軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

手習いを学ぼう

ちくちくちくちく。ちくちくちくちくちくちく。

(ふぁぁぁぁ……面倒くさぁ~……)

マグノリアは手元の刺繍を刺しながら、小さくため息をついた。

裁縫、刺繍に、レース編み。人によっては糸を紡いでタペストリーを織ったりもするらしい。昔のお嬢様の手仕事、凄いよね~。

しかし、多分、立場と身分上お小遣いを稼ぐ一番手っ取り早いと言うか取り組みやすい方法が『お裁縫』なのであるからして、マスターしない手はないのである。

取り敢えず覚えた外国語の単語や、歴史年表、法律その他の暗記物を心の中で暗唱しながら、基本的な刺繍や裁縫をロサから学ぶ。

ロサは手芸女子だったようで。

お母様もといウィステリアさんとの邂逅の後、ついでにと下着や足りないリネン類の発注も済ませた後、すぐさま自分の刺繍枠を貸してくれ、余り布をくれ、基本のステッチや簡単な図案の教示を買って出てくれた。

本を読み漁る不気味な三歳児よりも、貴族令嬢らしくお裁縫をする方が嬉しいらしい。

ロサは稀に見ぬ(と言うか記憶がある範囲で初めての)フィーバー振りだった。

多分、彼女の日々の言動から『大人しく控えめ、言い訳や口答えをせず従順で、見た目が可愛い愛され女子』みたいなのがマグノリアが進むべき道と思ってるくさい。

家族に厭われてるから、せめて嫁ぎ先では可愛がられろ的な配慮なんだろうか。もしくは両親の方針か。

(かと言って笑顔だけっつーのもどうなの? そんな胡散臭い女、信用ならないけどね~)

手芸女子では無かった筈の地球時代のマグノリアも、まあ最低限家庭科で習ったし、プライベートで小物の一つや二つ、作った事位はある訳で。

ましてや十年以上独り暮らしをしていれば、繕い物やちょっとした縫物位は、お手のものな訳で。好きでも嫌いでもなければ、上手くはなくても基本的な事位は出来る。

……それがいけなかったのだ。

初めて教わる幼女が初見ですいすい針を動かす様子に、頬を染めたロサは珍しく手放しでマグノリアを褒め称え、火が付いた。

手芸女子は総ての持ちうる技を伝授すると息巻き、暇があれば刺繍かレース編みをやらせようとグイグイ来る。

とほほ……。

しかし、ミシンという発明の利器を知る身としては、延々と続く手縫いのちくちくに、目がショボショボ、指はズキズキ、気持ちもしょぼーーんとして来る。

「……よいちょっと」

テンション低い声で刺繍糸を切った。

刺繍をしたり、レースを編んだり。刺繍をしたり、綻びをリペアをしたり、刺繍をしたり。刺繡をしたり刺繡をしたりレースを編んだり刺繍をしたり……(げんなり)。

目の前では嬉々としてロサが刺繍をしている。

刺しながらマグノリアの手元や刺し跡を見て、アドバイスや新しい方法などを教えてくれたりするのだ。何時間も。

まあ娯楽が無いからねぇ……暇つぶし兼職業訓練とでも思うしか無いよね。タダで教えて貰えるんだもの。有難い……筈。

そして習い始めて半月後、ついに小さくなって放置されている服に鋏を入れることにした。

少しキツくなり始めたワンピースを、誰か……使用人さん達の子に下げ渡すことがあるのかロサに確認すると、無いとの事だった。更には今後、妹が産まれた場合に備え取って置くべきか確認したら、絶句されてしまった。

えー。

だって、手動で糸つむぎするのが普通の時代ですよね? 布、作るの大変ですよね?

まあ、ぶっちゃけ手持ちの洋服、多分人に下げ渡せるようなシロモノでも無いっちゃないんですが。

別に悪いことも何にもして居ない(多分)マグノリアがこの待遇なのである。万一下の子が妹だった場合、服はお下がりでって言われかねないんじゃないかと思ったんだけど。

再確認しても歯切れが悪かったので、取り敢えず先の心配より今の改善・節約かと思い、思い切って鋏をいれた。

八枚はぎのワンピースを取り敢えずお腹のところでバラす。切ったところを丁寧に縫う。

大きくなってもある程度まで使えるように、切り替えの一辺を丁寧に解いてかがる。

大き目の余り布(箪笥の奥深くに仕舞われていたもっと小さい頃の部屋着?)を切り替えと同じ位の大きさに切って、これまた小さくなって仕舞われていた服のレースや半端なフレア部分を段々に縫い付け、一つの切り替えの様にして元のスカートと合体させる。

お腹側は少し縫わない部分を作って、ボタンを付け脱ぎ着しやすいようにする。

裾にも余ったワンピースの腕部分なんかでフレアを作り、縫い付け。お腹部分には太いリボンとボタンループを縫い付けて、サイズを好きに変えられるようにする。

数日掛かってリメイクスカートの完成である(わー! パチパチ!!)。

フリルの付いた切り替部分を、前に見せても後ろにしても可愛らしい。

良く見ると縫い目が微妙にガタガタだけどね。フリルやレースで隠れてるから(?)多分大丈夫。

完全に素人の作った怪しい製作方法だけど、着れれば大丈夫。

……なんか思ったよりフリフリで、オバさんこれ着るの恥ずかしいけど。見た目美幼女だから大丈夫なのか?

取り敢えず、先に練習布一式と一緒に納品されたブラウスと合わせて着れる。

そしてブラウスだけ新調すれば数年……暫くの間着られる代物だ。SDGsかつ資金節約的な活動一環。

しかし、あまりにもラブリーな一品になってしまい、不安になってニコニコ顔のライラと、キラキラおめめのデイジーに確認する。

「こんにゃ感じなんだけど、屋敷とゆうか、ほぼ部屋のにゃかで着るから、大丈夫だよね?」

「マグノリア様、とっても可愛いですよ!」

「……フリフリで、幾ら何でもおかしくにゃい?」

「えー!! もっとフリフリでも大丈夫ですよっ!?」

(えぇぇぇ~~……?)

ライラとデイジーには拳を振り上げられながら大絶賛された。褒め過ぎな気もする。

お仕えする家のお嬢様への気遣いと忖度を感じてしまう。

日本時代に穿き古しのデニムと余り布で作った、誰にでも作れるリメイクスカートの応用版なんだけどね。デニムと違って切りっぱなしに出来ないのがちょっと難点。布の特性上、全部端処理しないとイカンから……面倒……。

侯爵令嬢が着て大丈夫な代物かは分からないけど、まあ今迄が今迄だ。

しかし、女子はズボン――この時代は、と言うかこの世界は、か。ブリーチーズ? トラウザース? とにかくズボン(あんまりにもオバさんくさいんで、パンツとかボトムスとか言った方が良いのだろうか?)みたいなのって穿いてはいけないのだろうか? 穿いている人を見たこと無いから穿かないんだろうな……現代人だった前世を思うと、足さばきがとっても楽そうなのだけど。

乗馬服は? 女性の乗馬服ってこの時代はスカートなのかな?ズボンの乗馬服、作ったら怒られるだろうか。

取り敢えずは気力がもてば、次は背中をバッサリちょん切って、限りなく三角に近い台形の布を足すフィッシュテールと言うかバックフレアーと言うんだったか? 背中の真ん中ら辺に別布で切り替えを入れたワンピースも良いかもしれない。シフォンの様な柔らかい生地で波打つように足したら、可愛い筈だ。

……自分にとっては小さくなった服の横幅を増やす為の、貧乏リメイクなんだけどねぇ。

ここまで手慣れれば、そろそろライラとデイジーの贈り物も取り掛かれそうである。

そんなこんなをつらつらと考えながら裁縫作業に図書室通いにと勤しみ、ウィステリアさんとの邂逅を振り返る。

しばらく振りに会った筈の母親や彼女の侍女さん達の様子と口振りから、理由は解らないけどかなり疎まれている事実はしっかりはっきり、理解できた。

自主学習は少々ペースダウンし、自分を取り巻く環境をリサーチする必要性をひしひしと感じ……何せここは封建制度まっしぐらな世界。昔の王侯貴族の毒殺や暗殺やらを思い出し、ひとりでヒンヤリしたのだ。

解毒の本も図書室にあるだろうか……?

古くからいる使用人の方々に会った時にお話に加わっては世間話(?)をして、それとなーく話を振ってみたり、建領の歴史や家系図を調べたりしてみた。

まず法律的に、アスカルド王国は基本男子が家督を相続する。その辺は地球のサリカ法典……まで厳格では無いものの、多分それに近いシステムだ。

跡継ぎに女子しか居ない場合、アスカルド王国では女性が継ぐことも稀にあるらしいが、多くは婚姻をして婿が当主兼後継ぎになるか、親類から男児の養子を取り継がせる事が大半らしい。

この時点で子供としての優先度が、ぐーんと大きく兄であるブライアンに傾くことがわかる。

マグノリアが男子なら、長男に何かあった時のスペアとしての役割があるのだろうけど。

ほぼ現実的に家督を継ぐことが無い女子と言う事から、ミソっかす的な立場なのだろう。

言わずもがなというか、まあこれは予想の範囲内だ。

日本でも憲法が改正される前は、家督も財産も長男が相続するのが決まりだった。王侯貴族が 跋扈(ばっこ) するこの世界、旧憲法やサリカ法典的な決まりだったとしてもちっとも驚かない。

かと言って女児がすべからく疎まれるかと言えば、そうでも無いそうで。

基本的には大事に育てられる筈であり、現にマグノリアを疎んでるウィステリアさん自身は、子煩悩な両親に蝶よ花よと可愛がられて育ったらしい。

一時期、社交界の花であったバートン伯爵令嬢ウィステリアは色々な意味で有名で、ありとあらゆる話が知られている。問えば、同じ話を聞かない位に数々のエピソードを披露された。

名家であるバートン伯爵家の長女。

上に兄が二人いるそうだが、たった一人の娘と言う事で家族に溺愛されて育った事。とっても甘え上手である事。はっきり言えば我儘な事。

一見弱々しそうだが、同性には結構キツい性格である事。

勉強は大嫌いだが、なかなか世渡りには長けている事。成績が悪くギリギリで進級していた為、そんなこんなで王立学院(後期)に通いたくないので結婚に焦っていた事。

社交界が大好きな事。

自分を飾り立てるのも大大大好きな事。社交以外は怠け者な事。湯水の如くお金を使いまくる事。

選民意識が強い事。ギルモアの領地へは殆ど出向かない事(結婚式以来行ったことが無いらしい)。派手な社交の出来る王都が大好きなのだろう。

感情の起伏が激しくて、目下の人間に当たり散らすこと。

不出来なので、侯爵夫人でありながら家政には一切タッチさせて貰えない事……とまあ出るわ出るわ。

極めつきは、伯爵家ながら名家出身で美しい為、現国王のお妃候補の一人に名前が挙がった事がある(らしい)が、余りにも出来が悪いくせに自分はお妃なのだと吹聴しまくって、直に話が立ち消えたとの事。

うん。全然好きになれる要素が無いや。

頭が良くないのは個人差があるし、仕方ないし特に何とも思わないけど。

だって、頭が悪くたって良くったって愛情深く、一生懸命に子育てしたり働いたりしてる親は沢山居る。そりゃあ現実的には成績や能力も生きてく上では多少関係はあるかもだけど。心持ちや関係性の方が余程重要だし尊い。

(私だって特に頭が良い訳でも無いしね)

それにさ、ダメなら駄目で努力位するもんじゃないの?

贅沢させて貰ってるなら、領民や領地の為に何かするとか考えないの?

ノブレス・オブリージュの精神は何処へ?

(たまたま良い家柄に生まれただけなのに、実力も伴わないで選民意識って何なの。それ、選ばれてないから!)

ここまで出くわした話を聞く限りでは、残念ながら、親でありながら好きになれなさそうだった。

使用人さん達は色々な立場や仕事内容で、それこそ平民から貴族階級までいろいろな人が居る。

我儘で綺麗な奥様に、嫉妬したり羨んだり妬んだりやっかんだりって感情も、もしかしたらあるかもしれないと思う。

……だから、話も多少盛られちゃってる可能性もある。鵜呑みにはしない。

けど、揃いに揃って否定的な言葉しか聞こえて来ないというのもどうなのか。

一回しかない例の邂逅の件を思いおこしても、なんだかなぁな対応だった。

まあ、彼女は彼女なりに、もしかしたら、そうなってしまった理由とか生育歴とかの理由があるのだろうとも思うけど……百歩譲って。

ただそれ以上に、あまりお近づきにはならない方が良いという、本能的な警報が頭の中で鳴り響いている。

エマージェンシー! エマージェンシー!! 注意せよってやつやね。

*****

邂逅の後暫くして、侯爵夫人付きの侍女が「お話がしたい」と言って、硬い表情でデイジーに連れられてやって来た。確か、採寸の時ウルウルしていた侍女さんの一人だ。

デイジーのご実家のお得意様である男爵家のご令嬢だそうで、元々顔見知りなのだそうだ。

ソファに座るよう促すと、リリーと名乗った彼女はペコリと頭を下げて着席し、ぽつりぽつりと話し出した。

彼女の家の家政は芳しくないそうで、学院の後期への進学を止め、家計の足しにするために侍女になる決心をしたらしい。

貴族と言っても色々なようで、なかなか苦労をしているようである。

その際、彼女の母親が過去にバートン伯爵家で幼いウィステリアの侍女をしていた事があったので、伝手でバートン家に面接に行ったのだそうだ。

バートン家は名家ながら穏やかな家風で知られているらしく、ウィステリアが嫁いだ後なら、世慣れしてない年若い娘でも委縮することなく働けるだろうという、お母様の配慮だったそうなのだが。

ところが蓋を開けてみれば、気心知れた(?)侍女の娘ならばと、何故かギルモア家で働くよう言い渡されたとの事。

赤子(マグノリア)が産まれて暫らくした頃で、上にも小さい子供(ブライアン)がいて大変だろうと、バートン伯が義息子である侯爵に、侍女の補充を願い出たらしい。

「……侯爵家で充分な人をちゅけれなかったのかちら?」

「いえ、奥様には都度必要な人数以上の者がお仕えしている筈です」

きっぱりと言い切られた。

それはそれは。侍女頭も家令も、言われたギルモア侯爵もびっくりしただろうなぁと遠い目になる。

それとも妻の実家が突然嫁ぎ先の人事に口を出すと言うか、人員を送り込んで来るって普通なのだろうか?

イメージ的に、お輿入れと同時に慣れた侍女を連れて来るなら普通なんだろうけど、何と言うか(この子は違うみたいだけど)、場合によってはバートン家で良くない企みがあって寄越したと取られかねない気がするんだけど……穿ち過ぎなのかな?

「バートン伯爵って、時節を読まれにゃい方なのかちら……」

マグノリアの呟きに、ロサは微妙な顔をする。

「……御祖父様は、温厚で堅実な方でいらっしゃいますわ。ただ、ご自分の娘である奥様を、とてもとても慈しまれているので……」

うん。悟った。子供にとてもとても激甘な、溺愛系親父なんですな!

その割にこっち来て数か月、溺愛系バートン伯爵家の皆様に会った事ないんだよね。

マグノリアは首を傾げる。普通、娘の子供なら目に入れても痛くない程だろうに……

外孫はあんまり愛情湧かないねってタイプとか、子供は可愛いけど孫は他人みたいなもんですからタイプの人々なんだろうか。もしくは伯爵達も認めるのはブライアンだけなのか。

話は続く。

「母が話を伺って、難色を示したのですが……。その、ご主張がはっきりされている方なので……お疲れなところ、不慣れな私が粗相をしてしまってはいけないとお断りしたのです。ですが是非にと何度も言われて、断り切れなくなってしまいましてお仕えすることになったのです」

ふむふむ。我儘で気性が激しいから、苛められたらたまらんと彼女のお母様がやんわりお断りしたのにも関わらず、ゴリゴリと押し切られちゃったんだねぇ……。

男爵家、それも傾いちゃってる系のお家の人にイケイケな伯爵家の人が『お願い』したら、それはもう命令に等しいよねぇ……。

「そりぇは、何だか申し訳にゃかったでしゅね。ちらぬ事とは言え、身内が無理を言ってしゅみまちぇんでちた」

マグノリアは眉を八の字に下げてリリーを見やる。

「いいえ! とんでもない……お嬢様は何も悪くありません!! 私、許せないのです……!!!」

意を決したように勢い良く顔を上げる。

つぶらな瞳はウルウルと潤み、唇を引き結び、小刻みに震える顔は真っ赤だ。

「え……っと、大丈夫、でしゅか?」

プルプルと震えるリリーに、恐る恐る声を掛けると、ババン!! とテーブルに両手をついた。

「自分はそんなに甘やかされて育っておきながら、お嬢様を蔑ろにする事。家の事は何もなさらず、フラフラと必要ない社交ばかりにかまけているところ、散財ばかりなさるところ。ご自分の侍女に優しいお心遣いをされるお嬢様にあのような言葉を投げかけるところ……!」

「おやめなさい、口が過ぎますよ!」

ロサがひきつった顔でご令嬢を諫める。

「……申し訳ありません……。主に対して言って良い言葉でない事は理解しております。ですが!」

堪える様に俯いていた頭を上げると、はっきりとロサを見て告げる。

「私は人としてあの方を認められません。あの方は親じゃない……例え罰せられても、私は撤回致しません!」

沈黙する。重い空気が流れる。

立場上諫めたロサも、固まって両手を祈るように組み見守っているデイジーも、固く口を閉ざしたままだ。

誰が味方か。誰かは何某かの意志を汲んで動いているのか。マグノリアは考える。

庭師のおじいさんや、洗濯係のおばさん達。調理場の下働きの人々。侍女や従僕、執事たちの噂話。

彼等の言う凡その人物像と、リリーの言う母親像は合致している。

『我儘で怠け者、贅沢好きの侯爵夫人』

真っ赤な顔で、強張った表情で訴える少女が、嘘をついているようには見えない。

第一、ただの三歳児に嘘を言ったところで何がどうなるのか。

……不味い言質を与えず、話を聞く分には問題無いだろうと結論づけた。

「私の為に怒ってくりぇてありがとう。でしゅが、悪評を口にちてしまうと誰かに聞かれた場合、貴女が叱られてしまいましゅよ。ロサもデイジーも、私を思って下しゃっての発言なので、口外しないようお願いしましゅ」

困ったようなロサと、こくこくと何度も頷くデイジーを見て、幼女のうるうる&大きな穢れなきまなこ(※当社比)で念押しする。

さて。

「わたちは、何故しょんなに疎まれているのでちょうか?」