軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

63、二度目のバトルフェスタ⑥

「……強く当てた。ごめん……」

アディスは勝利したにも拘わらず、ばつの悪い顔でルベンに手を差し伸べた。

かなり厳しい剣の撃ち合いでルベンに勝利を収めたあと、今までずっと争うことを避けていた人を負かした事実と向き合うことになり、彼は困惑していたのだ。最初から勝つ気持ちでいたはずなのに、実際勝ってみれば煮え切らない感情に苛まれる。

アディスと幼いときから一緒に遊んだ仲であるルベンは、彼のそんな心中を悟ったのか、差し出された手を強く握ると勢いよく立ち上がった。

「やっと本気で戦えたな」

「!」

彼は負けたにしては清々しい面持ちで。

その一言には勝敗よりも、こうして本気で戦えたことの方が嬉しいという思いが込められていた。

そこでやっとアディスは友であるルベンから一方的に距離を置いていたことを自覚し、言葉を失う。

「楽しかった。次は負けないぞ」

ルベンから楽しかったと言われたのは、果たしていつぶりだろうか。

彼がこの国の王子で、自分は宰相の息子で。でも、その前に自分たちは友であったはずなのに。学生の今だからこそ公に許されている友人としての交流を無視し、先ばかりを見て大事なことを見落としていたのではないか。

アディスは少し考えた後、困惑していた顔に笑みを浮かべ、

「次も俺が勝つよ」

そう答えた。

ルベンは一瞬目を丸くしたが、どこか吹っ切れた様子のアディスに笑う。

「その前にグラノーリを何とかしないとな。策はあるのか?」

「一応はね」

「あいつも今まで手を抜いていたのがバレバレだな」

「そうだね。でも特待生は多分、まだ実力の半分も出してない。翡翠の宮からビーハムまで二人も転移できるだけの能力があるってこと、俺は忘れてないよ」

あの時カーナに夢中だったルベンは、アディスの指摘に目を見開いた。

そうだ。あの女子生徒は、得意型が移動とはいえかなりの距離を難なく転移できるだけの力がある。やろうと思えば、軌道も残さず相手の背後を取ることなど簡単なことのはずだ。

つまり、誰にも追いつけない魔石起動のスピードに、一瞬で試合を終わらせることができる転移を使えば、彼女はもっと容易に試合を終わらせることができるということ。となれば、このバトルフェスタという場において彼女に勝てるものなど誰もいない。

「……あいつ、本当に何者なんだろうな」

「さあね。まあ、平民でセントリオールに特待生として入学できたって時点で、普通の女子学生ではないことは分かってたんじゃない?」

「確かにな」

ふたりは隣の間にいる小さな少女を見る。

裏では王族のために暗殺にも手を染めているクロードを、負かしてみせる彼女は普通じゃない。

アディスは一度剣を交えた時のことを思い出す。同い年の、それも肉体的に力が劣るはずの女子に圧倒されたのはあれが初めてだった。

後々になって冒険者として活動していたことを知り、ビーハムで出会ったゼーゼマンによれば運び屋なんて仕事もしているらしい彼女。あの時ははぐらかされたが、ゼーゼマンと顔見知りということは、それなりに位のある誰かに仕えている可能性が濃厚だった。理事長ハーレンスが引き抜いて来たことも、かなり引っかかる。

「すごく今更だけど、殿下はあいつのこと何も聞かされてないんだよね」

「ああ。そういうことに関してはクロードがいるからな。……あまり深読みすると嵌るぞ。お前は疑うとすぐに壁を作るからな。フォリアだって平民だ。中にはそういうやつもいる」

そういうやつ、とは平民でも能力に優れたものがいるということだ。

アディスも冒険者ギルドに出入りするようになって、自分よりも小さな子どもが生きるために戦うことを生業にしているのを実際に目にしたときは衝撃を受けた。貴族である自分は、恵まれた環境で勉学を修めることができているが、そうでない子どもはあんな幼い時から自分の体を資本に働いているのだ。

全く生まれを匂わせないが、ラゼ・グラノーリもそうした環境で育ちここまで成り上がって来たのかもしれない。

現に、彼女が保護者らしき人物を連れてきたことは一度もない。見たことのある大人は、見るからに仕事で知り合ったような、良い意味でも悪い意味でも生活感がない人ばかりだ。

アディスの脳裏に、クロスとハルルが現れた時に見せたラゼの心から嬉しさのにじんだ笑みが浮かぶ。

自分の知らない一面を見ただけで、どうしてこんなにも胸騒ぎがするのだろうか。

彼は自分の心も、彼女の過去もまだ知らない。

(ええ。何であなたが勝ってるんですかぁ?)

アディスの勝利を知ったラゼは、口には出せないもののかなり驚いていた。

(終わったじゃん。私の任務終了じゃん)

「先読みの巫女」のせいで勝ち上がる羽目になっていたラゼだが、ルベンが勝たなければ頑張る必要は勿論なくなる。

(閣下……。あなたの息子さんのご活躍で帝国との取引きは無効になりましたよ)

ちらりと貴賓席を見上げれば、満足そうに息子を見つめるウェルラインの姿が見えた。

(そして、ここまで勝ち上がった私の努力とは??)

こうなるとわかっていれば、こんなところまで勝ち上がらなかったというのに……。

目の前で今まで積み上げてきたものが泡のように弾け飛んでしまって、ラゼは喪失感を味わっていた。これでは、先ほど張り切ってクロードが撒いたナイフを二割増しのスピードで回収してしまったのが馬鹿みたいだ。

子どもみたいにはしゃいで、結局任務は横取りされるとは何ともみっともない。それに加えて上司や部下がその様子を観ているときた。

(恥ずかしい。穴があったら入りたい)

こんな思いをするのは初めてだ。

ラゼはクロードと共に会場を出ると、彼と別れてそそくさと待合室へと駆け込む。

「あああ……」

彼女はベンチに座って、早速頭を抱える。

勝敗が分からない以上、ラゼが決勝まで残るのは仕方のないことだったが、せめてルベンとアディスの勝敗を見てから決着をつけるべきであった。

アディスの実力は噂に聞いていたので、ルベンに勝ててもおかしくなかったはずなのに、彼の性格を見誤ってしまった。まさか殿下を倒してくるとは。

「そんなタイプだったっけ? 去年の大会だって手を抜いてたじゃん……」

一体どういう心変わりだと、ラゼは口をこぼしたが彼女が言えたことでもない。

まさか彼が一年生の時に負かされたことをまだ根に持っているとは微塵も気がついていなかった。そしてわざわざ母親に教えを乞い、この二年で格段に力を伸ばしているのは自分のせいだと、ラゼが気がつく日はきっと来ない。

『ア、ア。聞こえる?』

待機室には、不正を防ぐためにラゼ以外は誰もいない。そうと分かっているからか、魔石の通信機能にアクセスがあった。

高めの音にどこか硬さを感じるこの声の主は、大会の警護を統括しているジュリアス・ハーレイ少佐だ。

念のため周囲に気配がないかを確認した後、ラゼは口を開く。

「聞こえてるよ。これ、個人通信?」

『そう。あなたが泳がせてるって人が、勝敗を見て動いたから報告』

ジュリアスの言葉に、ラゼは先ほどまで失敗で落ち着きなかった心を切り替えることに成功する。

「どんな様子だった?」

『びっくりしてたわよ。殺気だだ漏れ。あたしの探知がそこだけめちゃくちゃ反応したわ。前もって話を聞いてなかったら、速攻で捕まえに行かせるレベル』

ジュリアスの探知は、人の肉体的な動きを見るだけではない。人のまとうオーラというものに反応し、糸のように巡らせた探知網がアバウトに感情を伝えてくるそうだ。何とも便利な能力で、こういった護衛の任務には引っ張り凧である。

「そっか。……わかった。ありがとう」

カーナを貶めようとしている疑惑があった容疑者がほぼ確定することになり、ラゼはその人物を思い浮かべて複雑な顔だ。

(人は見かけによらない、か……)

これもまた、自分が言えたことではない。

国を守るためとはいえ、防衛戦ではたくさん帝国兵を討った。シアンは防御こそ最大の攻撃とでも言わんばかりに、侵入者を許さないものだから。ここにいる学生に、敵国から「首切りの亡霊」と呼ばれる自分を知るものはいない。

『これから先、荒れるかもしれないわね。先方も思い通りに行かないことに、そろそろイラついてくる頃でしょう』

「それは私が卒業してからにしてほしいね。まあ、向こうは短気だからな。もしそうなったら、すぐにでも私が首をとりに行くよ。学生たちの楽しい学園生活に支障を出すのだけは避けたいから」

『やだ、こわ〜い。そしてあなたが言うと全く冗談に聞こえないからやめてよね』

この国一番の軍人が、敵国主将の首を取りに行くなんて言うのだから、ジュリアスの言うことは尤もだ。ラゼも冗談半分本気半分なので、やってしまってもおかしくない。

「とりあえず、これで交渉は決裂だから。あとは向こうの出方を見るしかないよ。……その前に、私は次の試合をどうするかなんだけど」

先が思いやられて、盛大にため息を吐く。

『ああ、それなら伝言を預かってるわよ』

これを伝えるために通信したの。と言うジュリアスにラゼは嫌な予感がする。

『宰相殿から「遠慮なくやってくれ」ですって。夫人からも「うちの息子をよろしく」と』

それを聞いた彼女は瞳を閉じた。

(何が、うちの息子をよろしくだ!!)

全然よろしくないんですけど?! と叫びそうになるのを必死に耐えた。

無言になるラゼに、ジュリアスは心中を察してゆっくり語り出す。

『気持ちは分かるけど、ここはあなたが勝った方がいいと思うわ。その“オトメゲェム”とやらの物語を知って、宰相殿の息子さんが勝ち上がって来たと思われたら狙われるかもしれない。先読みの巫女さまからすれば、物語を知る存在は自分の価値を下げる天敵なんでしょう?』

カーナを悪役令嬢にしたがるーーいや、本来の話に戻そうとする動きの首謀者は、きっとマジェンダ帝国にいる先読みの巫女だ。

学園に潜伏している密偵は、その指示によって動かされていると見るのが妥当で、今回のバトルフェスタでも本当はルベンが勝たねばならなかった。一体誰がシナリオを変えているのかと注視されるのは避けられない。

「その通りだよ……。もう既に色々と手遅れな感じもするけど、せめて他に視線がいかないように私が勝つしかないね」

今回の警護ではジュリアスにも乙女ゲームのあれこれについて簡単に説明をし、協力してもらっている。

カーナが予知の能力を持っているのはハーレンスにも報告済みであり、外堀は埋めれるだけ埋めているところだ。

『目立つことが仕事なんてね。慣れないかもしれないけど、やること自体は簡単でしょ? こんな機会二度とないかもしれないんだから楽しんだら?』

ジュリアスに励ましの言葉をもらったラゼは苦笑する。

「それもそうだね。なんか吹っ切れたかも。ありがとう」

『い〜え。応援してるわ。頑張って』

「うん」

待機室にかかった時計を見れば、そろそろ時間だ。

通信を切ると、ラゼは少し軽くなった腰を浮かせる。