作品タイトル不明
3、新米技術者
「ラゼ〜っ!!」
「おいっ。また長期の遠征だって!?」
二人揃って争うようにラゼの仕事部屋に入ってきたのは、白衣を着た悪魔と死神の玩具屋だった。
一体どこから情報を仕入れて来るのだか、ラゼがまたしばらく長期の任務について席を外すと聞いたらしく、彼女を慕っている変じ――ではなく鬼才たちが不満を露わにしている。
この軍施設が厳重な情報規制で世間から隔離されているとはいえ、色々と不安になる騒ぎ様だ。
まあ、今に始まった話ではないのだが。
「……お疲れ様です。ふたりとも」
ラゼは書類から顔を上げて苦笑を返す。
ふたりのお目付け役も兼ねて、ラゼはこの施設内にいるので対応するのにも慣れたものだ。
「あわわわわ。ラ、ラ、ラゼの髪と目がっ!」
「まさかお前、次の任務っていうのは……」
生物学者のヨル・カートン・フェデリックは、ウェルラインたちにお披露目終えてそのままだったラゼの髪型と目の色を見て驚愕。
そして、技術者のセルジオ・ハーバーマスが、その意味を読み取って怪訝な眼差しに変わった。
ラゼと同じ部屋で事務処理をしていた副官のクロス・ボナールトは、何も言わずに防音装置を作動させる。
「また、どこかに行っちゃうの? せっかく最近は一緒にお昼ご飯食べてたのにっ!」
「すみません……。まあ、ちょくちょく戻っては来ると思いますよ。それに、あまり長くはならないと……」
「本当に!? じゃあ、三日に一回帰って来て!!」
「それは多分、無理ですね」
「イヤダァああ!! 一緒に行くぅううう!!」
ラゼの執務机に縋りつき、ヨルが泣き崩れた。
外とのやり取りが制限される施設内では、彼女の話し相手になる変わり者もそういない。
ヨルの研究対象となるものを採取してくるのがラゼの仕事でもあり、よく話し合いもするので必然的に仲良くなったのだが、それにしてはあまりにも懐いてもらっている。
(まあ、私の前でくらい弾けてもらったほうが嬉しいかな……)
年上の研究者を見つめながら、ラゼはマイペースにそんなことを思っていた。
「――で? どこに行くんだ?」
そして、ヨルの嘆きにも顔色ひとつ変えず、セルジオが核心をついてきた。
本来なら、任務内容を軽々しく教えるべきではないのだが、ラゼは観念して口を開く。
セントリオール皇立魔法学園に潜入する時にもラゼを心配したふたりが、ちょっとした騒ぎを起こしてしまったので、隠す方が後に面倒になると分かっていた。
「しばらくマジェンダに行ってきます」
しかし――。
「はぁあ!?」
「行かなくていいよぉおお!」
ラゼが次の任務先を告げると、鬼才たちは揃って身を乗り出した。
セルジオは怒号に近い叫び声を上げ、ヨルは机の正面からぐるりと回ってきて、ラゼの腰にしがみつく。
「そんなの部下にでも任せとけよ! お前だって、もう大佐だろ?」
「そうだよ。ラゼが行く必要ないよぉ。君!ラゼの代わりに行って来てッ!」
「――えっ」
ここで自分に話題が飛んでくるとは思っていなかったクロスが、キラーパスを喰らう。
じっと今まで息を潜めて壁のシミに徹していたのに、どうしてここぞとばかりに自分に視線が集まるのかと、彼は頬を引き攣らせた。
「人手が足りないって言うなら、やっぱり、俺が中止された自律的思考型人形を――」
「うわっ。また玩具屋が気持ち悪いこと言い出した! ラゼが引いてるのを分かれってーの!」
「あぁ? そんなことでラゼが俺を嫌いになる訳ねぇだろぉが」
会話の矢印があっちを向いたり、ぶつかったり。
これは、誰かが止めないと口論が続きそうだなと、ラゼは彼らを遠目に見守る。
クロスが不安げに瞳を揺らしていたが、彼女は特に止める素振りも見せない。
(そろそろかなー)
なぜなら、彼らの部下たちが迎えに来る頃だからだ。
「お疲れ様です。フェデリック教授の回収に来ました!」
自分の上司がお邪魔していることを分かり切った様子で現れたのは、ヨルの助手。
「本当に、いつもいつもいつもすみません」
「こちらこそ、いつもご苦労様です」
「――ちょっ。いたっ、痛いよ。フレイ!」
ラゼに巻き付いたヨルを容赦なく引き剥がすフレイ・カンザックには、色んな意味で世話になっている。
「今日は雰囲気が随分違うんですね。――あっ。また何かうちの教授がご無礼なことを言ったりは……」
「いえ。今日は特に問題になりそうなことは言われなかったので、大丈夫ですよ」
「そうですか。よかったです……。また何か突拍子もないことを仕出かすんじゃないかと……」
ぺこりと会釈し合うと、まるで幼稚園の先生にでもなった気分で保護者のフレイに応えた。
ヨルとも深い付き合いになってきたが、彼とも何か見えないキズナを感じさえする。
「お仕事中に大変失礼しました。ほら、教授も謝る!」
「な、なんで――!」
「なんで?」
「…………ごめんなさい」
フレイの圧に屈したヨルは小さな声で謝ると、助手に連れられて出口を目指す。
セルジオとすれ違う間、彼女は眼鏡の奥の目力だけで反発しつつ、退場を余儀なくされ。
残ったセルジオが、意気揚々とラゼを向き直す。
「ってことで、実験再開について嘆願書を出そうと思うんだが、百通くらいで足りそうか?」
すでに三十件の書類が送り付けられていると聞く。
本気で実行する気なのだと嫌でも分かってしまうセルジオの目に、ラゼの目が細くなる。
「…………」
その成り行きを近くで見ていたクロスは、セルジオがその実験を始めたきっかけの事件を思い出して、当時折られた腕をさすった。
婚約するという話を聞いたセルジオが、彼女の代わりにそっくりな人形を嫁がせようと言い出したのを止めるのは、本当に大変だったのだ。殺しより、生け捕りの方が面倒で難しい。
もうあんな思いはしたくないなと、彼は振り返る。
ただ、セルジオのストッパー役については、きっとこれからはもう心配する必要がなくなるだろう。
部屋の外に人の気配を感じ取り、クロスとラゼは揃ってそちらを見る。
「――失礼します。技術部のルカです」
扉をノックする音と聞こえて来るのは、今年からセルジオのマネージャーを勤めることになった新米技術者の声。
防音装置を調節したクロスの許しがあってから、彼の姿は露わになる。
その青年は、ふわふわとした癖のある髪が伸びて、邪魔にならないように結んでいる。
学生の時は可愛い雰囲気だったのが、忙しさのせいなのか、セルジオのせいなのかは分からないが、いい感じに揉まれて男らしさが滲んでいた。
彼こそは、財務大臣の御令息ルカ・フェン・ストレインジ。
セントリオール潜入時代のクラスメイトが、今や同じ職場で働いている。
自分からは家の名前を名乗らないところとか、庶民嫌いなんて感じさせないくらい面倒見がいいところとか。
潜入時代はあまり絡みがなくて気にしていなかったのに、今になって知ることになるのだから、人生とは何が起こるのか分からないものだ。
「げっ。もう来やがった!」
「『げっ』じゃ、ないんですが? この後は予算会議があるって、僕は何度も言いましたよね??」
「そんなの俺が出なくても、お前がテキトーにやればいいだろ。こっちは今、忙しいんだ」
セルジオを迎えに来たマネジャーのルカに、ぴきりと何かが走った気がする。
本当に忙しい用事なのかと、ラゼに視線が向けられた。
まだ入ったばかりのルカには、フレイのような強引な手法を取るのは難しいか。
「会議を優先させてもらって大丈夫ですよ。ルカ様」
ラゼは苦笑を交え、ルカに答える。
「……様はいらないって言いましたよ。オーファン大佐」
彼は苦虫でも噛み潰したような顔で返事をした。
軍部に入ったせいで、擦れてしまった気がして、ちょっとだけラゼの良心が痛む。
彼にオーファン大佐と呼ばれるのも、敬語を使われるのも、何だか違う気がするから、ラゼは素直に頷く。
「なら、これからは遠慮なく。私のことも呼びやすいようにしてください。敬語も。堅っ苦しいのは、この施設内ではいらないです。ルカくん」
「そうさせてもらうよ。グラノーリ」
彼もここに来たばかりで職場に慣れるのに忙しそうだったのと、ラゼも暇ではなかったので、きちんと話せていなかった。
ちょっとだけ感じていた気まずさは、まだ残ってはいるが、ここで時間を取れてよかった。
彼らの会話を聞いていたセルジオは、つまらなそうに腕を組む。
「なんだ。マネの人選についてはラゼの推薦もあったって聞いてたが、微妙な仲なんだな?」
「えっ……?」
「セルジオさん、一応、それは言ったら駄目なやつです」
「あ? そうか? 悪い。今のなしな」
セルジオは流そうとしたが、ルカは目を見張ってラゼを見た。
学生時代、特に学園祭で彼が見せてくれた技術に一目置いていたラゼは、ルカが軍の技術部に入ることを知ってから気にかけていた。
機会があれば、この国最高峰の技術者セルジオの近くで仕事を見てみるのも刺激になるのではないかと思っていたところ、ストッパー役の募集がかかりそうだったので、こっそり推薦してみた結果がこれだ。
「贔屓なしの精査ですから。気にしないでください」
「……それは、そうだろうけど……。正直、グラノーリは僕のことなんて気にしてないと思ってたよ」
ルカが自信なく目を伏せるので、今度はラゼがきょとんと目を丸くした。
「そんな訳ないじゃないですか。同じ教室で授業を受けて委員会だって一緒に頑張った仲間なんですから」
「――そっか」
本音を言うと、ルカはそこで初めて肩をすくめて笑った。
「それで、話を戻すんだけど。どうして所長はこんなところに?」
どうやってセルジオがここに来たのかまではラゼも知らないが、ルカの目を掻い潜って来たことはその一言で察する。
事の経緯を簡単に説明すると、ルカは今までになく呆れた表情になっていた。
「なるほどね。話には聞いてたけど、本当に所長はグラノーリに甘いんだね……。それと、君の格好にも今やっと納得がいったよ」
いつ突っ込もうかと思っていた、と。
ルカはラゼの姿をまじまじ見て告げる。
「いいや。俺は納得できない。本当にそれはラゼが行かないといけない任務なのか?」
会議の時間は大丈夫なのかと内心考えつつ、ラゼはクロスをちらりと一瞥してから話し出す。
「聖女の護衛任務です。枢機卿から直々に依頼をもらったのと、個人的な理由で任務を受けました」
簡潔な説明だったが、それが全てだ。
意味を飲み込んだルカは、ハッと顔色を変える。
「聖女って、まさか……」
「……まあ。そのまさかですね」
ルカもいる場で話すのは迷ったが、知ったからと言って彼には何もできない。
たとえ財務大臣の息子だとしても、軍部に入ったからには、情報漏洩の罰は逃れられない。
「……所長。早く戻りますよ」
「あ? だから、俺は――」
「グラノーリが無事に任務を終えられるように、サポートする道具を作るのが一番喜ばれると思います」
「――!」
ルカの話に合わせて、ラゼもこくこく首を縦に振る。
「発明が中止になった道具以外なら嬉しいです!」
セルジオは彼女の一押しに押されて、一歩を踏み出す。
「わかった。待ってろ。俺が役に立つ道具を作ってやるからな!」
ルカもセルジオの扱いが分かって来たなぁと。
ラゼはふたりの背中を見送るのだった。