軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

90、終わりと始まり⑦

雲一つ見えない、よく晴れた日。

シアン皇国皇都の中央に聳え立つ城では、祝勝会が開かれていた。

戦の勝利を喜ぶことはもちろんだが、国のために戦った兵士たちを労うことが美徳とされる会は厳粛としている。彼らには、皇上ガイアスから褒美が与えられた。

謁見の間に集まった者たちの数名が順番に呼ばれる光景は、「死神の玩具屋」という二つ名を持つ技術者が作ったスクリーンで皇国民に中継される。

「まだかな?」

スクリーンが設置された外の広場には、たくさんの人が集まりそれを見つめていた。

とある人物が初めて公に露出されるという噂が出回ったこともあり、その注目度は非常に高い。

「もうすぐだと思うよ」

人混みの中には、国の祝日として帰省することが許可されたセントリオールの学生たちの姿もあった。

フォリアの呟きに答えたアディスは、スクリーンを見つめる。

今ここにはいないルベンとカーナは祝勝会に参列していて、画面に姿は見えないがクロードも城にいると聞いている。

「先輩たち、びっくりしちゃうだろうなぁ〜」

“それ”を知っているフォリアは、くすりと笑った。

「知り合いじゃなくても、みんな驚くと思うけどね。変に騒がれなきゃいいけど……」

「大丈夫だろ。オレたちもいるし!」

ルカが大勢集まった人々を少し心配そうに視線を向けるが、イアンが明るく応えた。

「あ!」

スクリーンの向こう側の様子が変わったのに、フォリアが声を上げる。

それに伴い、周囲の小さな声も数が増える。

「次で最後みたいだ」

「ってことは、次に現れる人があの『狼牙』ってこと?」

「初めて見るな。どんな人なんだろ」

「色々と噂は出回ってるけどな……」

観客がざわざわと揺れるのを、フォリアたちもどこか落ち着きなく見守った。

『――次。皇国軍魔物討伐部。『狼牙』ラゼ・オーファン』

画面に映し出されたのは、胸元に幾つもの徽章を並べた正装に身を包む体の小さな軍人。

凛とした表情には、まだあどけなさが残る少女が映り、集まった皇国民は騒然とした。

『前回に引き続き此度の戦でも、皇国のために勇敢に戦ってくれた。若くして多岐に渡り優秀な働きをおさめ、その名を公にすることもなく影でこの国を支えてきた彼女に最大の敬意を表する。大義であった』

ガイアスの選んだ言葉には、今までで一番と言っていいほど彼女への敬いの気持ちが込められている。

ラゼには報酬金と別荘地に加え、大佐への昇進が言い渡された。

そして最後に、ガイアスから彼女にあるものが手渡される。

それは銀色に輝く懐中時計。

緻密な意匠をめぐらせたそれは、ラゼのために職人たちが丹精込めて作ったこの世に一つしかない逸品だった。

『皇国の未来の礎となれ』

彼女はそれを受け取り、姿勢を正すとガイアスに敬礼する。

『皇国に天の導きがあらんことを』

凛とした声が響くのと同時に、その場にいた男たちも同様にびしりと腕を構えた。

『狼牙』という存在が、戦ってきた彼らが敬うに値するのが、彼女であると。特別な存在だと。

彼女のために作られたスクリーンが、シアンにラゼを見せつける。

異彩を放つ彼女に、人々の視線は釘付けだった。

「「「「おおおおーー!!!」」」」

そして沈黙は、決壊する。

画面の中のラゼは踵を返して謁見の間に真っ直ぐ敷かれた赤い絨毯の上を歩み出す。

己の前を過ぎようとする英雄に、男たちが敬礼を崩すことはなかった。

ここまで見せつけられて、彼女を否定する者はそこにはいない。

若き英雄の誕生に、民衆は興奮を隠せなかった。

シアン皇国内だけに限らず、大陸全土に『狼牙』についての情報が広がっていくのには、そう時間はかからなかった。

調べれば調べるほどほど明らかになっていく、ラゼ・オーファンの功績。

数多くの戦場で爪痕を残して来た、移動魔法を極めしその軍人を、後に人は『神速の狼牙』と呼んだ――。

「ふぁあ〜」

大きな欠伸をひとつ吐いて、上着を着込むとラゼはのっそりベッドから下りた。

胸元まで伸びた焦げ茶の髪は、あっちこっちに跳ねて、手で梳かすくらいでは収拾がつかない。

重たい瞼を擦り、長い前髪を掻き分けて適当に髪を下の方でひとつにまとめると、ぐぐぐっとその場で伸びをする。

そうして、そのままカーテンを開ければ、眩しい朝日が部屋いっぱいに差し込み、キャビネットの上に置かれた写真立てが反射した。

「よかった。いい天気だ」

真っ青な空を見て、にこりと微笑む。

それから彼女は、パンと目玉焼きとスープで簡単に朝食を済ませて、顔を洗って歯を磨く。

鏡に映った自分は、特に目立った特徴のない容姿。

髪と目の色もどこにでも見かける茶色。顔立ちはお世辞にも美しいとは言えたものではないが、化粧で色々と仕込むにはやりやすい良い顔をしている。

背の高さは、同年代の女性と比べれば少し低いが、気にしてはいない。

クローゼットを開けると、定期的に送られてくる皇妃自ら立ち上げたブランドの服が並んでいる。

どれも新しい意匠が凝らされたものだが、ラゼはどこか懐かしさを感じる服の中から、スタイリッシュなパンツとそれに似合うシャツを着る。

昔まで脇腹にあった黒い傷は、皇国病院で働いている親友に治してもらったので今はもうない。

ラゼは黒い石のピアスが付いた左耳に髪をかけ、最後に口紅を唇に滑らせた。

備え付けの鏡で念入りに身嗜みを確認すると、もう出発の時間だ。

「よし。行くか」

その言葉と共に、彼女の足元には魔法陣が浮き上がった。

ここは魔法が存在する世界。

魔石と呼ばれる特殊な石を使用することで特別な力――魔法を使うことができる。

人は皆、魔石を所持し、その能力で豊かな生活を繁栄させてきた。

それは火や風、水、雷、土などを生成したり、身体能力を操作するものだったり。個人の得意不得意で使える魔法の威力は異なる。

魔石は人の住む大陸オルディアナとは違う、もう一つの大陸バルーダに生息する魔物から採取される。

様々な国がこぞって、バルーダの開拓を進めて数十年経つが、依然バルーダは魔物たちの巣窟のまま。

現在、到達された最深部を知るものは、シアンの『狼牙』ただひとりだと言われている。

「最年少で軍のエースまで上り詰めたなんて、本当にすごいよね」

「頭も良くて、学園にいたときは特待生だったって聞いた」

「僕は姉さんがここの卒業生で、『狼牙』が大会に出てた時の映像見れるって言ってたよ」

新品の制服に身を包んだ初々しい生徒たちが集まるのは、『狼牙』の母校。

ホールでは、大きな希望と少しの不安を胸に、新入生たちが式の始まりを待っていた。

しばらくするとゴーンゴーンと、昔から変わらない鐘の音が合図する。

一斉に会場は静まり、

『これより、セントリオール皇立魔法学園第百三十八回入学式を挙行いたします』

開会式の言葉が司会から告げられた。

そうして始まった入学式は、在学生による歓迎の言葉、新入生代表の言葉と淡々と進んでいく。

『今年も卒業生から祝いの品を受け取っております。代表してアディス・ラグ・ザース様から祝辞をいただきます』

舞台の上に、巷で『青の貴公子』と騒がれる眉目秀麗な文官が現れる。

まだ今年で28歳だが、父親である宰相ウェルラインを超える秀才だと言われる彼に、一同黙って耳を傾けた。

『ご入学おめでとうございます。私からはひとつだけ。――この学園で、自分とは異なる意見や新しい経験をたくさんしてください。私も、入学当初は騎士団に入ることを希望していました。しかし、自分とは全く違う生き方をして来た友人と出会うことができたから、本当にやりたかったことに気がつくことができました。与えられる学園生活が当たり前だと思わずに、自分から動いて、君たちが充実した未来を送れることを願います』

アディスの話は長くはなかった。

しかし、彼と同じ学園生活を送った晴蘭生まれの卒業生たちのことを、数多くの新入生が知っている。

アディスが言う、「全く違う生き方」というワードが指す人物のことを、学生たちは脳裏に浮かべた。

彼が舞台袖に消えていくと、次に呼ばれるのはただひとり。

『続きまして、理事長ラゼ・オーファンからの言葉です』

五年前、この学園の理事長に就任することになったシアンの英雄。

彼女が、演台の前に立つ。

全ての注目を一身に浴びたその小さな身体でひとつ呼吸を整えると、ラゼは大きな瞳を輝かせる。

「――入学おめでとう、金の卵たちよ」

十三年前のあの日。

自分の人生を変える始まりだった、ハーレンスの言葉を忘れはしない。

「君たちはこれからこの学園で多くを学び、仲間と共にしか味わえない経験をするでしょう。三年という時間は長いようで短い。各自、有意義な学園生活を謳歌してください――」

これからどんな風に生徒たちが羽ばたいてゆくのだろうか。

彼らの未来にワクワクして、自然と口角があがった。

あまり長くならないように気をつけながら話を終えると、気合いに満ち満ちた拍手が飛んで来る。

その初々しさにくすりと笑い、鳴り止まない喝采の中、ラゼが舞台袖に退出する。

「今年の新入生はどうだった?」

するとその先には、自分の前に話を終わらせたアディスが待っていた。

身長が伸びてすっかり大人になり、色気なんかまとうようになった彼は、次期宰相を噂されるほどの実力者に変わってしまったが、こんな風に気さくに尋ねてくるのは何年経っても変わらない。通路を挟んで席が隣だった頃と同じだ。

「それはもちろん、みんな綺麗でいい目をしてましたよ。これからが楽しみです!」

なんだかそれが嬉しくて。

だからラゼも、あの時と同じように自信満々の顔で、気がつくといつも隣にいてくれる彼に応えた。

「君がそう言うなら、間違いないね」

彼女が満面の笑みで笑うから、アディスも釣られて微笑むと、エスコートの手を自然に差し出す。

こちらは貴族のお嬢様とは違って元軍人で、階段くらいひとりで降りられるのに、相変わらずキザな人だ。

でも、それが嫌味なんかじゃなくて、彼の優しさだとラゼはもう理解できるから、

「ありがとうございます」

彼女はニッとはにかんで、ペンだこや剣を握って硬くなった彼の手に、自分の手を乗せた――。

――青藍の空に浮かぶ白い月の下、ラゼは今日も春芽吹くセントリオール皇立魔法学園を見守っている。

-Fin-