軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

パーティーの始まり

「辺境伯家のマグノリア様をご存じ?」

「お歩きになれないんですのよね?」

「……お言葉が不自由と伺いましたわ」

「あら、私はふた目と見られない醜悪な見目と伺いましてよ……」

アゼンダの貴族でマグノリアの存在を正しく知るものは少ない。

彼女自身がまだ幼児である為社交など無いも同然なのが大きいが、社交を好まない彼女のため、また様々な横やりが入らないように祖父も叔父も、貴族側にその存在を大きく示していないからである。

……けして怠惰や怠慢でふたりが放置している訳ではなく、知られた方が煩わしくなるであろう事を知っているのと、彼女の肝いりである事業において少しでもマグノリアが動き易いよう、今はまだその姿が知られない方が彼女の動きを妨げないだろうという配慮からである。

……面と向かってふたりにそのような事を言う猛者はいないが、万が一、そのような噂がふたりの耳に入れば色々と恐ろしい事になるであろう。そう、色々と。

更に、両親から見放された娘という色眼鏡がある事も、貴族たちがマグノリアと積極的に交流を持ちたがらない理由であった。

大国であるアスカルド王国有数の家門であるギルモア侯爵家。

その家の嫡出子でありながらお披露目されずに隠されて育ち、二年ほど前に祖父の暮らす辺境に移り住んだという。

侯爵家がその威光を以てしても扱いに困る娘。

――それはどんな不出来な娘なのか?

意思の疎通が出来ないぐらい狂暴であるとか。全く話す事が出来ないであるとか。根も葉もない様な良くない噂のみが錯綜している。

……社交や日々の活動において、そんなお荷物のお世話係を押し付けられても困る、とご令嬢方は敬遠し。

美形揃いの家に生まれながらバケモノのような見目のご令嬢を、万一にも嫁に貰えと辺境伯家と侯爵家にゴリ押しされたら困る、とご令息方はその存在に蓋をしたのだった。

数か月前に辺境伯家から送られてきたお披露目会の招待状に、戦慄が走ったアゼンダ貴族達であったが……そんな理由から、通常なら存在を知り飛び込んでくるであろう社交の誘いも、全くもって無かったのである。

とは言え、平民達から聞こえてくる噂話もある。

辺境伯家には、それはそれは美しいお嬢様がいるとか。

とってもお優しく、気さくであるとか。

貧民のために色々苦心され、新しい事業を行っているとか。

原因不明の難病を解決したとか。

そんな訳がある筈が無い。おとぎ話よりも現実味がないではないか。

そんなに美しい娘なら、侯爵家は隠すどころか自慢してまわる筈であろう。

平民に優しく気さくであるのは、下々の人間にしか相手にされないからであろう。

事業を行うなど、常識的に考えて幼子に出来るはずが無い。凡そ手紙の封をしたとか、ほんの一箱、その中身の数を数えたといったような『お手伝い』でもしたのであろう。

スラム街を整備した事といい、辺境伯かその息子が、不遇のお嬢様の立場を少しでもあげるべく苦心して領民感情を味方につけようとしているのである。

難病の解決? 今まで医師も学者も出来なかったのに? ただの幼児が?

次期辺境伯である、かの義息子は学生時代に天才と呼ばれた人間である。学院で彼と同じ年代を過ごした人間とその親世代なら、彼の優秀さを知らない者はいない筈だ。

……もしも解決の糸口を見つけたとしたのなら、彼が行った事であろう。

とんでもない娘の瑕疵を払拭するためにご苦労な事である……というのが一般的な意見なのである。

よくもそう歪曲して捉えられるものだなと、呆れを通り越して感心するセルヴェスとクロードであったが。

「人間は、物事を見たいように切り取って都合良く認識するのですよ」

何でも無い事のように食事を口に運びながら、澄ましてそう言ったマグノリア。

自分の事を有り得ない程の内容でもって噂されているというのに、無頓着なのか肝が据わっているのか。

辺境伯家では、マグノリアの存在をアピールもしていないが決して隠してもいない。

セルヴェスは外でも常に肩に担ぎ上げて移動しているし、孫が可愛すぎると呻きながら年がら年中悶え転がっている。

クロードはクロードで一緒に領都を始め各地をうろついて(?)、文字通り手取り足取りサポートしまくっている。

動き難いドレスを嫌うので普段着は簡素ではあるが、仕立ても布もそれ相応、セルヴェスやクロードと同等の品質の服装である。

時折実家で仕立てたものを着てもいるが、汚れても構わない時専用だ。

辺境伯家の馬車を使い、従者を連れ、周りを騎士が護衛している。

これでどうして辺境伯家の姫と思わないのか、ふたりは理解に苦しむ。

「阿呆で 醜女(しこめ) の子どもと思い込んでるからじゃないですかね? 親戚や親類の子どもなんて、それこそ沢山いるでしょうからねぇ」

別の意味で凄いとしか言いようがないお嬢様を見たらどう思うのか……

その場に居合わせた、給仕する使用人達も微妙な顔をした。

*******

朝早くから風呂に入れられ、身体中をマッサージされ香油を塗り込まれ、ドレスを着せられる。

「……もう、今時点でクタクタなんだけど……」

こんなことをウィステリアさんは毎日しているのであろうか。ある意味凄い。尊敬はしないが感心はする。

まるでパン生地にでもなった気分である。

肩より下まで伸びた長い髪を、リリーは丁寧に梳いてゆく。

ミルキーピンクの髪は細く柔らかく、少しでも強くブラシをかけたなら切れてしまいそうだ。優しくそっと、しかし崩れないように注意して編み込んでいく。

髪型は子どもらしくハーフアップにセットする。

上半分の髪を編み込み、所々緩め、纏め。複雑な花の模様に作り込んでいく。緩くウェーブのついた下半分の髪は流れるに任せて背中へと流す。

白いふっくりとした頬は透き通るように白く、化粧などする必要はないであろう。ピンク色の唇には蜜蝋を塗り艶やかにするのみに留めた。

「お寒いですから上着を羽織りましょうか」

山の上の湖畔にある石造りのパレスは、晩秋を迎えた今の時期、少々肌寒い。

館から少々離れているために前乗りしたのだが、綺麗すぎてまったく落ち着かなかった。

青々とした針葉樹の森の中に佇む、白亜のお城。

昨日馬車の中から見た宮殿は、おとぎ話のお城のように大変美しい姿で残されていた。

その姿は、終戦の際に凄惨な出来事があったとは思えない程に今も儚げに存在する。

普段使っていないながらも綺麗に整えられており、ここもアゼンダの民に返す場所の一つなのだという事が感じられた。

パレスを警備するのは北部駐屯部隊の面々だ。

マグノリアは庭を警備する騎士と目が合ったので手を振った。騎士も頬を緩めて手を振り返す。

事業を行うために全ての要塞を回ったマグノリアは、騎士団の面々にも顔見知りが多い。またギルモア家の息女であるマグノリアは、ギルモア騎士団の護衛対象者でもある。

ギルモア騎士団の黒い制服が白い宮殿に映える。が。

しかしこの制服、元々戦闘に特化していたギルモア騎士団が、返り血を浴びたとしても目立たないようにと黒い制服になっているのだ。大変物騒な由来である。

……何はともあれ。

数時間後には、幻のように佇むパレスが多くの人で賑わう事だろう。

宮殿が沢山の声と人熱れに包まれるのは、一体いつ振りの事なのだろうか。

マグノリアは自分もおとぎ話の一部になってしまったかのように感じて、酷く落ち着かず、鏡のように静かな湖面をじっとみつめたのであった。

******

軽やかな音楽と、人々の騒めき。笑い声とため息。

パレスの大広間では多くの人でごった返していた。

「コレットは『ギルモア家の隠されたお姫様』を見た事あるの?」

背の高い女性。一見しては女性とは思わないだろう。

美しいが切れ長の瞳の中性的な顔立ちで、長い豊かな金髪を高い位置で一つに結んでいる。そして何よりも身に纏う青い軍服。

ペルヴォンシュ女侯爵――東狼侯だ。

名をアイリス・カナ・ペルヴォンシュという。前ペルヴォンシュ侯爵の四番目の娘だ。

話し掛けられたのは、対照的に小柄で可愛らしい顔立ちの女性。

殆ど黒と言って良さそうなブルネットの髪を顎のあたりでぱっつりと切りそろえている。『女性の髪は長いもの』と決まっているような世界で、大変珍しい髪型をしている女性だ。

手強そう。そう感じるであろうし、その感覚はあながち間違ってはいない。

可愛らしい筈の顔は、よく見れば何処か妖艶でもある。

青い目に紅い唇。真っ白い肌。くびれた細いウエストとは対照的に豊かな胸。

口汚い人には女狐と恐れられている女性事業家・オルセー女男爵こと、コレット・オルセー。

本名はコレット・キャンベルその人である。

そう、『アスカルド王国の鉄の女』がふたり揃っているのだ。

人々は遠巻きに彼女たちを見ている。ここアゼンダでも有名な女性であるふたりは、端の方で大人しく(?)、本日の主役であるマグノリアの話をしていた。

尤も、今この広間ではそこかしこで『隠されたお姫様』の話で持ち切りであるのだが。

「それが、今まで公の場にお出ましにはなっていないのよ。義弟の話ではとっても可愛くて、とっても賢い女の子らしいわ」

黒いレースの扇を開いて口元を隠す。

ふうん。と返事をしては考えるように手を顎にあてたアイリスは、マグノリアの父と同じ三十一歳である。年齢不詳のコレットに至っては、その五つ上の三十六歳だが、全くもってそうは見えない。

余りあるお金を湯水のように使い若さを保っているとか、魔法を使っているとか、果ては生き血を飲んでいるなんて噂もあった。馬鹿な事をと一笑に付している。

「……なんでそんな優良株を今までお披露目しなかったのかね? 秀才君の錯乱なのかな」

秀才君とは、アイリスがジェラルドを呼ぶ王立学院からのあだ名である。

大変優秀だったジェラルドを揶揄ってそんな風に呼ぶのは、同じような家門に生まれ、同じような立場の彼女だけであったが。

……ちなみにジェラルドの義弟であるクロードの事は『天才君』と呼び、露骨に嫌がられている。

「さあねぇ。さしずめ王家とお近づきになりたくないのではなくて?」

「……今更?」

コレットの言葉にアイリスは肩をすくめた。

――確かに今更だ。

コレットは年の離れた友人を見て愛らしくも妖艶な笑みを零した。

会場にいる男たちの目が釘付けになる……きっと儚い恋に落ちた人間が何人かいる事だろう。罪な事である。

――まあ、彼女は大っぴらに公表していないだけで、人妻であり、ふたりの子を持つ母親なのであるのだが。

******

黒い軍服を纏ったセルヴェスとクロードが、マグノリアのいる控室に入室してきた。

「おお! マグノリア!! 今日は一段と可愛いなぁ」

厳つい悪魔将軍は大きな身体をくねらせ、めかしこんだ孫娘を抱き上げた。

髭面の強面が、だらりと緩みに緩みまくっている。ある意味非常にヤバイ顔面である。

「…………。父上、あまり振り回すとせっかくの髪と衣装が崩れますよ? やり直す時間はありませんからね?」

ため息を呑み込んで冷静なクロードが注意を促す。

「そうだったな。マグノリア、六歳のお誕生日おめでとう」

そっと床に降ろされ、お祝いの言葉と共に手渡されたのは、愛らしい花をかたどった小さなブローチである。

おや。

「可愛いです……ありがとうございます」

マグノリアの瞳と同じ、朱鷺色の石で作られたブローチをまじまじとみつめた。

セルヴェスは真面目な顔で告げた。

「魔石で作られた魔道具だ。万一攫われたら居場所が儂とクロード、ガイに解るようになっている」

「…………」

……おおぅ。珍しく普通の(?)女子向けなプレゼントだと思ったら、まさかのGPS!

「……アリガトウゴザイマス」

打って変わって、マグノリアは微妙な顔をした。

「六歳おめでとう。俺からはこれを……髪につけよう」

クロードからのプレゼントは、一見様々な色合いの宝石で作られたような、小さな花が複数ついた可憐な髪飾りだった。髪で作られた花の周りに数個つけられた。

……多分これも、何かの魔道具なのだろう。きっとそうに違いない。

「アリガトウゴイザイマス。」

こちらも可愛らしいが、予想しうる効果を考えると微妙である。

更にはまた、ヴィクターさんを困らせて作らせたか取り寄せたかしたのであろうか……との懸念もある。

「小型の魔道具爆弾だ。威力はそこまで大きくない。多少振動を与えてもつけている本人には反応しないようになっているので、何かあったら暴漢に投げ、逃げなさい」

「…………リョウカイシマシタ。」

ふたりして何のフラグを立てているのか……

マグノリアはため息を呑み込んで、再びお礼を言った。

*****

「ギルモア家、マグノリア様のご入室です」

優美な曲が会場に流れ、家令のセバスチャンによって名が告げられた。

余りの仰々しさにマグノリアはズッコケそうになる。

重厚な扉が左右に開くと、まずは辺境伯であり現役の騎士団長であるセルヴェスが入室し、歩いてくる。その後ろ、間に挟まれるような形で小さな女の子の姿が。殿には副団長を務める長身のクロードと続く。

大きなふたりに護られるように挟まれた少女……まだ幼女と言った方が良い女の子の姿を見て会場中が息を呑んだ。

花の形に結われた髪は愛らしいピンク色で、歩く度に下ろされた柔らかい毛先が揺れている。

真っ直ぐに視線を前に向け、華奢な背中は芯が入っているように真っ直ぐに伸ばされている。淡い色の薄布を幾重にも重ねたドレスが、花の精もかくやと思われた。

話の通じないと噂されていたその姿は噂でしかなく、見ればきちんと躾が行き届いている事を感じさせる、落ち着いた立ち居振る舞いであった。

(……つーか、すんげぇ注目されてるんだケド)

愛らしい顔にロサ仕込みの微笑みを張り付けたままゆっくりと中央へと進んでいく。

……マグノリアの心の中は引きつりまくりだ。

好奇の目、探るような眼。値踏みする目。

(露骨だな、オイ)

心の声はどんどん荒々しさを増していく。

それとなく会場全体を見回し、何人かの見知った顔を見つけた。

招待客は目の前にいる本日の主人公の様子に、水を打ったように静けさを増した。

誰がふた目と見られないなどと言ったのか。

まだ子どもではあるが……多分、この会場に居る誰よりも美しい顔立ちをしているだろう。

特に年嵩の者には見覚えがある顔の筈だ。

大陸中の男たちを虜にしたと言われた美姫、アゼリア王女に生き写しだったからだ。

「これはこれは……秀才君、やらかしたねぇ」

「……妖精姫。まるでアゼリア様ね……」

アイリスとコレットは、呟くように言葉を発した。