作品タイトル不明
73、学園祭準備⑦
ラゼはいつもより気持ち小さく切り分けたハンバーグを頬張る。
彼女は理事長室にて、優雅にワインを飲むハーレンスと同じテーブルを囲んでいた。
「――そういう訳で、今回も〈死神の玩具屋〉の協力あって、無事に外部の人間を招待することができそうだ」
彼はそう言って、リストバンドをラゼに差し出す。
ラゼはフォークを置くと、それを手に取って組み込まれている魔法を確認した。
「すごいですね……。こんな高度なものを量産したんですか?」
それは、学園祭の参加者たちに配ることになった入場許可証のリストバンド。
何でも、悪意を察知すると収縮するらしい。
ちなみに登録をすると誰がどこにいるのかも把握できる代物だ。とても簡単にできるようなものではない。
「君が気兼ねなく学園祭を楽しめるように、玩具屋が頑張ってくれたみたいだ」
ハーレンスは苦笑する。
それが、昔軍で開発した拘束道具を応用して作ったものだとは、決して公では口に出して言うことはできない。
「そうでしたか」
一方でラゼはセルジオ・ハーバーマスのことを思い浮かべて、優しい気持ちになっていた。
(今度お礼を言わないといけないなぁ)
彼とはそんなに長い付き合いでもないのだが、まるで昔からの知人のように慕ってくれている。
バトルフェスタの時にもスクリーンを作ってくれたようだし、次の休みには礼をしなければならないなと彼女は思う。
しばらく会えていないのだが、自分を気遣ってくれることは素直に嬉しかった。
「テストは無事に終え、生徒に直接危害を加えるようなことはほぼできないと断言していい」
「はい」
ラゼは一緒に渡されていた、実施試験の結果がまとめられた資料に目を落とす。
「気をつけるべきは、間接的、計画的な犯行だな。当日は夏と冬の大会のように、騎士や軍人たちに警備をしてもらうことになってはいる。ただ、校舎を使った学園祭となると、見えないところは増えるな」
ハーレンスはそう言うと、グラスに口をつける。
(まあ、おかしな行動をすれば、位置情報でわかるかな。あと考えられるのは誰かに利用された悪意のない行動とか?)
ラゼは本番をイメージしながら考えた。
初めての企画は、やらなくてはいけないことが多い。それも、晴蘭生まれの金の卵たちだらけの学年なので、警備費は馬鹿にならない。
(よく、学園祭なんて受諾したよな)
生徒の自主性を重んじるとはいえ、ハーレンスも頑張るよなと思いながら、ラゼは資料を見つめていた。
「ここだけの話なんだがな、オーファン」
彼は中身を飲み干すと、空になったグラスに再びワインを注ぎながら呟く。
「オーファン」と呼ばれたラゼは、無意識のうちに背筋を伸ばした。
「君も思うところがあるかもしれないが、できる限り皇子を優先して注意を払ってくれ。万が一にも、彼に何かあっては困る」
きっと、少しの葛藤もあったことだろう。
ハーレンスは言葉を言い切ったが、ラゼはわざわざ「皇子を優先しろ」と言った彼の心境をなんとなく悟る。
(まあ、それはそうだよ。みんな大事な生徒だろうけど、彼は未来の皇上陛下。この社会に身分制度がある時点で、順番はつけないと)
学園の生徒として紛れ込み、自然に近くでルベンを守れる位置にいる彼女。
(迷われたら、私だって困る)
正直、これまでだって第一優先はルベンだった。今更言われるまでもない。
「ハイ。承知しております」
ラゼは真剣な眼差しで、ハーレンスに応えた。
ハーレンスはそれを見て、困ったように眉をあげる。
「そうか……。本番まであと一週間だ。無事に学園祭が終わるように、互いに最後まで準備をするとしよう」
「ハイ」
彼女は頷くと早速、万全な体調を維持するため、冷め始めたハンバーグを再び口に入れた。
*
「あ、ラゼちゃん。おかえり!」
「ただいま」
ラゼが寮の部屋に戻ると、いつもとは違って部屋の真ん中にベッドがひとつ置いてある。
「カーナ様は?」
「一旦お部屋に戻ったところだよ」
カーナの姿が見えなかったので、すでに寝間着姿のフォリアに問うと、そう返された。
「今日は大事をとって、早く寝ようって話してたの。もうご飯も食べて、お風呂も入っちゃった」
「そっか。わたしも今日は早く寝よー」
フォリアは驚くくらい熟睡するので、夜は比較的自由に行動していたのだが、カーナがいるとなると話は違う。
仕切りのカーテンは使えないし、しばらくの間は大人しくベッドに寝転んでいるほうがいいだろう。
「カーナ様がね、こういう風に夜集まって一緒に寝るのは、『パジャマパーティー』みたいって言ってたよ」
パーティーという響きが楽しいのか、フォリアがわくわくしているのが伝わってくる。
「はは。興奮したら寝れなくなっちゃうよ?」
ラゼは笑った。
あれだけ寝付きの良いフォリアだが、そのテンションだと寝れないかもしれない。
「うっ。そ、そうだよね。三人でこうして一緒に寝るのは初めてだから、浮かれちゃってたかも」
フォリアがしょんぼりすると、まるで子犬みたいで、ラゼの表情筋はゆるゆるになる。
「私も嬉しいよ。たぶん学園祭までは一緒に寝られるから、カーナ様が元気になったら、こっそりパーティーしよう」
「!! うん!!」
ぱあああぁっ、と目を輝かせるフォリア。
(やっぱり、フォリアはそのままが一番だよ)
ころころ表情を変える彼女に、そう思いながら、ラゼは制服からラフな私服に着替える。
「そういえば、モルディール卿とはどうだった?」
「は、はうっ」
「……」
全く、飽きない子だなぁと。
ラゼは服を脱ぎかけた手を止める。
他の女の子にされたら苛つくかもしれない、ヒロインに許されしあざと可愛い反応だ。
「ふーん。何かあったのかなぁ?」
加虐心がくすぐられてしまったラゼは、つい彼女を煽る。
「な、何もないよ!」
「へぇ〜」
「本当だもん!」
「ほぉ〜」
にやにやしながら着替え終えると、フォリアが頬を膨らませていた。
ほっぺをまん丸にしていて、指で潰したくなったが絶対怒られるのでやめておく。
そこで、コンコンと扉がノックされる音が響いた。
「どうぞ〜」
ラゼが声をかけると、扉の向こうからそっとカーナが顔を覗かせる。
「あ、ラゼ。戻ってきてたの?」
「はい。体調はどうですか?」
「平気よ。心配かけてごめんなさい」
大丈夫ですよ、と応えてラゼはカーナを中へ勧めた。
「もう。聞いてください、カーナ様!」
するとむくれていたフォリアが、カーナを味方に引き入れにかかる。
「どうしたんですの?」
珍しく不満をあらわにしている彼女に、カーナはきょとんと首を傾げた。
「ラゼちゃんに虐められてるんです。わたしはゼール様と何もなかったって言ってるのに、ラゼちゃんが信じてくれなくて!」
カーナの後ろに隠れて、チラチラとラゼを見るフォリア。
カーナはその反応に戸惑った様子でいる。
「ほーう。それじゃあ、本当に何もなかったのかモルディール卿に今度聞こうかな〜」
「ふぇっ!?」
フォリアはびくりと肩を揺らし、カーナの服を掴んだ。
嘘をつくのが下手すぎる彼女だ。
それでカーナも状況を把握したのだろう。
「もう、ラゼ。あまりフォリアさんを揶揄ってはだめよ?」
ラゼはカーナに諌められる。
フォリアがカーナの側から「そうだそうだ」と視線で訴えているが、モルディール卿と何かあったと肯定してるのも同じだ。
「ごめんなさい。フォリアが可愛くて、つい……」
ラゼはそこで大人しく引き下がった。
「ごめんね、フォリア」
本当には嫌われたくないので「許して?」と彼女にせがむと、
「うっ。そ、そんな目で見ても……。……許すもん!」
と、訳の分からないことを言いながら、許してくれる。
ラゼとカーナは、それを見て楽しそうに笑った。
そんなくだらない話で笑い合う楽しい夜は、すぐに過ぎて。
ついに、学園祭当日がやってくる。