の宿泊先もまた要塞のユーゴの部屋である。

なので休暇の課題が終わると、いそいそと隊の訓練に参加をしたり掃除をしたりと、つかの間の騎士団生活をエンジョイしているデュカス青年なのであった。

(ったく、来るなら先に知らせておいてくれれば良いのに……)

そうしたら、間違いなく断ってはいるのだが。

なぜかと言えば、今年の夏はどう言う訳か王子とその側近、そして未来の王太子妃までアゼンダにやって来ているから。

厄介事を避ける為か面倒だからか、我が領の元気過ぎるお姫様が極力関わらないでいてくれるのは有難い。関わったら最後、より大きな事件が起きるに決まっているからだ。

その代わりにヴィクターがお守りを押し付けられているが、あいつはあいつで面倒見がいいヤツだから、少なくとも辺境伯家の人間が関わるよりはだいぶマシであろうと思うユーゴであった。

(……選りに選って、今日は王子達がクルースに来ているんじゃなかったか)

何もなければ良いがと思う側から、その願いは思った瞬時に破られる事になった。

訓練の後は交代制で国境警備に立つ者、各詰所へ向かう者、休憩の者と様々である。

それらがひと段落し、まったりと食堂で休憩する騎士達の間を、薬品の知識がある救護班の人間が中心になって結成された検査要員が、浜辺に今日の魚の調査に行こうとしていた時であった。

急に鐘の音が変わり、甲高い耳障りな音になる。その場にいた騎士の表情が一瞬固まった。

全員がユーゴを仰ぎ見る。

「……全員簡易鎧にて武装! 正門前、揃い次第迅速に出撃する!」

「はっ!」

気合の入った返事にビリビリと空気が震える。

全員が素早く動き出し、装備を身につける為走り出す。

「どう言う事だ?」

少し前に鳴り出した警鐘の音は『魚影発見』の音であった。多分、魚の群れか大物の姿が見えたかしたのであろう。

ユーゴは考えのままに執務室に向かう。

魚影を確認する為に望遠鏡を覗いていたイーサンが、金茶の髪を風に靡かせながらユーゴに合流する。

気迫に圧倒されていたデュカス青年であるが、取り敢えず叔父の後を追う事にした。

「何か見えたか?」

「……遠いので良くは見えないが、銀色の魚の群れの様で、反射して光っていたので 空(くう) を飛んでいるのだと思う」

イーサンの言葉に、ユーゴは廊下を早足で進みながら思案していた。

空を飛ぶように跳ねる魚は複数いる……しかし、それで警鐘を鳴らすか?

「敵襲では流石に無いだろうから、魔獣か何かか?」

「森ならともかく、海に?」

聞いた事が無い。

同じように思ったのだろう、イーサンが疑問を呈して来る。

元々魔獣は魔力が多い場所に生息しており、この大陸にはモンテリオーナ聖国にいるのみだ。海もかの国と繋がっている為、海の魔獣がいてもおかしくないものだが、何故か今まで発生した記憶も記録も無い筈だ。

執務室で胸当てや手甲など、各所を守る簡易鎧を装着し腰に佩いた長剣を確認する。

「俺も連れて行ってください!」

「危ないぞ、遊びじゃない」

「解っています! 前へは絶対出ません! 領民の方などの安全確認のお手伝いを!」

本来なら許されない事だが、甥っ子は約束を 違(たが) える奴ではない。

第一やたらと行動力はあるのだ。置いて行って抜け出されて勝手な事をされても困る。

……状況の把握や領民の安全と共に、王子の安全確認もしなくてはならないのだ。

「……解った。今の言葉違えるな。聞けねば落とす」

――本気だ。落とすってどうやって?

何かやらかしたら、手間も時間も面倒だから、気絶させて連れ帰ると言う事だ。

言葉少なな叔父の言葉に、武者震いをしながら頷いた。

残ればいいのにと思いながらため息をついて、イーサンはデュカス青年に予備の簡易鎧を手渡した。

丁度正門に整列した頃、知らせの早馬が到着した。

正体不明の大型の魚が、集団で浜辺に向かって来ている事が知らされた。

「鮫か?」

「いえ、細長いように見えましたので、鮫では無いかと思います」

「現状は?」

頷いて続きを促す。

「武装指示はギルド長の要請です。王子御一行は近衛隊が護衛し無事、騎士団は領民の安全確保に動いております」

「解った」

「魚と言う事で、陸地では動きも制限されるだろうと思う。ただ鮫の様に危険な魚である事も考えられるので、充分気をつけるように! 海岸の右側、中央、左側の三隊に分れる!」

「はっ!」

ヴィクターがわざわざ武装させると言う事は、危険な可能性があると言う事だ。

緊張感のある声が、西部の空の下に響いた。

*****

『ん?』

「どうしたんすか、ラドリさん」

ガイにしか解らない程の小さい声を発すると、ぱたた、と白いモコモコは窓辺に飛んで行く。

数名の先生方が、興味深そうに毛玉の様子を目で追っていた。

見れば窓の外にはオレンジ色が目に鮮やかなこまどりが首を傾げており、ラドリがぴちゅ、と鳴くと、カラカラとこまどりが答えるように囀る。

伝え終わったからなのか、こまどりは左右に一度ずつ首を傾げると、小さく頭を下げて飛び立っていった。

ラドリが黒いつぶらな瞳でマグノリアを見ると、マグノリアの頭の中に声が響く。

念話だ。

『カモメからの伝言で、クルースに向かって危険な魚が移動しているらしい。ディーンやヴァイオレットを助けに行かなきゃ』

『え!? 危険な魚って何っ!?』

思っても見ない言葉に、マグノリアの顔色が変わる。

『良く解らないらしいけど、尖った長い魚らしいよ』

『…………』

――尖った長い魚で危険?

(カジキマグロ? それともダツみたいなやつ?)

『カジキマグロ』は 吻(ふん) と呼ばれる長い上あごを持つ、地球では有名な魚だ。

何百キロもある巨体もいて、身体自体は長いという感じはしないが、当然刺さったらひとたまりもないだろう。

更にはかの世界に『ダツ』という、サヨリに似た魚で口が凶悪な位長くてギザギザで、時速六十キロ位で飛んで来ては、スクリューの様に回転しながら突き刺さる危険な魚もいた筈だ。

でも、それなら充分に距離を取れば……確か二、三メートル位の飛距離だった筈。

他にも尖った危険な魚はいただろうか――?

『それ地球規模でしょ』

『え、違うの!?』

顔色を悪くして黙り込んだマグノリアを、全員が見つめている。

(確かに、地球と限りなく似ているとはいえ、ちょいちょい違う事もあったりする訳で)

「……どなたか、先生方の中で海洋生物に詳しい方はいらっしゃいますか?」

表情とは裏腹に、聞こえて来た口調は酷く冷静なそれで、教師たちは小さく目を瞠った。

「専門ではありませんが、それなりに解るかと」

もう一人の緑色した髪の太っちょな先生が小さく手を挙げた。マグノリアは頷く。

「この辺に、尖った長い危険な魚っていますか?」

マグノリアの言葉に、セルヴェスとクロードが眉を顰めた。ラドリと念話できる事を、ふたりは知っている。

言わずとも話の流れが解ったのであろう。

「尖って長くて危険と言う事は、刺さる事を想定されているのですよね? 帝国の方に多く、この近辺には余り居ないと思いますが……可能性としては、ソードフィッシュやニードルフィッシュでしょうか」

(地球の英名と一緒か……多分、見た目も似たような魚なんだろうな……)

幾つか呼び方はあるが、ソードフィッシュがカジキマグロ、ニードルフィッシュがダツだった筈だ。

帝国に居るのならば極々珍しい事とはいえ、潮の関係などで全くこちらに来ないとも言えないだろう。

「……個体差はあると思いますが、大きさは?」

「そうですね。ソードフィッシュは重量数百キロ、体長は五メートル前後でしょうか。ニードルフィッシュは十メートル以上のものも居るかと」

十メートル。

……体長が十倍なら、飛距離も十倍なんて事があったりするのだろうか。思わずため息がこぼれた。

しかしため息なんぞついている場合ではない。

「おじい様、お兄様。クルースへ参りましょう。ガイも。鎧を着て」

リリーが息を飲んだ。同じく話の流れが何となしに想像できたのだろう。

今日も夫である不憫護衛騎士は、王子御一行の警護を任されてクルースに行っているのだ。

三人は頷くとラドリを見る。

……ガイの事だ、言わなくても勘づいているのだろう。いや、ガイじゃなくてもみんな気づいているのかもしれないが。

マグノリアは言いながら窓辺へ走り、思いっきり開いた。

「ラドリ、ヴィクターさんとデュカス隊長に楯を持つように伝えて!」

『アイアイサー!』

そういうや否や、毛玉は跡形もなく消え去っていた。

「あの鳥は……」

ジョルジュが消えた小鳥の幻を見るように、ガラス窓を見ながら呟いた。

「……インコだ」

「インコ……?」

クロードの有無を言わせない口調に、教師たちは確認するように繰り返した。

******

『デュカス~、ベルリ~!』

出陣という時に、いきなり表れた白い毛玉が減速しながら近づいて来る。

疲れたからではない。減速しないと、ぶつかった人間の身体を突き破ってしまうからだ。

『マグノリアが楯を持って行けって! 尖って長いよ! 刺さる!』

いつもお嬢様の肩や頭にとまっている白い小鳥が、緊張感のない声で物騒な事を並べている。

……何故お嬢様が魚の襲来を知っているのかとか、魚が刺さるのかとか、その他色々言いたい事はあるが、まるっと飲み込んで頷くに留める。

簡易鎧着用と言う事で、万一に備え隊列の後方には楯を積んだ荷馬車が同行予定であったが、係の者達が素早く楯を配り始めた。

(簡易鎧より甲冑を着るべきなのか?)

一瞬考えに沈んでいると、ラドリが更に続けた。

『楯、ひとつちょーだい。ヴィクターに持って行く』

「……持って行くってどうやって?」

怪訝そうにユーゴがラドリに聞けば、ぱたた、と楯の積まれた荷馬車に近づいた。

『ここに入れて!』

そう言われたのは、小さな黒いポシェット。

(……入れてって……)

どうやって?

声を掛けられた騎士が困った顔をしながらラドリとユーゴを見たが、仕方なく楯をポシェットに近づけると、どういう仕組みなのか解らないが、楯が滑るように飲み込まれた。

「…………(えぇぇぇ~……)」

全員が絶句しながらラドリを見ているが、まるで気にする事も無い様子だ。

『ありがと! じゃあね!』

そう言って、一瞬にして毛玉が消える。

「……今の!」

「インコだ」

甥っ子の疑問に、被せるようにユーゴは言い放った。

******

大きな水飛沫を立てながら、大きな大きな影が頭上高くその形を現した。

ヴィクターの青い目は夏の太陽に逆光し、真っ黒に浮かび上がった見た事の無い鋭利な長い棘のようなものを持つ魚を捉えた。

『ヴィクター、楯!』

聞き覚えのある小鳥の声と、続いて重いものが落下する音。

ヴィクターの身体すれすれに重い楯が落っこちると、四分の一ほどが砂浜に突き刺さった。風圧に思わず身体を仰け反らせる。

「あっぶなっ!」

『めんごめんごぉ! 近衛~、要塞にみんな退避。危ないからもっと奥、通って!』

全然悪いと思っていなさそうな毛玉がそう言いながら飛んで行き指示をするが、近衛は珍妙な小鳥に警戒している。

一体楯はどこから降って来たのか。やたら喋る鳥は何なのか。

埒があかなそうな様子に、ディーンが声を張り上げる。

「近衛騎士の皆さん! 殿下方を護衛しながら要塞に! 危険だそうです!」

一体何が危険なのか、近衛達にも王子達にもピンと来なかった。

魚が迫って来ると言っていたが、魚である。

確かにクジラやサメ、ダイオウイカの様に大きなものもいるだろうが……今彼等がいる所は波打ち際から数十メートルも離れており、水中でしか生きれない魚たちがこの距離を襲うとは到底思えない。

そう思いつつも、気をつけながら要塞へ移動しようとすると、シュッと空気を切る音と風圧が髪を揺らし、ルイとディーンの間を銀色の何かが猛スピードで通り過ぎて行った。

鈍い音の方向を視線で辿れば、木製のゴミ箱の胴体部に突っ込んだ細長い魚のようなものが、硬直したように真っ直ぐに突き刺さっていた。

「ひっ!」

それを見て、王子の乳兄弟であり側近のひとりであるルイが引きつった声をあげた。

「……退避! 退避だっ!!」

それを見た近衛が声を張り上げて王子達を庇う様にしながら走り始める。

腰の抜けたようなルイを引っ張り上げると、ディーンは心配そうにヴィクターを見遣った。