軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リシュア子爵邸にて

同じ頃、やはり静まり返った道をもう一台、ギルモア家の馬車が走っていた。

アゼンダ辺境伯家のタウンハウスでは、完全武装をした騎士とお庭番たちが警備にあたっている。

物々しい様子の中、馬車の音を聞きつけてトマスが玄関に立っていた。

まず、御者台にガイが乗っていない時点で察するものがあったのだろう。

降り立ったディーンとヴァイオレットを見て、馬車の中を覗く。

「……お嬢様は」

「ご無事ですが、怪我をされたギルモア侯爵に付き添って行かれました。リシュア子爵令嬢を護衛と共にお屋敷までお送りし、子爵家の方へお詫びをするよう言付かっております」

時間がない為簡潔に、大切な事を重点に報告する。

いつもよりもキチンとした様子に、彼が従僕として行動しようとしているのだと思い、トマスも先輩同僚として頷いた。

「解りました。ヴァイオレット様はお怪我はございませんか?」

「大丈夫です……」

膝をついてヴァイオレットの様子を確認する。

直前まで泣いていたのであろう、涙に濡れた頬を見てトマスは頷いた。

「ご無事で宜しゅうございました……侍女殿が心配されていらっしゃいますので参りましょう。出来そうでしたら、お召し替え致しましょうね」

汚れたドレスに心を痛めながら……

同じように、心配した侍女が待つ客間へと促した。

気持ちが落ち着く香草茶を淹れると、水差しと桶、濡れた手巾を数枚と、まだ袖を通していないマグノリアのドレスをヴァイオレットの侍女に手渡した。

「ご無事にご帰宅なされますよう、主より承っております。お支度が終わりましたら護衛と共にお屋敷まで送らせて頂きます」

恐縮する侍女に、トマスは柔らかく伝える。

「……お嬢様の大切なご友人でいらっしゃいますから。まだ何処かに暴漢が潜んでいるやもしれません。我々が安心いたします為にも、ご協力頂けましたら幸いです」

トマスは同じように従業員用の休憩室で休むディーンにお茶を淹れる。

着替えを済ませ簡単に身繕いをした少年は、ひどく疲れたような、沈んだ顔で座っていた。

「大丈夫ですか? 戦闘に巻き込まれたのなら色々としんどいでしょう。良ければ私が代わりに行って参りますよ?」

静かに首を横へ振る。

「いいえ……マグノリアの方が大変なのに……せめて頼まれた事位、やり遂げたいです」

「そうですか……解りました。それならお嬢様の名代として、しっかり務めましょう」

「はい」

トマスは慈愛に満ちた表情でディーンをみつめる。

ディーンは力強く頷いた。

そうして。

多少落ち着いて来た所で、数名の騎士に厳重に護衛されたヴァイオレットが帰宅をする事となったのだった。

*****

馬車の車輪の音に、リシュア子爵夫妻は玄関を飛び出した。

元気で無事な娘の姿を見るまでは気が気でない。

大きな扉を開けると目に飛び込んできたのは、前後左右を軍馬に乗ったギルモア騎士団の騎士に囲まれ、更には後方をギルモア家の馬車に物々しく護られた自家の馬車を見て絶句する。

侍女と共に馬車よりまろび出て来たのは、確かに元気な我が子ではあったが。

……行きとだいぶドレスが違う。

「お父様! お母様!!」

怖かったのであろうか、泣いた後なのか、随分と瞼が腫れぼったい。

親子がお互いに走り寄って、しっかりと抱きついた。

「おお、ヴァイオレット! 怖かっただろう?」

「無事でよかったわ!!」

無骨な騎士達が、心の中で良かったなぁとほっこりしながら整列する。

馬車を降りたディーンはしゃちほこ張ってリシュア子爵の前に出た。

「リシュア子爵様におかれましてはご機嫌麗しく。私はマグノリア・ギルモアの名代で参りました、ディーン・パルモアと申します」

礼をするディーンを、リシュア子爵夫妻は瞳を瞬かせながら、ヴァイオレットと騎士達は頑張れと応援しながら見ていた。

――まだ出会ったばかりのディーンであるが、十歳でありながらマグノリアのお世話をする(?)勤労少年である。

……若干世話を焼かれている感が否めないが、如何せんまだ十歳である。

物理では年上で、ヴァイオレットより身体も大きいディーンであるが、生粋の十歳だ。

十四歳の記憶を色濃く持つヴァイオレットからも頑張る小学生にしか見えず、発表会を見守る姉か近所のお姉さんの気分である。

「この度は外出中に襲撃に遭遇し、お嬢様を危険な目に遭わせてしまい、大変申し訳ございませんでした。主の命により護衛し無事ご両親の元にお送り致しました」

後ろの騎士が揃い、礼を執る。

ザッ! と揃った音がして、リシュア夫妻は若干ビビる。

「……本来は主が参ります所ですが、襲撃の諸事情により叶いません事、お詫び申し上げます。後日、日を改めまして、お詫びにお伺いしたいとの事でございました。何卒ご理解とご了承を頂ければと思います」

(言えた!)

ディーンの礼と共に騎士も再び礼をし、リシュア夫妻以外は無事挨拶できた事に内心拍手である。

逆に、夫妻からすれば侯爵家からの手厚過ぎる対応にドン引きである。

「……マグノリア様は、もしやお怪我を……?」

夫人が気遣わし気に確認する。

「いいえ。ご心配ありがとうございます。実は、襲撃者に遭遇してガ……護衛が回避する為に道を替えようとしたのです。その先に別の襲撃者とギルモア侯爵が既に戦っておりまして……」

「ジェラルドが、私たちを庇ってくれたの! そうしたら、暴漢に斬られて、大怪我を……!!」

「えっ!?」

娘が侯爵を呼び捨てた事にギョッとして注意をしようとした所、そんな事も吹っ飛ぶ事実が飛び出して来て絶句する。

ボロボロと涙を零す娘の様子に、夫妻の背筋に冷汗が流れる。

「こ……侯爵様は大丈夫なのですか!?」

ディーンは経緯を説明した方が良いかどうか迷うが……襲撃者に体当たりした……何て言ったら卒倒してしまいそうだな、と思い止める事にした。

一応、ヴァイオレット付きの侍女には全て説明してある。

夫妻にも説明して貰うよう、言づけてもある。

「解りません。今、手術をする為に主が付き添っております。それで参上する事が出来ませんでした」

「……それは……」

手術と聞いて、リシュア夫妻は言葉を失くす。

「大変な時に、ご丁寧にありがとうございます。ヴァイオレットを庇って下さったとの事。何とお礼を申し上げて良いか……マグノリア様には過分なご配慮を頂き勿体ない事と、これ以上のお気遣いは不要とお伝え下さいませ。

……侯爵様の早い回復を祈っております」

ディーンに向かって、夫妻とヴァイオレットは深々と頭を下げた。

リシュア親子は、去っていくディーンと騎士達が見えなくなるまで見送った。

口上は上手く行ったものの、何処か気落ちしてるディーンを気遣って、またもや騒動に遭遇した不憫な護衛騎士が一緒に馬車に乗り込んだ。

馬は他の騎士に連れ帰って貰う。

「……大変だったね」

気遣わし気に、ぽつりと呟く。

「いえ、マグノリアの方が大変ですから……実際、襲撃者相手に俺達を護ってくれたのはマグノリアとガイさんと侯爵様ですし」

護衛騎士は、やっぱりお嬢様も戦ったのか……と遠い目をした。

薄々……いや、絶対そうじゃないかと思っていた。

(なんせ、頭もドレスも凄い事になっていたし)

あのお嬢様は見た目と違って、恐ろしく血気盛んである。

「俺、おっかなくて……殆ど動けませんでした」

しょんぼりと肩を落とす少年に、護衛騎士は苦笑いをした。

「そりゃそうだよ……騎士だって実際の戦闘となったら動けない人もいるんだよ。子どもが動けないのは普通だよ」

「騎士でも、怖いんですか?」

おずおずと見上げるディーンに、そうだと頷く。

「怖いよ。だって、命が掛かってるんだもの」

「……命……」

今までは、漠然と騎士はカッコいいと思っていた。

途轍もなく強いセルヴェスやクロードを見て。

毎日の訓練をする騎士団の騎士達や、剣の練習をする兄たちを見て。

でも今日の戦いを見て……戦いは、怖い。

……相手も味方も、沢山怪我をして。

剣戟も、爆発も、怒鳴り声も、血走った眼も。剥き出しになった敵意や殺意。

怖い。とても。

「ギルモア侯爵は、文官なのに凄いですね……」

ディーンの言葉に再び騎士が苦笑いする。

「文官をしているだけで、ギルモア侯爵は誰よりも騎士だよ?」

「えっ?」

瞳を瞬かせる子どもらしい表情に、騎士は笑った。

「実際、物凄く強いしねぇ」

物理的に、並み程度の騎士ならば、数人束になっても敵わないだろう。

そして何より心持ちが違う。命を弔う事の意味を知る人だ。

――騎士は小さくため息をつく。

自分達が不甲斐ないというべきなのか、あの人たちが規格外なのか……

「……ギルモア家の人って、超人みたいな人ばかりなんですね……」

「確かにね」

ふたりは深く頷いた。