作品タイトル不明
75、学園祭①
「ついに学生の代表に会える気分はどうだ、ビクター?」
「それはもう、嬉しいです。ただでさえ、学校の長期休みにしか会えなくなったんですから、めちゃくちゃ楽しみにしてましたよ!」
ハルルに問われたビクターは、強く頷く。
今日は待ちに待ったセントリオール皇立魔法学園、第一回目の学園祭。
ラゼから送られてきた招待券を手にしたハルル。そして、『死神の玩具屋』からその切符を貪欲にもぎ取ったビクターの二人は、無事に休暇を取って、クロスとの待ち合わせ場所にいた。
時刻は朝の八時。
学園祭に転移されるのは九時。
店で朝食でも食べて、時間を待とうということになっていた。
「それにしても、大尉が最後なんて珍しいですね」
「そうだな。まぁ、先に店入ってよーぜ」
ビクターは待ち合わせの三十分前。
ハルルは、十分前に集合場所に来ていた。
クロスの姿はまだ見えないが、ハルルの提案でふたりは先に店に入る。
席に着きながら、ビクターは普段のラフな感じとは違って、綺麗目な私服を着ているハルルを新鮮そうに観察した。
「なに?」
「いや。中尉の私服、いつもより気合が入ってるなと」
ハルルはビクターの素直な感想に面食らう。
「貴族の園に行くんだから、これくらい当たり前だろ。戦闘服だよ。戦闘服」
「いやぁ。足が長くてカッコいいですね」
「オレ、お前のそういうとこ嫌いじゃないけど、好きでもないわー」
自分でもらしくないと思っているのか、ハルルはその場を濁した。
ビクターの言った通り、たまの休日には適当な服を着て過ごす。しかし、プライベートだからといって、今回はそういう訳にも行かず、この日のためにわざわざ服を買って来ただなんて彼には言えない。
自分も案外浮かれてるのかもな、と思いながら、ハルルはコーヒーを頼んだ。
*
「悪い。遅くなった」
待ち合わせの時間から、二十分ほど遅れてやってきたクロス。
「ん。遅かったな。何かあったのか?」
先に食事を始めていたハルルが尋ねると、クロスは頭をかく。
「執務室に寄って来たら、面倒な人に捕まってな……」
彼は困ったように呟いて席に座った。
「その。面倒な人って?」
慣れた様子でクロスが注文を終えてから、ビクターが話題を振る。
「フェデリック教授が」
その名を聞いて、事態を察せない二人ではない。
「朝からご苦労」
「お疲れ様です」
「……まだ何もいってないんだが?」
揃って労いの言葉をかけられて、クロスはため息を吐いた。
ヨル・カートン・フェデリック。
『白衣を着た悪魔』と呼ばれる生物学者だ。
彼女はラゼのことを目に入れても痛くないくらいの存在に思っているため、学園祭に行ける招待券があれば、どんな反応をするかなど言わずと知れたこと。
「よく二十分遅れで済んだな?」
むしろヨルに捕まって、この時間に来れたのは運がいいと言うハルル。
「助手が探しに来たから助かったんだ。彼も苦労してるな」
「人のものは盗ってはいけません!」とヨルに一喝いれたあの勇姿は忘れはしまいと、クロスは語る。
「代表のこととなると、玩具屋と悪魔は黙ってられないよな」
ハルルは楽しそうに笑った。
「他人事だからって笑うなよ。被害を受ける身にもなれ。次はお前かもしれないぞ」
自分ばかり被害を被っている気がするクロスは、不満気に彼を脅す。
「大丈夫だ。オレはそうならない自信がある」
ハルルはにっこり微笑んだ。
その胡散臭い笑みに、クロスは嫌な予感がした。
「フェデリック教授は置いておいて。ビクターは、ちゃんと設定を覚えられたか?」
流れを変えようと、ビクターに話を振る。
時々更新される「ラゼ・グラノーリ」の設定をまとめるのは、クロスの仕事だ。
学園から送られてくる彼女からの手紙を読んで、不都合なことがあった時には設定を更新し、時には裏工作もする。
ラゼについて誰かが探りを入れれば、それも分かるようになっていた。
ラゼ・オーファンという存在は、軍の一部でしか認識されていない。
それは彼女がまだ子どもであったり、諜報活動に秀でた才能を持ち合わせていたりなどのさまざまな理由から秘匿とされている。
そして、そもそも軍の外に出て民間に紛れている軍人の正体を、簡単に言いふらしてはいけないのが規律だ。
接触するときには、十分に気を使っておいて悪いことはない。
今回、その相手はあの『狼牙』だ。
わざわざこうして朝集まったのは、ただ美味しく食事をするためだけなどではなかった。
「代表の足を引っ張ることだけはできないからな」
クロスは本題に入る。
「はい。いただいた資料を今日まで毎日読み込んだので、問題ないと思います。クロス先輩!」
ビクターは満を持した面持ちで、クロスを「先輩」と呼ぶ。
彼のいつになく張り切っている様子に、クロスは一抹の不安を覚える。
そこでクロスが頼んだホットサンドが到着した。
「じゃあ、オレが聞くことに答えてみろよ」
見かねたハルルが、ビクターに視線を注ぐ。
「任せてください」
自信満々な表情で、彼は構えた。
「じゃあ、代表を呼ぶ時は?」
「ラゼさまと!」
「代表とどんな関係か聞かれたら?」
「ラゼさまは心の底から尊敬する仕事仲間です!」
「自分の職業は?」
「心の底から尊敬する人のもとで精進している、しがない狩人です!」
「よし!」
「待て待て待て待てッ!!」
ハルルの機転に甘えてホットサンドを食べていたクロスは、ハルルとビクターの質疑応答に、突っ込まずにはいられない。
「おかしいだろ!? そしてハルル。お前は何が、『よし!』なんだ!?」
真面目な顔をしてビクターの答えを認めたハルルに、クロスは叫んだ。
「え? だって、一応、誤魔化せてはいるし。間違ったこともいってないもんな?」
「はい! きちんと僕なりに考えて来ました!」
ビクターは至って本気だ。
それはそれで問題だが、「何が悪かったんだ?」ととぼけているハルルは、内心面白がっていることを、クロスはわかっている。彼を相手にしてはいけない。
クロスはビクターに狙いを定める。
「ビクター。最初からまずいことはわかるか?」
「なっ?! 何が問題でしたでしょうか?!」
全く問題がないと思っているビクターは指摘されて、驚いた声を上げるが、驚きたいのはこちらの方だ。
「あっ!! 申し訳ございません。ラゼさまなんて烏滸がましいですよね。グラノーリさまと!!」
「違う。そうじゃない」
自分で訂正したが、そうじゃないとクロスはすかさず突っ込む。
「庶民生の代表を『さま』なんて呼ぶ大人がいたら、注目を浴びせてしまうだろ!」
「ハッ。申し訳ありません! 今すぐ、腕立て五百回を!」
「しなくていい!!」
顔を青くして自らペナルティをやり始めようとするビクターを止める。
ひとつ直すのにこれでは、後が思いやられるクロス。
前の席では、ハルルが俯いてぷるぷる肩を震わせている。顔を見なくても、絶対に笑っていることだろう。
「ペナルティはいいから、『ラゼさん』だ。一回言ってみろ」
「ハ、ハイ!」
ビクターは心底真面目に返事をし、口を開く。
「ラ、ラゼ……さ、……。ラゼさっ……。ラゼさむ」
そして、噛みまくるビクター。
「あははははッ!!!」
もう耐えられないと、ハルルは声を上げて笑い転げる。
「ひ、ひっどいなぁ。本当お前、最高だろ!? わざとか? わざとなのか?!」
「わ、笑わないでくださいよ! 代表をさん付けで呼ぶなんて、恐れ多いんです!! 僕はどうせ虫けら以下ですから!!」
笑われたことに、ビクターが拗ねた。
「からかうなハルル。ちゃんと直すぞ」
その後、時間ギリギリまでビクターの狼牙崇拝思考は矯正されることになる。
「よし。ビクター。お前は代表に会ってもなるべく口は開くな」
やれることはやったが、不安が残るビクターに、クロスが告げた最終的なアドバイスはそれだった。
「え。ひどくないですか?」
「代表に迷惑をかけたくないなら、黙っておくのが一番だ」
そうと言われてしまえば、ビクターが言い返せることはない。
三人は店を出て、街の広場に足を向けた。
「そろそろ時間かー。転移先は闘技場なんだっけ?」
「ああ。闘技場でボディチェックをしてから、校舎にまた転移で移動するみたいだ」
「めんどーだなー」
ハルルは愚痴りながら、招待券を手に取る。
そこには魔法陣が組み込まれており、時間になれば会場に飛べる仕組みになっている。
今回は金品など必要最低限なもの以外は持ち込みは不可と、夏や冬の大会より規制が厳しい。
「代表、僕が行ったら驚いてくれますかね?」
ビクターが、ぽつりと呟く。
「たぶん、びっくりすると思うぜ?」
「そうだな」
クロスはハルルに同意する。
「ハーバーマス殿に借りができたな。ビクター」
「はい」
ビクターは、招待券を用意してやるとセルジオに言われたときのことを思い出す。
人形と結婚させたがるような人が、どうしてわざわざ学園関係者に頼むようなことをしてくれたのか。
疑問に思ったビクターは、素直に尋ねたのだ。
「どうして自分に招待券を用意してくれたのか」と。
『ひとりでも仲間が多く行けば、ラゼも少しは安心して学園祭を楽しめるんじゃねぇのか?』
セルジオには、改めて礼をしなければならないと、ビクターは思う。